美しい十代
★★★☆
製作:1964年 日本 上映時間:79分 監督:吉村廉
本作は、1960年代に隆盛を誇った歌謡映画の一本である。カラオケで「美しい十代」を歌うと、決まってこの映画の場面が歌詞とともに映し出される。箱根への社員バス旅行で三田明が歌う姿、土手で三田明、浜田光夫、西尾三枝子の三人が声を揃える場面――それらは楽曲と切り離せない記憶として、今も残っている。
身寄りのない少女ミカ(西尾三枝子)は、スリと誤解したチンピラの純(浜田光夫)と、同じマーケットで働きながら夜間高校に通う宏(三田明)の、二人の青年に想いを寄せられる。だが、両親を持たないという同じ境遇を背負う純に、彼女の心は次第に引き寄せられていく。ところが純は、兄貴分に欺かれ、抗争相手の殺しを引き受けることになり、自ら刑務所へ入る道を選んでしまう。
青春アイドル映画でありながら、描かれるのはタイトルとはかけ離れたヤクザの世界である。しかし、その重苦しさは浜田光夫の屈託のない笑顔によって、不思議と和らげられている。
また『明日は咲こう花咲こう』でもそうだったように、三田明演じる青年は、貧しさの中にあってもどこか貴公子の気配を漂わせ、女性には縁がなくとも、常に前を向き、笑顔を失わない存在として描かれていた。
また、本作では清純派の象徴とも言える西尾三枝子だが、半年後に公開された吉行淳之介原作『砂の上の植物群』での大胆な役柄を思えば、その振幅の大きさに当時の観客が驚いたのも無理はない。
ビルの谷間にまだバラックが並んでいた頃の東京。その風景は、懐かしさとともに、若者たちの夢や希望をそっと肯定してくれる空気をまとっている。そういう意味では、この映画は確かに「美しい十代」を映し出しているのだろう。
それに比べ、物質的には豊かになったはずの現代に生きる若者たちが、明るく美しい未来を思い描きにくくなっているとすれば――それは、少しばかり寂しいことである。
評:蔵研人
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