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2014年8月の記事

2014年8月30日 (土)

友よ、さらばと言おう

★★★

製作:2014年 フランス 上映時間:90分 監督:フレッド・カバイエ

Friendbyby
 原題はラテン語の『Mea culpa』で、『罪は私にある』というような意味である。邦題の『友よ、さらばと言おう』は1968年に公開されたジャン・エルマン監督の『さらば友よ』をもじっているだけで、関連性はまったくないようだ。

 オープニングの事故回想シーンが、この作品の重大な鍵を握っているのであるが、はじめは意味不明でこの映画を分かり辛くしている。だが主人公の息子が、闘牛場のトイレで偶然殺人事件を目撃し、マフィア一味に追い掛け回されるところから、急にアクション色が濃くなってくる。
 闘牛場に始まり、警察署前、カジノ、列車の中でのフレンチアクションは、現実的だがかなり過激で見応えがある。ただストーリー展開のほうは、ハチャメチャになり前後の脈絡が全くなくなってしまう。「ボスは用心深いので、はっきり見られたかどうか不明でも、目撃者である子供を消すのだ」と言いながら、警察署前でのド派手な銃撃戦などを繰り広げるという大矛盾には、ちょっとついていけないところがあった。

 そしてラストでオープニングの事故回想シーンの謎が明かされるのだが、散々アクションしまくった後ではそれほど驚きも起こらない。ふ~ん、今更ねえ。だからどうなのと言った感じであった。結局脚本のまずさと、アクションに力点を置き過ぎたためか、テーマがぼやけてしまい、中途半端な完成度を残したまま終わってしまった。それで『友よ、さらばと言おう』では、なにか茶化されたような気分になってしまうではないか。

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2014年8月27日 (水)

ソウォン/願い

★★★★

製作:2013年 韓国 上映時間:123分 監督:イ・ジュンイク

Negai
 2008年に韓国で発生した幼女暴行事件を題材とした社会派人間ドラマである。まずは痛々しい被害者を演じた子役の少女に拍手喝采を送りたい。
 またこの事件自体はドロドロとしているものの、心身をズタズタにされた少女とその家族が、必死になって数々苦痛を乗り越えてゆく姿には感動の涙が止まらなかった。
 また韓国映画にありがちな、不幸の上に不幸を塗りたくり、これでもかとしつこく追い打ちをかける展開にしなかったところも評価したい。もしそのような脚本にしていたら、この少女と家族たちが余りにも報われなさ過ぎて、観ているほうも製作者に怒りをぶつけていたに違いないからである。

 それにしても実際の判決は納得出来なかった。日本でも同じような法体系なのだろうか。スクリーンの中で傍聴人が「酒酔い運転は厳しく取り締まるのに、なぜこのような犯罪には甘いのか。」と叫んでいた言葉が忘れられない。
 少女の切ない証言は、犯人が否定する犯行を確定させたものの、逆に泥酔していたとの証言にも適用されてしまった。まだ心の傷が癒されていない被害者の少女を、無理やり法廷に呼び寄せて証言させたことが、結局やぶ蛇となってしまったのである。何と皮肉な結末であろうか。

 十数年後に、犯人が出所してきたとき、少女は20歳そこそこである。父親とのやり取りの中で、犯人が報復してやるような捨て台詞を吐いていたことが脳裏にこびり付いて離れない。一応ラストは平和に締めくくったように見えるが、これからずっと出所後の恐怖に怯え続けなくてはならないと思うと、実は恐ろしい映画だったのかもしれない。

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2014年8月22日 (金)

ゼロ・グラビティ

★★★★

製作:2013年 米国 上映時間:91分 監督:アルフォンソ・キュアロン

 登場人物はたった3人、だがそのうちの1人はすぐに死んでしまうので、まっとうな会話をしたのは2人と言ってもいい。それもそのはず、事故によって宇宙空間に放り出され、さらにスペースシャトルも大破、ヒューストンとの通信も途絶えてしまうのだから、登場人物などいるはずがないのだ。

 当然誰も助けに来てくれない、そして宇宙服に残された酸素はどんどん減ってゆく、そして必死の思いでやっと辿り着いた宇宙船も火災で燃え尽きてしまい、またまた暗黒の宇宙空間を彷徨うことになる。
 それにしても実にリアルな描写であり、一難去ってまた一難と、次から次へと危機が襲いかかって来て息つく暇が全くない。手に汗を握るというよりは、非常に疲れる映画だというべきだろうか。

 とにかくストーリーはゼロで、ヒロインの必死のサバイバル活劇だけが延々と続く。もちろん怪物や宇宙人が登場するわけでもなく、敵は人間が数秒も生きて行けない「宇宙空間」だけという超シンプルで現実的な描写だけに絞られる。だから上映時間がやや短めの91分というのも納得できてしまう。逆に言えばこれ以上引き延ばしたら観客が怒り出すに違いないからだ。

 昔なら大海原に小舟で漂流するという展開だが、それを宇宙空間にチェンジしたお蔭で、かなりの緊張感と極限状況を作り出すことに成功したのではなかろうか、またある意味で実験的な映画と言えなくもない。本作はかなり好き嫌いの評価がはっきりと分かれる作品だが、私自身はそれなりに高得点を与えたいと思う。

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2014年8月19日 (火)

トモダチごっこ

著者:ももち麗子

 少女マンガであるが、よくあるラブストーリーではなく、イジメがテーマのタイムスリップ・ストーリーなので、男性にも読み易いかもしれない。
 親の離婚が原因で、東京から引っ越すことになり、仙台の女子高に入学することになった村咲みどり。はじめはクラスの仲間たちと上手くいっていたのだが、イジメに遭っていた幼馴染の氏原あかりを助けたことにより、影のボスである伊集院エレナの反感を買ってしまうのである。そしてイジメの対象も、あかりからみどりへとターゲットが変わってゆく。

 みどりに対するイジメは、あかりの頃よりもずっと酷くなり、ロッカーに閉じ込められたまま階段から突き落とされたり、トイレで恥ずかしい写真を撮られたりと、どんどんエスカレートしてゆくのであった。
 とうとう耐え切れなくなったみどりは、校舎の屋上から飛び降り自殺をするのだが、その瞬間に一年前にタイムスリップしてしまうのである。最初は夢かと思っていたみどりであるが、持っていたケータイに記録されていた未来の日記を読んで、タイムスリップしたことを悟る。そして二度と同じことを繰り返さないと固く決意するのであった。

 過去の人生を繰り返すというタイムループ系のストーリーであるが、この作品では一年前の人生を一度だけ繰り返すという展開なので、何度も繰り返すことはない。一応過去での失敗を避けようと、過去とは別の行動をとるのだが、なかなかうまくいかない。それで最終的には実力行使に出てなんとか納まるのだが、それならなぜはじめからそうしなかったのだろうか。それとその後になぜエレナの報復がなかったのか。最後のまとめ方にはかなり違和感を感じざるを得なかった。
 またタイムスリップものとしての道具の使い方については、かなり勉強不足の感があるが、女子高でのイジメは迫力があったし、乙女心の描き方にも説得力があったと思う。やはり作者はSFマンガ家ではなく少女マンガ家なのだと改めて実感した次第である。

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2014年8月16日 (土)

STAND BY ME ドラえもん

★★★★

製作:2014年 日本 上映時間:95分 監督:八木竜一、山崎貴

Doraemon
 藤子・F・不二雄生誕80周年記念作品として製作され、シリーズ初の3DCGで『ドラえもん』を再構築した作品である。従ってかつての名作を繋ぎ合せているため、ストーリーにオリジナリティーが欠けているという批判もあるようだ。
 だが3DCGの映像は、まるで最近のディズニーアニメのように洗練されており、映画館の大スクリーンで観る価値は十分に高い。また見方を変えれば、つぎはぎなストーリーをよくここまでまとめて、大人の鑑賞にも耐えられ総括的な作品に創りあげたものだと評価しても良いだろう。さすが『ALWAYS 三丁目の夕日』の山崎貴氏が手がけた脚本である。

 ただSFとしての発想がかなり甘い。そもそものび太の結婚相手を替えるために、曾孫がドラえもんを現代に送り込んだということ自体があり得ない。つまり結婚相手が替われば、その曾孫は誕生しないわけで、タイムマシンで過去に来ることも出来ないはずだからである。
 また現代(と言っても昭和時代?)から15年後に街中空を飛ぶ乗り物だらけというのも飛躍し過ぎているではないか。せっかく大人にも楽しめる作品を目指したのだから、そのあたりの矛盾が起こらないような設定が必要だったのではないだろうか・・・。
 まあいずれにせよ、ドラえもんのアニメを観てこれほど泣けるとは思わなかった。映画が終わって、隣に座っていた小さな子が、「面白かったね」と親に話しかけているのを聞いて、やっぱり良い映画だったんだと感じざるを得なかったのも確かである。

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2014年8月13日 (水)

ママはレスリング・クイーン

★★★☆

製作:2013年 フランス 上映時間:97分 監督:ジャン=マルク・ルドニツキ

Mamapro
 スーパーのレジ係たちが、女子プロレスラーになるという、なさそうでありそうなお話である。これがアメリカ映画ではなく、フランス映画だというところが面白い。
 プロレスラーを目指す女性は4人。いずれも人生に行きづまった女性たちばかりである。だがプロレスラーになろうと職場の仲間たちに呼びかけたのは、シングルマザーのローズだった。彼女はある事件によって服役していたが、出所後に一人息子のミカエルに拒絶されてしまう。そこでプロレス好きのミカエルとの親子関係を修復するためにプロレスラーになることを決意するのである。

 4人の女性たちは、なかなか個性的であり、リングコスチュームや入場時のド派手なパフォーマンスはなかなか見応えがあった。ラストは誰にでも予想できる展開ではあるが、なかなか感動的で盛り上がったと思う。それにしてもおばさんたちの体を張った必死の演技と、ところどころにはりめぐされたフレンチギャグもなかなか楽しかったよね。

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2014年8月10日 (日)

サンシャイン♪歌声が響く街

★★★★

製作:2013年 英国 上映時間:100分 監督:デクスター・フレッチャー

Sunsun
 スコットランドの、とある田舎町の家族愛と人間模様を描いたハートウオーミングなミュージカル映画である。 主な登場人物はアフガン戦争から帰還した二人の兵士と、その父母と妹そして妹の友人の6人である。若者二人の恋の行方を探りながらも、実は結婚25年目の幸福な夫婦に突如巻き起こった危機を、さりげなくそして見事に描いている。

 ストーリーはどこにでもある単純な展開なのだが、ミュージカル仕立てなのでそれは全く気にならない。スコットランドの美しい夜景と素朴な音楽にもうっとりしたが、50代の夫婦を演じたピーター・ミュランとジェーン・ホロックスの二人にも好感を持ってしまった。またお約束通りとはいえ、ラストの大合唱もなかなか見応えがあったね。
 実は真昼間に、有楽町のヒューマントラストでこの映画を観たのだが、周りはおばさんたちで超満員だったのは言うまでもない。

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2014年8月 7日 (木)

All You Need Is Kill(小説)

著者:桜坂洋

 この舌を噛みそうな英語のタイトルは、1967年7月にビートルズが発表した15枚目のオリジナルである「All You Need Is Love」をもじっているのだろうか・・・。またストーリー構成や固有名詞のネーミングから、著者が元システムエンジニアで、コンピュータゲームオタクであることが、それとなく臭って来るようである。

 先日トム・クルーズ主演の映画を観て、なかなか面白かったので、原作本であるこの小説を読んでみることにした。原作ものの場合、通常は映画を観たあとに、よく分からなかったシーンや主人公の心象風景などを確認するために、原作の小説を読むというパターンが多いはずである。
 もちろん本作もその原則を踏襲するつもりで、先に買った小説はあえて伏せておき、映画を観た後で読んでみた訳である。ところが、近未来に起こる宇宙人との戦争を舞台に、時間のループにはまるうち、だんだん戦闘能力をアップさせてゆく主人公の成長と運命を描いた物語」という基本的なポリシー以外は、映画とはかなり異なるストーリーだった。

 原作の主人公はまだ20代であるが、映画のほうはトム・クルーズが主演のため、かなりの年齢差がある。そこでその年齢に会った役柄に変更して、脚本も大幅に書き直したらしい。しかしながら今回はその脚本変更が大正解で、映画のほうが原作を凌いで、大勝利を収めてしまったような気がする。
 というのも、小説を読んでもかなり読み辛い文章であること。最近の日本SFにありがちなカタカナ表記が多く、また注意して読まないと、誰が喋っているのかよく分からない会話が多用され過ぎているため、珍しく映画のほうが分かり易くなっているからである。

 さらには、なんと映画ではハッピーエンドだったのに、原作のほうはかなり悲壮感の漂う文学的な終わり方をしている。そして何といってもループの論理とそのシチュエーションが全く異質であり、小説のほうはよく読み込まないと理解出来ない難解さを伴っている。いずれにせよ、近年の日本SF小説は、年配のおじさんにはだんだん理解し難くなってしまったな・・・。

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2014年8月 4日 (月)

GODZILLA ゴジラ

★★★☆

製作:2014年 米国 上映時間:123分 監督:ギャレス・エドワーズ

Godzila
 ハリウッドでゴジラ映画を創ったのは初めてではない。1998年にローランド・エメリッヒ監督によって製作されているのだが、その造形が大トカゲのようで、日本のゴジラファンからは「こんなのはゴジラじゃない」という声が頻発され不評の洗礼を受けてしまった。しかし造形は異なったものの、パニック度や生物感の秀逸さには、さすがハリウッドのVFXと唸ってしまったものである。

 だが今回の作品については、少なくともその造形や動作については、かなり日本のゴジラに近づいており、前回文句を言っていた日本のゴジラファンの多くも一応は納得しているようだ。とは言っても、相変わらず迫力が足りないとか、水爆に対するメッセージが薄いとか、果てはゴジラの登場シーンが少ないと、思い込み風の文句を垂れている輩もいる。まあ個人の趣向の問題だから、いろいろな意見があっても良いと思うが、この作品は「日本のゴジラ」ではなく、「ハリウッドのGODZILLA」なのだということを忘れないで欲しい。

 ハリウッド映画の市場規模は日本の映画の何十倍もあり、それを観ている人の数は邦画を観ている人の数とは比べ物にならない。従って映画がエンターティンメントであり、かつより多くの興行収益を目標としている限り、一部の日本人観客の希望に沿えなくとも、その他全世界の絶対的多数に及ぶ観客たちの期待を裏切る訳にはゆかないのは自明の理であろう。従ってそれを念頭に置きながら、冷静な心持ちでこの映画のレヴューを書こうではないか。

 さて日本のゴジラ映画と言っても、そのテーマと内容は大きく三つに分類されるはずである。一つ目のグループはゴジラ自体の怖さを強調した「ホラー的パニック映画」であり、僅かに第1作目と第16作の2本だけで、ともにタイトルはシンプルに「ゴジラ」であった。
 二つ目のグループはゴジラが人類の味方になり、悪い怪獣を退治すると言う子供向けのシリーズである。これは青年期から成人期の私にとって、余りにも気恥ずかしくなる内容で、ゴジラ映画から遠ざかる原因となった作品群だ。
 三つ目は平成に入ってからのシリーズで、ゴジラの怖さを描きつつ他の怪獣やロボットとのプロレスバトルを繰り広げるもので、ある程度は大人の鑑賞に堪えられる創り方をしている。つまり二つ目のグループの作品を少年時代に観て、大人になった者たちを対象にしたような感があるのだ。

 このように日本のゴジラでも、その製作された時代や観客ターゲットによって、かなりその作風や造形まで異なっているのだから、ハリウッドが製作したゴジラ映画と日本のゴジラを比較して「こんなのはゴジラじゃない」と叫ぶ論評そのものが余り説得力がないと考える。
 今回のハリウッド製「GODZILLA ゴジラ」の良いところは、絶対に死ない全く生物感のない日本のゴジラと違って、結果的には死ななかったものの、もしかすると死ぬかもしれないと感じさせたし、その動きにも躍動感と生物感が漂っていたではないか。もちろん巨額の製作費をつぎ込んだダイナミックでリアルな映像と音響にも拍手を送りたい。これこそ私が求めていたゴジラ映画であり、本当は東宝にやってもらいたかったのだが、ハリウッドだからこそ実現できたのだろう。

 反面ゴジラとバトルを繰り広げた「怪獣ムートー」の造形がいまひとつ中途半端だった。いまだかつてないSF的な風貌には好感を持てるものの、やはりなんとなく重量感がなくチンケな感が拭い去れなかった。
 それにゴジラの登場理由がはっきりしないし、予定調和という言葉だけで、ゴジラが人類の味方のように描かれているのも説得力がなさ過ぎる。
 また渡辺謙が演じた芹沢博士の存在価値が低過ぎるのも気に入らない。極論すれば渡辺謙は「ゴジラ」と日本語で発音するシーンのためにだけ出演したようなものではないか。

 まあ良い面も悪い面もいろいろあるが、総じていえば怪獣映画としてはかなり頑張ったのではないだろうか。それにしても、前作が総製作費130万円という超低予算のB級怪獣映画だったにも拘わらず、今回は巨額製作費を投入したハリウッド映画を見事に創りあげたギャレス・エドワーズ監督には敬意を表したいものである。

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2014年8月 1日 (金)

ゴジラへの熱き思い

 ネットを通じて映画のレビューを書いている人達は、概ね50歳代以下であろうか・・・。従って1954年に製作された「ゴジラ第一作」を映画館で、生で観た人は余りいないはずである。映画と言うものはゴジラ映画に限らず、製作された時代にその時代を背中に感じながら、映画館のスクリーンで観なくては、本当の感動を味わえないはずである。

Gozira_2
 すでに伝説化してしまった感のある「ゴジラ第一作」であるが、何を隠そう私が生まれて初めて観た映画が、この「ゴジラ第一作」だったのである。まだ幼稚園児の頃に、祖母に連れられて当時まだ明大前の駅前にあった「明正館」でこの映画を観たのだが、余りのカルチャーショックのためか、60年経った今でもはっきりとその内容のほとんどが脳裏の底にこびりついている。

 子供だったせいもあるが、それ以上にそれまで観たこともない「高度な特撮技術」に翻弄されてしまったことも確かである。だから祖母に中に人間が入っているのだと聞いた時も、きっと何十人もの人々が肩車をして中に入っているのだと思い込んでいた。
 また荒隠しが可能で恐怖感を煽る映像を演出できるモノクロという応援もあった。それに前半はゴジラが登場するまでのイメージ創りに終始し、ゴジラの全身が登場するのは、後半に入ってからという盛り上げ方も巧かった。さらには当時問題になっていた米露の「水爆実験」に対する批判的なメッセージが込められているところも、単なる怪獣映画とは一味違っていたと言えるだろう。

 さてその後、何度も「ゴジラ映画」を観ることになるのだが、第二作の「ゴジラの逆襲」はアンギラスの造形が、巨大亀の子タワシの着ぐるみようで、子供ながらに失笑してしまう始末。これは多分、本来四つん這いの恐竜のはずなのに、人間のように足が長いのが目立ってしまったのが敗因であろう。お蔭でこのアンギラスと戦ったゴジラまでが陳腐な着ぐるみに見えたばかりでなく、街も自衛隊も全てがチンケな模型になってしまったのである。

 そしてその後のシリーズではウルトラマンよろしく、全てがゴジラVS○○という怪獣プロレスゴッコに成り下がり、ゴジラ自身も正義の怪獣になって顔付まで優しくなってしまうのだ。さらに赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』で当時流行った「シェー」や、加山雄三の「幸せだなー」をゴジラがやってしまう始末。もうこうなると青年期へと成長してきた私は、ゴジラシリーズを観る気力を喪失せざるを得なかった。

 そんな中、ゴジラシリーズも1975年の第15作「メカゴジラの逆襲」で一段落するのだが、1984年に突如9年間の沈黙を破って「平成ゴジラシリーズ」が開始されることになる。この再開した通算第16作目は怖いゴジラの復活であり、ゴジラとプロレスする怪獣も登場しなかったのだが、結局はその5年後に公開された「ゴジラvsビオランテ」から再びプロレスショウが始まってしまうのであった。
 それでまた私は、暫くの間ゴジラ映画から遠ざかることになる。結局私のイメージするゴジラは、幼年期に祖母と一緒に観たあの怖くて堪らなかった「ゴジラ第一作」がトラウマになっていて、どうしてもプロレスゴッコのゴジラは受け入れられなかったのかもしれない。

 またゴジラがいつも不死身で、どんな攻撃を受けても平気の平左というところが現実離れし過ぎて退屈感を引き起こしてしまう。どう考えても火山の中に落ちても死なないと言うのは、もう生物ではなく幻覚であるとか、悪魔であるとかしか考えられない。
 あの第一作のゴジラでさえ強すぎると思うのだが、最後にはオキシジェン・デストロイヤーで骨だけになったではないか。つまり死ななくなった時点で、もう本物のゴジラは消失してしまったのである。

(現在上映中のハリウッド版「GODZILLA ゴジラ」については、次回レヴュー予定である)

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