成瀬は天下を取りにいく
著者:宮島未奈
第39回『坪田譲治文学賞』、2024年『本屋大賞』を受賞し、いまや書店の顔となっている本書は、単なる長編小説ではない。『ありがとう西武大津店』『階段は走らない』の2編が先に雑誌掲載され、さらに書き下ろしの4編を加えた連作短編集である。それにもかかわらず、「天下を取りにいく」というタイトルを堂々と掲げるあたりが、まさに主人公・成瀬あかりの面目躍如だ。
成瀬あかり~彼女は中学二年生にして、文武両道・不動の信念を貫く少女。まるで戦国時代の若き武将がそのまま現代に転生したかのような、堂々とした佇まいで、常識のレールを悠々と跳ね越えてゆく。その姿は、フィクションにしか存在しえないからこそ愛おしく、読む者に「こんな子がいてほしい」と願わせる、物語の奇跡そのものだ。
冒頭を飾る『ありがとう西武大津店』では、実在のショッピングセンター閉店を背景に、成瀬が毎日店頭に通い詰める。彼女は西武ライオンズのユニフォームをまとい、まるで時代の終焉に抗う最後の旗手のように立ち続ける。その姿を静かに見守る語り手・島崎みゆきの目線が、どこか切なくも温かく、現実と物語の境界をじんわりと滲ませていく。
続く『膳所から来ました』では、舞台が一転して笑いの戦場へ。成瀬は突如「M-1グランプリに出場する」と宣言し、島崎を巻き込んで漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成。目が回るようなジェットコースター展開に読者も乗せられ、可笑しさの中に青春のまぶしさがきらりと光る。
異色作の『階段は走らない』では、成瀬はほとんど登場しない。それでも彼女の存在は、物語の地中を流れる通奏低音のように響いている。中年男性ふたりの再会と回想を描いたこのエピソードには、「人生の午後」にふと足を止めさせるような静かな余韻がある。読後に、自分自身の小学校時代の光景が、遠い蜃気楼のようにぼんやりと浮かんできた。
『線がつながる』では、高校に進学した成瀬が、なんと丸坊主で入学式に現れるという衝撃の出オチで幕を開ける。まるで漫画の1コマのような絵面だが、彼女はいつも通り堂々としており、周囲はその理由を聞けずに戸惑うばかり。そんな成瀬の不可思議な魅力は、孤高でありながらも周囲を引き寄せてやまない、引力を帯びている。
『レッツゴーミシガン』では、小倉百人一首かるた大会が舞台となる。成瀬のエネルギッシュなしぐさに、一目惚れする他校の西浦航一郎の視点で描かれた本作は、まるで成瀬という台風に巻き込まれていくような読書体験を与えてくれるはずだ。
そして最終話『ときめき江州音頭』では、ついに成瀬自身が語り手となる。大学受験を控える中、これまでの成瀬では考えられないほどの失敗が続き、心が沈む。それは、親友・島崎が突然東京に引っ越してしまったことも大きいのだろう。いつだって“スーパーガール”だった彼女が、はじめて壁にぶつかり、傷つき、涙を流す。その姿に、私たちはようやく人間としての彼女を見つける。そして、夏祭りのステージで「ゼゼカラ」が復活するラストには、心の奥から温かい拍手を送りたくなるだろう。
すべての短編が、軽やかでユーモラスでありながら、時折ふと胸を締めつけるような繊細さを内包している。まるで、甘いあんこにほんの少し山椒を効かせた近江の郷土料理のように、読後にはじんわりとした余韻が残る。現代という穏やかな時代に生きる私たちにとって、成瀬のように「ぶれずに、自分の信じた道を歩く」姿勢こそが、明日への静かな勇気になるのだ。
評:蔵研人
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