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2021年1月 8日 (金)

敵の名は、宮本武蔵

著者:木下昌輝

 武蔵と戦い敗れ去った剣豪たちは数多い。本書は彼等の視点から見て、宮本武蔵の実像を語っているところがユニークである。345頁の長編であるが、読み易く天下無双の面白さのためか、あっという間に読破してしまった。

 著者の木下昌輝氏は、ハウスメーカーから脱サラしてフリーライターとなり、2012年に『宇喜多の捨て嫁』でオール読物新人賞を受賞している。また同作は直木賞候補になり、その他数々の文学賞も受賞している。
 さらに本書『敵の名は、宮本武蔵』でも、直木賞・山本周五郎賞・山田風太郎賞の候補作になっているという。

 本書は7つの話に分割されているのだが、決して時系列順ではないところが、本書のミソとなっている。まず鹿島新当流免許皆伝の有馬喜兵衛が、13歳の少年武蔵と戦うことになった経緯に始まる。
 そして第2章は、牛馬同然に売買され蔑まれていたシシド(吉川英治の小説では宍戸梅軒)が、鎖鎌の達人として山賊の頭領になり、武蔵により成敗されるまでの儚く悲しい物語となる。

 さらに第3章では4代目吉岡憲法こと吉岡源左衛門が、武蔵との試合を通して「憲法染」と呼ばれる黒褐色の染物を発明し、家伝の一つである染物業に専念するまでを描いている。このあたりは吉川文学には登場しないが、こちらの成り行きのほうが史実らしい。そして武蔵も憲法との戦いを経て、剛力だけだった剣に優しさを匂わせるようになるのである。

 その後武蔵は神道夢想流杖術の流祖である夢想権之助や、自身の弟子である幸坂甚太郎との戦いを経て、巌流津田小次郎との試合へと導かれてゆく。なお吉川文学の佐々木小次郎は架空の人物であり、古文書によると巌流島での決闘相手は、津田小次郎という年老いた剣士のようだ。本書は史実に沿って巌流津田小次郎として、架空の物語を創りあげているところが面白いのである。

 さて本書がさらに俄然面白くなるのはこの辺りからである。まず巌流津田小次郎の出自というか、その悲運に満ちた生涯に心が痛む。そして武蔵の父・無二のさらに悲しき生き方に遭遇し、ここではじめて本当は彼が裏の主人公であることを確信する。
 これだけでも、嫌というほど面白いのだが、このあたりで今まで少しずつ疑問に感じていた部分が、時間を遡って順次完全解明されてゆくのだ。まさにこれはミステリー小説の収束技法だと言っても良いだろう。それにしても、緻密に調査した事実をベースにしながら、これだけの嘘(創作)を捻り出した著者の力量は計り知れない。

評:蔵研人

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