完全なる白銀
著者:岩井圭也
女性ふたりがアラスカ山脈の盟主、デナリ(旧名マッキンリー)に挑む——その冒頭からすでに、読者は厳寒の孤高の世界へと引き込まれる。本作は、冒険と信念、そして喪失をめぐる魂の旅を描いた、本格山岳小説である。
デナリの標高は6190メートルに達し、七大陸最高峰のうちのひとつとして知られる。しかしこの山を特異な存在たらしめるのは、標高以上にその緯度の高さに起因する低気圧・極寒・過酷な気象条件であり、ヒマラヤの七千メートル峰にも匹敵するとされるその厳しさである。氷河に穿たれたクレバス、45度の雪壁、切れ落ちる尾根、そして容赦なき-30℃の風——それは自然の猛威ではなく、もはや“試練”と呼ぶにふさわしい。
この苛烈な地に挑むのは、日本人の写真家・藤谷緑里と、イヌイットの女性・シーラ・エトゥアンガ。彼女たちをこの地へと導いたのは、二人の共通の親友、登山家リタ・ウルラクの存在である。
リタは「完全なる白銀を見た」と言い残して消息を絶った。やがて心ないマスコミは、彼女の登頂を疑い、敬意を奪い去る。リタの名誉と真実を取り戻すため、緑里とシーラは冬のデナリに足を踏み入れたのである。
本作は、登頂という単純な成果にとどまらず、命の危機と対峙しながら浮き彫りになっていく、二人の信頼関係の揺らぎや葛藤をも丁寧に描いていく。暴風雪、濃霧、滑落、高山病——極限状況の連続に、読者の心拍までもが徐々に速まっていくだろう。
また、現在と過去とを織り交ぜる巧みな構成が、本作に立体感を与えている。緻密に重ねられた回想の層が、登山という行為の裏に隠されたそれぞれの人生と、リタへの想いを浮かび上がらせる。息をのむようなサスペンスの連続でありながら、ページをめくるごとに静かに胸を打つ——そんな稀有な読書体験をもたらしてくれる作品である。
評:蔵研人
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