ラブカは静かに弓を持つ
著者:安壇美緒
何となく哲学的なタイトルと、幻想的なカバーデザインに心を惹かれる。著者の安壇美緒は1986年生まれで、まだ発表した作品も少ないが、小説すばる新人賞の選考委員であった五木寛之氏が「作家の才能プラス、何か見えない力を背負った書き手だ」と評した通り、早稲田大学卒の文学才媛といった趣が感じられる。
本作は『天龍院亜希子の日記』、『金木犀とメテオラ』に続く最新作であり、第6回未来屋小説大賞、第25回大藪春彦賞を受賞したほか、第20回本屋大賞第2位となっている。
本作の主人公は、全日本音楽著作権連盟に勤める橘樹(たちばないつき)というモデル並みの容姿を誇るイケメン青年である。通常の仕事は資料部という閑職だが、ある日上司に呼び出されて、とんでもない職務を命じられる。それは著作権問題で係争中のミカサ音楽教室への潜入調査であり、ひらたく言えばスパイ行為ということになるのだった。ではなぜ無口で付き合いの悪い彼が選ばれたのだろうか。それは彼が子供の頃にチェロを習っていたからであった。
そして彼は毎週金曜の夜にミカサ音楽教室のチェロの部に通うことになる。なんとここに2年間通って行使とのやり取りを録音し調査報告書をまとめ、最終的には裁判所で証人として証言しなくてはならないのだ。
当初はスパイ行為を淡々とこなしていた橘だったが、いつの間にか講師の浅葉に心酔してしまい、成り行きで浅葉の教え子たちとの交流会に参加してしまう。表向きは公務員を装っていたが、嘘が嘘を呼びなかなか本心を語ることが出来ない。
読んでいるうちに、いつスパイだとバレるのか、またバレないとしても2年間も通った音楽教室を辞めるとき、講師の浅葉には何と言って辞めるのだろうか。さらに親しくなった交流会のメンバーともすんなり別れることが出来るのだろうか。などと考えながら読んでいると、まるで自分が橘になったようでドキドキしてしまうのだった。そして終盤は橘のはっきりしない性格が災いしてかなり辛い展開が待っていたのだが、ラストは全てを初期化して新しい人生に立ち向かってゆく姿にホットするはずである。
それにしても著者の音楽知識というのか音楽的センスというような雰囲気が、びっしりと漂っていて只者ではないことを再認識させられてしまった。是非前述した『天龍院亜希子の日記』と『金木犀とメテオラ』も読んでみたいと思う。
評:蔵研人
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