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2020年3月の記事

2020年3月28日 (土)

完全犯罪

著者:小林泰三

 本書には50頁程度の独立した短編が5作掲載されている。タイトルから想像するとミステリー小説のように感じるのだが、ミステリーのほか、SFありホラーあり怪奇ありと、そのポケットの多さに感心してしまうだろう。

 さてではその5話に分類して、それぞれのレヴューを簡潔にまとめてみようか。
1.『完全・犯罪』
 本編を読むために本書を購入したのだが、なんとこの作品はミステリーではなく、SF小説なのである。つまりタイムマシンを使って過去に行き、憎いある人物を殺せば、その人物は現代には存在しないことになる訳であり、完璧な完全犯罪を実行できると言うのである。
 ところがなかなか思ったようには事が進展しないのである。そこで焦った主人公が過去の過ちを修正しに過去に戻るたびに、何人もの自分と遭遇してアタフタする。
 そして「過去は変わらないが未来は変わる」という論理の渦に巻き込まれて、SFなのかギャグなのか意味不明となってしまうのだ。なんとなく前半は広瀬正で後半のドタバタは筒井康隆を思わせる一遍である。

2.『ロイス殺し』
 海外が舞台で、作風もまさに外国の小説のようだが、作者は間違いなく小林泰三である。またロイスというと女性のように感じるのだが、実は主人公が少年時代に苛められた悪い男の名である。さらにロイスは主人公が好きだった美しく優しい少女のことも弄んで殺害しているのだった。
 だから主人公は大人になっても、ずっと彼を追い求めて復讐の牙を研いでいた。そしてついに密室でロイスは殺されるのだが、その手口がいやにまどろっこしいのだ。
 むしろ誰もいない砂漠にでも行って、後ろから撃ったり刺したりしたほうが余程簡単で足が付きにくいのに、なぜ人が大勢集まるホテルで面倒なトリックを使って殺害したのだろうか。つまりこの密室ミステリーを創るために、無理矢理創ったストーリーだからさ、ということなのだろうか・・・。

3.『双生児』
 一卵性双生児で親も見分けが付かない姉妹がいた。だから二人が時々入れ替わっても二人以外は誰も気付かない。では自分とは何か、果たしてアイデンティティーは存在するのか。それが犬の場合は単なる記号の読み違いで済まされるのに、人の場合は許されないのだろうか。
 ではもし彼氏が自分と間違えて妹と付き合ったらどうなるのだろうか。などなどネチネチとした双子の悩みを執拗に綴ってゆく。なんとなく江戸川乱歩を髣髴させる作風ではないか。

4.『隠れ鬼』
 前半、河川敷で偶然目が合ったホームレスにしつこく追いかけられる恐ろしい展開は、まさにホラーそのものである。だがその謎が少しずつ解明されるにつれ、だんだん不条理であり得ない世界に嵌まってゆく。ラストの展開がちょっぴり投げやりではなてかと感じたのは私だけであろうか・・・。

5.『ドッキリチューブ』
 いわゆるネット版の「ドッキリカメラ」なのだが、「ドッキリ」の看板を免罪符に果てしなくエスカレートする番組制作者の暴走を描いた狂作?である。本編にもなんとなく筒井康隆の世界観が臭ってくる気がするのは、果たして私の考え過ぎだろうか・・・。
 また本編はフジテレビの『世にも奇妙な物語』の一遍として放映されたようである。まあまさに奇妙な話そのものだね。

評:蔵研人

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2020年3月24日 (火)

テセウスの船

★★☆

 日曜の夜10回に亘って放映された『セテウスの船』がやっと最終回を迎えた。東元俊哉による原作マンガは未読だが、その結末についてはネットで拡散しているため殆どの人が承知しているはずである。だから原作とTVドラマには最終犯人をはじめとして、いろいろと相違点が多いことも周知の事実であろう。
 そこで原作からのネタバレを恐れ過ぎたのか、あるいはお茶の間ドラマの雰囲気に拘り過ぎたのか、余りにも辻褄が合わない脚本に失望してしまった。そしてうたい文句のSFミステリーを逸脱して、なんと家族愛に溢れたホームドラマに落ち着いてしまったのである。またタイムトラベルものとしても、ラストの結末がパラレルワールドだということ以外は、ほとんど体をなしていないし、あの『JIN仁』の足元にも全く及ばない。

 ただ最終回に至るまで、かなりの高視聴率を稼いだことだけが、TV局としての大成功と言って良いだろう。確かに5話くらいまでは、次回はどうなるのだろうかと、視聴者たちが期待に胸を膨らませる展開だった。しかしその手法が余りにも単調でしつこ過ぎて、だんだんイライラが募ってきたことも否めないはずである。

 きっとこいつが真犯人だろう、と思わせぶりな展開が何度も繰り返されていくうちに、だから逆にこいつは犯人ではないだろうと推測してしまう。ところがギッチョン。最終回では、まさかこんな奴がこんな動機で、あれだけの犯罪を犯すのだろうか、という結末に遭遇してしまう。これには驚くより呆れてものも言えなかった。
 これはアッと驚く結末でもどんでん返しでもない。散々犯人らしき人々をバラまき散らした上に、全てお見通しで先回りする頭脳抜群の犯人を臭わしておきながら、実はこんなオトボケ男が犯人だというのだ。
 これではさんざん好き勝手な展開を繰り返しておいて、実は夢でしたという「夢オチ同様の反則技」であり、無理矢理ザ・エンドにしてしまった感も拭えない。さらに生意気で大人顔負けのワルだったみきおが、急に誠実な子供に逆戻りというのも全く納得できない。

 バカにするのもいい加減にしてくれ!10週間もの間さんざん引っ張り続けて、多くの視聴者の貴重な時間を無駄に使わせやがって、と怒涛の如く怒りをぶちまけたくなる。そしてあっという間に家族全員が幸せいっぱいのハッピーエンドとは、視聴者全員がコケにされたようなものではないか。

 とにかくハラハラドキドキではなく、イライラダラダラの蔓延したドラマだった。また主人公が勿体ぶってなかなか真実を語らないため、状況は増々悪化してゆくばかり。さらに主人公と一緒に過去に戻ったと思われる大人のみきおは、その後一切登場しない。それなら彼は何のため登場したのだろうか。いずれにせよ、不要なものが延々と登場し、必要なものが歯抜けになっているという超ムカつく展開に終始していたドラマだった。

評:蔵研人

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2020年3月20日 (金)

時をかけたいオジさん

★★★
著者:板橋雅弘

 タイトルやカバーイラストを見れば、誰でもあの名作『時をかける少女』を髣髴してしまうだろう。そして少女がオジさんに代わったパロディ版の『時かけ』なのだろうと想像するはずである。
 ところがぎっちょん、主人公のオジさん西東彰比古自身がタイムリープする訳ではないのだ。タイムリープするのは、彼の初恋の人で高校時代に同級生だった時岡留子なのである。
 
 その留子は謎の転校生として突然16歳の彰比古の前に現れ、ある事件を解決するといつの間にか消えてしまう。そして次は16歳のまま突如46歳の彰比古の前に現れるのである。
 年を取らない彼女は一体何者なのか、そしてどこからどんな目的をもって現れたのであろうか。それをバラせばこの小説の旨味は半減してしまうので、ここでは秘密にしておこう。

 文字が大きくてストーリー展開がテキパキしているので読み易く、あっという間に読了してしまった。また過去と現在を行ったり来たりするので、なかなか興味深かったのだが、途中から急に荒唐無稽でマンガチックな展開に染まってしまったのは筆不足かも・・・。ただラストのまとめ方だけは、そこそこ味わい深かったよね。

評:蔵研人

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2020年3月17日 (火)

アラジン

★★★★☆

製作:2019年 米国 上映時間:128分 監督:ガイ・リッチー
 
 アラジンが主役ということは間違いないのだが、エンディングクレジットに最初に記されているのは、ランプの精を演じたウィル・スミス であるところが面白い。そう言えば、オープニングでなんとなく想像できるのだが、このランプの精こそ裏の主人公なのかもしれない。

 また本作はアニメではなく、CGをふんだんに交えた実写映画であり、アニメのほうを観ていない私的にはかなり満足の出来る素晴らしい仕上がりだと感じられた。ただ一部のアニメファンからは、「残念ながらアニメを超えられなかった」という声がいくつか聞こえた。ふ~ん、そんなに凄いアニメだと言うのなら、近いうちにレンタルしてみようじゃないか・・・。

 まあいずれにせよ、笑いと涙にまみれ、歌あり踊りあり、悪役と正義の対立、さらにゴージャスで楽しさ満杯と、ディズニー映画の王道は全てクリアしている。だから子供たちと一緒に観るには最高の映画ではないだろうか。

評:蔵研人

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2020年3月14日 (土)

ライオン・キング

★★★☆

製作:2019年 米国 上映時間:119分 監督:ジョン・ファヴロー

 実写映画化という触れ込みだが、正確には『より実写に近いCGアニメ』と言えば良いだろう。それにしても良くできたCGである。動物たちが人語を喋ったり、歌ったり、ドラマを演じていなければ、まさに『アース』のようなネイチャー・ドキュメンタリーそのものではないか。
 もちろんこの映画の最大の見どころも、この実写のようなCGの完成度にある。そして実写に限りなく近づくことによって、前作のアニメ版をしのぐ威厳と説得力がもたらされていると言えよう。

 アフリカのサバンナには、偉大なる王であるライオンのムファサが君臨していた。妃のサラビとの間に生まれた長男シンバのお披露目に、さまざまな動物たちが誕生の儀式に集まってくる。そして動物たちが、ヒヒの祈祷師ラフィキがささげる将来の王シンバに深くこうべを垂れるところからはじまる。

 だが平和なサバンナにも、暗雲が立ち込める。王になれないことに不満を持つムファサの弟スカーが、シンバの誕生を苦々しく感じハイエナたちを使って王位略奪を企むのである。そしてある日陰謀が実行されるのだった。
 まあ大体この後の展開は誰にでも想像できるであろう。そう父を殺されて、王位を略奪され追放されたシンバが成長し、見事父の仇を討ってサバンナの王になるまでが描かれるのである。

 それにしても今更だが、本作は手塚治虫の『ジャングル大帝』にそっくりではないか。たぶん手塚自身が生きていたとしても、ディズニーファンだった彼は、ニヤリとするだけで文句は付けないような気がするのだが・・・。
 ディズニー側はあくまでもオリジナリティーを主張し、我々は『ジャングル大帝』も手塚治虫も知らないと言っているらしい。だが過去に米国でも『ジャングル大帝』が放映されているし、アストロボーイ(鉄腕アトム)の手塚を知らないアニメーターがいること自体が信じ難い。

 もちろんパクリとは言わないが、本作が『ジャングル大帝』を参考にしたことは想像に難くない。少なくとも手塚治虫に対する「オマージュ作品」として製作して欲しかったのだが、それはディズニー側のプライドが許さなかったのだろうか。
 ところで本作には人間が全く登場しない。実はそのストーリー構成こそが、ディズニー側がオリジナルだと言い張るための、『ジャングル大帝』との棲み分け手法だったのかもしれない・・・。

評:蔵研人

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2020年3月10日 (火)

ふりだしに戻る

★★★☆
著者:ジャック・フィニイ 翻訳:福島 正実

 イラストレーターのサイモン・モーリーは、ニューヨーク暮らしにうんざりしはじめていた。そんなある日に、政府の秘密プロジェクトの一員を名乗る男が訪ねてくる。このプロジェクトの目的は、選ばれた現代人を、過去のある時代に送り込むことだった。そしてサイモンは、『青い手紙』の謎を解くために過去に旅立つことになる。

 ここまで書くとなんとなくSF小説のようだが、だが過去に跳ぶ方法はタイムマシンではない。実は過去そっくりに創られたセットの中で、過去の服装をして、自己催眠をかけるようにして過去に行くのである。
 この方法はリチャード・マシスンの『ある日どこかで』と全く同じ方法である。もちろん本作のほうが少し早く出版されているので、『ある日どこかで』のほうが真似たのかもしれない。いずれにせよ『ある日どこかで』同様、SFというよりはラブファンタジーとして分類したほうが適切だろう。
 
 本書が古典的な名作であることは間違いないのだが、1880年代のニューヨーク風景が延々と綴られるので、ニューヨークをよく知らない者や興味のない者にとってはかなりの苦痛となるはずである。かくいう私も、途中何度もこの本を投げたくなったものだ。
 広瀬正の書いた『マイナス・ゼロ』というSF小説がある。こちらはタイムマシンで昭和初期に跳び、古き良き東京の風景と人情を描いているのだが、昔の東京を知っているためか、懐かしくてなかなか味わい深かい作品であった。おそらく本書の風景描写も、古きニューヨーカー達にとっては、同様の気分を味合わせてくれる嬉しい描写なのかもしれない。

 さて本書は、上下巻それぞれ350頁程度ある長編小説なのだが、上巻は先に述べた通り古き良きニューヨーク風景描写に終始していて、ニューヨーカーでない我々日本人には、かなりの忍耐力が要求されるだろう。だが下巻になると、やっと登場人物間の会話や心理描写が介入しはじめて、俄然ストーリーもメリハリを帯びてくる。そして下巻の135頁頃からは、火災脱出や逃亡劇などのアクションシーンの応酬で息つく間もなく、やっと面白さが暴発するのだ。そしてそこからは、ホップ・ステップ・ジャンプで、一気にラストまで読み込んでしまうはずである。

 と言いながらも、相変わらず執拗に古きニューヨークの描写は途切れない。ほんとうにこの著者は、古きニューヨークにのめり込んでいるのだと、感心したり呆れてしまうのだが・・・。ただ写真やスケッチ、あるいは当時の新聞記事などを巧みに利用してマンネリ化を防止している。これは実に見事な創作手法ではないか!。ただあの傷んだ写真や絵は、一体誰がどこで手に入れたのかが気になるところである。

評:蔵研人

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2020年3月 6日 (金)

時の添乗員

★★★☆
作者:岡崎二郎

 一話完結型のショートストーリーなので、毎回登場するのは狂言回しを務める『時の添乗員』だけである。2000年から約1年間にわたりビッグコミック増刊号で掲載されている。その後コミックスとして発売されたのだが、「第1巻」の表記があるものの、なぜか第2巻以降は発売されていないのが残念である。

 内容はつぎの短編で構成されている。
第1話/あの日への旅立ち 初恋の人を訪ねて
第2話/消えた証拠     犯人の正体を捜して
第3話/交換日記      日記の隠し場所は
第4話/藤子像        裸婦像の真実は
第5話/結婚指輪      消えた指輪を探して
第6話/恩人         本当の恩人とは
第7話/赤富士の赤     父親の優しさとは
第8話/時を旅する者    時の添乗員の正体は

 どのお話も『時の添乗員』が300万円で、「行ってみたい、戻ってみたい過去」に、タイムマシンで連れて行ってくれるという展開なのだが、その全てが心温まる優しさに溢れている。時の添乗員はどこで「雇い人」と遭遇したのか。そして彼にタイムマシンを与えた「雇い人」とはいったい何者なのか。謎が解かれないままで終わっているのは、良いのか悪いのか・・・。

 全般的に柔らかいタッチの絵が、ストーリーの優しさに共鳴していて、ほんわりとした雰囲気を醸し出している。ただ登場人物のどの顔も同じような絵柄なのは、ちょっぴり残念かもしれない。また今更絶対に無理な注文だと思うが、第2巻以降の発売を期待したいものである。

評:蔵研人

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2020年3月 3日 (火)

大相撲の経済学

著者:中島隆信

 大相撲について記された書籍は山ほどあるが、経済学的な見地から綴られた書籍は本書が初めてではないだろうか。著者の中島隆信氏は、慶應義塾大学の商学部教授で商学博士である。だからと言って決して堅苦しい書籍ではなく、誰が読んでも分かり易く平易な文章で綴られている。また若かりし頃に大の相撲ファンだったこともあり、大相撲に対するひたむきな愛情がひしひしと感じられたのも清々しい。

 その内容については、12項目に整理され次のような構成となっている。
第1章 力士は会社人間
第2章 力士は能力給か
第3章 年寄株は年金証書
第4章 力士をやめたら何になる?
第5章 相撲部屋の経済学
第6章 いわゆる「八百長」について
第7章 一代年寄は損か得か
第8章 外国人力士の問題
第9章 横綱審議委員会の謎
第10章 特殊なチケット販売制度
第11章 角界の構造改革
終 章 大相撲から見る日本経済

 まず著者は大相撲を純粋なスポーツとは切り離して、どちらかと言えば歌舞伎などの「伝統芸能」と同列にみなしている。従って伝統的文化を維持するためには、大胆な改革をしたり全てをオープンにすべきではない、さらに場合によっては八百長も必要悪であると考えているようだ。
 そう考えれば、かつて大相撲改革を唱えていた貴乃花親方が、協会内部で支持されなかった理由も理解できる。また最近は八百長全面撤退の見返りで、毎場所怪我人が多発し休場者頻発の現状をみると、八百長とは言わないが、ある程度の馴れ合いは必要悪なのかもしれない。

 さて力士たちは、厳しい鍛錬を続けなくてはならない割に、他のスポーツと比べて報酬が少ないようである。これは横綱から十両までの報酬が他のスポーツほど極端に差別化されておらず、引退後も年寄株を取得することにより生活の保障が担保されている、などのサラリーマン的システムとして保護されているからだという。

 ただ厳しい修行を押し付けられる割には、アメリカンドリームのような一攫千金的な夢がない。従って運動能力のある日本人は、別のスポーツに吸収されてしまうようだ。
 ところがモンゴルなどの開発途上国の所得水準は日本に比べて遥かに低いため、大相撲の報酬でも自国で運用すれば、天文学的な金額となる。だから有能な人材が続々と日本の大相撲に流れ込んでくるのだ。
 
 と言うようなことを、分かり易くかつ論理的に説明してくれるので、なるほどと感心してしまうし、読み物としても実に面白いのである。少しでも大相撲に興味のあるサラリーマンなら決して損がないので、是非一読してみようではないか。

作:蔵研人

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