豊臣秀長 ——ある補佐役の生涯——
面白い、実に面白い一冊である。これまで十分に光が当てられてこなかった豊臣秀長という人物像が、堺屋太一の独自の視点によって立体的に浮かび上がる。本書は、秀吉の実弟・小一郎秀長の生涯を描いた歴史小説であるが、単なる史実の追認ではなく、現代の政治経済との比較を織り交ぜながら叙述されている点にこそ、堺屋作品ならではの価値がある。
派手好みで外交手腕に長けた秀吉とは対照的に、秀長は地味で堅実、そして生涯「補佐役」に徹した人物であった。彼自身の功績を伝える記録が乏しいのも、あくまで兄を支える立場をわきまえ、黒子として振る舞ったゆえである。
執筆当時、資料の少なさに悩んだ堺屋は、秀長ゆかりの地の郷土史家や史誌投稿者ら百余名に手紙を送り、最終的に大学研究員、高校教師、市史担当者など七名から意見を得たという。その丹念な取材姿勢が、作品の厚みを支えているのだろう。
一般に組織の「ナンバー2」といえば、副社長や専務など、次期トップ候補か、トップになり損ねた同僚、あるいは参謀役を指す。しかし秀長の場合は、そうした権力欲とは無縁で、ただ秀吉の補佐役としての「分」を守り続けた。
戦場では交渉役や殿(しんがり)、囮といった誰もが嫌がる役目を淡々とこなし、組織運営では秀吉の手が届かぬ仲裁や雑務を引き受けた。優秀な部下に恵まれなかった秀吉が天下取りへと駆け上がれたのは、実弟・秀長の存在があったからこそだと、改めて思わされる。さらに言えば、享年五十二の人生があと十年延びていれば、豊臣家が家康に滅ぼされることもなかったかもしれない。
2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』では、秀吉よりも秀長を主役として描いている。お市の描き方など脚色は多いものの、物語の大筋や秀長の行動については、1985年刊行の本書と驚くほど近い。公式には原作とされていないものの、相当程度参考にしたのではないかと感じられた。
評:蔵研人
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