黒牢城
著者:米澤穂信
第166回直木賞受賞作品である。時は本能寺の変より4年前、舞台は織田信長に叛旗を翻した荒木村重が立て籠もる有岡城である。
秀吉に命ぜられ、頑固者の荒木村重を説得に訪れたのが黒田官兵衛だが、すでに村重の心は信長から離れて説得の甲斐もない。それどころか暗い土牢に閉じ込められてしまうのであった。この歴史的に有名な話がこの小説の序章となり、なんとなく重そうな歴史小説を彷彿してしまうのだが、なんと実は時代劇を装ったミステリーだったのである。
まず謎の始まりは、村重を裏切った安部仁右衛門の一子安部自念の密室殺人事件である。自念は人質として村重の城中で暮らしており、本来なら親の裏切りにより、すかさず成敗されるのが当時の習わしだった。ところがなぜか村重は彼を殺さず牢に繋ぐ決断をしてしまう。家中の者たちはその理由が呑み込めず、誰もが自念の処刑を望んでいるため、誰が殺したとしても不思議ではなかった。では誰がいつどのような方法で、密室状態の自念を殺害したのだろうか。……と、この謎に立ち向かうのが、なんと藩主村重本人であり、なんと土牢に繋がれている官兵衛の助言まで引き出すのだった。
さて次の章「花影手柄」では、いつの間にか織田方・大津伝十郎の手勢約100名が有岡城の近くまで押し寄せて陣を張っている。すぐそれに気付いた村重は、これまで手柄を立てられなかったと不満を漏らす雑賀衆と高槻衆各々20名、さらに子飼いの御前衆を率いて敵に夜討ちをかけるのだった。
この章でのミステリーは、雑賀衆と高槻衆のどちらが敵の大将首を討ち取ったのかという謎解き話である。だがこの章では謎解きだけではなく、斥候のやり方に始まり、夜討ちの仕掛け方、兜首の見分け方、褒章の手筈などが事細かく解説されておりかなり勉強になった。
さらに第三章「遠雷念仏」では、村重の命を受け明智光秀に密書と家宝の茶壷「寅申」を届ける役目を引き受けた旅の僧「無辺」が何者かに殺害されてしまう。しかもその骸からは「寅申」が収められていた行李までもが消え失せていたのである。
さて犯人の目的は「無辺」を殺すことだったのか、それとも「密書」や「寅申」を奪うことだったのだろうか。またそもそも誰がどのようにして警備の堅かった場所に忍び込んで無辺を殺害したのか、そのうえ護衛で手練れの秋岡四郎介をいとも容易く斬り殺したのだろうか。と謎が謎を呼ぶ展開に加えて、意外な犯人と結末には驚かざるを得ないだろう。
そして第四章「落日孤影」では、長期に亘る籠城のなかで、次第に家臣たちの信頼が薄れてゆき、村重の焦りが手に取るように鮮やかに描かれてゆくのである。また今まで起こった事件の首謀者が解明するのだが、何となくすっきりせず部下たちに対する不信感も完全には拭えない。そこでまたまた土牢に繋がれている官兵衛のもとに訪れるのだが、それが官兵衛との最後の会見となるのである。
さらに僅か20頁の最終章へ続くのだが、もはやそこでは「村重が有岡城を去った後」の歴史に沿った解説文が綴られてゆくだけであった。それにしても村重逃亡後に、信長の命により「有岡城の女房衆122人が尼崎近くの七松において鉄砲や長刀で殺される」という残酷な事態を招くぐらいなら、もうあと3年位辛抱して籠城を続けていれば、本能寺の変で信長が討たれたのになあ……。結局は最後になって、ミステリーから歴史小説に戻ったようである。
歴史小説とミステリーをブレンドしながらも、なかなか含蓄のある内容には脱帽するばかりであり、一番心に残ったのは「この時代の武士たちは、中途半端に生かされるより、さっぱりと殺されたほうが嬉しかった」のだということであろうか。
評:蔵研人
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