カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2026年7月15日 (水)

時の家

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著者:鳥山まこと

 第174回(令和七年下半期)芥川賞は、鳥山まこと氏『時の家』と畠山丑雄氏『叫び』の二作同時受賞となった。さっそく文芸春秋三月特別号を手に入れ、まずは『時の家』から読み始めた。

 もともと芥川賞そのものに強い関心があるわけではない。ただ、私は「時間」を扱った作品に目がないため、タイトルの“時”に惹かれて本作を読み始めたのである。しかし期待に反し、本作は時間テーマとはほぼ無縁だった。ここでいう“時”とは、取り壊しを目前にした古い家に染みついた、歴代の住人たちの「思い」の堆積を指している。

 部屋の構造、汚れ、傷跡から住人の感情を丹念に掬い上げる筆致は、建築士としての著者の経験があってこそ可能になったものだろう。その繊細な感性、巧みな言語操作、そしてこれまで誰も書かなかった視点の発掘は、確かに脱帽に値する。

 しかし、選考委員の数名も指摘していたように、前半──いや終盤近くまで続く読みにくさには、正直辟易した。何度も本を閉じようと思ったが、評価の高い選者の意見を信じ、なんとか最後まで読み通した。

 会話がほとんどない点はまだ許容できるとしても、登場人物に個性が乏しく、藪・圭・脩・緑といった一文字名ばかりで、名前としての識別性も弱い。そこまではまだ目をつぶれる。だが、比喩や言葉遊びに耽溺しすぎており、また細部の描写に執着するあまり、作品全体の輪郭が霞んでしまっている。たとえば次の一節である。

────圭さんの口から出てゆく言葉たちはいつもその深いところに溜まったものたちを上滑りする。上層にある部分だけが出ては入ってまた出て頻繁に入れ替わりし、下層の部分はいつまでも動かずに止まったまま、大事なことほど底に溜まって冷え切って、凝固し言葉になって出てゆかない。────(文芸春秋三月特別号より引用)

 ここまで執拗に比喩を重ねる必然性が本当にあるのだろうか。また全体を通して、段落も異様に長く、読者への配慮が欠けている。さらにストーリー性も心理描写も希薄で、まるで取扱説明書を延々と読まされているような感覚に陥る。終盤になってようやく小説らしい息遣いが現れるものの、そこに至るまでの道のりがあまりにも長すぎたのではないだろうか。


評:蔵研人

 

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2026年6月28日 (日)

あなたが誰かを殺した

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★★★☆
著者:東野圭吾
 
 閑静な別荘地で起きたセレブ殺人事件を、名探偵・加賀恭一郎が解き明かす本作は、「加賀恭一郎シリーズ」第12作にあたる。
 毎年別荘で開かれる「バーベキュー大会」に集うのは、会計士の栗原家、医者の櫻木家、未亡人の山之内家、そして会社経営者の高塚家の四家であり、参加人数はその家族や使用人たち15名である。そして当日に、この中の5名が何者かに命を奪われる。

 本作は犯人探しを軸としたミステリーであるが、犯人は桧川大志という男で、自首同然に逮捕される。桧川は「死刑になりたい」という願望と、「自分を蔑ろにした家族への復讐」を動機として主張する。しかし、事件にはなお多くの不可解な点が残されていた。

なぜ桧川は、遠く離れた別荘地を犯行現場に選んだのか
なぜ栗原夫妻が車庫にいることを察知できたのか
なぜ桧川は、高塚桂子が屋内で一人きりであることを知っていたのか
逮捕されるつもりでありながら、一部の防犯カメラを無効化した理由は何か
高塚桂子殺害や的場雅也刺傷に使ったナイフは、どこへ消えたのか

 これらの謎を解明するため、生き残った家族たちは検証会を開き、これに偶然休暇中の加賀恭一郎も参加することになる。加賀は巧みな議論と精緻な推理を重ね、やがて事件の背後に潜む共犯者の存在を明らかにしてゆく。

 舞台や登場人物が特定され「犯人探し」を議論中心で進む構造は、通常ならかなり退屈に陥りかねない。しかし、ベテラン作家・東野圭吾の手腕により、読者はラストまで緊張感を保ちながらページをめくることができた。また口絵に描かれた別荘周辺の地図も、複雑な人間関係や犯行現場の把握に大いに役立つ。

 ただ、タイトル『あなたが誰かを殺した』だけは、物語の内容とやや距離があるように感じられ、この点には違和感が残った。

評:蔵研人

 

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2026年6月 5日 (金)

きょうの日はさようなら

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★★★☆
著者:一穂ミチ

 森山良子の『今日の日はさようなら』をもじったタイトルがまず目を引く。どんな物語なのかと文庫本を手に取ると、ブックカバーには昔ながらのセーラー服におさげ髪の女子高生が、駅のプラットホームに佇む姿が描かれていた。裏表紙には、次のような紹介文が記されている。

 2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、そしてその彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。
 ただでさえ退屈な夏休みに、面倒ごとが増えるとあって二人はうんざりだ。いとこの存在に期待も興味もない。退屈な日常はそのまま続くかに思われた。
 けれど、彼女——今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの“30年前の女子高生”だった……。

 1995年の夏、今日子の家族は火災で全員亡くなり、彼女だけが瀕死の状態で救い出された。その後、治療を受けたのちコールドスリープによる人口冬眠に入り、30年間“眠り姫”として時を止めていたという。外見は女子高生のままだが、実年齢は50歳近い"おばさん"なのである。
 それでも今日子は、入院中に現代の文化や生活背景を学んだこともあり、明日子や日々人と自然に接することができる。

 今日子にとって、目覚めた現代社会は『浦島太郎』やロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の未来世界そのものだ。ただし違うのは、まだ30年後の世界であり、高校時代に付き合っていた恋人が今も生きているという点である。彼はすでに“おじさん”になっているが、どうしても逢いたい——そんな思いが、今日子の胸に静かに芽生え始める。

 父親と明日子・日々人の三人で暮らす門司家は、どこか家族関係がぎくしゃくしていた。そこに現れた今日子は、いとこでありながら、どこか“母親のような存在”でもあったのかもしれない。

 ポケベル、ソックタッチ、スーパーファミコン——懐かしい記憶の断片が物語に散りばめられ、軽やかでほんわかとした空気の中に、ふと切なさが漂う。

「きょうの日はさようなら」。そして、その先に続くのは「また逢う日まで」なのだろう。

評:蔵研人

 

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2026年5月21日 (木)

つくみの記憶

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著者:白石一文

 三十一歳になった松谷遼平は、会社の懇親会でアルバイトの隠善つくみと、はじめてまともに言葉を交わす。すると彼は、説明のつかない奇妙な感覚にとらわれる。少年時代、生死の境をさまよった体験をもつ遼平。その記憶と、目の前にいるつくみの存在とが、どこかで密やかに結びついているように感じられるのである。

 やがてある晩、遼平は自宅でつくみと関係を持ち、その最中に恋人・友莉と鉢合わせしてしまう。この出来事をきっかけに友莉は姿を消し、彼女をめぐって不穏な噂が流れ始める。

 物語前半は、つくみの強引とも映る行動と、遼平の優柔不断さ、そして結果として裏切られる形となった友莉の苦悩が描かれる。とりわけ友莉の立場に思いを寄せると、彼女の人生が思わぬかたちで揺さぶられていく展開には、やりきれなさを覚えずにはいられない。後に彼女は再び歩み出すが、その再生の描写にはやや性急な印象も残り、十分に感情が熟す前に結論へと導かれたようにも感じられた。

 さらに後半では、物語は思いがけず幻想的な色彩を帯び、寓話的とも言える展開へと踏み込んでいく。その飛躍は大胆であり、作者らしい挑戦とも受け取れるが、現実の重みを背負ってきた前半との接続には、やや断絶を覚える読者もいるだろう。結末もまた明確な答えを示すことなく、妙な余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 私は白石一文の作品を愛読してきた一人である。だからこそ、本作には強い期待を抱いていた。その期待ゆえにか、読後にはどこか食い足りない感覚が残った。決して凡作ではない。しかし、作品が内包していたはずの深みや必然性が、最後の一歩で輪郭を結びきらなかったように思われてならない。熱心な読者であるからこそ感じた、ほろ苦い物足りなさであろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年5月 6日 (水)

生成AIで世界はこう変わる

Ai

著者:今井翔太

 著者は東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻・松尾研究室に所属し、1994年生まれ。人工知能分野、とりわけ強化学習の研究に従事している研究者であり、本書の執筆者としては専門的知見を備えた適任者といえるだろう。

 本書は、「生成AIとは何か」「生成AIを動かす技術」という基礎的解説から始まり、「生成AIの導入により消える仕事・残る仕事」「生成AIが創るコンテンツの価値」「生成AIと共に歩む未来」といった社会的・経済的論点へと議論を広げていく構成となっている。生成AIをめぐる技術的背景と応用可能性を、比較的平易な言葉で整理した入門書としての性格が強い。

 もっとも、本書は2024年1月の刊行であり、昨今の技術革新速度を思えば、部分的にかなり状況が変化している可能性も否めない。また、生成AIが社会にもたらす影響は、技術論にとどまらず、歴史的・人類学的・倫理的視座をも必要とする大きなテーマである。その広大な問題系を、一人の技術研究者の視点のみで描き切ることには、一定の限界も感じられた。

 とりわけ「消える仕事・残る仕事」や「生成AIと共に歩む未来」に関する議論については、もう一段踏み込み、現実社会の具体的事例との比較や、異なる立場からの見解との対話が示されていれば、より立体的な論考となったのではないかと惜しまれる。

 生成AIという奔流の只中にあって、本書はその現在地を示す一つの標識ではある。しかし読者としては、その標識の先に広がる地平まで、もう少し遠望してみたかった──そうした思いが、読後に静かに残った。


評:蔵研人

 

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2026年4月19日 (日)

海神

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著者:染井為人

 東日本大震災で甚大な被害を受けた天ノ島に、NPO法人代表の遠田政吉が姿を現す。彼は当初こそ島の救世主のように振る舞うが、実際には災害を食い物にし、復興支援金を横領するなど、弱者につけ込む卑劣な人物であった。
 島民たちもはじめは彼を崇めていたものの、あまりに派手な金の使い方に疑念を抱き始める。ただ、東京から長期休学してボランティアに来ている女子大生・姫乃だけは、終始遠田を信じ、尊敬し続けていた。

 染井為人の小説は、いつも冒頭から読者を強く引き込む力がある。しかし本作は震災という重い現実を背景にしているためか、ドキュメンタリーのような質感が漂い、さらに時系列が頻繁に入れ替わる構成が読みにくさを生んでいた。そのうえ、登場人物の誰にも共感しづらく、物語に没入するのが難しかったのも否めない。

 極悪非道な遠田はもちろんだが、ヒロインである姫乃にも終始苛立ちが募った。現代の若者は、一度誰かを信じると、まるで神を崇めるかのように“推し”の感情に支配されてしまうことがあるのかもしれない。
 後半になって多くの人が遠田を批判しても、姫乃が耳を貸さなかったのは、遠田への心酔だけでなく、「信じ続けた自分」を否定することへの恐れもあったのだろう。

 そして結局、彼女は遠田に裏切られ、尊厳を踏みにじられ、命まで危険にさらされることになる。身から出た錆と言ってしまうにはあまりに酷だが、他者の意見を受け入れず、一方的な感情だけで人を判断する姿勢には、どうしても賛同しがたいものがある。二年間の休学とボランティアの末、彼女はいったい何を得たのだろうか。
 もちろん得難い経験もあっただろう。しかし、周囲にかけた迷惑や失ったものの大きさを思うと、複雑な思いが残る。いずれにせよ、これもまた染井作品らしさなのかもしれないが、読後にどこか苦い余韻が残る作品であったことも否めない。


評:蔵研人

 

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2026年4月11日 (土)

信仰

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著者:村田沙耶香

 本書は、タイトル作『信仰』を中心に十一編を収めた短編集である。ただし、『信仰』のみが約五十頁を費やして丁寧に物語を紡いでいるのに対し、他の十編は一編十頁前後の、いわばショートショート的な趣を持つ。私はもともと短編小説を好まないため、『信仰』以外を数編読んだところで、本書を閉じてしまった。

 表題作『信仰』は、コストパフォーマンスを過剰に重視するあまり、カフェのコーヒーにはじまり、ディズニーランドの土産物、エステやネイル、ブランド品に至るまで、「原価に比して高すぎる」と批判し続ける女性を主人公とした物語である。

 当然のように、彼女は友人から「他人の夢や幻想を壊さないで」と反論される。そこで主人公は、自らの性格を改めようと決意し、知人が主宰する奇妙なセラピーに参加する。無駄遣いだと理解しながらも、あえて十万円を支払うという選択は、彼女なりの“信仰”への第一歩なのかもしれない……。

 村田沙耶香は今年四十六歳になるが、その文章から立ち上がる感触は、どこか二十代前半のような瑞々しさを帯びている。小説家としてのデビュー作は、2003年の『授乳』で、第46回群像新人文学賞優秀作に選ばれた。その後、2016年に『コンビニ人間』で第155回芥川賞を受賞している。

 私が彼女の作品に初めて触れたのも『コンビニ人間』であり、その後『消滅世界』、そして本作を読んだ。村田沙耶香の小説には、どこか「異常」「不思議」「荒唐無稽」「非現実」「非常識」「奇妙」といった臭気がまとわりついている。しかし不思議なことに、読み進めるうち、いつのまにかその世界に強く引き込まれてしまう。なぜ彼女の物語は、これほどまでに読者の感覚を揺さぶるのだろうか。

評:蔵研人

 

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2026年3月19日 (木)

「時間」はなぜ存在するのか

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★★★☆
著者:吉田伸夫

 著者は東京大学理学部を卒業し、同大学院博士課程を修了した理学博士である。専門は素粒子論だが、科学哲学や科学史など、学問の境界を越えて幅広い研究を続けている。

 本書は、そもそも時間とは何なのか、私たちが“時間の流れ”を感じるのはなぜなのかといった根源的な疑問に、できる限り平易な言葉で迫ろうとする一冊である。もっとも、学者としての習性ゆえか、ところどころ難解な概念や理論も顔を出す。しかし、『時をかける少女』や『火の鳥 未来編』、『インターステラー』、『スタートレック』といった小説・マンガ・映画の例を巧みに織り交ぜて説明してくれるため、読者が藪の中に置き去りにされることはない。

 さらに著者は、生命の歴史に刻まれた時間、そして宇宙の始まりから終焉に至る壮大な時間のスケールにまで視野を広げ、時間という概念の多層的な姿を描き出す。

 いずれにしても素人の私には、本書を解説したり評価する能力は存在しないので、その目録だけを次に記しておきたい。

はじめに 何もない場所に時間は流れる?

第1章 時間はどこにあるのか
1.硬直したニュートンの時間
2.時間の伸び縮みが重力を生む
3.アインシュタインの時空

第2章 「流れる時間」という錯覚の起源
1.始まりの謎
2.ビッグバンは爆発ではない
3.宇宙は壊れていく

第3章 循環する時間、分岐する時間
1.循環する時間
2.未来はどこまで定まっている?
3.分岐する時間

第4章 いきものの時間、人間の時間
1.物質世界も進化する
2.生命誌から見た時間
3.人間にとって時間とは

第5章 時間の終わり
1.壊れていく宇宙の末路
2.人間と時間

以上である

評:蔵研人

 

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2026年1月10日 (土)

ふたつの星とタイムマシン

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★★★☆
著:畑野 智美


 本書は「小説すばる」に掲載された5作品に、書き下ろし2作を加えた短編集である。また表題作『ふたつの星とタイムマシン』という短編は見当たらないものの、タイムマシンを題材とした書き下ろし作として『過去ミライ』がその役割を静かに引き継いでいる。

 収録されている7つの短編を、簡単に紹介しておきたい。

1.過去ミライ
 大学教授が研究するタイムマシンに乗り、過去の自分へ「ある男性に告白するよう」仕向ける女性の物語。

2.熱いイシ
 「好き」か「嫌い」かを見分ける不思議な石をめぐるエピソード。

3.自由ジカン
 時間を自在に操る力を持つ少女を描いた、ささやかな成長譚。

4.瞬間イドウ
 テレポーテーション能力を使い、気軽に海外旅行へ飛び回るOLの日常。

5.友達バッジ
 服につけるだけで、いじめっ子とも自然と打ち解けてしまうバッジをめぐる物語。

6.恋人ロボット
 至れり尽くせりの恋人ロボットの発明によって、「人間の恋人」の存在意義が揺らぐ世界を描いた一篇。

7.惚れグスリ
 その名のとおり、媚薬をめぐる小さな騒動を描いている。

 いずれの作品も、近未来に芽生えるときめきや友情をやわらかく照らし出し、読後にほのかな温もりを残してくれる。そんな、優しい光を帯びたSF短編集である。


評:蔵研人

 

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2025年12月 8日 (月)

シネマコンプレックス

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著者:畑野智美

 本作はクリスマス・イブのシネコンを舞台に、その内部を支えるさまざまな部署の視点から出来事を描いた連作短編集である。

 フロアはチケットのもぎりや館内案内・清掃
 コンセッションはポップコーンやドリンクの販売
 ボックスはチケット売り場
 ストアはグッズ販売
 オフィスは事務作業を担う
 そして新人がまず配属されるフロアでは、チラシの補充やポスター交換、トイレチェックなど、こまかな雑務が絶えない。
 さらにプロジェクションでは映写技師が映像の質を守っている。

 こうした仕事の内容を、裏側の事情も含めて丁寧に描いているため、読んでいるうちに自然と映画館にまつわる蘊蓄が身につき、映画通になったような気分を味わえる。

 また、シネコンでは大半がアルバイトスタッフで構成され、正規社員を含めて百名ほどが勤務しているという実態にも驚かされた。だが、年中無休で長時間営業という現実を思えば、それも必然なのだろう。
 さらには、近年のシネコン拡大による小規模劇場の衰退、フィルム上映の減少から映写技師が姿を消しつつある現状にも触れられており、作品世界を越えた余韻を残す。

 前半はやや情報量が多く、どこかカタログ的な印象も受けた。ところが終盤になると、周囲から敬遠されていた副支配人の思いがけない優しさが明らかになり、長くアルバイトを続けてきた男女二人をめぐる静かな恋物語が温かな灯をともす。
 そしてそれらの結びつきが見事に絡み合い、読み終えたときには、まるで劇場の照明がそっと上がるような心地よい余韻が残った。


評:蔵研人

 

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