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2026年6月の記事

2026年6月12日 (金)

殺人の追憶

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★★★★
製作:2004年 韓国 上映時間:130分 監督:ポン・ジュノ

 2019年、『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画史を塗り替え、アジア映画として初めてアカデミー賞作品賞に輝いたとき、世界はようやくポン・ジュノという作家の真価に気づいた。しかし、その才能の源流はすでに本作『殺人の追憶』において、濃密な霧のように立ちのぼっていたのである。

 ポン・ジュノの映画には、しばしば“雨”が物語の奥底を流れる暗い血流のように存在する。『ほえる犬は噛まない』の冒頭を濡らす雨、『グエムル』で死と共に訪れる雨、『母なる証明』で母の絶望を包み込む豪雨、そして『パラサイト』で半地下を呑み込む濁流。
 本作でもまた、雨は静かに、しかし確実に死を呼び寄せる。雨脚が強まるたび、観客は不吉な気配に身を固くするほかない。

 本作は、1980年代の韓国農村で実際に起きた「華城連続殺人事件」を題材にしている。大鐘賞では監督賞・作品賞を受賞し、東京国際映画祭でもアジア映画賞に輝いた。
 若い女性を次々と襲う犯人を追い詰めようと、土着の刑事たちは粗暴な捜査に突き進む。そこへソウルから派遣された刑事が加わり、論理と冷静さを武器に事件へと切り込む。

 だが本作が描くのは単なる犯人探しではない。異なる捜査観を持つ彼らが、事件の闇に触れるたびに揺らぎ、崩れ、そして人間としての弱さを露わにしていく、その過程そのものが物語の核となっている。

 土着刑事たちの拷問まがいの取り調べや証拠捏造、さらには占いに頼る捜査は、現代の目から見れば滑稽であり、同時に恐ろしくもある。しかし、時代と土地が生み出した“常識”とは、往々にしてこうした歪みを孕むものなのだろう。
 そして終盤、冷静さを保っていたソウルの刑事までもが、感情の奔流に呑まれ暴力へと手を伸ばす瞬間、観客は悟る。彼もまた、制度の外側に立つただの人間であり、闇に触れれば誰しもが揺らぐ存在なのだと。

 農村の田園風景は、息を呑むほどに美しい。だがその美しさの中で発見されるのは、無残な姿となった女性たちの遺体である。光と影が反転するようなこの映像の対比に、ポン・ジュノは何を託したのだろう。美しさの裏側に潜む暴力、あるいは人間の心に巣食う闇への静かな問いかけなのか。

 前半は誤認逮捕の連続で、捜査は泥濘のように進まず、観る者の苛立ちも募る。しかし後半、土着刑事とソウル刑事がようやく歩調を合わせ始める頃、犯人像はかすかな輪郭を帯び、希望の光が遠くに揺らめく。だが────ラストはどこか満たされない。
 それは事件の“現実”がもたらす空白なのか。それとも監督が観客に、消えない余韻と問いを抱えたまま劇場を後にしてほしかったからなのだろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年6月10日 (水)

あの頃、君を追いかけた

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★★★
製作:2018年 日本 上映時間:114分 監督:長谷川康夫

 家庭では全裸で過ごす主人公とその父、そして下ネタが飛び交うおバカな展開────どこか韓国ドラマ的な過剰さを感じたが、調べてみれば台湾で大ヒットした同名映画の日本版リメイクであった。

 物語は、ある美しい女性の結婚式に招かれた高校時代の仲良し6人組が、青春の日々を回想するという構成だ。その中心となるのは、水島浩介(山田裕貴)をはじめとする5人の男子たち。彼らは皆、結婚式の主役である早瀬真愛に恋心を抱いていたが、結局のところ全員が振られた“敗者”でもあった。

 医者の娘で、世間知らずの純真さと美貌、そして聡明さを併せ持つ早瀬真愛を演じたのは、小顔の美少女・齋藤飛鳥。一方で、私の好みは彼女の親友役を演じた松本穂香のほうだ。大きな瞳が印象的で、明るい雰囲気を纏う彼女だが、本作では浩介の幼馴染というだけで、物語の中心からはやや外れてしまっていたのが残念である。

 結局のところ、本作は台湾の人気作家ギデンズ・コーの自伝的作品を下敷きにしているだけで、特別な社会性や深い感動を求めるべき映画ではない。誰の胸にもひとつはある、甘酸っぱくも不器用な青春の記憶を、淡々と描いた作品と言えるだろう。
 ただし、山田裕貴の“生尻”を拝みたい方には、強くお勧めしておく(笑)

評:蔵研人

 

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2026年6月 7日 (日)

予兆 散歩する侵略者 (ドラマ)

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★★★
製作:2017年 日本 上映時間:1シーズン5話 監督:黒沢清

 ドラマが始まって早々、職場の同僚が「自宅に幽霊が出る」と騒ぎ出す。そのため、てっきり本作はホラー作品なのだろうと思い込んでしまった。しかしその幽霊の正体は、実は幽霊ではない。
「家族」という概念を宇宙人に奪われた結果、父親の存在を認識できなくなり、幽霊だと誤解していたのだった。

 その宇宙人は、ヒロイン・悦子(夏帆)の夫・辰雄(染谷将太)が勤務する病院の外科医として潜り込んでいる存在である。辰雄は彼らの行動を補佐する“ガイド”の役割を強いられ、逆らおうとすると腕に激しい痛みが走るため、抵抗することができない。
 宇宙人たちの目的は地球侵略であり、人類の大半は排除される運命にある。ただし、特殊な能力を持つ悦子だけは「サンプル」として生かされることになっていた。

 つまり本作は、ホラーの皮を被ったサスペンス風味のSFドラマである。だが正直に言えば、その内容はあまりにも低予算で、設定の描写もどこか幼稚に感じられた。それでも気がつけば、私は全5話を一気に観終えているではないか。
 結局、不満を抱きながらも視聴をやめられなかったという事実が、この作品の持つ奇妙な吸引力を物語っているのかもしれない。

 本作は映画『散歩する侵略者』のスピンオフ作品であり、「概念を奪う侵略者」という設定を、映画本編とは異なる夫婦の視点から描いている。
 また日常が静かに、しかし確実に侵食されていく様子は、不穏でじわじわと迫るサスペンスとして描かれている。さらに、この全5話のドラマを再編集した劇場版まで存在するのだから、作品の構造は実にややこしい。

 理解しづらく、決して親切とは言えない。それでもなお記憶に残るのは、黒沢清らしい「説明されない不安」が、画面の隅々にまで染み込んでいるからだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 5日 (金)

きょうの日はさようなら

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★★★☆
著者:一穂ミチ

 森山良子の『今日の日はさようなら』をもじったタイトルがまず目を引く。どんな物語なのかと文庫本を手に取ると、ブックカバーには昔ながらのセーラー服におさげ髪の女子高生が、駅のプラットホームに佇む姿が描かれていた。裏表紙には、次のような紹介文が記されている。

 2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、そしてその彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。
 ただでさえ退屈な夏休みに、面倒ごとが増えるとあって二人はうんざりだ。いとこの存在に期待も興味もない。退屈な日常はそのまま続くかに思われた。
 けれど、彼女——今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの“30年前の女子高生”だった……。

 1995年の夏、今日子の家族は火災で全員亡くなり、彼女だけが瀕死の状態で救い出された。その後、治療を受けたのちコールドスリープによる人口冬眠に入り、30年間“眠り姫”として時を止めていたという。外見は女子高生のままだが、実年齢は50歳近い"おばさん"なのである。
 それでも今日子は、入院中に現代の文化や生活背景を学んだこともあり、明日子や日々人と自然に接することができる。

 今日子にとって、目覚めた現代社会は『浦島太郎』やロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の未来世界そのものだ。ただし違うのは、まだ30年後の世界であり、高校時代に付き合っていた恋人が今も生きているという点である。彼はすでに“おじさん”になっているが、どうしても逢いたい——そんな思いが、今日子の胸に静かに芽生え始める。

 父親と明日子・日々人の三人で暮らす門司家は、どこか家族関係がぎくしゃくしていた。そこに現れた今日子は、いとこでありながら、どこか“母親のような存在”でもあったのかもしれない。

 ポケベル、ソックタッチ、スーパーファミコン——懐かしい記憶の断片が物語に散りばめられ、軽やかでほんわかとした空気の中に、ふと切なさが漂う。

「きょうの日はさようなら」。そして、その先に続くのは「また逢う日まで」なのだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 3日 (水)

もうすぐ死にます

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★★★★
2023年 韓国ドラマ

 大学を卒業してから七年間、正規の職を得られずアルバイト生活を続けていたチェ・イジェは、ようやく巨大企業テガングループの最終面接に辿り着く。だがその道中で交通事故を目撃し、動揺を引きずったまま面接に臨んでしまい、不採用という結果に終わる。追い打ちをかけるように、恋人ジスが男と逢っているところを目撃し、投資詐欺で貯金も失い、家賃すら払えず住まいを追われることに────。降りしきる雨の中、絶望に沈んだ彼は衝動的にビルの屋上から身を投げてしまう。

 しかし、彼を迎えたのは“怪しい女の姿をした〈死〉”だった。死を「道具のように扱った」と怒る〈死〉は、イジェに十二回の転生という罰を科す。転生先は、テガングループ御曹司の次男、いじめられっ子の高校生、刑務所の囚人、ヤクザ、殺人狂、刑事、さらには赤ん坊に至るまで実に多彩であり、そして最後の転生は、なんと……。

 それぞれの人生が独立した物語としても面白く、やがて一本の線で結ばれていく構成の妙には舌を巻く。アクション、恋愛、ホラー、社会風刺、涙を誘うドラマと、あらゆるジャンルを巧みに織り込んだ作品で、視聴者を飽きさせない。

 現代の韓国では、大学を卒業しても大企業への就職は容易ではなく、若年層の自殺率が異常に高いと指摘されている。本作は、そんな社会の歪みや閉塞感に対する静かな警鐘として生まれたのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年6月 1日 (月)

The Tick /ティック 〜運命のスーパーヒーロー〜

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★★★☆
2017年製作の米国TVドラマ

 あまりにも暴力的かつエログロテスクな描写で話題をさらった『ザ・ボーイズ』の後味を和らげるべく、私はこのコミカルタッチのスーパーヒーロー・ドラマを手に取った。

 主人公は、青虫のような外見をした謎多きヒーロー、ティックと、ヘタレで神経質な青年アーサー。でこぼこコンビの掛け合いが物語を軽やかに牽引していく。

 1話約25分。シーズン1が12話、シーズン2が10話という構成は、長大化しがちな米国ドラマの中では実に手頃で、物語を追いやすい。シーズン1では、アーサーの父を死に追いやった宿敵テラーの再登場を軸に物語が展開する。
 続くシーズン2では、ロブスター女キュールズとその子供たちをめぐる騒動が描かれるが、物語は大きな余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 ティックとは何者なのか。スーパーマンもどきのヒーロー、スーペリアンのうつ病は癒えるのか。裏切り者ミス・リントの行く末は……。数々の謎と伏線は解かれぬまま宙吊りにされてしまった。

 本来はシーズン3へと続く構想があったものの、視聴率の低迷により打ち切りとなったという。米国ドラマ界では珍しい話ではないとはいえ、物語がようやく広がりを見せ始めた矢先の終幕は、やはり惜しまれてならない。

 荒唐無稽でありながらどこか人間臭い。過度な暴力や皮肉に頼らず、ユーモアと温かみでヒーロー像を描こうとした本作は、未完であるがゆえに、なおさら静かな余韻を残している。 

評:蔵研人

 

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