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2025年8月21日 (木)

カフネ

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★★★★
著者:阿部暁子

 法務局に勤める野宮薫子は、突然夫から離縁を突きつけられ、理由も告げられぬまま結婚生活に終止符を打たれる。さらに、溺愛していた一回り年下の弟・春彦が不慮の死を遂げ、深い喪失の淵に沈んだ彼女は、心の空洞を埋めるかのように酒に溺れる日々を送っていた。

 そんなある日、薫子は春彦の遺書を受け取る。そこには、彼の元恋人・小野寺せつなへの遺贈の意志が記されていた。彼女に会うため待ち合わせの場に向かった薫子は、15分遅れて現れたせつなの無愛想で冷淡な態度に戸惑いと怒りを覚える。春彦の死にも関心を示すこともなく、「遺産なんていらない」と言い放つせつな。薫子は嫌な小娘だとむかつくが、その帰り際に、突如として体調を崩し、その場に倒れてしまう。

 意識を取り戻した薫子は、せつなの手で自宅まで送られ、さらには彼女の手料理まで振る舞われる。そこから、奇妙で静かな友情が芽吹きはじめる。やがて薫子は、せつなが勤める家事サービス会社「カフネ」でボランティアをするようになるのだった。「カフネ」とはポルトガル語で、“愛しい人の髪に指を絡める仕草”を意味するという。この言葉のように、心の奥に触れ合うような、優しくも切実な物語が、静かに広がっていく。

 物語は序盤、謎めいた女・小野寺せつなという存在に引き込まれ、ページをめくる手が止まらない。中盤にかけては、ボランティア先での描写が繰り返され、やや足踏み感を覚える部分もあるが、その反復の中にこそ、物語の核心へ至る伏線が丁寧に織り込まれているのだ。

 本作の骨格は、三つの軸から成る。ひとつは小野寺せつなの素性、もうひとつは笑顔を絶やさなかった弟・春彦の死の真相、そして三つ目が、心の荒野を彷徨っていた薫子の再生──というより、観音菩薩のような慈しみ深き存在へと昇華していく魂の変容である。そしてそれらを包み込む皮膚として、児童虐待、離婚、不妊、慢性骨髄性白血病(CML)、同性愛といった現代的で重いテーマが静かに絡みつく。

 そんな重厚なテーマを扱いながらも、物語は決して硬直することなく、平易な文体と巧みに仕掛けられた謎の数々によって、読者の心をやわらかく導いていく。その手並みは見事であり、「本屋大賞」受賞作家の実力を改めて感じさせてくれる一作であった。

評:蔵研人

 

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