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2026年9月の記事

2026年9月 8日 (火)

港のひかり

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:118分 監督:藤井道人

 舞台は北陸の小さな港町。堅気となった元ヤクザの三浦は、慣れない漁師仕事に身を沈めながら、静かに暮らしていた。そんなある日、白い杖を頼りに歩く少年・幸太と出会う。やがて二人のあいだには、年齢を超えた不思議な友情が芽生えていく。

 幸太は、ヤクザ絡みの交通事故で両親を失い、引き取られた叔母とその恋人からも虐待を受けていた。孤独を抱えた少年に、かつての自分を重ねた三浦は、彼の視力回復手術のために、ヤクザの麻薬取引現場から金を奪うという危険な賭けに出る。そして幸太の手術を見届けたのち、自ら警察へと出頭する。

 奪われた金の持ち主は、三浦の元弟分・石崎が率いる組である。彼らが黙っているはずもなく、物語は静かに緊張を孕んでいく。そして12年後、刑期を終えた三浦が出所すると、皮肉にも成長した幸太は刑事となっていた。

 一昔前なら、任侠に熱い三浦の役は高倉健が演じていたかもしれない。しかし本作では、舘ひろしが渋みと陰影を湛えた演技で存在感を放っている。また笹野高史、ピエール瀧、宇崎竜童、市村正親、椎名桔平といったベテラン勢が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。

 ただ、物語の骨格はあまりにベタで、終盤のクライマックスで幸太が単身乗り込む展開には、ご都合主義の匂いが拭えない。また、三浦が自己犠牲を払ってまで幸太に尽くすようになる心情の掘り下げも十分とは言い難い。ここを丁寧に描き直せば、物語はより深い感動へと到達できたはずで、その点が何より惜しまれる。
 

評:蔵研人

 

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2026年9月 5日 (土)

二十歳に還りたい。

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:119分 監督:赤羽博

 タイトルを見たとき、私はてっきりタイムトラベルものだと思い込んでいた。確かに老人が二十歳の青年へと若返るのだが、過去へ戻るのではなく、同時代の“別人”の身体に心だけが宿るという設定である。そして原作が幸福の科学グループ・大川隆法総裁だと知り、宗教映画なのだと悟ったものの、意外にも宗教色は控えめであった。

 寺沢一徳は、裸一貫から大企業を築き上げ、「経営の神様」と称えられた人物だ。しかし引退後は、高齢者施設で淡々と孤独な日々を送っている。そんな一徳の唯一の慰めは、施設を訪れる学生ボランティア・山根明香とのささやかな交流だった。

 夕陽の丘を散歩しながら、一徳は初めて自らの過去を語る。社会的成功とは裏腹に、家族には恵まれなかった人生だったと……。明香はその告白に胸を痛め、沈む夕陽に向かって、神に彼の願いをひとつだけ叶えてほしいと祈る。一徳もまた、彼女が抱える失恋の痛みを感じ取っていた。
 できることなら、彼女のためにも、もう一度二十歳に還りたい────。そう願った瞬間、彼は見知らぬ大学の校庭で、若き青年として目を覚ます。

 青年はサッカー部員で、明香はそのマネージャーという設定。さらに彼女は有名劇団長の娘であり、その縁から青年は一流俳優へと駆け上がっていく。
 しかし「三十歳になるまで結婚してはならない」という神のお告げの意味が曖昧で、物語の核心に関わるはずの部分が十分に掘り下げられていない。またあと少しで三十歳になるときに、なぜ「誕生日まで待ってほしい」と言えなかったのか────。その一点がどうしても引っかかり、物語に深く没入できなかったのが実に残念である。

 出演者の多くは無名に近いが、津賀山正種と上杉祥三というベテラン二人の演技だけは圧倒的な存在感を放っていた。もし彼らがいなければ、作品は一気にB級の色合いへ傾いていたかもしれない。
 全体としては、宗教映画という先入観を裏切る穏やかな人間ドラマであり、設定の粗さを許容できるかどうかで評価が分かれる作品だろう。


評:蔵研人

 

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2026年9月 3日 (木)

スピーシーズ 種の起源

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★★★☆
製作:1995年 米国 上映時間:108分 監督:ロジャー・ドナルドソン

 30年ぶりに観返したのだが、ストーリーは驚くほど綺麗に記憶から抜け落ちていた。もっとも、改めて見直してみると、この時代の作品としてはVFXの完成度はかなり高く、映像にも思ったほど古臭さは感じない。

 タイトルの “Species” は「種」あるいは「生物種」を意味する。本作に登場するシルは、遥かな宇宙から送信されてきた未知のDNA配列と人類のDNAを融合させて誕生した生命体である。人類の科学が、理解の及ばぬ異質な知性へ不用意に手を伸ばした結果、生まれてしまった存在だ。

 シルを演じたのは、当時スーパーモデルとして人気絶頂だったナターシャ・ヘンストリッジ。本作は、彼女の妖艶な魅力を全面に押し出したことでも話題となり、その美貌に惹かれて劇場へ足を運んだ観客も少なくなかったという。なるほど、彼女の肢体には人間離れした美しさがあり、「映画史上もっとも美しいエイリアン」と称されたのも頷ける。彼女はこの作品を機に女優へ転身し、その後も映画やドラマで活躍することになる。

 急速な成長を遂げたシルは研究施設を脱走し、成熟すると本能のままに子孫を残そうと男たちを誘惑し始める。彼女を追うために招集されたのが、抹殺任務のプロであるプレストン、霊的感応能力を持つダン、分子生物学者ローラ、異文化行動学者アーデンらによる特別チームである。

 序盤は、シルという存在の不気味さと官能性が入り混じり、得体の知れない恐怖がじわじわと広がっていく。その空気感には確かに引き込まれるものがあった。しかし物語が進むにつれ、展開は次第に単調さを帯びていく。同じような追跡劇が繰り返され、チームの面々も、超感覚的にシルの存在を察知するダンを除けば、能力を十分に活かし切れているとは言い難い。

 さらに、物語のスケール自体は本来もっと大きくなり得たはずなのに、行動の中心がほぼこの少人数チームに限定されるため、世界規模の危機というより、どこか閉じたB級SFの趣に収束してしまう。その点は少々惜しまれる。

 また、シルの最終形態デザインを『エイリアン』で知られるH・R・ギーガーが担当しているのだが、その禍々しい造形は完成度こそ高いものの、本作がそれまで築いてきた「妖しい美しさ」とはやや異質にも感じられた。結果として、終盤は『エイリアン』的イメージへ引き寄せられすぎた印象が残る。

 とはいえ、美と恐怖、エロティシズムとSFホラーを真正面から融合させようとした90年代ならではの勢いは、いま観てもなかなか魅力的である。ナターシャ・ヘンストリッジという存在そのものが、この映画最大の特殊効果だったのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年9月 1日 (火)

月夜の傘

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★★★★
製作:1955年 日本 上映時間:128分 監督:久松静児

 どこかで聞いた覚えのある題名だと思っていたが、丘の上の家から小田急線が走るのを見下ろすあの風景……よくよく調べてみれば、やはり記憶の底に沈んでいた映画だった。

 子供の頃、僕は小田急線の梅ヶ丘に住んでいた。近所では時折映画のロケが行われ、ある日、駅裏の根津山(現・羽根木公園)で大掛かりな撮影が始まった。小高い丘一帯に野外セットの家々が建ち並び、まるで別世界のようだった。その作品こそ本作『月夜の傘』だったのである。
 後日、家族揃って下北沢のグリーン座(二番館)へ観に行った記憶はあるが、内容はさすがに七十年も昔のことで、ほとんど覚えていない。ただ、スクリーンの向こうをガタゴトと走り抜ける小田急線の姿だけは、今も胸の奥に懐かしく灯っている。ただ駅はセットで、梅ヶ丘駅そのものではなかったのが少し残念だが、それもまた映画の魔法だろう。

 物語の中心となるのは、井戸端会議に集う四人の主婦たち。田中絹代、轟夕起子、新珠三千代、坪内美詠子と、今では懐かしい名が並ぶ。さらに宇野重吉、三島雅夫、伊藤雄之助、飯田蝶子といった芸達者が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。
 監督の久松静児は、森繁久彌や伴淳三郎、フランキー堺が主演した 駅前シリーズ で知られるが、女性映画の秀作も多く、戦後日本の家庭劇・人情劇を数多く手がけた。小津安二郎ほど形式化された美学ではないものの、庶民の暮らしを温かく見つめる視線には通じるものがある。

 本作に描かれる主婦たちは、洋裁で生計を立てる戦争未亡人を除けば皆専業主婦であり、子供は二、三人。戦後日本の典型的な家族像がそのまま息づいている。ただし、戦前のように父親の威光が絶対ではなくなり、子供たちにもプライバシーの感覚が芽生え、論理的な説明を求める新しい気風が漂い始めている。
 
 大きな事件は起こらず、悪人も登場しない。平和でのんびりした日常が淡々と綴られるだけのように見える。だが、飯田蝶子演じる住み込みの婆やが、東山千栄子の孤独な老女に寄せる静かな同情には、作品の奥底に潜むもう一つのテーマが感じられる。
 そして、宇野重吉の頑固な夫にそっと寄り添う田中絹代の妻……あのラストシーンの柔らかな余韻は、久松監督の力量を物語っている。
 二時間を超える長編ながら、退屈することなく、しみじみと心に染み入る作品だった。原作が『二十四の瞳』の壺井栄であると知り、深く納得してしまった。

評:蔵研人

 

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