国宝
★★★★
製作:2025年 日本 上映時間:175分 監督:李相日
その題名に込められた重みの通り、本作は一人の歌舞伎俳優の生き様を、時に苛烈に、時に静謐に描いている。約3時間の長丁場なのでトイレの心配があったが、私をはじめとして途中誰も席を立たなかった。これは単にストーリーへの没入という以上に、舞台芸術の魅力そのものがスクリーンを通して胸に迫ったからだろう。
物語は、やくざの家に生まれた少年・喜久雄が、目前の抗争で父を失い、孤児となったところから始まる。絶望の淵にあった彼を救ったのは、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎。彼は少年の中に潜む天賦の才を見抜き、喜久雄を自らの息子同然に引き取る。
喜久雄と、半二郎の実子であり同い年の俊介。二人は兄弟のように育てられ、やがて舞台の上で切磋琢磨し合うようになる。だが、遊芸に長けた俊介と、命を削るように芸を磨く喜久雄――その対照は、やがて越えられぬ隔たりとなってゆく。俊介には名門の血が、喜久雄にはただ芸にすがるしかないという宿命があった。
観客は、この二人の関係がやがて破綻することを、物語が深まるにつれ、静かに確信する。だがその転換の描写が、映像表現においてはやや唐突に映るのも事実である。
原作未読ゆえ断定はできないが、彼らが経験するあまりに過酷なドサ回りの描写には、現実との乖離を感じずにはいられなかった。既に名を馳せた二人が、あのように人知れず落ちぶれるという筋立てには、些かの説得力を欠くからだ。
さらに終盤になるといつの間にか「人間国宝」になっていたのもやや説明不足ではないだろうか。
それでも、本作を語るうえで忘れてはならないのは、随所に挿入される歌舞伎演目の美しさである。吉沢亮と横浜流星が見せる本気の舞台、その研ぎ澄まされた所作と目線の一つひとつが、彼らの役者としての覚悟を物語っている。また、渡辺謙、寺島しのぶ、田中泯といった重鎮たちの存在感が、その熱演に深みと陰影を与えたことも大きいはずだ。
そして、フィナーレを飾る『鷺娘』――そこには、喜久雄が求め続けた「蛍の飛ぶような花の舞」があり、観る者の心にそっと火を灯す。音楽と舞とが融けあうその瞬間、国宝と呼ばれるにふさわしい芸が、まばゆい光を放つのである。そして思わず私の頬に、一滴の涙が流れ落ちたのであった。
余談であるが、歌舞伎座の中でのいくつかの演目が披露されたので、てっきり松竹配給だと思い込んでいたのだが、なんと東宝配給であったのは意外であった。もしかすると、12億円の巨額製作費と営業力の差が影響したのだろうか……。
評:蔵研人
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