本心
著者:平野啓一郎
著者の平野啓一郎は、妻夫木聡、安藤サクラ主演で映画化された『ある男』の原作者でもある。『ある男』は奇妙でミステリアスな展開でありながら、家族や差別問題などの現代的テーマで塗りつぶされていた。本作もそれに負けずに斬新なテーマを題材としている。
舞台は近未来の日本であり、なんと主人公の石川朔也は、3百万円支払ってヴァーチャル・フィギュアを使って死んだ母親を再生させるのだ。また自由死が法的に認められており、母親の死因は事故だったものの、生前から安楽死(自由死と表現している)を希望していた「本心」を探るのが本作のテーマなのである。
そしてその母の本心を探るため、朔也は母が通っていた自由死肯定派医師の富田と会って話を聞く、さらに母が信用していた職場の友人三好とも会うことになる。この二人の話を聞く限りでは、母が自由死を希望したのは、働けなくなり息子の重荷にならぬためだという親心からだというのだが……。
この小説のタイトルを考えながら、そのテーマは母親のヴァーチャル・フィギュアを通して、母親が望んでいた自由死が「本心」だったのかを探ってゆく話だと思い込んでいた。ところが三好と会ってからは、だんだんヴァーチャル・フィギュアの存在感が薄くなってゆくのだ。それでも朔也と同居した三好がヴァーチャル・フィギュアを使い始めたので、少なからずも彼女との係わりは続いていたのだが、その内容は全く描かれることがなかった。
その後ひょんな事件に巻き込まれた結果、イフィーという有名で超セレブな「アバター・デザイナー」と知り合うことになってからは、母親のヴァーチャル・フィギュアはほとんど出番がなくなり、朔也の興味も行動もイフィーとの係わりに凝縮されてゆく。
ただ母が生前に愛読していた作家・藤原亮治の存在と、生前の母との関係が気がかりであった。そんな折、年が明けた頃になって、なんとかなり前に連絡をとっていた藤原亮治から、突然メールが届くのである。そして彼が入所している有料老人ホームまで足を運ぶのだが、ここで今まで知らなかった母の過去が明かされることになる。
このあたりからストーリーが急展開することになり、一気にラストまでスパートを駆け抜けることになる。さらに犯罪を犯した元同僚の岸谷と面会するため拘置所へ行ったり、コンビニで助けたミャンマー人のティリとレストランで食事をするのだが、とにかく木枯らしが吹き抜けたかと思うと、いきなり薫風に遭遇するような慌ただしいが余韻を残すようなラストで締めくくられてしまった。
結局「本心」とは何を示唆していたのだろうか。母が自由死を選んだ本心なのか、それとも朔也を産んだ理由なのか……。だがよくよく考えると朔也自身が母や三好やイフィーに求めていた「何か」だったのだろうか。いやいや真のテーマは、人間の生と死が宇宙に始まり宇宙に融合する、という論理を絡めて自由死に対する是非を問いたかったのかもしれない。
それにしても本作の現実と非現実が交錯する描写や、登場人物の内面に深く迫るスタイル、さらに視点やテーマが急に変わるところや、予測不可能でなかなか明かされない不確実性やあやふやな展開、そしてラストに余韻を残したままそのあとは読者に委ねる手法などは、あの村上春樹の作風と似ていると感じたのは私だけであろうか。まあいずれにせよ、内面的な葛藤や矛盾に塗れながらも哲学的で思索的な雰囲気が漂う興味深い作品であることは間違いないだろう。
評:蔵研人
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