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2026年6月の記事

2026年6月30日 (火)

八犬伝

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★★★☆
製作:2024年 日本 上映時間:149分 監督:曽利文彦

 役所広司が滝沢馬琴、内野聖陽が葛飾北斎を演じる“実話パート”と、『里見八犬伝』の八剣士たちが戦いを繰り広げる“虚構パート”を巧みに交錯させながら物語は進んでゆく。

 通常、この種の作品では冒頭と終盤のみが実話パートという構成が多いが、本作はあえて両者を頻繁に往復させるという新たな試みに挑んでいる。その意欲は大いに評価したいものの、結果として双方がやや中途半端に感じられ、どちらかに焦点を絞ったほうが物語としての密度が増したのではないかと思われる。
 また、実話パートに役所広司、内野聖陽、磯村勇斗、寺島しのぶ、黒木華といった実力派が集中したことも、全体のバランスを崩す一因となったのかもしれない。

 とはいえ、息を呑むほどの映像美や、役所広司と内野聖陽による渋味のきいた掛け合いには確かな魅力があり、新たな趣向による『里見八犬伝』として一見の価値は十分にある。
 なお、第48回日本アカデミー賞では、内野聖陽が最優秀助演男優賞、土屋太鳳が最優秀助演女優賞、板垣李光人が新人俳優賞にそれぞれノミネートされている。

評:蔵研人

 

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2026年6月28日 (日)

あなたが誰かを殺した

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★★★☆
著者:東野圭吾
 
 閑静な別荘地で起きたセレブ殺人事件を、名探偵・加賀恭一郎が解き明かす本作は、「加賀恭一郎シリーズ」第12作にあたる。
 毎年別荘で開かれる「バーベキュー大会」に集うのは、会計士の栗原家、医者の櫻木家、未亡人の山之内家、そして会社経営者の高塚家の四家であり、参加人数はその家族や使用人たち15名である。そして当日に、この中の5名が何者かに命を奪われる。

 本作は犯人探しを軸としたミステリーであるが、犯人は桧川大志という男で、自首同然に逮捕される。桧川は「死刑になりたい」という願望と、「自分を蔑ろにした家族への復讐」を動機として主張する。しかし、事件にはなお多くの不可解な点が残されていた。

なぜ桧川は、遠く離れた別荘地を犯行現場に選んだのか
なぜ栗原夫妻が車庫にいることを察知できたのか
なぜ桧川は、高塚桂子が屋内で一人きりであることを知っていたのか
逮捕されるつもりでありながら、一部の防犯カメラを無効化した理由は何か
高塚桂子殺害や的場雅也刺傷に使ったナイフは、どこへ消えたのか

 これらの謎を解明するため、生き残った家族たちは検証会を開き、これに偶然休暇中の加賀恭一郎も参加することになる。加賀は巧みな議論と精緻な推理を重ね、やがて事件の背後に潜む共犯者の存在を明らかにしてゆく。

 舞台や登場人物が特定され「犯人探し」を議論中心で進む構造は、通常ならかなり退屈に陥りかねない。しかし、ベテラン作家・東野圭吾の手腕により、読者はラストまで緊張感を保ちながらページをめくることができた。また口絵に描かれた別荘周辺の地図も、複雑な人間関係や犯行現場の把握に大いに役立つ。

 ただ、タイトル『あなたが誰かを殺した』だけは、物語の内容とやや距離があるように感じられ、この点には違和感が残った。

評:蔵研人

 

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2026年6月26日 (金)

ゴジラxコング 新たなる帝国

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★★★☆
製作:2024年 米国 上映時間:115分 監督:アダム・ウィンガード

 2021年の『ゴジラxコング』に続く本作では、宿命のライバルである二大怪獣が手を結び、邪悪な怪獣たちに立ち向かう。とはいえ物語の中心に据えられているのはほぼコングで、ゴジラは序盤と終盤に姿を見せるのみである。そのため舞台もコングの故郷である地下空洞が主となり、画面はまるであの『アバター』を思わせる鮮烈なCG世界に満たされている。

 建造物のない空間で繰り広げられる巨大猿たちの戦いは、怪獣映画というより『猿の惑星』の一場面のようでもある。やはり「大きさ」とは比較対象があってこそ実感できるものだと、あらためて思い知らされる。

 コングは地下空洞で新たな土地を発見し、ついに同族と再会する。しかしそこではスカーキングが無数の同族を奴隷のように支配しており、古代怪獣シーモとともにコングを圧倒する。敗走したコングは、地表侵略を企む敵を阻むため、ゴジラに助力を求める。最大級の原子力エネルギーを蓄えたゴジラと、人間の手で強化されたコング。二体は冷酷なスカーキング、そしてすべてを凍てつかせるシーモと激闘を繰り広げる。

 相変わらず圧巻の迫力と精緻なCGには舌を巻くが、ゴジラの小さめの顔や人間に近い上半身の造形、さらには走り方の“人間臭さ”にはやや違和感を覚える。さらにゴジラが繰り出すプロレス技「ブレーンバスター」には、笑いを通り越して思わず眉をひそめてしまった。そのうえ、手足が大きく翅の細いモスラの造形にも、どこか腑に落ちないところがある。

────もっとも、細部にこだわらず、子どもたちとともにアクションの奔流に身を委ねるのであれば、満点をつけてもよい娯楽作と言えるだろう。


評:蔵研人

 

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2026年6月23日 (火)

アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ2

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★★★
製作:2014年 米国 上映時間:106分 監督:スティーヴン・R・モンロー

 ニューヨークでモデルを目指すケイティは、無料撮影の広告を見つけ、ポートフォリオ用の写真撮影に臨む。順調に進んでいたかに見えた撮影は、カメラマンからヌードを要求された瞬間、不穏な色を帯びる。違和感を覚えた彼女はそれを拒み、逃げるように帰宅する。

 だが翌晩、施錠を怠ったわずかな隙を突かれ、昨日のカメラマンの一人が部屋に侵入。彼女は暴行を受け、騒ぎを聞きつけて駆けつけた隣人も、ナイフで滅多刺しにされ命を落とす。事態の深刻さに動揺した犯人は仲間を呼び寄せるが、現れたのは撮影に関わっていた男たちだった。三人は兄弟であり、冷静に現場を処理したのち、彼女を薬で眠らせて連れ去る。

 目を覚ましたとき、ケイティは見知らぬ地下室に鎖で繋がれていた。やがて隙を見て脱出に成功するものの、そこはブルガリア。言葉も通じず、助けを求めても届かない。
 ようやく救いの手かと思われた警官にも裏切られ、再び絶望の淵へと引き戻される。そこから続く暴力の連鎖は凄惨を極め、正視するのも辛いほどであった。私は思わず早送りしてしまったほどだ。登場人物の誰一人として信じられず、観る者までも疑心暗鬼に陥らせる展開である。

 こうして怒りと嫌悪が極限まで蓄積された末、終盤になってようやく壮絶な復讐劇が幕を開ける。本来であれば溜飲の下がるはずの場面である。しかし私の胸に去来したのは爽快感ではなく、むしろ深い虚しさだった。
 暴力は暴力をもってしか清算できないのか────そんな問いだけが、重く残る。年齢のせいか、それとも感性の変化ゆえか、もはやこの種の映画を純粋なエンターテインメントとして受け止められなくなっている自分に気づかされる。

 それでも、主演女優の体当たりの演技には目を見張るものがある。愛らしい容貌を持ちながら、全裸を晒し全身を傷と泥にまみれさせ、極限状況を生き抜く姿を演じ切った。その覚悟と表現力は、この過酷な物語に確かなリアリティを与えていた。


評:蔵研人

 

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2026年6月21日 (日)

Ms.パニッシャー

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★★
製作:2019年 米国 上映時間:70分 監督:サム・ファーマー

“最強熟女の血が燃えたぎる鮮血のバイオレンス・アクション!”強奪者から愛する娘と大切な家を守る為、女は最強のパニッシャーとなる!

────そんな刺激的な宣伝文句に惹かれて本作を手に取ったのだが、実際には、気が強く頑固なおばちゃんがショットガン片手に若者三人と対峙するだけの、こぢんまりとした物語であった。舞台は彼女の家の周辺に限られ、登場人物も十名ほど。ストーリー性も薄く、典型的な低予算アクションの趣が強い。

 主人公マーシャは、小さな田舎町で独り暮らしをする元女性警官。夫に先立たれ、娘とも別々に暮らしている。ある日、彼女の家を強引に奪おうとする三人の若者が現れ、刃物で脅しながら翌夜までに家を売れと迫る。
 助けを求めて地元の保安官補に相談するも、若者たちと通じているのか取り合ってもらえない。誰にも頼れないと悟ったマーシャは、愛する家を守るため、自ら立ち向かう決意を固める。

 その夜、若者たちが家に侵入し、偶然訪ねてきた娘を人質に取ってしまう。しかし、かつて修羅場をくぐり抜けてきたマーシャは、簡単には屈しない。娘と家を守るため、静かな田舎の夜に小さな戦いが始まる。

 だが本作には、物語を支えるべき“真面目さ”がどこか欠けている。元女性警官という設定も、家を奪おうとする若者たちの動機も、深く掘り下げられることなく表層を滑っていく。
 そのため登場人物たちの行動は、物語の必然ではなく、ただ脚本の都合に押し出されているように見えてしまう。せっかくの緊迫した状況も、薄く引き延ばされた会話と単調な展開の中で力を失い、物語としての重みを感じる前に終幕を迎えてしまった。

 ポスターからは、もっと大人数を相手にした派手なアクションを期待していたのだが、実際の戦闘シーンは会話が多く、テンポが悪いため緊張感が削がれてしまう。通常なら10分ほどで収まる場面を、何度も引き延ばして一本の作品に仕立てたような印象が拭えない。爽快感を求めて観たはずが、むしろじわじわと苛立ちが募り、観終えた後にはわずかな後味の悪さが残ってしまったのが悔しい。

評:蔵研人

 

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2026年6月18日 (木)

ウルフマン

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★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:103分 監督:リー・ワネル

 ウルフマンを直訳すれば「狼男」である。吸血鬼と並び、古典怪物の双璧として幾度も映画化されてきた存在だ。1941年の『狼男』がその源流とされるが、本作はそのリブートを名乗りながら、満月の魔性も、銀の弾丸という神話の残響も捨て去っている。ここで描かれるのは、変身ではなく“感染”であり、狂犬病のように一度罹れば戻れないという、あまりに俗世的で乾いた設定だ。

 確かに現代的な再解釈としては理解できる。しかし、その結果生まれたのは、狼男の神秘を剥ぎ取り、ゾンビ映画と見分けがつかない凡庸なモンスターパニックである。観客が期待する「狼男」という神話的存在は影も形もなく、ただの“異物”がそこに置かれているだけだ。

 さらに致命的なのは、終盤まで画面が薄闇に沈み、何が起きているのか判然としないことだ。狼男はほとんど姿を見せず、正体が露わになってからも、田舎の一軒家の周囲で追いかけっこに終始するだけ。また登場人物の心理は掘り下げられず、物語の奥行きも生まれない。恐怖ではなく、ただの“空虚”が漂うばかりである。

 思えば、2010年にベニチオ・デル・トロとアンソニー・ホプキンスが主演した『ウルフマン』は、古典への敬意と現代性の融合が見事だった。それと比べれば、本作はなぜ今この時代に創られたのか、その存在理由すら見いだせない。日本で劇場公開されなかったという事実も、むしろ当然の帰結のように思えてくる。

 
評:蔵研人

 

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2026年6月16日 (火)

ザ・ミスト

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★★★☆
製作:2017年 フランス 上映時間:89分 監督:ダニエル・ロビィ

 本作は、あのスティーヴン・キング原作の『ミスト』とは無関係である。これはまったく別物の、フランス製のSF風味を帯びた社会風刺ドラマだ。

 自己免疫疾患を抱える娘サラの治療法を探し続けるマチューは、定職に就けず、なぜか妻アナと娘が暮らすパリのアパートの向かいに一人で住んでいる。彼は折に触れて娘の様子を見に訪れるのだ。
 12歳になるサラは、生まれてから一度も外に出たことがなく、病のためカプセルの中で育てられている。アナは在宅で教師の仕事をしながら、閉ざされた空間で暮らす娘を献身的に看病している。

 そんなある日、街を揺るがす大地震が起こり、パリ中が濃い霧に包まれてしまう。この霧は有毒で、人々は次々と倒れていく。マチューとアナは、とりあえずサラのカプセルだけは安全だと判断し、最上階に住む老夫婦の部屋へ避難する。

 しかし霧はいっこうに晴れず、街は急速に死の静寂へと沈んでいく。このままではサラのカプセルも危険だと考えた二人は、救助隊から受け取った酸素マスクを頼りに、サラを外へ連れ出すための特別スーツを探しに街に出る。だが途中で凶暴な犬に襲われ、酸素マスクを壊されてしまう。

 霧はいつ晴れるのか。この霧の正体とは何なのか。酸素マスクなしでスーツを持ち帰ることはできるのか。サラや老夫婦は救われるのか。さまざまな疑念と不安が胸をよぎる。ネット上の評価は芳しくなかったが、実際にはなかなか興味深い作品ではないか────。

 ただ、街に死体を含めほとんど人影がないこと、そしてなぜあの犬が生き延びたのか、……といった細かいことが気になってしまう。また、物語の多くが解明されないまま、ラストのどんでん返しで唐突に幕を閉じる点も賛否を分けるだろう。
 SFなのか、家族ドラマなのか、サバイバルものなのかと考えたが、むしろこれは皮肉を込めた社会風刺劇として観るべき作品なのかもしれない。

 

評:蔵研人

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2026年6月14日 (日)

DEAD OR ZOMBIE ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない

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★★★☆

製作:2022年 日本 上映時間:42分 監督:佐藤智也

 ゾンビが蔓延した世界で、ゾンビ化した家族と共に暮らす引きこもりの女子高生を描いた、静謐(せいひつ)なヒューマンドラマである。短編かつ低予算のB級映画でありながら、「ゾンビになっても家族の絆は失われない」という奇妙に温かい視点が、作品全体に淡い光を灯している。外見はホラーの皮をまといながらも、その内側には少女の心の葛藤と、かすかに残る家族への愛情が脈打っている。

 舞台となるのは、感染拡大を防ぐために外界から切り離された地方都市。女子高生・早希は、ゾンビとなった家族を見捨てることができず、ひとり隔離区域に残って暮らしている。
 かつて不登校で、家族との関係もぎこちなかった彼女にとって、この異常な日常は、むしろ“初めて家族と向き合う時間”として訪れたのかもしれない。
 人影の消えた町を満たす静けさは、まるで早朝の冷たい空気をそのまま閉じ込めたようで、画面に漂う寂寥感は、早希の孤独と奇妙に呼応している。

 低予算ながら、ゾンビの特殊メイクには確かな迫力が宿る。それもそのはず、日本の特殊メイク界を牽引してきた江川悦子が手がけているのだ。
 本作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリを受賞した日中韓合作映画『湖底の空』の佐藤智也監督が、同映画祭からの支援金を受けて制作したものである。
 わずか42分の物語でありながら、そこには“終末”と“家族”という相反する気配が静かに同居し、観る者に奇妙な余韻を残す作品であった。 

評:蔵研人

 

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2026年6月12日 (金)

殺人の追憶

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★★★★
製作:2004年 韓国 上映時間:130分 監督:ポン・ジュノ

 2019年、『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画史を塗り替え、アジア映画として初めてアカデミー賞作品賞に輝いたとき、世界はようやくポン・ジュノという作家の真価に気づいた。しかし、その才能の源流はすでに本作『殺人の追憶』において、濃密な霧のように立ちのぼっていたのである。

 ポン・ジュノの映画には、しばしば“雨”が物語の奥底を流れる暗い血流のように存在する。『ほえる犬は噛まない』の冒頭を濡らす雨、『グエムル』で死と共に訪れる雨、『母なる証明』で母の絶望を包み込む豪雨、そして『パラサイト』で半地下を呑み込む濁流。
 本作でもまた、雨は静かに、しかし確実に死を呼び寄せる。雨脚が強まるたび、観客は不吉な気配に身を固くするほかない。

 本作は、1980年代の韓国農村で実際に起きた「華城連続殺人事件」を題材にしている。大鐘賞では監督賞・作品賞を受賞し、東京国際映画祭でもアジア映画賞に輝いた。
 若い女性を次々と襲う犯人を追い詰めようと、土着の刑事たちは粗暴な捜査に突き進む。そこへソウルから派遣された刑事が加わり、論理と冷静さを武器に事件へと切り込む。

 だが本作が描くのは単なる犯人探しではない。異なる捜査観を持つ彼らが、事件の闇に触れるたびに揺らぎ、崩れ、そして人間としての弱さを露わにしていく、その過程そのものが物語の核となっている。

 土着刑事たちの拷問まがいの取り調べや証拠捏造、さらには占いに頼る捜査は、現代の目から見れば滑稽であり、同時に恐ろしくもある。しかし、時代と土地が生み出した“常識”とは、往々にしてこうした歪みを孕むものなのだろう。
 そして終盤、冷静さを保っていたソウルの刑事までもが、感情の奔流に呑まれ暴力へと手を伸ばす瞬間、観客は悟る。彼もまた、制度の外側に立つただの人間であり、闇に触れれば誰しもが揺らぐ存在なのだと。

 農村の田園風景は、息を呑むほどに美しい。だがその美しさの中で発見されるのは、無残な姿となった女性たちの遺体である。光と影が反転するようなこの映像の対比に、ポン・ジュノは何を託したのだろう。美しさの裏側に潜む暴力、あるいは人間の心に巣食う闇への静かな問いかけなのか。

 前半は誤認逮捕の連続で、捜査は泥濘のように進まず、観る者の苛立ちも募る。しかし後半、土着刑事とソウル刑事がようやく歩調を合わせ始める頃、犯人像はかすかな輪郭を帯び、希望の光が遠くに揺らめく。だが────ラストはどこか満たされない。
 それは事件の“現実”がもたらす空白なのか。それとも監督が観客に、消えない余韻と問いを抱えたまま劇場を後にしてほしかったからなのだろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年6月10日 (水)

あの頃、君を追いかけた

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★★★
製作:2018年 日本 上映時間:114分 監督:長谷川康夫

 家庭では全裸で過ごす主人公とその父、そして下ネタが飛び交うおバカな展開────どこか韓国ドラマ的な過剰さを感じたが、調べてみれば台湾で大ヒットした同名映画の日本版リメイクであった。

 物語は、ある美しい女性の結婚式に招かれた高校時代の仲良し6人組が、青春の日々を回想するという構成だ。その中心となるのは、水島浩介(山田裕貴)をはじめとする5人の男子たち。彼らは皆、結婚式の主役である早瀬真愛に恋心を抱いていたが、結局のところ全員が振られた“敗者”でもあった。

 医者の娘で、世間知らずの純真さと美貌、そして聡明さを併せ持つ早瀬真愛を演じたのは、小顔の美少女・齋藤飛鳥。一方で、私の好みは彼女の親友役を演じた松本穂香のほうだ。大きな瞳が印象的で、明るい雰囲気を纏う彼女だが、本作では浩介の幼馴染というだけで、物語の中心からはやや外れてしまっていたのが残念である。

 結局のところ、本作は台湾の人気作家ギデンズ・コーの自伝的作品を下敷きにしているだけで、特別な社会性や深い感動を求めるべき映画ではない。誰の胸にもひとつはある、甘酸っぱくも不器用な青春の記憶を、淡々と描いた作品と言えるだろう。
 ただし、山田裕貴の“生尻”を拝みたい方には、強くお勧めしておく(笑)

評:蔵研人

 

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2026年6月 7日 (日)

予兆 散歩する侵略者 (ドラマ)

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★★★
製作:2017年 日本 上映時間:1シーズン5話 監督:黒沢清

 ドラマが始まって早々、職場の同僚が「自宅に幽霊が出る」と騒ぎ出す。そのため、てっきり本作はホラー作品なのだろうと思い込んでしまった。しかしその幽霊の正体は、実は幽霊ではない。
「家族」という概念を宇宙人に奪われた結果、父親の存在を認識できなくなり、幽霊だと誤解していたのだった。

 その宇宙人は、ヒロイン・悦子(夏帆)の夫・辰雄(染谷将太)が勤務する病院の外科医として潜り込んでいる存在である。辰雄は彼らの行動を補佐する“ガイド”の役割を強いられ、逆らおうとすると腕に激しい痛みが走るため、抵抗することができない。
 宇宙人たちの目的は地球侵略であり、人類の大半は排除される運命にある。ただし、特殊な能力を持つ悦子だけは「サンプル」として生かされることになっていた。

 つまり本作は、ホラーの皮を被ったサスペンス風味のSFドラマである。だが正直に言えば、その内容はあまりにも低予算で、設定の描写もどこか幼稚に感じられた。それでも気がつけば、私は全5話を一気に観終えているではないか。
 結局、不満を抱きながらも視聴をやめられなかったという事実が、この作品の持つ奇妙な吸引力を物語っているのかもしれない。

 本作は映画『散歩する侵略者』のスピンオフ作品であり、「概念を奪う侵略者」という設定を、映画本編とは異なる夫婦の視点から描いている。
 また日常が静かに、しかし確実に侵食されていく様子は、不穏でじわじわと迫るサスペンスとして描かれている。さらに、この全5話のドラマを再編集した劇場版まで存在するのだから、作品の構造は実にややこしい。

 理解しづらく、決して親切とは言えない。それでもなお記憶に残るのは、黒沢清らしい「説明されない不安」が、画面の隅々にまで染み込んでいるからだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 5日 (金)

きょうの日はさようなら

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★★★☆
著者:一穂ミチ

 森山良子の『今日の日はさようなら』をもじったタイトルがまず目を引く。どんな物語なのかと文庫本を手に取ると、ブックカバーには昔ながらのセーラー服におさげ髪の女子高生が、駅のプラットホームに佇む姿が描かれていた。裏表紙には、次のような紹介文が記されている。

 2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、そしてその彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。
 ただでさえ退屈な夏休みに、面倒ごとが増えるとあって二人はうんざりだ。いとこの存在に期待も興味もない。退屈な日常はそのまま続くかに思われた。
 けれど、彼女——今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの“30年前の女子高生”だった……。

 1995年の夏、今日子の家族は火災で全員亡くなり、彼女だけが瀕死の状態で救い出された。その後、治療を受けたのちコールドスリープによる人口冬眠に入り、30年間“眠り姫”として時を止めていたという。外見は女子高生のままだが、実年齢は50歳近い"おばさん"なのである。
 それでも今日子は、入院中に現代の文化や生活背景を学んだこともあり、明日子や日々人と自然に接することができる。

 今日子にとって、目覚めた現代社会は『浦島太郎』やロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の未来世界そのものだ。ただし違うのは、まだ30年後の世界であり、高校時代に付き合っていた恋人が今も生きているという点である。彼はすでに“おじさん”になっているが、どうしても逢いたい——そんな思いが、今日子の胸に静かに芽生え始める。

 父親と明日子・日々人の三人で暮らす門司家は、どこか家族関係がぎくしゃくしていた。そこに現れた今日子は、いとこでありながら、どこか“母親のような存在”でもあったのかもしれない。

 ポケベル、ソックタッチ、スーパーファミコン——懐かしい記憶の断片が物語に散りばめられ、軽やかでほんわかとした空気の中に、ふと切なさが漂う。

「きょうの日はさようなら」。そして、その先に続くのは「また逢う日まで」なのだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 3日 (水)

もうすぐ死にます

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★★★★
2023年 韓国ドラマ

 大学を卒業してから七年間、正規の職を得られずアルバイト生活を続けていたチェ・イジェは、ようやく巨大企業テガングループの最終面接に辿り着く。だがその道中で交通事故を目撃し、動揺を引きずったまま面接に臨んでしまい、不採用という結果に終わる。追い打ちをかけるように、恋人ジスが男と逢っているところを目撃し、投資詐欺で貯金も失い、家賃すら払えず住まいを追われることに────。降りしきる雨の中、絶望に沈んだ彼は衝動的にビルの屋上から身を投げてしまう。

 しかし、彼を迎えたのは“怪しい女の姿をした〈死〉”だった。死を「道具のように扱った」と怒る〈死〉は、イジェに十二回の転生という罰を科す。転生先は、テガングループ御曹司の次男、いじめられっ子の高校生、刑務所の囚人、ヤクザ、殺人狂、刑事、さらには赤ん坊に至るまで実に多彩であり、そして最後の転生は、なんと……。

 それぞれの人生が独立した物語としても面白く、やがて一本の線で結ばれていく構成の妙には舌を巻く。アクション、恋愛、ホラー、社会風刺、涙を誘うドラマと、あらゆるジャンルを巧みに織り込んだ作品で、視聴者を飽きさせない。

 現代の韓国では、大学を卒業しても大企業への就職は容易ではなく、若年層の自殺率が異常に高いと指摘されている。本作は、そんな社会の歪みや閉塞感に対する静かな警鐘として生まれたのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年6月 1日 (月)

The Tick /ティック 〜運命のスーパーヒーロー〜

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★★★☆
2017年製作の米国TVドラマ

 あまりにも暴力的かつエログロテスクな描写で話題をさらった『ザ・ボーイズ』の後味を和らげるべく、私はこのコミカルタッチのスーパーヒーロー・ドラマを手に取った。

 主人公は、青虫のような外見をした謎多きヒーロー、ティックと、ヘタレで神経質な青年アーサー。でこぼこコンビの掛け合いが物語を軽やかに牽引していく。

 1話約25分。シーズン1が12話、シーズン2が10話という構成は、長大化しがちな米国ドラマの中では実に手頃で、物語を追いやすい。シーズン1では、アーサーの父を死に追いやった宿敵テラーの再登場を軸に物語が展開する。
 続くシーズン2では、ロブスター女キュールズとその子供たちをめぐる騒動が描かれるが、物語は大きな余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 ティックとは何者なのか。スーパーマンもどきのヒーロー、スーペリアンのうつ病は癒えるのか。裏切り者ミス・リントの行く末は……。数々の謎と伏線は解かれぬまま宙吊りにされてしまった。

 本来はシーズン3へと続く構想があったものの、視聴率の低迷により打ち切りとなったという。米国ドラマ界では珍しい話ではないとはいえ、物語がようやく広がりを見せ始めた矢先の終幕は、やはり惜しまれてならない。

 荒唐無稽でありながらどこか人間臭い。過度な暴力や皮肉に頼らず、ユーモアと温かみでヒーロー像を描こうとした本作は、未完であるがゆえに、なおさら静かな余韻を残している。 

評:蔵研人

 

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