カテゴリー「アニメ・コミック」の記事

2026年2月23日 (月)

『進撃の巨人』TVアニメ版を観終えて

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 諫山創による漫画『進撃の巨人』は、2009年から2021年まで約12年間にわたり『別冊少年マガジン』で連載され、世界累計発行部数1億4,000万部を超える一大作品となった。その影響力は日本国内に留まらず、アニメ化を通じて世界規模の現象へと拡張していった。

 私は原作漫画を未読のまま、TVアニメ全94話を視聴した。物語はあまりにも長大で、連日画面に向き合う生活を続けるうち、気づけば精神的にも肉体的にもかなり疲弊していた。それでも視聴をやめられなかったのは、本作が単なる娯楽の枠を超え、観る者に思考を強いる力を持っていたからだろう。

 第59話において、パラディ島を脅かしてきた巨人たちは一掃され、束の間の平和が訪れる。この時、私は物語が一つの終着点に達したのだと早合点した。しかし実際には、そこからこそが『進撃の巨人』の核心を描く「本当の始まり」だった。

 舞台はマーレへと移り、それまで一貫して被害者として描かれてきたエルディア人は、加害者の立場に置かれる。そして主人公エレン・イェーガーは、いつの間にか「守る者」から「壊す者」へと変貌していく。この急激な価値観の転倒に戸惑い、60話以降で視聴を断念した人が少なくなかったという話も、今となっては理解できる。

 正直に言えば、私自身も何度となく視聴をやめようとした。あまりにも多くの死が描かれ、正義の名の下に振るわれる暴力が執拗に反復される。その現実性は、フィクションであるがゆえに薄まるどころか、かえって生々しい不快感を伴って迫ってきた。しかし、未だ明かされていない巨人の謎を前に、物語を放棄する決断もできず、惰性と好奇心の間で揺れ動きながら視聴し続けることになった。

 また九つの巨人の継承者が容易には死なない点や、過去を何度も振り返る回想構成には苛立ちを覚えたのも事実である。ただ、こうした手法は『鬼滅の刃』など近年の作品にも見られる傾向であり、現代の大衆向け物語が選択している一つの様式なのだろう。

 それでも最終話まで辿り着いた今、本作が投げかけた問いは確かに心の奥に残った。「自由とは何か」「戦争はなぜ終わらないのか」「人間はどこまで残酷になれるのか」。分かりやすく読み解けば、“巨人”とは核兵器の恐怖の象徴であり、壁の向こう側を知りたいと願う衝動は、人間の際限ない欲望を表しているとも解釈できる。

 敵を憎むことは容易い。しかし、敵の背景を理解することは驚くほど難しい。立場が変われば正義は容易に反転し、昨日の英雄は今日の悪となる。その現実を、『進撃の巨人』は一切の逃げ道を与えず突きつけてくる。

 相互理解こそが争いを回避する第一歩であることは、誰もが知っている。だが現実には、人間は恐怖と欲望に翻弄され、短絡的な選択を繰り返してしまう存在なのだろう。そもそも巨人が存在せず、壁の外に過剰な関心を抱かなければ、この長期にわたる惨劇は起こらなかったはずだ。

 だからこそ本作は、真の平和や安らぎを求めるならば、「ありふれた小さな幸せ」を大切にするしかないのだと、静かに語りかけているように思える。

 『進撃の巨人』は、決して観る者を安易に楽しませる作品ではない。疲労や不快感を伴いながら、それでも思索を手放すことを許さない、重く、厄介で、しかし忘れがたい作品であった。

 なお、劇場版の実写映画については、TVアニメとは切り離して評価すべきだろう。94話に及ぶ物語を一本の映画に収めることが不可能である以上、省略や改変は避けられない。10年前の邦画特撮として見れば、映像面には相応の努力が感じられ、過度な酷評は必ずしも公平とは言えないだろう。

評:蔵研人

 

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2026年2月 7日 (土)

獣兵衛忍風帖

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★★★☆
製作:1993年 日本 上映時間:92分 監督:川尻善昭

 本作は、『妖獣都市』や『バンパイアハンターD』で名を馳せた川尻善昭が、原作・脚本・監督の全てを手がけた時代劇アニメである。妖艶さと残酷さを併せ持つ川尻作品らしく、エロティックかつグロテスクな描写も多い。ゆえに、子供向けの娯楽と考えるべきではなく、大人のためのダーク・エンターテインメントといった趣がある。

 物語の舞台は江戸時代前期。望月藩の忍び衆が、下田村に広がる謎の疫病を探るべく密命を帯びて、村に潜入するところから幕を開ける。しかし彼らは、正体不明の忍び軍団『鬼門八人衆』の襲撃に遭い、ただ一人生き残ったくノ一・陽炎を残して全滅してしまう。
 死の淵に追い詰められた陽炎を救ったのは、「はぐれ忍」として各地を渡り歩く牙神獣兵衛であった。そのため獣兵衛自身も鬼門八人衆に狙われる身となり、公儀隠密の濁庵、そして恩義ある陽炎とともに、巨大な陰謀へと否応なく巻き込まれてゆく。

 敵方である鬼門八人衆は、鋼のような皮膚を持つ者、影の中に自在に溶け込む者、無数のスズメ蜂を操る者、斬られてもなお甦る者など、異能の術を身に宿している。その姿は、まるで山田風太郎の忍法帖や、白土三平・横山光輝らが描いた忍者活劇をアニメの文脈で再構築したかのようで、往年の作品に心を躍らせてきた者なら、否応なく胸の高鳴りを覚えるだろう。

 なお、2003年には続編となるテレビアニメシリーズ『獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇』が放送されている。さらに川尻自身によるスピンオフ『獣兵衛忍風帖BURST』も制作され、世界はより広がりを見せた。機会があれば、これらの作品にも触れ、獣兵衛の歩んだ軌跡を辿ってみたいものである。

評:蔵研人

 

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2025年10月 3日 (金)

もののけ姫

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★★★★
製作:1997年 日本 上映時間:133分 監督:宮崎駿

 スタジオジブリが製作した本作『もののけ姫』は、日本アニメーションの金字塔として知られ、世界におけるアニメの評価を一変させる契機ともなった作品である。公開当時、その芸術性と物語性は国内外で高く評価され、それまで「オタク文化」の枠内にとどまりがちであったアニメという表現形式を、「芸術」へと押し上げる礎を築いたといえる。

 物語の舞台は室町時代。まだ日本の奥地には、人の手が及ばぬ太古の原生林が広がっていた。その森には、人語を解する山犬や猪といった巨大な獣たちが棲み、人々は彼らを「荒ぶる神」として畏れ敬っていた。そして、森の主たる存在として君臨するのが「シシ神」である。彼は森の生命の源であり、聖域としての森林を守護していた。

 しかし、人間たちはその森に侵入し、自らの世界を築こうと原生林を切り拓き始める。自然と人間、神と人間との衝突は、やがて避けがたい戦いへと発展してゆく————。

 物語の主人公は、王家の血を引く若者・アシタカ。彼はある日、村を襲った猪神との戦いの中で呪いを受けてしまう。命を削るその呪いを解くため、また、自らの運命と向き合うため、彼は東の地を離れ、旅に出る。

 旅の果てに、アシタカは「シシ神の森」が西方にあることを知り、その地を目指す。旅の途中、川辺で彼が目にしたのは、山犬にまたがり戦うひとりの少女と、銃を武器に森を切り開こうとする"エボシ御前"率いる人間たちとの激しい争いであった。少女の名はサン。人間でありながら山犬の神“モロの君”に育てられた、いわば森そのものの化身————「もののけ姫」であった。

 圧倒的な映像美、重厚な声の演技陣、そして久石譲による壮麗な音楽————本作の魅力は枚挙にいとまがない。ただし、時代考証や物語の展開においていささか強引と感じられる箇所もあり、観る者によっては違和感を覚えるかもしれない。しかし、それもまたファンタジーという枠組みの中で昇華されており、作品世界に身を委ねることで十分に受け入れられるだろう。

 自然と人間の共存、人間同士の果てしなき争い————そうした主題は、単なる過去の物語にとどまらず、現代社会が抱える問題とも重なって見える。『もののけ姫』は、美しさと痛みを併せ持つ寓話として、私たちに「生きるとは何か」を問いかけてくるのである。


評:蔵研人

 

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2025年9月27日 (土)

刻刻 全8巻

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著者:堀尾省太

 活発な女性・佑河樹里は、誘拐された兄と甥を救うため、「止界術(しかいじゅつ)」という不思議な術を操る祖父とともに、時間が静止した世界---“止界”へと踏み込む。止まった時の中で救出を果たすつもりだったが、それは実愛会という新興宗教団体が仕掛けた罠であった。

 止界の中には、樹里と祖父のほかにも、時間の止まった世界で自由に動ける実愛会の信者たちが大勢潜んでいた。絶体絶命の状況の中、祖父の瞬間移動術と、「神ノ離忍(カヌリニ)」と呼ばれる管理人の怪物的存在の登場によって、樹里たちは辛くも危機を脱する。そして、この永遠に終わらない一日の世界で、佑河家と実愛会の、終わりなき戦いが幕を開ける。

 作画や作品全体の雰囲気には、どこか岩明均の『寄生獣』を想起させるものがある。ただし、『刻刻』の物語の大半は同じ舞台での戦いに終始しており、『寄生獣』のように強烈なテーマ性や普遍的メッセージが込められているわけではない。

 そのため、総合的な完成度では『寄生獣』には及ばないものの、「止界での戦い」に特化したユニークな設定と、全8巻という手頃なボリュームには好感が持てる。しかしながら、クライマックスにおける樹里の止界脱出方法にはやや唐突さがあり、物語の締めくくりとしては力不足に感じられたのが惜しまれる。


評:蔵研人

 

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2025年9月20日 (土)

信長 全五巻

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原作:工藤かずや 作画:池上遼一

 全五巻という手頃な長さに収められたこの信長伝は、池上遼一の精緻な筆致によって、まるで一幅の絵巻物のような美しさをたたえている。池上遼一といえば、若き日に水木しげるのアシスタントを務め、つげ義春とも親交があったと伝えられる。その代表作には『男組』、『サンクチュアリ』、『HEAT-灼熱-』などがあり、いずれも本作と同様に原作付きの作品である。

 さて、織田信長といえば、戦国時代を駆け抜けた英傑にして、明智光秀の謀反によって本能寺に倒れた、日本史上最も知られた武将の一人である。その性格を端的に表す逸話として、鳴かぬホトトギスを題材にした三英傑の句がある。豊臣秀吉の「鳴かぬなら鳴かせてみよう時鳥」、徳川家康の「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」に対し、信長は「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」と詠まれたとされ、苛烈で短気な気質として知られてきた。

 だが、本作の中に描かれる信長像は、ただ激情に突き動かされた独裁者としてではなく、冷静な戦略眼と深い思慮を併せ持つ複雑な人物として立ち現れる。比叡山焼き討ち、長島一向一揆の制圧、本願寺との戦いなど、しばしば「非情」と評される出来事の背後に、彼なりの理があったことが、作中からは見て取れる。

 物語は、信長が一躍名を馳せた桶狭間の戦いから始まる。ゆえに、いわゆる“うつけ者”と称された青年期の描写は省かれているが、歴史に名を刻む数々の合戦や事件は克明に描かれており、単なる伝記というより、史実に基づいた一種の歴史書として読むこともできる。その意味で、本作は娯楽であると同時に、読者に改めて歴史への眼差しを向けさせる力を持っていると言えよう。

評:蔵研人

 

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2025年9月 2日 (火)

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』

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★★★★
製作:2025年 日本 上映時間:155分 監督:外崎春雄


 TVアニメ版の放映をいくら待っても音沙汰なく、焦燥の念を募らせていたところ、予想外にも劇場版が先陣を切る形となった。やむを得ず足を運んだ劇場で、私は初めて大きなスクリーン越しに『鬼滅の刃』の世界へと踏み込むこととなった。まずいきなり背景画のクオリティーの高さに度肝を抜かれる。さすが映画だなと……。

 物語は155分の長編ながら、無限城編三部作の幕開けに過ぎず、しかも今回主軸を担うのは、あの「上弦・参の鬼」猗窩座。かつて『無限列車編』で煉獄杏寿郎と死闘を演じたその存在が、今作では単なる敵役を超え、ひとつの物語を背負う主役として描かれていた。

 彼の人間としての名は狛治。拳ひとつで戦う武の使い手。激闘の最中に挟み込まれる過去の記憶が、鬼である彼に仄かな温もりと翳りを与える。その悲恋は観る者の心を揺らし、気づけば私たちは、敵として憎むべきはずの鬼にさえ、同情の目を向けていた。

 無限城――その名のごとく、空間が縦横無尽に広がり、敵の本丸を探し当てるのはまるで砂漠に落とした針を探すかのようだ。無惨に辿り着ける未来も、討ち果たせる確信も、今のところ全く見当たらない。かすかな希望は、脱皮し蝶となろうとする丹治郎の変化に託されているように思えた。

 しかし、進んでは止まり、戦っては回想に沈む――この湿潤な展開の連続に、果たしてあと二章で終幕に至るのか、疑念は拭えない。どこか板垣恵介の格闘マンガ『バキ』のような、戦いの膨張と深化に身を委ねる語り口を思わせる。

 それにしても、公開から一月半を過ぎたというのに、劇場は満席に近い賑わい。幼子から老年まで、あらゆる世代が席を埋めていた。目立ったのは少女たちと中年女性の連れ、さらには私のような初老の観客も少なくない。ポップコーンの香りに包まれながら、ふと、これはもう単なるアニメーションではない、これこそひとつの「時代」なのだと、観客の熱気が教えてくれた。まちがいなく、邦画興行収入の新たなる金字塔となることは疑いないだろう。

評:蔵研人

 

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2025年8月25日 (月)

火垂るの墓

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★★★☆
製作:1988年 日本 上映時間:88分 監督:高畑勲

 今更かもしれないが、戦後80周年の節目にテレビ放映されたのを機に、名作として名高い本作をようやく観ることができた。

 物語は、終戦直後の阪急電車の駅構内から始まる。息も絶え絶えの少年・清太が手にしていたドロップの缶から、ぽろりと何かが零れ落ちる。のちにそれが、亡き妹・節子の遺骨であることが明かされるのだが……。

 空襲で家と母を失い、軍人の父とは音信が途絶えた清太は、厳格な叔母のもとに預けられる。しかし、折り合いのつかぬ日々に耐えきれず、兄妹は古びた防空壕に身を寄せる。体中を蚊に刺され、栄養失調で弱り果てる節子の姿が胸を締めつける。

 原作は野坂昭如の小説であり、その内容は作者の実体験に根ざしている。彼も神戸の家に養子に出され、義理の妹を栄養失調で失った過去があるようだ。ただ野坂自身は、作品の清太のように妹に優しくはなかったことを告白している。だからその後悔が、小説の底流に流れているとも言えるだろう。

 涙もろいので、終盤には必ず涙が溢れるかと思いきや、私の目からは一滴の涙もこぼれなかった。理由はおそらく、当時の中学生であれば、大人同様の働き手になっていた時代にあって、学校にも通わず幼い妹とただ遊んでいるだけの清太の姿に共感できなかったからだ。また居候の身でありながら叔母に反発し、度重なる盗みの末に妹を栄養失調で死に至らしめた彼の行動には、全く感情移入できなかった。

 さて本作の位置づけを考えると、単なる反戦映画やお涙頂戴のドラマではなく、戦時下の過酷な社会に適応しきれなかった一人の少年--すなわち野坂自身の回顧録に近いのではないだろうかと、勝手に考えてしまうのである。

評:蔵研人

 

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2025年6月 1日 (日)

我妻さんは俺のヨメ 全13巻

 

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★★★☆
原作:蔵石ヨウ 漫画:西木田景志

 ルックスはそこそこだが、学力ゼロでスポーツ音痴のさえない男子高校生の青島等。学校一の美少女で学力抜群で水泳部のエースであり、かつ性格の良い学園マドンナ我妻亜衣。全く正反対で、全然釣り合いの取れないこの二人……。
 ところがある日、青島が10年後にタイムスリップする能力を得て未来を覗くと、なんと自分とあの我妻さんが結婚しているではないか!! これが全13巻に亘るこのストーリーのはじまりなのだった。
 ただし状況の変化によって未来は変化することがあり、あるときはハーフ美女の「下妻シルヴィア」、またあるときは漫画家を目指す美少女「伊富蘭」、さらにあるときは、美人教師の梶先生と結婚しているのである。これはパラレルワールドなのだろうか、それとも実はタイムスリップではなく、青島の単なる妄想なのかと勘繰ってしまうのだ。

 この青島という主人公、さえないさえないと言われながら、実はかなりモテまくっているではないか。それにひっついたり離れたり、妄想とかタイムスリップといった展開はなんとなく江川達也原作の『東京大学物語』の前半と似ているような気がしたのは決して私だけではないはずである。ただ『東京大学物語』のようなエロっぽいくだりは殆んどなく、童貞まっしぐらのおバカで品の悪いギャグマンガといったところであろうか。

 また原作者の蔵石ヨウ氏の年齢は不詳なのだが、登場人物たちの名前を見た限りではかなり年配なのかな……。だって青島等とは、青島幸男と植木等のドッキングだし、DX団のメンバーも、小松正男=小松政夫、伊東志郎=伊東四朗、中本高次=仲本工事、小野靖史=小野ヤスシだものね。もっと言えば女子三人組の葉隠メンバーだって、伊富蘭=伊藤蘭、藤村美紀=藤村美樹、田中良子=田中好子という元キャンディーズのパクリじゃないの、ははは。
 まあ少なくとも男性読者には面白いマンガだと思うが、タイムトラベルものとして期待するのはやめたほうが良いかもしれない。あくまでも「青島の妄想」をタイムスリップに置き換えたおバカストーリーなのだと解釈したほうがよいだろう。

評:蔵研人

 

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2025年5月28日 (水)

モテキ

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著者:久保 ミツロウ

 著者は男のような名前だが、実は本名は久保美津子で、もうすぐ50歳のおばさんである。男性誌でマンガを連載するときに男性名に改名したらしい。確かに画風も男性的だし、テーマも色っぽいので黙っていれば男性と言っても誰も疑らないだろう。本作は著者の代表作でドラマや映画化されている。私自身は本則以外には『アゲイン!! 』しか読んでいないので正確な評価は出来ないのだが、少なくとも『アゲイン!! 』よりはずっと面白かったことは間違いない。

 内容はヘタレで女にもてなかった29歳の藤本幸世に、ある日突然知り合いの女の子から次々に連絡が入る。それで「ついに俺にもモテ期が訪れた」とはしゃぎ回り、無我夢中でとっかえひっかえ4人の女性たちとデートやイベントをこなしてゆく。さて彼は一体どの女性と結ばれるのであろうか、チャンチャン!!、といったお話である。

 それにしてもこの4人の女性たちがそれぞれ個性的で可愛いので、読んでいるほうも最後は誰と結ばれるのかとイライラドキドキしてしまうのだ。その4人を簡単に紹介すると次のようになる。
 土井亜紀  27歳の派遣社員。派遣先の同僚で、会社では眼鏡をかけた地味なタイプたったが、素顔は美人で以外に社交的で気の利いた素敵な女性。
 中柴いつか 22歳の照明助手。色気はないが元気で可愛い女の子。2年前に飲み会で知り合い、音楽や漫画の趣味が合う気の置けない女友達。
 小宮山夏樹 28歳のOL。25歳の時に出会った、人生で一番好きだった女性。ただ酒癖が悪く、酔うと誰とでも性的関係を結んでしまう。
 林田尚子  中学の同級生。中学時代は「女ヤンキー」と呼んで避けていた。だが面倒見がよく現在はすっかり丸くなり、娘と二人で暮らしている。
 
 また女性たちの心理状況がかなり分かり易く描かれているのは、著者が女性マンガ家だからであろうか。まあ個人的には、土井亜紀といつかちゃんに惹かれたが、いつまで経ってもはっきりしない藤本にはイライラが募ってしまうのだった。ネタバレになるので結末は保留しておくが、やはり大体予想通りだったとだけバラしておこう。

評:蔵研人

 

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2025年5月24日 (土)

フレフレ少女

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漫画:よしづきくみち

 女子高校生の応援団長が活躍する漫画といえば、久保ミツロウの『アゲイン!!』があるが、本作のほうが先に発表されているので、もしかすると本作をパクったのだろうか。そんなことはどうでもよいのだが、『アゲイン!!』が全12巻だったのに対して、本作はたったの2巻で完結である。まあ『アゲイン!!』のほうは、女子高校生の応援団長は準主役であり、主人公のタイムスリップのほうがメインテーマだと言うところが異なっている。また本作は文学少女・桃子が野球部のエースに恋をしてしまい、その関連から部員1名の応援団に入部し応援団長になるというと設定なのだ。

 その後なんとか5名の部員をかき集めるのだが、ド素人ばかりで話にならない。ところがそこに突然OBの元応援団長が登場し、5名を合宿に連れ出し厳しくしごくことになる。余りにも厳し過ぎて全員が脱落しそうになるのだが、ギリギリのところで全員が心を繋ぎ合い、なんとか耐え凌いでいっぱしの応援団になるという手垢のついたパターンである。そのあと「応援の力」によってバスケット部、柔道部、将棋部が続々と地区優勝してしまう。そしてエースが転校して更に弱体化していた野球部までが、奇跡的な快進撃を続けるのだ。なんと余りにも神がかりでご都合主義な展開ではないか。

 そしてあっという間に完結してしまうのだ。物足りないと言えばそうかもしれないし、あっさりしていてストレスなしと言えないこともない。まあいずれにせよ最後は、ラブストーリーに逆戻りしてめでたしめでたしなのだった。
 なんと本作は漫画だけではなく、2008年に当時人気絶頂だった美少女俳優の新垣結衣主演で映画化されているではないか。彼女が悪いわけではないが、演出や編集などに難があり、ガッキーファン以外の評価は最悪だったみたいだね。

評:蔵研人

 

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