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2026年2月の記事

2026年2月26日 (木)

美しい十代

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★★★☆
製作:1964年 日本 上映時間:79分 監督:吉村廉

 本作は、1960年代に隆盛を誇った歌謡映画の一本である。カラオケで「美しい十代」を歌うと、決まってこの映画の場面が歌詞とともに映し出される。箱根への社員バス旅行で三田明が歌う姿、土手で三田明、浜田光夫、西尾三枝子の三人が声を揃える場面――それらは楽曲と切り離せない記憶として、今も残っている。

 身寄りのない少女ミカ(西尾三枝子)は、スリと誤解したチンピラの純(浜田光夫)と、同じマーケットで働きながら夜間高校に通う宏(三田明)の、二人の青年に想いを寄せられる。だが、両親を持たないという同じ境遇を背負う純に、彼女の心は次第に引き寄せられていく。ところが純は、兄貴分に欺かれ、抗争相手の殺しを引き受けることになり、自ら刑務所へ入る道を選んでしまう。

 青春アイドル映画でありながら、描かれるのはタイトルとはかけ離れたヤクザの世界である。しかし、その重苦しさは浜田光夫の屈託のない笑顔によって、不思議と和らげられている。
 また『明日は咲こう花咲こう』でもそうだったように、三田明演じる青年は、貧しさの中にあってもどこか貴公子の気配を漂わせ、女性には縁がなくとも、常に前を向き、笑顔を失わない存在として描かれていた。

 また、本作では清純派の象徴とも言える西尾三枝子だが、半年後に公開された吉行淳之介原作『砂の上の植物群』での大胆な役柄を思えば、その振幅の大きさに当時の観客が驚いたのも無理はない。

 ビルの谷間にまだバラックが並んでいた頃の東京。その風景は、懐かしさとともに、若者たちの夢や希望をそっと肯定してくれる空気をまとっている。そういう意味では、この映画は確かに「美しい十代」を映し出しているのだろう。
 それに比べ、物質的には豊かになったはずの現代に生きる若者たちが、明るく美しい未来を思い描きにくくなっているとすれば――それは、少しばかり寂しいことである。

評:蔵研人

 

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2026年2月23日 (月)

『進撃の巨人』TVアニメ版を観終えて

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 諫山創による漫画『進撃の巨人』は、2009年から2021年まで約12年間にわたり『別冊少年マガジン』で連載され、世界累計発行部数1億4,000万部を超える一大作品となった。その影響力は日本国内に留まらず、アニメ化を通じて世界規模の現象へと拡張していった。

 私は原作漫画を未読のまま、TVアニメ全94話を視聴した。物語はあまりにも長大で、連日画面に向き合う生活を続けるうち、気づけば精神的にも肉体的にもかなり疲弊していた。それでも視聴をやめられなかったのは、本作が単なる娯楽の枠を超え、観る者に思考を強いる力を持っていたからだろう。

 第59話において、パラディ島を脅かしてきた巨人たちは一掃され、束の間の平和が訪れる。この時、私は物語が一つの終着点に達したのだと早合点した。しかし実際には、そこからこそが『進撃の巨人』の核心を描く「本当の始まり」だった。

 舞台はマーレへと移り、それまで一貫して被害者として描かれてきたエルディア人は、加害者の立場に置かれる。そして主人公エレン・イェーガーは、いつの間にか「守る者」から「壊す者」へと変貌していく。この急激な価値観の転倒に戸惑い、60話以降で視聴を断念した人が少なくなかったという話も、今となっては理解できる。

 正直に言えば、私自身も何度となく視聴をやめようとした。あまりにも多くの死が描かれ、正義の名の下に振るわれる暴力が執拗に反復される。その現実性は、フィクションであるがゆえに薄まるどころか、かえって生々しい不快感を伴って迫ってきた。しかし、未だ明かされていない巨人の謎を前に、物語を放棄する決断もできず、惰性と好奇心の間で揺れ動きながら視聴し続けることになった。

 また九つの巨人の継承者が容易には死なない点や、過去を何度も振り返る回想構成には苛立ちを覚えたのも事実である。ただ、こうした手法は『鬼滅の刃』など近年の作品にも見られる傾向であり、現代の大衆向け物語が選択している一つの様式なのだろう。

 それでも最終話まで辿り着いた今、本作が投げかけた問いは確かに心の奥に残った。「自由とは何か」「戦争はなぜ終わらないのか」「人間はどこまで残酷になれるのか」。分かりやすく読み解けば、“巨人”とは核兵器の恐怖の象徴であり、壁の向こう側を知りたいと願う衝動は、人間の際限ない欲望を表しているとも解釈できる。

 敵を憎むことは容易い。しかし、敵の背景を理解することは驚くほど難しい。立場が変われば正義は容易に反転し、昨日の英雄は今日の悪となる。その現実を、『進撃の巨人』は一切の逃げ道を与えず突きつけてくる。

 相互理解こそが争いを回避する第一歩であることは、誰もが知っている。だが現実には、人間は恐怖と欲望に翻弄され、短絡的な選択を繰り返してしまう存在なのだろう。そもそも巨人が存在せず、壁の外に過剰な関心を抱かなければ、この長期にわたる惨劇は起こらなかったはずだ。

 だからこそ本作は、真の平和や安らぎを求めるならば、「ありふれた小さな幸せ」を大切にするしかないのだと、静かに語りかけているように思える。

 『進撃の巨人』は、決して観る者を安易に楽しませる作品ではない。疲労や不快感を伴いながら、それでも思索を手放すことを許さない、重く、厄介で、しかし忘れがたい作品であった。

 なお、劇場版の実写映画については、TVアニメとは切り離して評価すべきだろう。94話に及ぶ物語を一本の映画に収めることが不可能である以上、省略や改変は避けられない。10年前の邦画特撮として見れば、映像面には相応の努力が感じられ、過度な酷評は必ずしも公平とは言えないだろう。

評:蔵研人

 

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2026年2月21日 (土)

キャプテン・ノバ

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★★★
製作:2021年 オランダ 上映時間:85分 監督:モーリス・トルーボルス

 オランダ製のSF映画を観るのは、これが初めてだった。

 物語の舞台は2050年。
 急速な地球温暖化によって地表は荒廃し、大気は汚染され、人類は滅亡の瀬戸際に立たされている。このままでは地球そのものが崩壊し、生物はすべて死に絶えてしまうだろう。その未来を回避する唯一の手段は、タイムマシンによって過去へ遡り、温暖化を引き起こした原因を阻止することだった——。

 設定自体は、SF映画として決して目新しいものではない。だが、シャトル型タイムマシンを宇宙空間へ打ち上げ、ワームホールに突入することで時間を遡行するという理屈には、一定の説得力がある。また、25年前に到着した瞬間、主人公が肉体的に25歳若返るという描写も、SF的な論理としては納得できる範囲だ。

 しかし、製作費の制約は否応なく画面に現れる。簡素な造形のシャトルを見るにつけ、これでワームホールを通過できるのだろうか、と冷静に考えてしまう。また、世界の命運を握る存在が二人の子供であるという設定も、やや予定調和的で、子供向け作品の枠を出ない印象は否めない。

 それでも本作は、「地球の自然破壊が温暖化を招き、人類の未来を閉ざす」という厳しい現実を、次の世代に伝える映画としての役割を確かに果たしている。また領土や資源を巡る戦争もまた同根の問題であり、人間が目先の利益に囚われ続ける限り、真の平和が訪れることはないだろう。

 本作は、その不都合な真実を、静かに、しかし確かな声で語りかけてくる。

評:蔵研人

 

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2026年2月19日 (木)

アンキャニー 不気味の谷

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★★★☆
製作:2019年 米国 上映時間:85分 監督:マシュー・ルートワイラー

 “アンキャニー(uncanny)”とは、「不気味な」「奇怪な」「得体の知れない」といった意味を持つ言葉である。本作は精巧なアンドロイドを扱ったSF作品ではあるが、同時に濃厚なホラー的要素を孕んでいる。その理由について語ることはできない。なぜなら、それこそが本作の核心にほかならないからだ。

 科学誌の女性記者ジョイ・アンドリュースは、天才的ロボティクス研究者デヴィッド・クレッセンの研究施設に一週間滞在し、独占取材を行うことになる。
 そこでは、世界初の“完璧な人工知能”を搭載した人型AI〈アダム〉が、デヴィッドとチェスを指し、研究開発の助手として日常的に働いていた。ジョイは、彼らの静かな日々を観察する立場に身を置く。

 やがてジョイとデヴィッドの距離は縮まり、二人の間に親密な感情が芽生え始める。その変化に呼応するかのように、アダムは嫉妬や独占欲とも取れる感情を示し、次第に挙動を不安定にしていく。

 ここまでであれば、決して珍しい物語ではない。しかし、その先が恐ろしい。そう思った瞬間、観る者はラストの鮮やかなどんでん返しに、思わず息を呑むことになる。

 舞台は閉ざされた研究所内のみ、登場人物もわずか三、四人という超低予算のB級映画である。それにもかかわらず、俳優たちの確かな演技力と緊密な会話、そして観る者の想像力を巧みに刺激する演出によって、最後の一瞬まで張り詰めた緊張感が途切れることはない。その手腕は、ただただ見事というほかない。


評:蔵研人

 

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2026年2月16日 (月)

明日は咲こう花咲こう

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★★★☆
製作:1965年 日本 上映時間:89分 監督:江崎実生

 吉永小百合と、当時“歌謡界のプリンス”と呼ばれた三田明が共演したヒューマンドラマである。60歳以下の人にとっては、もしかすると歯牙にもかけない歌謡映画かもしれない。
 だがこの作品は、当時高校生だった僕が、初めて彼女と観た映画だった。それゆえアマゾンプライムビデオで偶然見つけたとき、胸の奥から思わず懐かしさが込みあげてしまったのである。

 週刊誌記者の恋人をもつ小日山ひろ子(吉永小百合)は、情熱に突き動かされ、彼の反対を押し切って僻地の姫虎村へ保健婦として赴任する。しかしそこは、彼女の想像をはるかに超える貧困と無知が蔓延する土地で、彼女が懸命に働けば働くほど、村の空気は彼女を嘲笑うかのように冷ややかであった。

 共演の三田明は、当時まだ俳優としては十分ではなかったためか、本作でも“歌手・三田明”として後半に少し顔を出す程度だ。しかしその若々しく清々しい笑顔には、誰もが自然と好感を抱いてしまうに違いない。

 高校時代に観たとはいえ、記憶に残っていたのは吉永小百合の保健婦姿と、三田明とともに歌った『明日は咲こう花咲こう』くらいだった。だから今回は、せめてそのさわりと主題歌だけ観て終えるつもりだったのだが……。
 ところが気づけば、懐かしい俳優たちの姿や、当時は気づかなかった心に沁みる物語の運びに惹かれ、結局は最後まで観てしまった。思えば、この作品は僕にとって、青春の一頁をそっと閉じ込めた、かけがえのない一本だったのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年2月12日 (木)

碁盤斬り

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★★★☆
製作:2024年 日本 上映時間:129分 監督:白石和彌

 冤罪によって妻を失い、故郷である彦根藩を追われた柳田格之進は、娘とともに江戸の貧しい長屋で慎ましく暮らしている。頼まれれば篆刻を彫り、娘の内職と合わせてどうにか日々を繋いでいるのだった。
 また格之進は囲碁の達人でもあり、その腕前ゆえに知り合った碁敵・萬屋源兵衛とも親しく交流していた。貧しくはあるものの、ささやかな安寧の続く生活————そこまでは、確かに穏やかな日々であった。

 しかしある日、国元から届いた報せが格之進の運命を揺さぶる。冤罪が晴れ、藩に戻るよう命じられたのだ。本来ならば喜ぶべき知らせであるはずが、妻の死因が明らかになり、真犯人である柴田兵庫が逐電したと知った瞬間、格之進の内には抑えがたい怒りが燃え上がる。
 追い打ちをかけるように、萬屋源兵衛邸で50両が紛失し、またも濡れ衣を着せられてしまう。絶望の果てに、彼はついに切腹を決意することとなる。

 本作はとにかく囲碁対局の場面が多い。しかしその描写は決して付け焼き刃ではなく、日本棋院の棋士による指導のもと作られた棋譜を用いるなど、確かなこだわりが感じられる。囲碁を知っていればより深く味わえるが、知らずとも物語に支障はないので心配はいらない。

 一方で、主人公が武士としての意地を通すがゆえに、賭け碁でわざと負けて虎の子の一両を失ったり、愛娘が吉原に身を売ろうとしても制止しない姿には、正直なところ感情移入しづらい面もある。

 それでも、愚直で不器用な男・柳田格之進を淡々と、しかし深く演じ切った草彅剛の存在感、清原果耶の清楚なたたずまい、國村隼や市村正親ら名優たちの重厚な演技、そして丹念に描かれた囲碁対局の風景からは、知的でどこか新しい風を感じさせる時代劇の趣が立ちのぼっていた。

 さて、「碁盤斬り」とは一体何を意味するのか————ここでは明かさない。ぜひ本作を鑑賞し、その目で確かめてほしい。


評:蔵研人

 

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2026年2月10日 (火)

THE BATMAN ザ・バットマン

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★★★☆
製作:2022年 米国 上映時間:176分 監督:マット・リーブス

 本作は『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』に代表されるDCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)版バットマンとは一切関係がなく、完全に独立した世界観で描かれた単独作品である。

 物語の背景は、ブルース・ウェインがバットマンとして活動を始めて2年目という、まだ未成熟な時期に置かれている。ここに描かれるゴッサム・シティは、過去シリーズの中でも屈指の陰鬱さを湛え、犯罪は蔓延し、政治も警察も富裕層も腐敗に侵されている。そんな街でバットマンの前に立ちはだかるのは、狂気に満ちた謎解きの名手・リドラーだ。

 本作の特徴は、ブルースとウェイン家の過去に潜む罪と秘密、そして街全体を覆う闇の濃度にある。それゆえバットマン自身も暗い影を背負い、画面は終始、薄闇が支配している。

 また、本作にはどこか2019年の『ジョーカー』を想起させる雰囲気が漂うが、あの作品の鬼気迫る心理描写には達していない。ただし、従来作品と大きく異なるのは、バットマンがまだ社会に十分に認知されておらず、警察に逮捕されかけたり、「コスプレ野郎」と揶揄されたりするような、現実的視点を取り入れている点であり、そこに監督の良識が感じられる。

 一方で、画面の暗さゆえに観辛い場面が多いことや、約3時間という長尺のわりに、編集によるものと思われる辻褄の甘さも散見され、没入しきれなかったのは非常に残念で惜しい。

 とはいえ、バットマンを演じたロバート・パティンソンは見事に身体を創り上げ、陰影をまとった新たなダークナイト像を体現していた。そして、キャットウーマン役のゾーイ・クラビッツの俊敏さと存在感もまた強烈で、次回作でも彼女が再びバットマンと肩を並べてくれることを願いたくなる。

評:蔵研人

 

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2026年2月 7日 (土)

獣兵衛忍風帖

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★★★☆
製作:1993年 日本 上映時間:92分 監督:川尻善昭

 本作は、『妖獣都市』や『バンパイアハンターD』で名を馳せた川尻善昭が、原作・脚本・監督の全てを手がけた時代劇アニメである。妖艶さと残酷さを併せ持つ川尻作品らしく、エロティックかつグロテスクな描写も多い。ゆえに、子供向けの娯楽と考えるべきではなく、大人のためのダーク・エンターテインメントといった趣がある。

 物語の舞台は江戸時代前期。望月藩の忍び衆が、下田村に広がる謎の疫病を探るべく密命を帯びて、村に潜入するところから幕を開ける。しかし彼らは、正体不明の忍び軍団『鬼門八人衆』の襲撃に遭い、ただ一人生き残ったくノ一・陽炎を残して全滅してしまう。
 死の淵に追い詰められた陽炎を救ったのは、「はぐれ忍」として各地を渡り歩く牙神獣兵衛であった。そのため獣兵衛自身も鬼門八人衆に狙われる身となり、公儀隠密の濁庵、そして恩義ある陽炎とともに、巨大な陰謀へと否応なく巻き込まれてゆく。

 敵方である鬼門八人衆は、鋼のような皮膚を持つ者、影の中に自在に溶け込む者、無数のスズメ蜂を操る者、斬られてもなお甦る者など、異能の術を身に宿している。その姿は、まるで山田風太郎の忍法帖や、白土三平・横山光輝らが描いた忍者活劇をアニメの文脈で再構築したかのようで、往年の作品に心を躍らせてきた者なら、否応なく胸の高鳴りを覚えるだろう。

 なお、2003年には続編となるテレビアニメシリーズ『獣兵衛忍風帖 龍宝玉篇』が放送されている。さらに川尻自身によるスピンオフ『獣兵衛忍風帖BURST』も制作され、世界はより広がりを見せた。機会があれば、これらの作品にも触れ、獣兵衛の歩んだ軌跡を辿ってみたいものである。

評:蔵研人

 

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2026年2月 5日 (木)

タイム・スプリンター

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★★★
製作:2024年 インド 上映時間:97分 監督:ラジャラム・ラジェンドラン

 椅子のような外観をしたタイムマシンによって“15分前”へと飛ばされてしまった主婦が、何度も同じ時間を繰り返す——そんな設定の物語である。舞台は廃工場のみ、登場人物も8名に限られた、いかにも超低予算のC級映画といった趣だ。

 しかし着想自体は興味深く、思わず2007年のスペイン映画『タイムクライムス』が脳裏をよぎる。ただし本作はストーリーの厚みに欠け、冒頭の宇宙服の意味を含めて全般的に説明不足が目立つ。

 またようやく盛り上がりの兆しを見せたかと思えば、終盤で失速してしまったのが非常に残念であった。内容からすれば97分の尺はやや冗長で、30分ほどの短編で十分だったのではないだろうか。

 とはいえ、主婦役を演じたあの“おばちゃん女優”の存在感だけは、しっかりと評価しておきたい。

評:蔵研人

 

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2026年2月 2日 (月)

正体 ドラマ版

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 先日、染井為人の小説『正体』を読了したばかりだが、その結末のあまりの救いのなさに胸の奥に重い影が差した。しかし、テレビドラマ版ではエンディングが改変され、より視聴者に寄り添ったハッピーエンドへと生まれ変わっていると耳にし、真偽を確かめたくて画面に向き合うことにした。

 実際に観てみると、ドラマ版では確かに後味の悪さを残さないよう、物語の結びが柔らかく包み直されていた。それ以外は、放映時間の制約ゆえ「スキー旅館のエピソード」が割愛されていた点を除けば、ほぼ原作の骨格を忠実に踏襲しているように思われる。ただ、原作が強く訴えかけていた“冤罪”の理不尽さに対する切実なトーンは、どうしても薄まってしまった感があるのは否めない。

 キャストについても触れたい。黒木瞳、市原隼人、貫地谷しほりといった実力派が脇を固め、物語に厚みを与えていたのは大きな魅力である。しかしながら、主役の鏑木慶一を演じた亀梨和也の、どこか影を引いた濃密な風貌は、私が原作から抱いていたイメージとはかなりずれており、その点だけが惜しまれる。もっとも、その解釈の差異こそ、映像化作品の醍醐味なのかもしれない。

 なお、原作小説について詳しく知りたい方は、下記拙稿を参照されたい。物語に潜む深い闇と微かな光を読み取る手助けとなるだろう。

正体 小説

評:蔵研人

 

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