カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2025年7月14日 (月)

人質の法廷

Photo_20250714111401

著者:里見蘭

 はじめてこの本を手にしたときは度肝を抜かれた。なにせ二段組で600頁もある巨大な分厚い本だったからである。もしこれを文庫本にしたら、たぶん5冊を超えてしまうだろう。それに内容は裁判の話なので法律用語や条文が飛び交うのだ。二週間の約束で図書館から借りたのだが、遅読の私に完読できるのか不安であった。

 タイトルの『人質の法廷』とは人質司法とも呼ばれ、否認供述や黙秘している被疑者や被告人を長期間拘留する(人質のような扱いをする)ことで自白等を強要しているとして日本の刑事司法制度を批判する用語のことである。
 したがって本作では、状況証拠だけでは逮捕できないと考えた警察・検察側が、寄ってたかって無理やり自白に追い込み冤罪逮捕された被告人を守る弁護士と警察・検察・裁判官との戦いが克明に描かれている。
 それにしても警察と検察がつるむのは理解できるが、公正な立場だと信じていた裁判官までが彼等の味方だったとは恐怖以外の何物でもなかった。やはり国家権力という同じ穴の狢だからであろうか……。
 それはそれとして、法律を学んだ訳でも法曹界の経験者でもないのに、法律はもとより弁護士、警察、検察、裁判などの仕組みや実情を知り尽くしている著者の勉強力・調査力あるいはネットワーク力には驚愕するばかりである。また漫画の原作やファンタジーなど多彩な引き出しも保持しているようなので、是非ほかの作品も味わいたいと考えている。

 ここで本作のあらすじをざっと記してみよう。
 
 主人公の川村志鶴はまだ駆け出しの女弁護士だが、勉強熱心で正義感に溢れ、そのうえ男勝りのパワーを発揮して弁護士活動を続けている。そんなある日、当番弁護の要請が入り「女子中学生連続殺人事件」の容疑者の弁護を担当することになる。
 容疑者の増山敦彦は典型的なデブッチョロリコンオタクで、いかにも犯人らしい風采なのだが、志鶴は彼の言葉を信じて冤罪をはらそうと積極的に弁護人を引き受けるのだが、気の弱い増山は警察・検察に恫喝されやってもいない罪を認めてしまうのだった。
 読者たちはこのあたりでは、冤罪ではなくもしかすると増山が殺人犯なのかも、と考えてしまうかもしれない。だが中盤になって突如真犯人が登場し、かなり詳細にその犯行手口が描かれてしまうのである。

 そう、あくまでもこの小説は犯人探しではなく、国家権力たちの不法な取り調べや裁判がテーマなのだ。それは理解しているのだが、余りにも悪質で残虐な真犯人の行動には許しがたい憤りを抑えることができない。さらに余りにも惨すぎる、少女たちへの暴行描写に反吐が出る思いも禁じえなかった。
 なんといってもクライマックスは、約200頁にわたる終盤の裁判シーンである。このあたりはまるで自分も傍聴しているような臨場感に巻き込まれ気を抜くことができず、私自身もパワー全開となり夜を徹して一気に読破してしまった。
 納得できるなかなか素晴らしい大団円であったが、その後の真犯人に対する詳しい描写がなかったのだけが心残りである。いずれにせよ専門用語が飛び交う分厚い本にしては、読者をぐいぐいと引き込んでくれるので読み易く面白かった。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年7月 6日 (日)

本心

Photo_20250706135601

著者:平野啓一郎

 著者の平野啓一郎は、妻夫木聡、安藤サクラ主演で映画化された『ある男』の原作者でもある。『ある男』は奇妙でミステリアスな展開でありながら、家族や差別問題などの現代的テーマで塗りつぶされていた。本作もそれに負けずに斬新なテーマを題材としている。
 舞台は近未来の日本であり、なんと主人公の石川朔也は、3百万円支払ってヴァーチャル・フィギュアを使って死んだ母親を再生させるのだ。また自由死が法的に認められており、母親の死因は事故だったものの、生前から安楽死(自由死と表現している)を希望していた「本心」を探るのが本作のテーマなのである。
 そしてその母の本心を探るため、朔也は母が通っていた自由死肯定派医師の富田と会って話を聞く、さらに母が信用していた職場の友人三好とも会うことになる。この二人の話を聞く限りでは、母が自由死を希望したのは、働けなくなり息子の重荷にならぬためだという親心からだというのだが……。

 この小説のタイトルを考えながら、そのテーマは母親のヴァーチャル・フィギュアを通して、母親が望んでいた自由死が「本心」だったのかを探ってゆく話だと思い込んでいた。ところが三好と会ってからは、だんだんヴァーチャル・フィギュアの存在感が薄くなってゆくのだ。それでも朔也と同居した三好がヴァーチャル・フィギュアを使い始めたので、少なからずも彼女との係わりは続いていたのだが、その内容は全く描かれることがなかった。
 その後ひょんな事件に巻き込まれた結果、イフィーという有名で超セレブな「アバター・デザイナー」と知り合うことになってからは、母親のヴァーチャル・フィギュアはほとんど出番がなくなり、朔也の興味も行動もイフィーとの係わりに凝縮されてゆく。

 ただ母が生前に愛読していた作家・藤原亮治の存在と、生前の母との関係が気がかりであった。そんな折、年が明けた頃になって、なんとかなり前に連絡をとっていた藤原亮治から、突然メールが届くのである。そして彼が入所している有料老人ホームまで足を運ぶのだが、ここで今まで知らなかった母の過去が明かされることになる。
 このあたりからストーリーが急展開することになり、一気にラストまでスパートを駆け抜けることになる。さらに犯罪を犯した元同僚の岸谷と面会するため拘置所へ行ったり、コンビニで助けたミャンマー人のティリとレストランで食事をするのだが、とにかく木枯らしが吹き抜けたかと思うと、いきなり薫風に遭遇するような慌ただしいが余韻を残すようなラストで締めくくられてしまった。

 結局「本心」とは何を示唆していたのだろうか。母が自由死を選んだ本心なのか、それとも朔也を産んだ理由なのか……。だがよくよく考えると朔也自身が母や三好やイフィーに求めていた「何か」だったのだろうか。いやいや真のテーマは、人間の生と死が宇宙に始まり宇宙に融合する、という論理を絡めて自由死に対する是非を問いたかったのかもしれない。
 それにしても本作の現実と非現実が交錯する描写や、登場人物の内面に深く迫るスタイル、さらに視点やテーマが急に変わるところや、予測不可能でなかなか明かされない不確実性やあやふやな展開、そしてラストに余韻を残したままそのあとは読者に委ねる手法などは、あの村上春樹の作風と似ていると感じたのは私だけであろうか。まあいずれにせよ、内面的な葛藤や矛盾に塗れながらも哲学的で思索的な雰囲気が漂う興味深い作品であることは間違いないだろう。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年6月25日 (水)

大相撲の不思議

Photo_20250625103401

著者:内館牧子

 本書は、単なる相撲入門書でも大相撲観戦記でもない。もっとユニークな蘊蓄系エッセイと言えばよいのだろうか。
 著者は作家・脚本家であり、10年にわたって横綱審議委員を務めた内館牧子氏。いわば“超スー女”である彼女は、若い頃には床山を志して相撲協会に自らを売り込んだり、委員就任後には東北大学大学院に進学し、「神事としての相撲」を研究テーマに宗教学を専攻。その徹底した姿勢は、もはや“相撲研究家”と言って差し支えないレベルなのだ。
 さらに、女性でありながら土俵の女人禁制を否定せず、あえて伝統を受け入れる姿勢からも、真の好角家であることがうかがえる。東北大学相撲部の“現役院生監督”という異色の肩書も、彼女の相撲への愛情と献身を象徴している。

 本書では、土俵の生業などを通じて相撲がいかにして“神事”であるかを語るところから始まり、懸賞金や番付の格差、まわしや髷の起源、さらには相撲茶屋、四股名、手形、天皇賜盃の由来までを、平易な語り口でわかりやすく解説しているところが嬉しい。
 また200頁ほどの手軽なボリュームに、大きめの文字と南伸坊による味わい深い挿絵が添えられ、読書の心地良さや満足感を高めてくれる。読んでいるうちに自然と、相撲の歴史やしきたり等についての知識が身につき、今後の観戦の視点や楽しみ方が確実に変わると感じることだろう。
 そして何より嬉しいのは、このシリーズがすでに第三巻まで刊行されていること。相撲を深く知りたい人にも、ちょっと興味があるという人にもおすすめしたい一冊である。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年6月14日 (土)

終の盟約

Photo_20250614181701

著者:楡周平

 本作は現代における医療システムの問題点と安楽死や尊厳死をテーマにした社会派小説でもあり、登場人物たちの心理的葛藤を綿密に描いた群像劇仕立てのミステリー小説とも言えなくもない。従って常に緊張感が漂い、読者は一瞬たりとも気を抜けないような状態が続くのである。

「ぎゃあああーー!」
 内科・開業医の藤枝輝彦は、妻・慶子の絶叫で跳ね起きた。元医者であった父・久が風呂場を覗いていたというのだ。さらに輝彦が久の部屋へ行くと、なんとそこには妻に似た裸婦と男女の性交が描かれたカンバスで埋め尽くされていたのである。
 このときにやっと輝彦は、父の認知症を確信し、専門医に検査を依頼すると、やはり心配していた通り「レビー小体型の認知症と診断されてしまった。

 その後輝彦は、久が残した事前指示書「認知症になったら専門の病院に入院させ、延命治療の類も一切拒否する」に従い、父の旧友が経営する病院に入院させることになるのだった。
 これからの長い介護生活を覚悟した輝彦であったが、なんと久は一か月後に心不全で突然死してしまうのである。だがそれは「医師同士による密約の実行」だったのであろうか……。

 この父の早過ぎる死に疑問を持った次男で弁護士の真也が真相を探ろうとするのだが、結局調査は医師である兄の輝彦に任せて、自身は安楽死や尊厳死という難解なテーマ自体に興味を持ち始めるのだった。そんな夫の煮え切らない行動に不満を感じた真也の妻・昭恵は、友人の美沙の知り合いであるフリー記者に調査を依頼してしまうのである。

 ほとんど極悪人は登場しないのものの、この昭恵の強欲さと嫉妬深さだけは異常極まりなく不快感を拭えなかった。ただ極端に描かれてはいるものの、このような妻は世の中に蔓延していることも否めないだろう。またこの昭恵こそこの小説の影の推進役であったのかもしれない。なかなか重量感のある充実した作品であるが、ラストがあっけなかったのがやや残念であった。

 さて本作を書き上げたころは、認知症は恐怖に満ちた不治の病であったが、近年やっと「認知症の進行を妨げる薬」の発明がなされ、医薬品としての認可に続き保険適用という朗報が流れたことは実に喜ばしい限りである。
 まあいずれにせよ、本作のテーマである安楽死や尊厳死こそ、そろそろ世界中が本気になって論じてゆかねばならないギリギリの瀬戸際に辿り着いているいることだけは間違いない事実であろう。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年6月 4日 (水)

人間標本

Photo_20250604112001

 奇妙なタイトルそのままに、人間――それも美少年たちを蝶に見立てて殺害し、標本にするという狂気のストーリーなのだ。さらにその狂気は小説の中だけにとどまらず、ご丁寧に6ページにもわたる人間標本の口絵まで添えられているという念の入れようではないか。

 湊かなえの作品としては、かなり世界観を広げた実験的な作品だと感じた。そして添えられた口絵が誘う猟奇的ながらファンタジックな美しさに翻弄されたことも否めない。だが、少なくとも本作の核ともいえる「人間標本収集チャプター」は、特に蝶に興味もなく、かつ人間を標本にする意図も理解できない私としては、延々と続く“蝶の蘊蓄”にうんざりし、モヤモヤとした退屈感も拭い去ることができなかった。ただ、『人質の法廷』での“残虐でえげつない殺戮描写”がなかったことには救われた。

 イヤミスの女王と呼ばれる作者だが、なぜ今、“江戸川乱歩”を髣髴させるような気味の悪い猟奇的な作品を書く必要があったのだろうか。正直、途中で何度か投げ出してしまおうかと思ったのだが、きっとあの湊かなえなら、このあとにゾクゾクするような展開が待っているに違いない……。

 そう信じて辛抱強く終盤近くまで読み進めていると、「えっ! そうだったの」と読者をおちょくるようなどんでん返しが待っていた。それで何となく納得したものの、ところが最後の最後になって、はたまたイタチの最後っ屁のようなダブルどんでん返しに遭遇することになる。
 このとき読者たちの脳裏には、読後もなお焼きつくような衝撃が走るだろう。それは真犯人の意外さだけにとどまらず、主人公の行動をすべて無に帰す超シニカルな結末であった。この後味の悪い皮肉な驚愕こそ、今まで狂気の世界に引きずり込まれていた読者たち、いや主人公自身までもが、現実世界で覚醒する雄叫びになるのだった。


評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年5月14日 (水)

十字路

Photo_20250514172301

著者:五十嵐貴久

 タイトルの「十字路」とは、神代小学校教諭の織川俊英が殺された自宅近くの交差点のことである。またタイトルにしたくらいだから、この交差点に犯人逃亡のヒントが込められているのだが、それはラストに明かされることになる。

 さて本作では三つの話がパラレルに語られることになる。
 まずは全国学生絵画コンクール高校生の部で最優秀賞を受賞するほど天才的な才能を発揮している織川詩音の話、そう彼女は殺された織川俊英の義理の娘でもあった。
 そしてこの詩音に勝るとも劣らないほどの絵画センスを持っている椎野流夏という、女のような名のイケメン大学生の、なんと彼の父親も毒入りチョコレートで殺されてしまうのである。
 さらにこの二つの事件を追う警察官で、かなり変人だが優秀な探偵役を務める星野警部が捜査・推理してゆく話で構成されている。

 なかなか読み応えもあり、中盤からはぐいぐいと惹かれてあっという間に読破してしまった。本作では中盤までに犯人は大体想像できてしまうのだが、その動機とどのようにして現場から逃走したのかという疑問点が焦点となっているようだ。
 ただオチにどんでん返しや捻りがなく、こじつけのような動機に無理があったかもしれない。それと現代の病巣のような社会問題にメスを入れているものの、吐き気を催すような推理にはかなり辟易してしまった。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年5月 5日 (月)

黒牢城

Photo_20250505213801

著者:米澤穂信

 第166回直木賞受賞作品である。時は本能寺の変より4年前、舞台は織田信長に叛旗を翻した荒木村重が立て籠もる有岡城である。
 秀吉に命ぜられ、頑固者の荒木村重を説得に訪れたのが黒田官兵衛だが、すでに村重の心は信長から離れて説得の甲斐もない。それどころか暗い土牢に閉じ込められてしまうのであった。この歴史的に有名な話がこの小説の序章となり、なんとなく重そうな歴史小説を彷彿してしまうのだが、なんと実は時代劇を装ったミステリーだったのである。

 まず謎の始まりは、村重を裏切った安部仁右衛門の一子安部自念の密室殺人事件である。自念は人質として村重の城中で暮らしており、本来なら親の裏切りにより、すかさず成敗されるのが当時の習わしだった。ところがなぜか村重は彼を殺さず牢に繋ぐ決断をしてしまう。家中の者たちはその理由が呑み込めず、誰もが自念の処刑を望んでいるため、誰が殺したとしても不思議ではなかった。では誰がいつどのような方法で、密室状態の自念を殺害したのだろうか。……と、この謎に立ち向かうのが、なんと藩主村重本人であり、なんと土牢に繋がれている官兵衛の助言まで引き出すのだった。

 さて次の章「花影手柄」では、いつの間にか織田方・大津伝十郎の手勢約100名が有岡城の近くまで押し寄せて陣を張っている。すぐそれに気付いた村重は、これまで手柄を立てられなかったと不満を漏らす雑賀衆と高槻衆各々20名、さらに子飼いの御前衆を率いて敵に夜討ちをかけるのだった。
 この章でのミステリーは、雑賀衆と高槻衆のどちらが敵の大将首を討ち取ったのかという謎解き話である。だがこの章では謎解きだけではなく、斥候のやり方に始まり、夜討ちの仕掛け方、兜首の見分け方、褒章の手筈などが事細かく解説されておりかなり勉強になった。

 さらに第三章「遠雷念仏」では、村重の命を受け明智光秀に密書と家宝の茶壷「寅申」を届ける役目を引き受けた旅の僧「無辺」が何者かに殺害されてしまう。しかもその骸からは「寅申」が収められていた行李までもが消え失せていたのである。
 さて犯人の目的は「無辺」を殺すことだったのか、それとも「密書」や「寅申」を奪うことだったのだろうか。またそもそも誰がどのようにして警備の堅かった場所に忍び込んで無辺を殺害したのか、そのうえ護衛で手練れの秋岡四郎介をいとも容易く斬り殺したのだろうか。と謎が謎を呼ぶ展開に加えて、意外な犯人と結末には驚かざるを得ないだろう。

 そして第四章「落日孤影」では、長期に亘る籠城のなかで、次第に家臣たちの信頼が薄れてゆき、村重の焦りが手に取るように鮮やかに描かれてゆくのである。また今まで起こった事件の首謀者が解明するのだが、何となくすっきりせず部下たちに対する不信感も完全には拭えない。そこでまたまた土牢に繋がれている官兵衛のもとに訪れるのだが、それが官兵衛との最後の会見となるのである。
 
 さらに僅か20頁の最終章へ続くのだが、もはやそこでは「村重が有岡城を去った後」の歴史に沿った解説文が綴られてゆくだけであった。それにしても村重逃亡後に、信長の命により「有岡城の女房衆122人が尼崎近くの七松において鉄砲や長刀で殺される」という残酷な事態を招くぐらいなら、もうあと3年位辛抱して籠城を続けていれば、本能寺の変で信長が討たれたのになあ……。結局は最後になって、ミステリーから歴史小説に戻ったようである。
 歴史小説とミステリーをブレンドしながらも、なかなか含蓄のある内容には脱帽するばかりであり、一番心に残ったのは「この時代の武士たちは、中途半端に生かされるより、さっぱりと殺されたほうが嬉しかった」のだということであろうか。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年4月 9日 (水)

メモリー・ラボへようこそ

Photo_20250409105401

著者:梶尾真治

 本書はタイトルの『メモリー・ラボへようこそ』と『おもいでが融ける前に』の二本立ての構成になっている。どちらの作品も平凡社の『月刊百科』という雑誌に2008年から2009年にかけて掲載されたもので、後者は前者の第二ストーリーであり、著者得意の甘く切ない恋愛ファンタジー作品である。
 
 『メモリー・ラボへようこそ』は、結婚もせず仕事一途に生きてきた主人公・和郎が、定年退職したあとになってそれまでの味気ない人生を振り返り、しょぼくれて屋台で飲んでいる。すると帰りがけに屋台の主人から、奇妙なチラシを手渡されるのだった。そこにはこう記載されていた「あなたの必要なおもいでが揃っています。メモリー・ラボへ」と……。

 そこではコピーした他人の記憶を人工的に移植する、という摩訶不思議な研究と提供が行われていたのだった。それにしても、なぜそんな重大な研究を、古ぼけた雑居ビルの一室で行い、1回8万円という微妙な金額で提供しているのだろうか、もしかすると詐欺なのではないだろうか。ファンタジーというより、『笑うセールスマン』的な漫画チックな展開である。

 他人の記憶を植え付けられた和郎は、その記憶に登場する女性が気になり始め、その記憶に振り回され続けることになる。いったいこの結末はどうなるのだろうか、またその記憶の彼女とは何者なのだろうか。そうこうしているうちに、終盤にアッと驚くどんでん返しが巻き起こり、100頁程度の本作はあっという間に終了してしまった。その締めくくりは実に見事なのだが、「もう少し引き延ばしてくれてもよいのになあ」と感じてしまうはずである。

 さて二作目の『おもいでが融ける前に』では、当然一作目のような驚きはないものの、ストーリー的には第一作を凌ぐ面白さがあった。こちらは笙子という女性が主人公であり、母親が教えてくれない謎の父親を捜すというお話で、ラストに連発するどんでん返しが用意されている。
 いずれにせよ二作とも、いつもながらカジシンさんオリジナルの甘く切ないラブファンタジー仕立てでとても読みやすかったね。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年3月28日 (金)

我が産声を聞きに

Photo_20250328113501

著者:白石一文

 背景はコロナ全盛時で、夫婦と娘と猫を絡めたちょいと奇妙だが、とどのつまりはシンプルなお話である。

 病院に同行した名香子は、肺がんの診断を受けた夫・良治からとんでもない告白をされるのだった。「肺がんだとはっきりしたので、今日からは人生をやり直し、好きな人と暮らす」とさらりと言って、そのまま家を出てしまうのである。そのあとは、何が何だか理解できないまま取り残された名香子の視点で話は紡がれてゆく。
 良治は着の身着のままで、昔付き合っていた香月雛という女性の家に込み、もし逢いたいならこちらへきて三人で話をしようというばかりなのだ。余りにも身勝手で一方的な言い分に、一体20年間の夫婦生活は何だったのかと唖然とし思案に暮れてしまう名香子だった。

 ここまで読んでくると、一体良治はどうしちまったのだろうか、これから名香子はどう行動し決断するのだろうか……といった思いがまるでミステリーを読んでいるような気分に惹きこまれてしまうのである。この展開こそ白石節なのだが、今回はなぜか最後までうやむやのまま完結してしまうのだ。とにかく「下巻に続く」としてもおかしくないくらい中途半端なのである。結局は読者それぞれが自由に発想してくれと言うことのなのだろう。

 さてタイトルの「我が産声を聞きに」の意味だが、それだけはラストにさりげなく用意されていた。それは一人娘の真理恵の産声と、失踪していた愛猫・ミーコの鳴き声を重ねてもじったのであろう。そしてその二つだけが、「名香子と良治の接点」なのだったとも考えられるからである。
 本作はさらりと描かれているものの、よくよく深読みすれば人生の岐路とか結婚の意味とかを提示しているのかもしれない。ただ決して面白くないわけではないのだが、やはり従来の白石作品と比べると何となく物足りなかったことも否めないのだ。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

2025年3月18日 (火)

滅びの前のシャングリラ

Photo_20250318154701

著者:凪良ゆう

 小惑星が地球に衝突して地球と人類が滅びる前の1か月を描いた小説である。タイトルの「シャングリラ」とは「理想郷」「桃源郷」「楽園」という意味で使われる言葉であるが、滅びと楽園では矛盾しているではないか。たぶんこの小説の中で精神的に恵まれなかった主役たちが、人類最後の日を迎えて本当の意味での安らぎを味わえたからであろうか……。

 本作は4人の語り部による4つの章で構成されている。第一章ともいえる「シャングリラ」は、太っていていじめられっ子高校生の江那友樹が「ぼく」という一人称で描かれる。さらに第2章「パーフェクトワールド」は、友樹の父親である喧嘩屋の目力信士が「俺」という一人称で登場する。
 さらに第3章「エルドラド」は友樹のヤンキー母である江那静香が「あたし」として主人公になる。そして最終章「いまわのきわ」は、友樹が片思いしている藤森雪絵が主人公になるのかと思っていたら、なんと彼女が崇拝している歌手Loco(本名:山田路子)が語り部になるのだった。

 つまり前述したとおり、この人生を上手に乗り切れなかった4人(実は藤森雪絵も含めて5人)が、地球滅亡を前にして開き直って自分を取り戻してゆく様を描いているのである。
 「1か月後の15時に小惑星が地球に衝突します」午後8時に、すべてのチャンネルで放送された首相の記者会見が混乱の始まりであった。何年も前から秘密裏に全世界協力態勢で衝突回避を検討してきたのだが、もはや人間の力ではそれを回避することは不可能だという。

 交通はマヒしTVも映らなくなり、街では平気で略奪や殺人が横行している。だからと言って夢も希望もないパニック小説でもないようなのだ。では本当に地球と人類は滅びるのだろうか、もしかすると『ノストラダムスの大予言』のように未遂に終わり人類は助かるのだろうか。とページをめくる指が震えてくるのだが、そもそも本作は単なるパニック小説ではない。
 従って本作が目指すところは、小惑星の衝突日でありながらも、衝突するか否かではないのだ。多分それよりも「ひとは欲望を叶えたり幸せを掴むために、努力したり苦しんだり苦しめたりするのだが、実は本当の幸せは死ぬ直前になってはじめて気づくものではないだろうか」というシャングリラなのかもしれない。

評:蔵研人

 

下記のバナーをクリックしてもらえば嬉しいです(^^♪↓↓↓

人気blogランキングへ

人気ブログランキングへ

↓ブログ村もついでにクリックお願いします(^^♪

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

| | | コメント (0)

より以前の記事一覧