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2025年10月の記事

2025年10月28日 (火)

LOVE SONG

Love-song

★★★☆
製作:2001年 日本 上映時間:100分 監督:佐藤信介


 同タイトル作品はいくつかあるが、本作の主演は仲間由紀恵と伊藤英明なので念のため。また本作は佐藤信介監督にとって、劇場用メジャー映画の第1作となる意欲作である。主題歌には、伝説的アーティスト・尾崎豊の未発表音源「風にうたえば」が採用されている。ただし、既存楽曲の版権を有するソニー・ミュージックレコーズおよびワーナー・ミュージック・ジャパンから正式な許諾が得られなかったためか、作中では楽曲の使用がごく限られていたのが惜しまれる。

 ストーリー展開はこうだ。地方のレコード店で出会った青年・伊藤に淡い想いを抱く女子高生・仲間。しかし彼は何も告げずに東京へと姿を消す。落胆する彼女だったが、ある日店先で伊藤からの葉書を見つけ、彼を探して上京する——。それだけの、きわめてシンプルな筋立てである。

 物語は仲間の東京での伊藤探しと、事業に失敗し落魄した伊藤の現状とが、パラレルに描かれる。『君の名は』さながらに、ふたりはなかなか巡り合えない。だが、仲間は本当に伊藤を愛しているのか。それとも母子家庭ゆえの“父への憧れ”が投影された感情なのか。一方の伊藤は仲間の存在をほとんど忘れ、新たな恋の予感に包まれている——そんな微妙な距離感がこの映画の余韻をつくっているようだ。

 当初は鬱陶しく見えたが、仲間を想いながらも旅費を工面し、共に伊藤を探してくれる同級生の男子が実に好感の持てる存在だったね。また何より驚かされたのは、当時22歳の仲間由紀恵が女子高生役を演じても違和感がまったくないこと。肌の艶やかさ、表情だけで心情を語る演技——すでに大女優としての資質がほとばしっていた。後年の彼女の成功を思うと、まさにその萌芽を見出すことができる。

 舞台となる1980年代は、まだ携帯電話もメールも普及していなかった“近くて遠い過去”。若者たちはただ、自分の足で相手を探し、直接言葉を交わすことでしか恋を確かめられなかった。『LOVE SONG』は、そんな不器用で純粋な時代の青春を描いた、一篇の記録である。

評:蔵研人

 

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2025年10月23日 (木)

タイムマシンでは、行けない明日

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著者:畑野 智美

 畑野智美作品を手に取ったのは本作が初めてである。1979年、東京都に生まれた彼女は、2010年『国道沿いのファミレス』で第23回小説すばる新人賞を受賞し、文壇に登場した。以降、青春小説や群像劇、恋愛や人間関係を主題にした作品を多く発表し、『海の見える街』などでは吉川英治文学新人賞の候補にもなっている。
 彼女の文体は、堅苦しさがなく平易でありながら、読後にはどこかに残る“余韻”のようなものを湛えているという評価が多い。比喩や描写も丁寧で、登場人物の内面や情景の陰翳を細やかに描き出す力量を感じさせる、との声もある。

 ただ、本作に限って言えば、一人称という形式ゆえか、どこか日記風の口調が強く、文体がやや粗く感じられる場面もあった。とはいえ、それが作品の魅力を損ねているわけではなく、むしろ、語り手の素直な感情がページを通じて直接伝わってくる。気づけば、物語に引き込まれ、一気に読了してしまった。

 タイムマシンによって過去に戻り、かつて事故に遭った彼女を救おうとする——そんな冒頭の設定から、読者は本作を典型的なSFだと受け取るかもしれない。しかし、早々に「過去は変えられない」という現実的な結論が突きつけられ、そのテーマはやがて静かに幕を下ろす。そして物語は、主人公がまったく異なる人生を歩む展開へと移っていく。
 それが幸福なのか、不幸なのか。明確な答えは提示されない。ただ、読後に残るのは、「何かが足りない」という、わずかな喪失感である。

 過去への介入の不確かさを、パラレルワールドという構造で補完しようとする姿勢には、誠実さを感じる。だが、物語全体としてはやや焦点が定まらず、テーマも拡散していく印象が否めない。ラストも、解釈の幅を持たせたかったのだろうが、やや説明不足のまま終わってしまった感がある。
 とはいえ、登場人物たちの心の動きや、選択の重みを静かに描き出そうとする筆致には、著者ならではの視点が確かに息づいている。他の作品にも触れてみたくなる、そんな余韻を残す一冊だった。
 

評:蔵研人

 

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2025年10月20日 (月)

アパートの鍵貸します

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★★★★
製作:1960年 米国 上映時間:120分 監督:ビリー・ワイルダー

 この作品は、まだ私が子供だった頃に公開された名作映画である。コメディ仕立てで、主演はジャック・レモン。彼の風貌や仕草は、どこかジム・キャリーを彷彿とさせる。時代的に言えば、正しくはジム・キャリーがジャック・レモンに似ているのだが……。

 原題は “The Apartment”。だが、この作品に限っては、邦題の『アパートの鍵貸します』の方がコメディらしい軽妙さを感じさせ、作品の雰囲気にぴったりである。

 いつも無償で残業しているサラリーマン、バクスター。その理由は、昇進の見返りとして、自分のアパートを会社の部課長たちの「逢い引きの場」として提供しているからだ。その甲斐あって昇進し、ついに個室を与えられた彼は、憧れのエレベーターガール、フラン・キューブリックに声をかけ、デートに誘う。しかし、彼女はなんと、自分の部屋を使っていた上司・シェルドレイクの愛人だった。そしてバクスターとの約束は、あっさりとすっぽかしてしまう。

 それにしても、「昇進」という欲に目がくらんだとはいえ、バクスターの人の良さには、時に観客としてイライラさせられる。また、そもそもなぜ部課長たちは、リスクを冒してまで、部下のアパートを不倫場所に使うのか? ホテルではいけなかったのか? この点についての説明が不足しているように感じたのは、私だけではないだろう。

 とはいえ、それ以外は今観ても面白く完成度の高い作品であり、多くの人々に愛される理由がよくわかる一本であった。

評:蔵研人

 

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2025年10月15日 (水)

正体

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著者:染井為人

 文庫本で600頁を超える大作長編小説である。テーマは「冤罪」。物語は、2歳の幼子を含む一家3人を惨殺したとして死刑判決を受けた少年死刑囚・鏑木慶一の脱獄劇から幕を開ける。

 その後、鏑木は身分を隠しながら、土木現場、フリーライター、スキー宿、パン工場、老人ホームと、さまざまな職場を転々とする。しかし、どの場所でも彼は一貫して誠実で、知性に富み、時に人助けさえも厭わない好青年として描かれている。加えて高身長で端正な容貌を備えており、行く先々で女性たちに自然と慕われてしまう存在でもある。

 だが、そんな青年が、なぜあのような凄惨な事件を引き起こしたのか――。
 その核心は、終盤に至るまで読者の前に明かされることはない。そして物語も終局に近づいた頃、ようやく彼の口から、自身が冤罪で逮捕されたのだという衝撃の事実が語られる。

 それならば、なぜ彼はもっと早く無実を訴えなかったのか。特に、フリーライター時代に深く関わり、同棲生活を共にした紗耶香に対してだけでも、その事実を打ち明けることはできなかったのか――そう思わずにはいられない。しかし、それすら許されなかった彼の状況や、物語の構造上の“沈黙”があったのかもしれない。

 鏑木が辿った五つの転職先でのエピソードはいずれも印象深く、特にフリーライター編と老人ホーム編は、とりわけ興味を惹かれた。いずれも女性との関わりを中心に据えた、人間の業と感情が粘着質に絡み合うドラマであり、そこにこそこの小説の筆致の妙が際立っていると感じた。

 染井為人の作品に触れるのは本作が初めてだったが、テーマの重さ、ストーリーの緻密さ、登場人物たちの描写に至るまで、完成度の高さには脱帽せざるを得ない。ただ一点、状況証拠があまりに整いすぎている点や、検察側の描写がやや強引に過ぎるように思われたことは否めない。

 そして、何よりも読後に襲ってくる、どうしようもない喪失感――。
 あまりに救いのない結末には、正直なところ、怒りに似た悲しみを覚えた。

 著者自身もその点には自覚的であり、あとがきでは「現実に存在する冤罪がいかに理不尽で、そして悲惨なものかを伝えたかった」と述べている。しかし、たとえ現実が非情であっても、フィクションという器の中でこそ、もう少し優しさのある幕引きがあってもよかったのではないか――そんな思いも拭いきれない。

 とはいえ、2022年に放映されたTVドラマや、2024年に製作された映画版では、この「救いのなさ」をある程度補完し、希望の光を差し込むような演出が加えられているという。それを知り、「原作とは異なるアプローチで再構築したドラマや映画」にも興味が湧き、ぜひDVDなどで確かめてみたいと思う。

評:蔵研人

 

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2025年10月11日 (土)

シックス・センス

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製作:1999年 米国 上映時間:107分 監督:M・ナイト・シャマラン

 死者の姿を見るという特異な能力を持つ少年・コールと、彼の担当医である小児精神科医マルコムの静謐で奇妙な交流を描いたサイコスリラー。本作は、M・ナイト・シャマラン監督にとっての出世作であり、同時に彼の名を世界に知らしめた代表作でもある。

 シャマランの他作品と比較すると、本作は比較的控えめな演出に留まっているものの、主演のブルース・ウィリスが醸し出す静かな品格が全体を包み、結果として深い余韻を残す作品となった。ジャンルこそ全く異なるものの、翌年に公開されたウィリス主演の『キッド』と、どこか心の襞に触れる感触が共鳴しているのも興味深い。

 コール少年を演じたのは、当時11歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされたハーレイ・ジョエル・オスメント。その繊細かつ凛とした演技は、まさに“天才子役”と称されるにふさわしく、観る者の胸を打つ。

 ブルース・ウィリスは当時44歳。派手さを抑えた表現の中にも、円熟味と渋さを漂わせるその存在感は、さすがとしか言いようがない。一方、少年時代に天使のような面差しを持っていたオスメントは、年月を経て太っちょでひげ面と、風貌こそ大きく変わったものの、その演技力は今もなお健在である。

 本作はアカデミー賞において、作品賞、監督賞、脚本賞、助演男優賞、助演女優賞の主要5部門にノミネートされ、公開当時は「この映画にはある秘密があります。まだご覧になっていない方には、決して話さないでください」というブルース・ウィリスの前置きも話題となった。その“秘密”を中心に据えたストーリーテリングは、まさに鮮烈な驚きをもって迎えられ、大ヒットを記録するに至る。

 とはいえ、その秘密は、ウィリスの淡々とした演技や脚本の妙から、ある程度早い段階で察することも可能であった。その意味では、「夢落ち」にも通じる構造的トリックとして、観る人によっては賛否が分かれるかもしれない。しかし、だからこそ、本作は一度きりではなく、二度、三度と見直すことで新たな発見をもたらす“リピート可能な作品”として、映画史に残る一本となったのであろう。

評:蔵研人

 

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2025年10月 7日 (火)

消滅世界

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著者:村田紗耶香

『コンビニ人間』で芥川賞を受賞し、常識と異端のあわいを鋭く抉り出し、鮮烈な印象を残した村田紗耶香。そんな彼女が2022年に世に送り出したのが本作『消滅世界』である。だが読み進めるうちに、私の中にはじわじわとした違和感が残り、やがてそれは、明確な退屈と失望へと変わっていった。

 この小説の世界では、「家族」や「性愛」はすでに制度に取り込まれ、個人の感情や本能は管理され、歪められている。夫婦間の性行為は近親相姦とされ、恋愛対象は「キャラクター」と呼ばれる非実在の存在。生殖は人工子宮によって担われ、同性愛や性の多様性は“当然の前提”として描かれる。確かに挑発的なテーマではあるが、あまりにジェンダーと性愛に対する執拗なまでの問いかけに集中しすぎた結果、物語そのものの輪郭がぼやけ、気がつけば、ストーリーはどこかへ消えているではないか。

 タイトルの『消滅世界』とは、ひょっとすると物語中の世界だけでなく、「物語性」そのものの消滅をも意味していたのかもしれない。だが、そこにあるのは思索の深化ではなく、観念の堂々巡りと過剰な設定遊びの痕跡である。クローンや人工出産といったモチーフは既視感に満ちており、「新しさ」を狙ったはずの設定が、逆説的に古びた印象さえ与えている。

 村田作品にはしばしば、「母性」や「家族」といった旧来的価値観への鋭い反発が見られる。それは彼女の育った環境、あるいは少年期の違和感に根ざしたものかもしれない。だが、その感情は時に空回りし、具体性の乏しい"怨念"として作品に漂ってしまう。本作においては特にその傾向が強く、読者としての共感や納得は、次第に遠のいていった。

『コンビニ人間』があまりにも面白かっただけに、本作への期待はかなり高かった。だが蓋を開けてみれば、そこには物語を駆動させる熱も、人物の息遣いもほとんど感じられず、ただ観念だけが空中を浮遊していた。作者の手つきは相変わらず巧みであるが、それだけでは読者の心は動かない。

 結局のところ、「変わり者」を描く筆致が世界全体に及んだとき、その異端性は鈍化し、読者の感覚を穿つ力を失ってしまったのではないか──そんな印象が、読後もなお、私のこころの中で静かに尾を引いている。


評:蔵研人

 

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2025年10月 3日 (金)

もののけ姫

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★★★★
製作:1997年 日本 上映時間:133分 監督:宮崎駿

 スタジオジブリが製作した本作『もののけ姫』は、日本アニメーションの金字塔として知られ、世界におけるアニメの評価を一変させる契機ともなった作品である。公開当時、その芸術性と物語性は国内外で高く評価され、それまで「オタク文化」の枠内にとどまりがちであったアニメという表現形式を、「芸術」へと押し上げる礎を築いたといえる。

 物語の舞台は室町時代。まだ日本の奥地には、人の手が及ばぬ太古の原生林が広がっていた。その森には、人語を解する山犬や猪といった巨大な獣たちが棲み、人々は彼らを「荒ぶる神」として畏れ敬っていた。そして、森の主たる存在として君臨するのが「シシ神」である。彼は森の生命の源であり、聖域としての森林を守護していた。

 しかし、人間たちはその森に侵入し、自らの世界を築こうと原生林を切り拓き始める。自然と人間、神と人間との衝突は、やがて避けがたい戦いへと発展してゆく————。

 物語の主人公は、王家の血を引く若者・アシタカ。彼はある日、村を襲った猪神との戦いの中で呪いを受けてしまう。命を削るその呪いを解くため、また、自らの運命と向き合うため、彼は東の地を離れ、旅に出る。

 旅の果てに、アシタカは「シシ神の森」が西方にあることを知り、その地を目指す。旅の途中、川辺で彼が目にしたのは、山犬にまたがり戦うひとりの少女と、銃を武器に森を切り開こうとする"エボシ御前"率いる人間たちとの激しい争いであった。少女の名はサン。人間でありながら山犬の神“モロの君”に育てられた、いわば森そのものの化身————「もののけ姫」であった。

 圧倒的な映像美、重厚な声の演技陣、そして久石譲による壮麗な音楽————本作の魅力は枚挙にいとまがない。ただし、時代考証や物語の展開においていささか強引と感じられる箇所もあり、観る者によっては違和感を覚えるかもしれない。しかし、それもまたファンタジーという枠組みの中で昇華されており、作品世界に身を委ねることで十分に受け入れられるだろう。

 自然と人間の共存、人間同士の果てしなき争い————そうした主題は、単なる過去の物語にとどまらず、現代社会が抱える問題とも重なって見える。『もののけ姫』は、美しさと痛みを併せ持つ寓話として、私たちに「生きるとは何か」を問いかけてくるのである。


評:蔵研人

 

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