我が産声を聞きに
著者:白石一文
背景はコロナ全盛時で、夫婦と娘と猫を絡めたちょいと奇妙だが、とどのつまりはシンプルなお話である。
病院に同行した名香子は、肺がんの診断を受けた夫・良治からとんでもない告白をされるのだった。「肺がんだとはっきりしたので、今日からは人生をやり直し、好きな人と暮らす」とさらりと言って、そのまま家を出てしまうのである。そのあとは、何が何だか理解できないまま取り残された名香子の視点で話は紡がれてゆく。
良治は着の身着のままで、昔付き合っていた香月雛という女性の家に込み、もし逢いたいならこちらへきて三人で話をしようというばかりなのだ。余りにも身勝手で一方的な言い分に、一体20年間の夫婦生活は何だったのかと唖然とし思案に暮れてしまう名香子だった。
ここまで読んでくると、一体良治はどうしちまったのだろうか、これから名香子はどう行動し決断するのだろうか……といった思いがまるでミステリーを読んでいるような気分に惹きこまれてしまうのである。この展開こそ白石節なのだが、今回はなぜか最後までうやむやのまま完結してしまうのだ。とにかく「下巻に続く」としてもおかしくないくらい中途半端なのである。結局は読者それぞれが自由に発想してくれと言うことのなのだろう。
さてタイトルの「我が産声を聞きに」の意味だが、それだけはラストにさりげなく用意されていた。それは一人娘の真理恵の産声と、失踪していた愛猫・ミーコの鳴き声を重ねてもじったのであろう。そしてその二つだけが、「名香子と良治の接点」なのだったとも考えられるからである。
本作はさらりと描かれているものの、よくよく深読みすれば人生の岐路とか結婚の意味とかを提示しているのかもしれない。ただ決して面白くないわけではないのだが、やはり従来の白石作品と比べると何となく物足りなかったことも否めないのだ。
評:蔵研人
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