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2025年3月の記事

2025年3月28日 (金)

我が産声を聞きに

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著者:白石一文

 背景はコロナ全盛時で、夫婦と娘と猫を絡めたちょいと奇妙だが、とどのつまりはシンプルなお話である。

 病院に同行した名香子は、肺がんの診断を受けた夫・良治からとんでもない告白をされるのだった。「肺がんだとはっきりしたので、今日からは人生をやり直し、好きな人と暮らす」とさらりと言って、そのまま家を出てしまうのである。そのあとは、何が何だか理解できないまま取り残された名香子の視点で話は紡がれてゆく。
 良治は着の身着のままで、昔付き合っていた香月雛という女性の家に込み、もし逢いたいならこちらへきて三人で話をしようというばかりなのだ。余りにも身勝手で一方的な言い分に、一体20年間の夫婦生活は何だったのかと唖然とし思案に暮れてしまう名香子だった。

 ここまで読んでくると、一体良治はどうしちまったのだろうか、これから名香子はどう行動し決断するのだろうか……といった思いがまるでミステリーを読んでいるような気分に惹きこまれてしまうのである。この展開こそ白石節なのだが、今回はなぜか最後までうやむやのまま完結してしまうのだ。とにかく「下巻に続く」としてもおかしくないくらい中途半端なのである。結局は読者それぞれが自由に発想してくれと言うことのなのだろう。

 さてタイトルの「我が産声を聞きに」の意味だが、それだけはラストにさりげなく用意されていた。それは一人娘の真理恵の産声と、失踪していた愛猫・ミーコの鳴き声を重ねてもじったのであろう。そしてその二つだけが、「名香子と良治の接点」なのだったとも考えられるからである。
 本作はさらりと描かれているものの、よくよく深読みすれば人生の岐路とか結婚の意味とかを提示しているのかもしれない。ただ決して面白くないわけではないのだが、やはり従来の白石作品と比べると何となく物足りなかったことも否めないのだ。

評:蔵研人

 

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2025年3月23日 (日)

LOOP/ループ -時に囚われた男-

Loop

★★★★
製作:2016年 ハンガリー 上映時間:95分 監督:イシュティ・マダラース

 麻薬密売人のアダムが、ボスから預かった大量の麻薬を持ち逃げしようとするところから始まる。だが一緒に逃げようと思っていた恋人のアンナが妊娠してしまい、計画変更を余儀なくされる。ところがなぜか、アダムの企みに気付いたボスが部屋へやってきて、アダムを殺害してしまうのだ。そのうえ逃げていたアンナまでも、偶然ボスの車に撥ねられて死んでしまうのである。
 ここまでが大きな1ループで、何度も同じシーンを繰り返すことになる。もちろんこの連鎖を断ち切ろうとするアダムの行動変化によって、枝葉的な部分は少しずつ変化するものの、結果的には何度もアダムとアンナが死亡を繰り返すことになる。

 部分的には突っ込みどころがいくつもある作品であるが、そもそもタイム・ループそのものが荒唐無稽なことなので、ここでいちいち目くじらを立てることもないだろう。それよりも、どうすればこのループから抜け出せるのか、アダムとアンナは無事生還できるのか、といった興味が深々と湧いてくるのだ。
 そして終盤はそれらを見事に収束して、ほぼ満足な結末で締めくくっているではないか。ただなぜタイム・ループが起こったのかは、解明されないままなのだが、オープニングとラストに登場する地下鉄内のホームレスがそのカギを握っているような気がする。これもなかなか味のよいエンディングだ。

 それにしても欧州のタイム系映画は、似たような雰囲気の作品が多いよね。例えばスペインの『TIME CRIMES タイム クライムス』やドイツの『ザ・ドア 交差する世界』などにその傾向が見受けられ、いずれも私の好きな映画であることに変わりはない。

評:蔵研人

 

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2025年3月18日 (火)

滅びの前のシャングリラ

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著者:凪良ゆう

 小惑星が地球に衝突して地球と人類が滅びる前の1か月を描いた小説である。タイトルの「シャングリラ」とは「理想郷」「桃源郷」「楽園」という意味で使われる言葉であるが、滅びと楽園では矛盾しているではないか。たぶんこの小説の中で精神的に恵まれなかった主役たちが、人類最後の日を迎えて本当の意味での安らぎを味わえたからであろうか……。

 本作は4人の語り部による4つの章で構成されている。第一章ともいえる「シャングリラ」は、太っていていじめられっ子高校生の江那友樹が「ぼく」という一人称で描かれる。さらに第2章「パーフェクトワールド」は、友樹の父親である喧嘩屋の目力信士が「俺」という一人称で登場する。
 さらに第3章「エルドラド」は友樹のヤンキー母である江那静香が「あたし」として主人公になる。そして最終章「いまわのきわ」は、友樹が片思いしている藤森雪絵が主人公になるのかと思っていたら、なんと彼女が崇拝している歌手Loco(本名:山田路子)が語り部になるのだった。

 つまり前述したとおり、この人生を上手に乗り切れなかった4人(実は藤森雪絵も含めて5人)が、地球滅亡を前にして開き直って自分を取り戻してゆく様を描いているのである。
 「1か月後の15時に小惑星が地球に衝突します」午後8時に、すべてのチャンネルで放送された首相の記者会見が混乱の始まりであった。何年も前から秘密裏に全世界協力態勢で衝突回避を検討してきたのだが、もはや人間の力ではそれを回避することは不可能だという。

 交通はマヒしTVも映らなくなり、街では平気で略奪や殺人が横行している。だからと言って夢も希望もないパニック小説でもないようなのだ。では本当に地球と人類は滅びるのだろうか、もしかすると『ノストラダムスの大予言』のように未遂に終わり人類は助かるのだろうか。とページをめくる指が震えてくるのだが、そもそも本作は単なるパニック小説ではない。
 従って本作が目指すところは、小惑星の衝突日でありながらも、衝突するか否かではないのだ。多分それよりも「ひとは欲望を叶えたり幸せを掴むために、努力したり苦しんだり苦しめたりするのだが、実は本当の幸せは死ぬ直前になってはじめて気づくものではないだろうか」というシャングリラなのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2025年3月13日 (木)

TUBE チューブ

Tube

★★★
製作:2022年 フランス 上映時間:91分 監督:マチュー・テュリ

 タイトルといい密室でのトラップといい、まさにあの『キューブ』そっくりだ。ただ原題は『Meandre』で「蛇行」という意味のようである。
 とにかく始めから終わりまで、サッパリ意味が分からない。そもそも女が人っ子一人いない道路に寝転んでいるところからスタートするのだが、自殺をしようとしたのだろうか。それにスタンド迄10キロ以上あるこの場所に、どうやって来たのだろうか。何も説明がないまま、通りかかった車に助けられるのだが、運転手は逃亡中の殺人鬼であった……。
 カーラジオのニュースから男が殺人犯であることがバレると、車が急停止して全て消失してしまう。しばらくしてやっと女が気を取り戻すと、そこは四角い狭い箱のような場所で、宇宙服のようなものを着せられ光る腕輪を嵌められているではないか。

 箱の中の小さな窓のようなものが開き、女が中に入ると急に扉が閉まってしまう。なんとその先は細くて狭いチューブのような空間が延々と続いているのだった。そこには吊天井、火炎地獄、水地獄、硫酸地獄、ギロチン地獄、腐乱死体に怪物の登場と、様々なトラップが仕掛けられているのだ。一体ここはどこなのだ、誰が何の目的でこんなものを創り、人を閉じ込めるのだろうか。まさにこの展開はゲームそのものではないの。
 全く意味不明のまま、女はこの謎のチューブ空間の中を這いずり回るのである。果たして彼女はここから脱出できるのであろうか、とチューブだけの退屈な展開に飽き飽きしながらも、ラストの種明かしだけを期待しながら我慢と辛抱の時間が過ぎて行く。

 だが結局は何にも説明がないままのエンディングとなり、時間の無駄遣いをしてしまったことを悟る。途中チューブの中のスクリーンに女の生まれたときからの映像が走馬灯のように映し出されたり、死んだ娘が登場したので、てっきりここは「死後の世界」なのだろうと考えてしまった。ところがどうもそうでもないようなのだ。オープニングで「デカい光が空に浮かんでいる」という言葉が飛び交っていたことに気が付いたからである。私の勝手な想像であるが、ETみたいな影も映っていたし、もしかしてチューブとはUFOの中だったのであろうか。

 
評:蔵研人

 

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2025年3月10日 (月)

ラブカは静かに弓を持つ

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著者:安壇美緒

 何となく哲学的なタイトルと、幻想的なカバーデザインに心を惹かれる。著者の安壇美緒は1986年生まれで、まだ発表した作品も少ないが、小説すばる新人賞の選考委員であった五木寛之氏が「作家の才能プラス、何か見えない力を背負った書き手だ」と評した通り、早稲田大学卒の文学才媛といった趣が感じられる。
 本作は『天龍院亜希子の日記』、『金木犀とメテオラ』に続く最新作であり、第6回未来屋小説大賞、第25回大藪春彦賞を受賞したほか、第20回本屋大賞第2位となっている。

 本作の主人公は、全日本音楽著作権連盟に勤める橘樹(たちばないつき)というモデル並みの容姿を誇るイケメン青年である。通常の仕事は資料部という閑職だが、ある日上司に呼び出されて、とんでもない職務を命じられる。それは著作権問題で係争中のミカサ音楽教室への潜入調査であり、ひらたく言えばスパイ行為ということになるのだった。ではなぜ無口で付き合いの悪い彼が選ばれたのだろうか。それは彼が子供の頃にチェロを習っていたからであった。

 そして彼は毎週金曜の夜にミカサ音楽教室のチェロの部に通うことになる。なんとここに2年間通って行使とのやり取りを録音し調査報告書をまとめ、最終的には裁判所で証人として証言しなくてはならないのだ。
 当初はスパイ行為を淡々とこなしていた橘だったが、いつの間にか講師の浅葉に心酔してしまい、成り行きで浅葉の教え子たちとの交流会に参加してしまう。表向きは公務員を装っていたが、嘘が嘘を呼びなかなか本心を語ることが出来ない。

 読んでいるうちに、いつスパイだとバレるのか、またバレないとしても2年間も通った音楽教室を辞めるとき、講師の浅葉には何と言って辞めるのだろうか。さらに親しくなった交流会のメンバーともすんなり別れることが出来るのだろうか。などと考えながら読んでいると、まるで自分が橘になったようでドキドキしてしまうのだった。そして終盤は橘のはっきりしない性格が災いしてかなり辛い展開が待っていたのだが、ラストは全てを初期化して新しい人生に立ち向かってゆく姿にホットするはずである。
 それにしても著者の音楽知識というのか音楽的センスというような雰囲気が、びっしりと漂っていて只者ではないことを再認識させられてしまった。是非前述した『天龍院亜希子の日記』と『金木犀とメテオラ』も読んでみたいと思う。

評:蔵研人

 

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2025年3月 3日 (月)

ヴィルトゥス

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著者:信濃川日出雄

 西暦185年の古代ロ-マ帝国では、暴君第17代皇帝・コンモドゥスが格闘技に明け暮れ、ローマ帝国は荒廃しつつあった。その行く先に憂いる側室・マルキアは、時を操る秘術を使い、失われたローマ人の魂『ヴィルトゥス』を抱く男を未来より召還する。その男こそ2008年に住む柔道世界一の日本人・鳴宮尊であった。

 本作のテーマは、未来より召喚された鳴宮尊が、悪政を続けるコンモドゥスを暗殺することだと思っていたのだが、どうも雲行きがおかしい。そもそも召喚されたのは鳴宮だけではなく、彼と同じ刑務所に収監されていた男たち数名なのだが、その半数以上は召喚されてすぐ殺害される。
 さらに鳴宮はじめ生き残った者たちも、強制的に奴隷闘士にさせられ、ギリシャの孤島にある悪名高い興行主ガムラの養成所に送られてしまうのであった。そしてコンモドゥス暗殺どころか、この孤島での訓練や鳴宮の過去についての話などに終始するばかりなのだ。
 またコンモドゥス暗殺は歴史通り元老院議員達によって実行されるのだが、裏切りなどが絡んでうまくゆかない。そして突然中途半端な形で、全5巻をもって終了してしまうのである。

 なんだなんだこの話は、と思ったら実はこの5巻までは第一部であり、 第二部としてタイトルを『古代ローマ格闘暗獄譚SIN 』と変更し、主人公を第一部ではいじめられっ子だった神尾心に替え、さらに掲載誌も週刊誌から月刊誌へ移行しているのだ。なぜこのような数々の変更がなされたのかは不明であるが、第二部は余り面白くなかったし全6巻で完結となっている。
 第一部と二部を通算しても僅か11巻にしかならないのだから、本来ならわざわざ大袈裟に二部構成にする必要もないはずである。もしかすると第一部の描き方などに何か問題が生じたのかもしれない。いずれにせよ原因不明のまま第一部は終了してしまったのである。

評:蔵研人

 

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