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2026年4月13日 (月)

ザ・ボーイズ

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★★★★
2019年 米国ドラマ

 2019年に配信が始まったアメリカのドラマ『ザ・ボーイズ』は、一話およそ一時間の物語が長大なシリーズとして展開されるSF作品である。アメリカン・コミックを原作とするスーパーヒーローものではあるが、その内容は単なる社会風刺にとどまらない。暴力描写に加え、過激なエロティシズムやグロテスクな表現も多く、明らかに成人向けの作風であるため、子供に見せる作品ではないだろう。

 登場するヒーローたちは、いずれも既存のヒーロー像を思わせる存在である。スーパーマンを想起させるホームランダー、ワンダーウーマンに似たクイーン・メイヴ、アクアマン風のディープ、フラッシュを思わせるAトレイン、そして透明人間のトランスルーセントなど、どこか本家を戯画化したようなヒーローが次々と現れる。

 とりわけホームランダーは、スーパーマンに匹敵する最強のヒーローとして描かれている。しかしその人格はあまりにも自己中心的で、暴力的であり、精神的にも歪んだ人物である。長年スーパーマンに親しんできた者としては、このキャラクターに対して強い反発を覚えずにはいられない。なぜこれほど露骨にスーパーマン像を逆転させた存在が許されているのかと、不思議に思うほどである。

 とはいえ、この逆説的なヒーロー像こそが作品の魅力であり、結局のところ私は長いシリーズを最後まで観続けてしまった。もし現実世界にスーパーヒーローが存在するとすれば、理想的な正義の象徴であるばかりではなく、権力や欲望に翻弄される存在にもなるのかもしれない。そう考えると、この作品の皮肉は決して空想だけでは済まない。しかし一方で、ヒーローという夢を壊されたような寂しさもまた否定できない。

 この物語では、堕落したヒーローたちに立ち向かう、超能力を持たない数人の集団が「ザ・ボーイズ」と呼ばれている。彼らのリーダーであるブッチャーは、元イギリス軍特殊部隊員であり、かつてCIAの工作員でもあった人物である。しかし彼もまた、ホームランダーと同様に自己中心的で暴力的な側面を持つ人物として描かれている点が、作品の皮肉である。

 個人的にはホームランダーも好きになれないが、それ以上にブッチャーのほうが嫌悪感を抱かせる人物に見えた。ホームランダーは極端なマザコンでありながら家庭に憧れ、世論の評価を気にするという奇妙な一面を持つ。機嫌さえ取っていれば、ある程度は危険を回避できそうにも思える。一方ブッチャーは笑顔を見せることもほとんどなく、家庭にも子供にも関心を示さず、狂気じみた復讐心を周囲に撒き散らす人物だからである。

 ところがシーズン4あたりになると、この印象は逆転する。ホームランダーはついに人間を露骨に見下し、レーザー光線で平然と殺戮を行うようになる。一方で、死期を悟ったブッチャーのほうが次第に人間的な優しさを見せるようになるのだ。こうして両者の立場は、まるで攻守が入れ替わったかのように変化する。

 やがて私は、ホームランダーが画面に現れるだけで不快感を覚えるようになってしまった。もしかすると、この人物像には、現代政治のポピュリズム的なリーダー像が誇張されて投影されているのかもしれない。
 そう考えると、このドラマの風刺は、単なるヒーロー物語のパロディを超え、現代社会そのものを映し出しているようにも思えるのである。もしかすると、トランプ大統領的な振る舞いを誇張したのがホームランダーなのかもしれない……。


評:蔵研人

 

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