月夜の傘
★★★★
製作:1955年 日本 上映時間:128分 監督:久松静児
どこかで聞いた覚えのある題名だと思っていたが、丘の上の家から小田急線が走るのを見下ろすあの風景……よくよく調べてみれば、やはり記憶の底に沈んでいた映画だった。
子供の頃、僕は小田急線の梅ヶ丘に住んでいた。近所では時折映画のロケが行われ、ある日、駅裏の根津山(現・羽根木公園)で大掛かりな撮影が始まった。小高い丘一帯に野外セットの家々が建ち並び、まるで別世界のようだった。その作品こそ本作『月夜の傘』だったのである。
後日、家族揃って下北沢のグリーン座(二番館)へ観に行った記憶はあるが、内容はさすがに七十年も昔のことで、ほとんど覚えていない。ただ、スクリーンの向こうをガタゴトと走り抜ける小田急線の姿だけは、今も胸の奥に懐かしく灯っている。ただ駅はセットで、梅ヶ丘駅そのものではなかったのが少し残念だが、それもまた映画の魔法だろう。
物語の中心となるのは、井戸端会議に集う四人の主婦たち。田中絹代、轟夕起子、新珠三千代、坪内美詠子と、今では懐かしい名が並ぶ。さらに宇野重吉、三島雅夫、伊藤雄之助、飯田蝶子といった芸達者が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。
監督の久松静児は、森繁久彌や伴淳三郎、フランキー堺が主演した 駅前シリーズ で知られるが、女性映画の秀作も多く、戦後日本の家庭劇・人情劇を数多く手がけた。小津安二郎ほど形式化された美学ではないものの、庶民の暮らしを温かく見つめる視線には通じるものがある。
本作に描かれる主婦たちは、洋裁で生計を立てる戦争未亡人を除けば皆専業主婦であり、子供は二、三人。戦後日本の典型的な家族像がそのまま息づいている。ただし、戦前のように父親の威光が絶対ではなくなり、子供たちにもプライバシーの感覚が芽生え、論理的な説明を求める新しい気風が漂い始めている。
大きな事件は起こらず、悪人も登場しない。平和でのんびりした日常が淡々と綴られるだけのように見える。だが、飯田蝶子演じる住み込みの婆やが、東山千栄子の孤独な老女に寄せる静かな同情には、作品の奥底に潜むもう一つのテーマが感じられる。
そして、宇野重吉の頑固な夫にそっと寄り添う田中絹代の妻……あのラストシーンの柔らかな余韻は、久松監督の力量を物語っている。
二時間を超える長編ながら、退屈することなく、しみじみと心に染み入る作品だった。原作が『二十四の瞳』の壺井栄であると知り、深く納得してしまった。
評:蔵研人
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