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2025年8月の記事

2025年8月29日 (金)

今すぐ眠りたくなる夢の話

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著者:松田英子

 本書は、1万人以上を対象とした夢に関する大規模な調査をもとに、夢の効用や最新の研究成果を分かりやすく紹介するものである。心理学者による丁寧な解説から始まり、「夢とは何か」を基礎から理解するには適した一冊だといえる。特に夢に関する知識が浅い読者には親しみやすい内容となっている。

 しかしながら、調査結果の提示は年代別に夢の内容を列挙するにとどまり、各年代ごとの傾向や背景に踏み込んだ分析はほとんど見られなかった。全体として、無難な範囲で夢理論を紹介している印象が強く、深い洞察や独自性に乏しい点は否めない。

 一方、MRIを用いて脳内の夢を可視化するという先進的な研究に言及されていた点は非常に興味深かった。ただし、その紹介もごく簡単に触れられているだけで、詳細な説明はなく、もっと掘り下げてほしいという物足りなさが残った。

 帯には「夢の謎はここまで解けた!」「かなりの部分が解明されていてとにかくおもしろい」といった強いキャッチコピーが踊っているが、それに見合うほどの内容とは言い難い。

 夢という曖昧かつ多様なテーマを扱う以上、哲学者、医師、宗教家、作家、漫画家など、異なる視点を持つ多様な立場の意見を取り入れることで、より深く広がりのある内容になったのではないかと感じる。一人の心理学者の視点だけでは、夢の魅力を十分に引き出すには限界があったように思う。

評:蔵研人

 

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2025年8月25日 (月)

火垂るの墓

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★★★☆
製作:1988年 日本 上映時間:88分 監督:高畑勲

 今更かもしれないが、戦後80周年の節目にテレビ放映されたのを機に、名作として名高い本作をようやく観ることができた。

 物語は、終戦直後の阪急電車の駅構内から始まる。息も絶え絶えの少年・清太が手にしていたドロップの缶から、ぽろりと何かが零れ落ちる。のちにそれが、亡き妹・節子の遺骨であることが明かされるのだが……。

 空襲で家と母を失い、軍人の父とは音信が途絶えた清太は、厳格な叔母のもとに預けられる。しかし、折り合いのつかぬ日々に耐えきれず、兄妹は古びた防空壕に身を寄せる。体中を蚊に刺され、栄養失調で弱り果てる節子の姿が胸を締めつける。

 原作は野坂昭如の小説であり、その内容は作者の実体験に根ざしている。彼も神戸の家に養子に出され、義理の妹を栄養失調で失った過去があるようだ。ただ野坂自身は、作品の清太のように妹に優しくはなかったことを告白している。だからその後悔が、小説の底流に流れているとも言えるだろう。

 涙もろいので、終盤には必ず涙が溢れるかと思いきや、私の目からは一滴の涙もこぼれなかった。理由はおそらく、当時の中学生であれば、大人同様の働き手になっていた時代にあって、学校にも通わず幼い妹とただ遊んでいるだけの清太の姿に共感できなかったからだ。また居候の身でありながら叔母に反発し、度重なる盗みの末に妹を栄養失調で死に至らしめた彼の行動には、全く感情移入できなかった。

 さて本作の位置づけを考えると、単なる反戦映画やお涙頂戴のドラマではなく、戦時下の過酷な社会に適応しきれなかった一人の少年--すなわち野坂自身の回顧録に近いのではないだろうかと、勝手に考えてしまうのである。

評:蔵研人

 

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2025年8月21日 (木)

カフネ

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★★★★
著者:阿部暁子

 法務局に勤める野宮薫子は、突然夫から離縁を突きつけられ、理由も告げられぬまま結婚生活に終止符を打たれる。さらに、溺愛していた一回り年下の弟・春彦が不慮の死を遂げ、深い喪失の淵に沈んだ彼女は、心の空洞を埋めるかのように酒に溺れる日々を送っていた。

 そんなある日、薫子は春彦の遺書を受け取る。そこには、彼の元恋人・小野寺せつなへの遺贈の意志が記されていた。彼女に会うため待ち合わせの場に向かった薫子は、15分遅れて現れたせつなの無愛想で冷淡な態度に戸惑いと怒りを覚える。春彦の死にも関心を示すこともなく、「遺産なんていらない」と言い放つせつな。薫子は嫌な小娘だとむかつくが、その帰り際に、突如として体調を崩し、その場に倒れてしまう。

 意識を取り戻した薫子は、せつなの手で自宅まで送られ、さらには彼女の手料理まで振る舞われる。そこから、奇妙で静かな友情が芽吹きはじめる。やがて薫子は、せつなが勤める家事サービス会社「カフネ」でボランティアをするようになるのだった。「カフネ」とはポルトガル語で、“愛しい人の髪に指を絡める仕草”を意味するという。この言葉のように、心の奥に触れ合うような、優しくも切実な物語が、静かに広がっていく。

 物語は序盤、謎めいた女・小野寺せつなという存在に引き込まれ、ページをめくる手が止まらない。中盤にかけては、ボランティア先での描写が繰り返され、やや足踏み感を覚える部分もあるが、その反復の中にこそ、物語の核心へ至る伏線が丁寧に織り込まれているのだ。

 本作の骨格は、三つの軸から成る。ひとつは小野寺せつなの素性、もうひとつは笑顔を絶やさなかった弟・春彦の死の真相、そして三つ目が、心の荒野を彷徨っていた薫子の再生──というより、観音菩薩のような慈しみ深き存在へと昇華していく魂の変容である。そしてそれらを包み込む皮膚として、児童虐待、離婚、不妊、慢性骨髄性白血病(CML)、同性愛といった現代的で重いテーマが静かに絡みつく。

 そんな重厚なテーマを扱いながらも、物語は決して硬直することなく、平易な文体と巧みに仕掛けられた謎の数々によって、読者の心をやわらかく導いていく。その手並みは見事であり、「本屋大賞」受賞作家の実力を改めて感じさせてくれる一作であった。

評:蔵研人

 

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2025年8月18日 (月)

あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。

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★★★
製作:2023年 日本 上映時間:127分 監督:成田洋一

 少々長めのタイトルではあるが、そこに込められた「あの花」とは、ヒロイン・百合の名に重なる白百合である。純白の花が風に揺れる丘――まるで天上の風景をそのまま地上に降ろしたかのような、穏やかで壮麗な光景が広がっていた。どこか夢と現実の狭間に浮かぶその丘は、静岡県袋井市久能にある「可睡ゆりの園」が舞台となっており、その広さはじつに三万坪。映像ではVFXによる幻想的な加工も施され、現実を超えた美を描き出している。

 戦中の建物や防空壕、町並みなどはオープンセットによって再現されたものもあるが、撮影には現存する風景も巧みに活用されており、ロケーションは、静岡、千葉、群馬、茨城、栃木と随所に及んでいる。異なる時代を一つの空間の中に溶け込ませるその演出には、細やかな工夫が光る。
 こうした丁寧なロケーションの選定と現地での協力体制は、「ロケーションジャパン大賞 撮影サポート部門賞」という形で高く評価された。

 物語は、母と口論し家出をした女子高校生・加納百合が、雨の夜に旧防空壕へと逃げ込み、そこで時を越える奇跡に巻き込まれることから始まる。目を覚ました彼女がいたのは、なんと終戦間近の1945年だった。
 偶然通りかかった若き特攻隊員・佐久間彰に助けられた百合は、時代も立場も違う中で、次第に彼に心を寄せていく。死を覚悟している彰は、自らの想いを抑えるように、百合を「妹」と思い込もうとするのだが……。

 戦火の時代に咲いた一瞬の恋――それは切なさを湛えながらも、純粋でまっすぐな情愛として胸に迫る。とりわけ終盤の展開には、言葉よりも涙が真実を語る瞬間がいくつもある。ただ俳優たちの衣装が新品のように光沢を放ち、まるでポリエステル素材のように見えたのは、当時の空気感とわずかに齟齬を来していたように思える。また空襲直後のシーンで、燃えていたはずの店がいつの間にか無傷で復活していたのも違和感を覚えた。さらに鶴屋で知り合った少女が、実は自分の祖母だったというような落ちがあっても物語にさらなる深みを与えたかもしれない。

 本作の原作は、汐見夏衛の同名小説。すでに続編『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』も刊行されており、2026年にはその映画化も予定されている。現代に戻った百合と、彰の“生まれ変わり”である転校生・宮原涼との再会――時空を超えた魂の巡り合わせが、また新たな物語を紡ぎ出すことだろう。その続きが、今から待ち遠しい。

評:蔵研人

 

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2025年8月15日 (金)

時を旅した花嫁

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★★★
著者:アン・スチュアート 訳:米崎邦子

 結婚式を目前に控えたスーザン・アポットは、誰もが羨むような聡明で礼儀正しく、未来に希望を抱く理想的な女性として描かれている。しかし物語の冒頭、彼女は珍しく苛立ちを見せる。母のメアリーや友人たちはそれを「マリッジブルー」と見なしていたが、実のところ、それ以上の違和感が彼女の中にくすぶっていた。婚約者エドワードは、裕福で愛情深く献身的な申し分のない男性だが、どうしても心が浮き立たないのである。

 そんな折、名付け親ルイーザの使いと名乗る放浪者ジェイクが現れ、かつて伯母のタルーラが着たという一着のウェディングドレスを彼女に託す。スーザンがそれを身にまとった瞬間、急に七色のまばゆい光が彼女を包み、気がつけば、50年前の世界へと迷い込んでいた。そこにはまだ少女だった母メアリーがいて、鏡に映る自分の姿は、かつて悲劇的な最期を迎えた伯母・タルーラだった。

 3日後に予定されているタルーラの結婚式。3日後の結婚式の日、彼女は列車事故で命を落とすと母のメアリーから聞いている。ではタルーラの心の中にタイムスリップしたスーザンの命も、あと3日間しかないことになる。果たしてスーザンは、タルーラの中に入り込むことで何を成し遂げようとしているのか。運命を変えるためなのか、それとも何かを学ぶためなのか――。

 物語の展開はテンポよく、時空を越えるという設定もありながら、読者を置き去りにしない分かりやすさがある。ラブロマンスとしての要素もふんだんで、映像化にも耐えうる構成だと感じた。

 一方で、主人公スーザンの人物造形にはやや違和感が残った。「理想的な女性」と紹介される彼女だが、実際には気が強く、どこか自信過剰な印象を受けたため、感情移入しにくかったのは否めない。その点で、彼女に魅力を感じづらく、なぜ複数の男性が彼女に惹かれるのか、説得力に欠けるようにも思えた。

 とはいえ、全体としては軽やかに楽しめる一冊であり、読後感も悪くない。「毒にも薬にもならない」と切って捨てるには、やや惜しい。肩の力を抜いて読む分には十分に満足できる、小説としての魅力を備えている。

評:蔵研人

 

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2025年8月11日 (月)

コンビニ人間

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著者:村田沙耶香

 タイトルから、当初はコンビニに通い詰める“中毒”気味な顧客の話かと思った。ところが実際には、18年間もコンビニでアルバイトを続ける女性店員・古倉恵子を主人公とした物語だった。

 恵子は36歳、恋愛経験のない独身女性。大学1年のときに始めたコンビニのアルバイトを辞めることなく続け、店の運営や商品知識においては、店長以上の力量を備えている。しかし、彼女は正社員になることも、他の職に就くことも望まない。
 なぜなら、幼少期から“普通”とは異なる思考や行動を持っていた彼女は、それらを周囲から問題視され続けてきた。そして、自分の考えで生きることを諦め、マニュアルに忠実で、明確な役割が与えられるコンビニという場所に、自分の存在価値と安心を見出しているのである。

 だが、そんな彼女も家族や友人たちからは“変わった人”としか映らない。一方で、仕事上のつきあいしかないコンビニの同僚たちは、彼女を有能で頼れる仲間と評価している。

 そんな日常が揺らぎ始めるのは、白羽という中年男性がバイトとして採用されてからだ。彼は遅刻の常習犯で、勤務中にスマートフォンをいじり、顧客の個人情報を悪用しようとするなど、常識外れの行動を繰り返す。にもかかわらず、他人への批判ばかりを口にする自己中心的な人物である。
 しかし、なぜか恵子はこの男に興味を抱き、成り行きで同居を始める。二人の性質は真逆のように見えるが、どこか根底に共通する“社会からはみ出した感覚”をお互いに感じ取っていたのかもしれない。

 やがてこの同居が周囲に知られると、恵子を「やっと普通になった」と喜ぶ家族や友人たち。一方、今まで恵子の居場所だったコンビニでは、彼女を見る周囲の目が変わっていく。この変化は、恵子にとっての「社会的適応」とは何かを改めて問う出来事となる。

 恵子は、ある種の精神的障害を持っている可能性があり、一般的な価値観とは異なる思考回路で生きている。だが、それは誰かに迷惑をかけているわけではなく、彼女なりに社会と折り合いをつけて暮らしているのだ。では、一般的に言われる「普通」とは何なのだろうか?
「女性は若いうちに結婚し、子どもを産むべき」という考えが、いまだに暗黙の社会規範として残っているが、それすらも時代とともに変わりつつある。むしろ現代では、自由を優先して結婚や出産を選ばない若者が増えている現実もある。そう考えると、「普通」とは非常に不確かな概念であり、時代や社会構造に左右される脆いものなのかもしれない。

 本作は、そんな「普通」という価値観を軽やかに、しかし鋭く問い直す作品である。物語の展開にはやや荒唐無稽な部分や、現実離れした要素も感じられるが、その異質さがむしろ読者に違和感の本質を突きつけてくる。読後にふと、安部公房の作品と似た“気配”を感じたのは決して私だけではないだろう。
 だからこそ、第155回芥川賞を受賞したのも納得がいく。全160ページという短さでありながら、読む者に深い問いを残す、鋭利で読みやすい作品だ。機会があれば、ぜひ一読をおすすめしたい。


評:蔵研人 
 

 

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2025年8月 8日 (金)

MIA ミア

Mia

★★☆
製作:2014年 英国 上映時間:108分 監督:ビッキー・ジューソン

 オックスフォード大学に通う才媛ミアは、元軍人の父、穏やかな母、そして妹とともに、何気ない幸福に包まれた日々を過ごしていた。だがその平穏は、ある夜、突如として訪れた暴力によって無残に打ち砕かれる。家に押し入った3人の男たちによって両親が惨殺され、ミアは妹を連れて逃走するも、犯人に追われるなかで車にはねられ、意識を失ってしまう。

 目を覚ました彼女がいたのは病院。そして、そこには英国の秘密情報機関MI6の影があった。やがて明かされる、母の隠された過去とミア自身の出自――それは、彼女の運命を根底から覆すものであった。復讐の炎を胸に灯したミアは、MI6の傭兵サイモンから戦闘訓練を受け、自ら囮となることを志願し、闇の世界へとその身を投じてゆく。

 作品のキャッチコピーは大胆である。「私は戦うために生まれてきた。『ニキータ』『ソルト』『コロンビアーナ』『ハンナ』に次ぐ、復讐の美しき暗殺者、ここに誕生!」――しかし、そこに描かれるアクションの実態は、訓練を受けたエージェントのそれとは程遠く、演じるヒロインの動きには迫力も説得力も欠けている。

 また、短期間の訓練だけで“暗殺者”として立ち回る設定にも無理があり、観る者の没入を許さない。物語そのものは一定の整合性を保ってはいるが、全体的にスケール感に乏しく、アクションも低予算を思わせる粗さが目立つ。演出も緊張感を伴わず、感情移入の糸を引くには至らなかった。

 結果として、これは“復讐の美しき暗殺者”という売り文句が空回りした感のある一作。企画意図は理解できるが、表現力と実現力の乖離が目立ち、残念ながらB級作品の域を出ることはなかった。

評:蔵研人

 

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2025年8月 4日 (月)

一瞬の光

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著者:白石一文

 白石一文のデビュー作とも言える『一瞬の光』は、政治と企業の癒着という社会的テーマを背景に、二人の男女の出会いと交錯を軸に据えた長編小説である。また著者が後年に見せる作風——繊細かつ内省的な語り口、そして人間存在の本質を見つめるまなざし——とは異なり、本作は重厚な構成とやや観念的な語りによって、むしろ物語を“構築”しようとする意志が前面に押し出されている。

 物語は、大企業の人事課長として頂点に立ちながらも、内に空虚さを抱える橋田浩介と、過去に深い傷を負った短大生・中平香折の出会いから始まる。ここにおいて問題となるのは、いわゆる“恋愛”の成立過程における説得力の希薄さである。年齢差、社会的立場、出会いの偶発性など、通常であれば越えがたい障壁が存在するにもかかわらず、橋田は香折に強く惹かれていく。しかしその感情の起点や深化の過程は十分に描かれず、読者にとっては「恋」というよりも、むしろ「庇護」あるいは「贖罪」のように映るだろう。

 この不均衡な関係性は、ある種の父性願望や心理的補償の文脈として読むことも可能であるが、それにしては動機づけが弱く、香折というキャラクター自体が象徴に留まりすぎており、リアリティを欠いているように思われる。そのため、序盤の展開は感情移入を阻み、物語の導入としての機能が不十分に感じられる。

 一方、中盤に入ると物語は一転し、企業と政界との癒着、政治的人事といった権力構造の分析へと傾斜していく。この部分は、著者の社会的関心が明確に現れており、架空の物語でありながらも、ある種のリアリズムが息づいている。組織という無機質的な存在の中で、個がどのように翻弄され、あるいは消耗されるのかというテーマは、文学的にも社会学的にも射程の広い問いを含んでいるようだ。

 しかし物語が終盤に近づいてもなお、橋田の行動原理は終始不透明である。献身的な恋人・藤山瑠衣の存在を無視し、香折への感情に執着する理由は最後まで明確に描かれない。この選択は「人間は理屈では動かない」という実存主義的立場を示唆しているとも読めるが、それを文学的主題として成立させるには、より深い人物描写と内的葛藤の精緻な表現が求められるだろう。

 物語のクライマックスにおいて、橋田は理性的判断を失い、感情に没入する人物へと変貌する。この変化は、尊敬していた上司の死という出来事によって勃発するのだが、そこに至るまでの精神的蓄積がやや乏しく、読者にとっては唐突な印象を免れない。
 また、本作のタイトル『一瞬の光』が示唆する、過去の恋人・足立恭子との邂逅こそが橋田の内面における転機であったという構図も、やや説明的で象徴的な処理にとどまっている。

 藤山瑠衣と中平香折という二人の女性は、しばしば「天使と悪魔」「水と油」といった対比構造として読まれるが、ここで重要なのは、両者が単なる恋愛の相手としてではなく、橋田自身の分裂した内面の投影として機能している点である。社会的規範に従う自己と、衝動的で不合理な情念に突き動かされる自己。この内的な葛藤こそが作品の核心にあるべきだが、それが十分に形式化されていないため、結果として物語は象徴の操作にとどまり、読者との距離が生じてしまっている。

 最終的に、本作は恋愛小説としても、社会派小説としても、一つの統一的な構造体として結実しているとは言いがたい。個々のモチーフは魅力的でありながら、それらを結びつける軸が弱く、読後には散漫さと未完成感が残る。初期作品ゆえの粗削りさと見ることもできるが、むしろ本作は、白石一文がその後の作品で獲得していく文学的成熟——すなわち、人間存在への深い洞察と、物語構築における均衡感覚——の出発点として読むべきかもしれない。

評:蔵研人

 

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