水の時計
著者:初野 晴
第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞した初野晴のデビュー作である。さて本作では第一章が語られる前に、序章と言うべきなのか・・・いきなりオスカー・ワイルドの『幸福の王子』という童話の要約が記載されているのだ。それはさらに要約すると次のようになる。
ある町の中に、金箔に覆われ、両目は蒼いサファイア、剣の柄にルビイをあしらった王子の像が立っていました。王子の像は足元で休んでいたツバメに、町の困っている人々に、自分の体の一部分を次々に運んでゆくように懇願します。
ツバメは南の国へ旅立つ日を延ばして、王子の頼みを聞いてあげることにします。そして王子の像が灰色に成り果てるまで、町の人々に少しずつ金箔やサファイアなどを運ぶのでした。
読み始めたときは、一体何の比喩なのだろうかと考えていたのだが、この王子とツバメの童話こそ、本作のメインテーマだったのである。本作では王子の代わりに、葉月という脳死と診断された少女が登場し、ツバメの役は暴走族のアタマである高村昴が演じることになる。
奇妙なことに葉月は、脳死と宣言されていながらも、月明かりの漂う夜に限り、特殊な装置を使って会話することが出来るのだ。そして彼女は高村に、自分の内臓などを移植を必要としている人々に運んでくれと哀願するのである。
それにしても、何とも言えない摩訶不思議な雰囲気と、おどろおどろしさが漂うファンタジックな寓話ミステリーだ。ラストは、童話のツバメと違って、なんとなく光明を見いだせるところに救いを感じた。まさに横溝正史ミステリ大賞に相応しい作品と言えるだろう。
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