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2006年10月の記事

2006年10月31日 (火)

通勤地獄 座りたがる青少年

 最近の若者はすぐに座りたがります。椅子がなくとも平気で地ベたにべったりと座るので、『ジべタリアン』と呼ばれていますね。パンツ丸見えで座っているありがたい?女子校生もいます。

Scan10039  いずれにしてもコンビニ、レトルト、ファーストフードの影響で、基礎体力がないからすぐ座りたがるでしょう。
彼等は余り長生きしないみたいですよ。50才位でバタバタ死ぬかもしれないと、ある学者さんが説明してましたね。
 ただ医学は発達してくるから寝たきりがふえるかも・・・両親が息子を介護する未来が見え隠れしてます。
 また僕等の世代も半分は足をつっこんでいるので、同じくそう長生きは出来ないでしょう。今一番元気で幸せなのは、現在60後半から70代の人達ですね。戦争体験なし、高度成長時代の美味しい部分を全部享受してますからね・・・

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2006年10月28日 (土)

キンキーブーツ

★★★★

 暗くなって川崎駅の改札を出ると、人の流れは全て右側に曲がっていた。そう右側の東口には、バスターミナルを始め、繁華街、映画館、地上・地下に百貨店やショッピングモールがひしめいているからである。そのうえ京急川崎駅やヨドバシカメラまであるのだ。
 これに対して反対側の西口には、もともと工場などが立地していたため、まともな都市機能が存在していなかった。これでは全く勝負にならないよね。
 という状況だったのは先月迄で、・・今は改札を出た途端に、人の流れは左右に大きくうねりをあげて分岐してしまったのだ。
 そう西口には、改札口と直結した巨大なエンターティンメントプレイス、『ラゾーナ川崎』が突如として出現したからである。

Kc240150 Kc240151

 この建物は、駅と結がっている2階から上が、巨大な吹き抜けのドームになっている。その中にはショッピングモールや飲食店、シネコンが入っている。さらにはビックカメラや丸善まで入っていて、東口同様の施設を集約している感じだ。そしてなによりも新しく綺麗で、夜は幻想的な雰囲気が漂っている。
 川崎の東口に出るには、長いエスカレーターで一階まで下る必要があり、これが結構苦痛だった。その点この西口のラゾーナは、改札を出て左に曲がると0分である。これは楽チン、まるで駅の中にいるようだ。
 これは凄い!首都圏の新名所が、またひとつ増えたと言ってよいだろう。これからの川崎は目が離せない。東口と西口の熾烈なバトルは、まだゴングが打ち鳴らされたばかりである。
 なんだかラゾーナ川崎の宣伝マンになってしまったが、実はここにある『109シネマズ川崎』が、今日のターゲットなのである。
 ここは東急系のシネコンで、このビルの5階に10スクリ一ンが、まるで迷路のように配置されている。まだ出来たてのホヤホヤなので、綺麗だし空いているのが嬉しいね。
 
 周辺事情に振り回わされて、肝腎の映画レビューがなかなか始められない。いい加減にしろと、叱られそうだね。

      Scan10145

 さてこの映画の妙なタイトルは、一体何なのかと思う人も多いだろう。『キンキー』とは変態とか、性倒錯という意味らしい。簡単にいえば、ゲイの人達が履くハデなブーツということなのだ。
 ジョエル・エドガートン扮する主人公チャーリーは、伝統ある手作り靴工場の後継ぎである。偉大な父が残したのは、なんと借金と在庫の山であり、しかも工場迄手放そうとしていたという。
 チャーリーはショックを受けるが、工場を復活させるため、それまでのオーソドックス市場を捨て、ニッチ市場に目を向けることにした。なんと新製品は、男の体重にも耐えうる、ゲイ専用のセクシーブーツだったのである。
 タイトルは奇抜だが、ストーリー展開は、教科書通りの起承転結を絵にしたような素直な流れで、簡単に先読み出来てしまう。だがこれが良いのだ。ゆったりとした気分でストーリーを追い、「やっぱりね」と安心して観れるからストレスが溜まらない。だからとても心が癒されるのである。
 この物語の主役はもうー人いる。キウェテル・イジョフォー演ずる、ゲイの「ローラ」である。彼女いや彼は、気は優しくて力持ち。靴工場のドンとの腕相撲シーンは、この映画のハイライトである。
 もちろんラストシーンは、最高の見せ場であり、「キンキーブーツ」もやっと日の目を見ることになるのだ。
 この作品は実話を素に作られたという。涙あり笑いあり、役者も音楽も良い。そしてハラハラ・ドキドキも揃っている、全てお約束通りの精密な作品である。ただ難点を言えば、あの我がまま女房の存在と、お色気が不足していたことかな。
 しかしながら、これぞイギリス映画という感じの、心温まる素敵な作品なので、決して観て損はないだろう。

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2006年10月24日 (火)

UFO少年アブドラジャン

★★★☆

 ウズベキスタンは19世紀にロシア帝国に征服されたが、1991年のソ連崩壊によって独立している。古くは『シルクロード』の中継地として栄えてきた中央アジアであり、ウズベク人を中心とした多民族で構成されている。
 また地下資源が豊富で、金、銀、銅、石油、天然ガスと、まるで天然資源の宝庫のような国である。ロシアが狙ったのも当然かもしれないね。

UFO少年アブドラジャン DVD UFO少年アブドラジャン

販売元:キングレコード
発売日:2002/05/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 さらに綿花は世界第2位であり、陶器類にもすぐれたものがあるようだ。余り知られていないが、ワイン造りは数千年前から行っており、フランスやイタリアより長い歴史を持っているのだ。
 ところが映画事情のほうは、全くお寒い状況である。どちらかというと、TVやビデオのほうが人気があり、映画館はガラガラのようである。
 従ってウズベキスタン製の映画となると、年間5~6本程度しか製作されていないようだ。
 そんな状況の中で作られた、この『UFO少年アブドラジャン』を日本で観られること自体、奇跡に近いものだといえよう。そういう貴重な作品なのだと思うと、なんだか正座して観なくてはならない感じだね。
 さてこの映画のオープニングは、「偉大な監督S・スピルバーグ様」で始まるのだが、この作品が明らかに『E・T』のオマージュであることを宣言しているかのようだ。
 物語は村の集会所で、村人たちが議長に表彰されているシーンから始まる。その表彰のあとで、モスクワから届いた重要な電報を、議長が読み上げるのだ。
 その内容は、UFOが村に向かって接近中であり、異星人の特徴は身長が70~80cmで、腕が長く、頭髪なし、目が赤く耳が非常に大きい。ということだった。
 これでは全くE・Tそのものじゃないか!と思ったが、・・その後墜落したUFOから這い出て来たのは、なんと金髪の可愛い少年だった。
 少年は認識番号しか持っていなかったので、発見者のバザルバイは、少年に祖父の名前である『アブドラジャン』を命名してしまうのだ。
 ところがこの様子を遠くから見ていたバザルバイの妻ホリーダは、てっきり夫がロシア女と浮気して、作った子供だと勘違いし、親戚中に言いふらしてしまう。
 バザルバイは一族郎党に嫌味を言われるが、ホリーダの大らかさもあり、いつの間にか誤解は氷解してゆく。
 やがてアブドラジャンは、超能力を発揮し始める。雨を降らせたり、巨大な野菜を造ったり、にわとりに機関銃のように卵を生み続けさせたりと・・・村に珍現象が続々と起こり始めるのだった。
 そしてついには、『空飛ぶ鍬』まで出現し、村人たちの自家用車になってしまうのだ。いくらなんでも、これには誰もが吹き出してしまうだろうね。
 荒唐無稽な映画だが、面白おかしい中に、ほのぼのとした暖かいものを感じる。村には悪者が一人もなく、皆んな善人ばかりだからであろうか。
 初めはちょっぴり恐ろしかったホリーダも、とても良い人で情の深いおばさんなのだ。ウズべキスタンの人々は、きっと漂々と穏やかで、真面目で心優しい人が多いのだろう。
 さてこの映画はコミカルながらも、一応SF作品である。それにしては、特撮技術は酷いものである。UFOなどは、土鍋をひっくり返して糸で吊しているとしか見えなかった。
 ははは、まるで半世紀前の三流映画並である。しかし貧しいお国柄と、映画の普及度から考えれば致し方ないであろう。この映画に限っては、これもご愛嬌なのである。
 そのくせ、本物の戦車や戦闘機がバシバシ出てくるのだ。これはさすがに、国営映画の面目躍如といったところだ。
 そして主役のアブドラ少年は、無表情だが本当に可愛い。バザルバイのことをパパと、ホリーダのことをママと呼ぶのだ。そしてホリーダが病気になると、本気で泣き出してしまうのだから、ホッペにチュッしたくなる。
 ラストシーンで、タ焼け空にUFOが、プカリプカリと飛んでゆく映像が、実にのどかである。そしてちょっぴり切なく、とても癒される楽しい映画であった。

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2006年10月22日 (日)

地下鉄(メトロ)に乗って 映画

★★★☆

 ご存知、浅田次郎の同名小説を、映画化した作品である。原作ものを映画化すると、原作を読んだ人達は、どうしてもつっこみを入れたくなるようだ。しかし商業ベースの映画には、いろいろと制約があり、原作を舐めるように再現することは不可能である。また映画は単に原作の映像化ではなく、映画としての持ち味を発揮することが本分なのだから、原作をアレンジしても仕方がないだろう。
 そのことを念頭に置いて、この映画のレビューを書きたいと思う。

Scan10143  傍若無人な父親と絶縁した主人公長谷部真次は、地下鉄で過去にタイムスリップしてしまい、そこで若かりし日の兄と父に逢う。またなぜか、会社の同僚で愛人の「軽部みち子」も、一緒にタイムスリップするのであった。
 父母が若かったとき、彼等は一体何を考え、どういう生活をしていたのだろうか。話には聞いていても、実際に自分の目で確かめたいと、誰でも一度は考えるだろう。
 この作品はタイムスリップという手法を使っているものの、決してSFではなく「父と息子」の間に横たわる永遠のテーマを投げかけているのだ。

 僕の場合は、既に小説を読んでいるので、『三丁目のタ日』のように懐かしき昭和時代の映像に期待していた。ところが新中野の駅前はオート三輪と、オデオン座の建物以外には、余り懐かしさを感じなかったね。また闇市にも、新宿のイメージが湧いてこなかった。この辺りに製作費の貧弱さを感じてしまった。
 あとキャストについて、小沼佐吉の若かりし日は、大沢たかおではなく、別の俳優が演じるベきだった。大沢たかおでは、余りにも年令が乖離し過ぎているし、映画を観ている人にすぐに父親であるネタがバレてしまうじゃないか。
 それと吉行和子の母役も何かピンとこなかった。ちょっとイメージが違うんだね。八干草薫あたりのほうが適役だと思う。
 また終盤のみち子とお時の『階段事件』のあと、真次が現在に戻って会社に行ったときの女性事務員が若過ぎるのだ。よく見ていないと、みち子なのかと勘違いする人もいるかもしれない。あそこは、みち子とは全然別の人と判るようなオバさんのほうが良いだろう。
 それから社長に一言「みち子って一体誰のこと?」ぐらい言わせないとだめだね。小説を読んでいる人ならば事情が判るが、初めてこの作品に触れた人や、時間パラドックスを知らない人には、パラレルワールドの世界を認識出来ないだろう。
 このあたりに、この監督の限界を感じたね。またお時やみち子の描き方も足りないが、これは上映時間という制限もあるので、ここで言及するのはやめよう。
 あと、このタイトルに係る重要なことで、兄が地下鉄で自殺するというシーンが、トラック事故に変更されてしまった。しかしこれは、多分東京メトロ側が拒否したのだろう。東京メトロの協力なしには、この映画は完成しなかったことを考えると、これは仕方がないだろう。
 一方俳優さん達は、全員が役にはまり込んで素晴らしかったね。大沢たかおが絶賛されているが、むしろ淡々とした役柄を巧く表現した堤真一を誉めたい。またみち子を演じた岡本綾の、可愛らしさの中にかい間見る、憂の漂う表情が実に良かったね。
 またオープニングとラストシーンに顔を出す、田中泯の強烈な存在感ある演技にもしびれてしまった。あと言い忘れたが、音楽は非常に効果的で素晴らしかったと思う。

 さてと、父と息子をテーマにした作品は数知れないが、その多くが相反する父子感情を描いているよね。なぜこうも父と息子は反目しあうのだろうか。
 実は父と息子は、親子である以前に「ライバル」同士なのではなかろうか。それに時代背景の違いを、お互いが理解しようとしないのも食い違いの原因なのだろう。
 僕の父は長男で、少年の頃から貧しい家を支えてきた。そして大平洋戦争に行き、戦後も胃ガンの発病を無視して無理な労働を重ね、42才で鬼籍に入ってしまった。
 一方、子供の頃から働くことが嫌いで、いつも家業から逃げ回っていた僕は、同じ長男であっても、父とは月とスッポンほどの違いであった。
 だから父にはよく怒鳴られたし、思い切り殴られたものだ。当然そんな父の印象は、ただただ怖い人ということだけだった。しかし若くして父が忙くなったとき、一番悲しんだのは、意外にも僕だったのだ。
 父が亡くなって、今年で42年経ってしまった。もしも今、父が生きていたら、介護で大変かもしれない。しかし一度でいいから、酒の好きだった父と二人で、一献傾けたかったと思う秋の夕暮れである・・・。

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2006年10月20日 (金)

SAW ソウ 

★★★☆

 レンタル店で間違えたのだろうか、『SAW』のパッケージの中に、『ソウ2』の中味が入ったまま借りてしまった。
 実は『SAW』を観て面白かったら、続編の『ソウ2』を借りてみようと考えていたのだ。しかし続編から観るわけにはゆかないので、再度レンタル店へ行き、『SAW』のほうも借りざるを得なかった。それで一挙に2作連続して観る羽目になってしまったのである。

ソウ―SAW Book ソウ―SAW

著者:ジェームズ ワン,リー ワネル,行川 渉
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 大体人気作の続編は、スケールだけ大きくなって、味のない内容になりがちだが、本作においては、その心配は全く無用だった。
 1作目はスリラーで、2作目はどちらかというとアクションミステリー仕立てである。『エイリアン』と『エイリアン2』の関係に似ているよね。また密室とパズルと殺人の仕掛けという点では、『キューブ』と全く同じ展開だ。
 『SAW』も『ソウ2』もゲーム世界そのものであり、ともに奇抜な「どんでん返し」が用意されている。犯人の通称『ジグソー』の如く、よくも次々にパズルチックなアイデアが湧くものだと感心してしまう。
 しかしあれだけ大掛りな仕掛けを、どうやればあの年寄り1人で作れるのだろうか。それがこの映画を、全く現実感のない作品にしてしまったな・・。
 それから、余りにも残酷シーンが多過ぎるのは、いかがなものか。これを観て真似をする者が現われるかもしれない。そう考えるだけでゾッとするよ。たとえ18禁にしても、こんな残酷シーンの上映には反対だな。
 さらにこの映画は、『ソウ3』へと続くらしいね。

そして『13日の金曜日』や『エルムの悪夢』 のように、シリーズ化してしまうのだろうか・・。
 治安維持と世界平和のために、もうこの2巻だけで終わりにして欲しいね。

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2006年10月19日 (木)

通勤地獄 座れない場合の対策

 去年『通勤電車で座る技術』という本を、書店で見かけたときは「やられた」と思った。実は僕も似たような企画を考えていたからだ。
 この本は著者のメルマガが発端となり、出版の運びになったらしい。そのことが僕を刺激して、『ケントのたそがれ劇場』の立ち上げのきっかけとなったのである。従ってこの本には、感謝・感謝なのだ。

     Scan10139_1

 この本に書いてあることは、通勤電車に乗っているサラリーマンの多くが感じていることである。それを事細かに理論展開して、楽しい読み物に仕上げている。
 だから「座る技術本」というより、「そうそうそうなんだよね!」という連帯感によってヒットした「面白読本」なんだよね。
 さて、本の紹介に夢中になってしまったが、ここでこの本のレビューをするつもりはない。それより実用的に『通勤電車で座れなかった場合の対策』を考えたいね。
 朝の通勤で、立ったままイライラと無駄に長時間を過ごした日は、一日中不調なまま終わってしまう。だから朝は必ず座りたい。そう思って早く降りそうな人を探して、その前に陣取るのだが、長年の勘が当たらない時もあるのだ。その時はさらにイライラが募り、どっと疲れてもう仕事をする気にはならない。
 こうした事態を避けるためには、座れなかった場合の対策も立てておかねばならぬであろうの。
 と言っても大部分の人々は、自分なりの対処法を実行しているよね。例えばウォークマンで音楽を聞いたり、英語のヒアリング訓練をしたり、新聞や雑誌を読んだり、最近はケータイメールやゲームをやったりと、様々である。
 従ってこの手のたぐいを一々書く必要はないよね。そこで僕流の対策をお知らせするつもりである。
 まず一応座るための研究と努力はしようね。ただ期待するのはやめよう。それから電車の混み具合によっても、おのずから対策も変わってくるよね。
やっと電車に乗れるという状況
 これが一番避けたい状況だが、どうしても急ぐ場合にはやむを得ないであろう。とにかく身動き出来ないのだから、やれることは限られる。ウォークマン以外でヒマつぶしが出来るのは、吊広告を見るぐらいだが、位置によってはそれさえ見えないし、大した時間稼ぎは望めない。
 僕はこんなとき、背伸びの運動と指折り運動をする。つまり、カカトを上げたり下げたり、それから数を数えるように、手の指を何度も繰り返し折ったり、開いたりするのである。
 それから首の運動。但し首は後にだけは曲げないほうが良い。あとは顔面体操。何でもいいから、言いたいことを声を出さずに、大きく口を開いてしゃべってみよう。もちろん、サイレントで歌を歌うのも同様である。
 これを毎日30分も続ければ、だいぶ余計なカロリーも減るし、顔も引き締まってくるのではないだろうか。
 くれぐれも近くにいる女性にいたずらしようなどと考えないこと。というより、絶対女性の近くにはいかないほうがいい。(笑)
中央の吊皮や、隅っこの支柱のそば位には行けるという状況
 この場合は身体を支えるものがあるので、もう少し対策方法が増えてくる。上記で述ベた体操に、新たなるバリエーションを追加出来ることになる。
 吊皮などに片手でつかまり、片足立ちをすることが出来るよね。およそ30秒ごとに左右の足を入れかえると効果的である。これは膝の強化に繋がるので、膝が痛い人にはおすすめだよ。
 僕も階段を下りることが出来ないほど痛かった膝が、この運動を繰り返して完治してしまったのだ。他人に薦めたら、やはり治ったと言って感謝されたのである。
 あとJRに叱られるので、全体重はかけられないが、背の高い中央つり革に手を伸ばして、背筋をピンと伸ばすのもいいよね。
 体操ばかりを書いてしまったが、出来ればウォークマンでソフトロックを聞きながら、足で小さくリズムをとると飽きないし、まるでダンスを踊っているようで心地よい。
網棚の前に立てる状況
 この状況になればしめたものである。まず荷物が置けるし、前後左右にも余裕が出る。もう体操だけではなく、本や新聞も読めるし、ケータイやゲームも出来るよね。もちろん体操のバリエーションもさらに増えるが、もうその紹介はやめておこう。
 僕の場合はPDAが大活躍である。これでブログの記事の90%は書けるからだ。
 僕のカバンには、いつもPDAとマンガと書籍とケータイとPSPが入っている。そのときの体調や気分によってどれを使うかを決めるからだ。
 とくにPDAを使って文章を書いていると、一時間が10分位にしか感じられないから不思議だ。

 そして帰りの電車ともなれば、酔っ払いやオバさん達の話にも聞き耳を立てているし、若者のファッションや髪型も観察している。
 さらには車内の全ての風景から、デザイン、絵、写真、言葉などを拾って、ブログや絵手紙のマテリアルにすることも忘れない。
 だから僕にとっては、2時間弱の長時間通勤も、さほど苦にならないのだ。それどころか、この動く書斎がなければブログ運営もままならないかもしれない。
 ところで、いくら年を重ねても、朝が弱い僕にとって、眠くて眠くて死にそうなのも事実なのだ。次は立ったまま眠る技術を身に付けようかな。
 
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2006年10月15日 (日)

かもめ食堂

★★★★

 フィンランドは国の3分の1が北極圏に位置し、「オーロラ」や「白夜」で有名ですね。そして観光客の大半が日本人だという。
 その首都へルシンキの街角に、開店した日本人サチエさんの食堂。それが『かもめ食堂』なのです。

かもめ食堂 DVD かもめ食堂

販売元:バップ
発売日:2006/09/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 そうレストランではなく、あえて食堂と名乗るのは、日本の家庭料理やおにぎりをメインメニューにしているからなのでしょうか。
 ところがオープンから3ヵ月経過しても、この食堂には誰もお客が来ません。それでもサチエさんは、いつか必ず客が入って来ると信じて、店でじっとお客さまを待つのです。
 へルシンキの街並は、とても清楚でゆったりと時間が流れているようでした。そしてフィンランドの人々は、よく食べてよく太っていますね。やはり寒冷地で生き抜くための必然性なのでしょうか。
 この映画を観ていたら、シャケの塩焼きとおにぎりが食ベたくなりました。そして美味しいコーヒーも・・・。
 淡々とゆったりと時間は過ぎてゆき、ひょんな出会いから、ミドリ、マサコという日本人女性も食堂を手伝うことになるのです。そして現地のフィンランド人たちとも、だんだん交流を深めてゆくのでした。
 初めは誰も寄りつかなかった食堂でしたが、日本人スタッフが3人になる頃には、とうとう満員になってしまうのです。
 サチエを演じた小林聡美の、流暢なフィンランド語と、合気道、そして手際良い料理作りは見事でしたね。その他の出演者も個性的な人が多かったせいか、舞台が狭く、大きな見せ場もないのに、全く退屈しません。
 久々にセンスの良い、上質の癒し系映画を観た気がしました。

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2006年10月12日 (木)

通勤地獄 網棚へのカバンの置きかた

混んでいる車内での、網棚(正確にはスチール棚だが…)へのカバンの置きかたひとつで、その人の性格が丸見えである。

Kc240137_2

 混んでいるのだから、網棚へカバンや荷物を置きたい人も大勢いることは確かであろうの。
網棚のスペ一スも限られているのだ。なるべく大勢の人が利用出来る様に配慮するのが常識人である。
まず一番心優しい人は力バンを立てて、縦に置くだろう。次にカバンを寝かせて縦に置く人。立てにくいカバンもあるのでしかたないだろうね。まぁこゝまでは常識的な人間のすることなのだ。
 ところがカバンを横に寝かせて置く人。確かに自分にとっては、カバンの柄の部分が自分のほうを向いているので、取り出し易いかもしれない。しかし自分だけしか乗っていない電車ではなく、満員電車であることを忘れているよね。ささいなことだけど、こんな人こそ他人のことなど全く無視した、自己中心的な人なのではないかと、確信してしまう秋の満員電車であった。

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2006年10月 9日 (月)

レディ・イン・ザ・ウォーター

★★★

 現代の生活の中に、お伽噺を同居させたM・ナイト・シャマラン監督の野心作だが、ネットでの評判は極めて悪い。
 それで大評判の『フラガール』のほうを観るつもりだった。ところが劇場は大入り満員で、立ち観だという。いまどき立ち観なんて超レアな状况じゃないか。

Scan10138  数年前に武蔵野館で、『純愛中毒』という韓国映画を立ち観したことがあるが、腰が痛くなり映画どころじゃなかった経験がある。
 それで『フラガール』は諦めて、隣のミラノ座で上映していたこの映画を、観る羽目になったのである。ところが1064席ある日本一の大劇場ミラノ座は、100人程度の入りで、土曜日にも拘わらずガラガラであった。
 一方の『フラガール』を上映しているシネマスクエア東急は、わずか224席程度のマイナーな映画館なのだ。そしてこれが同じ東急系列なのである。
 だったら上映作品を入れ替えればいいじゃんか!と誰でも思うはずである。何故そんな簡単なことを実行しないのだろうか。東急トップの経営能力のなさと、映画知らずに飽きれてしまった。
 さてさて余計な話が長くなってしまったが、この作品の評価のほうは、ネットで糞味噌に言われているほど酷くはない・・。そして水の精を演じたブライス・ダラス・ハワードも、神秘的な役柄を見事に演じていたと思う。ただテーマがお伽噺という割には、スケールが小さ過ぎるよね。
 村の怪物をテーマにした同監督の『ヴィレッジ』のほうは、心理描写も巧みだったし、ラストにどん伝返しも用意されていた。
 ところがこの作品は、水の精がマンションのプールを通して人間界に舞い降りるのだが、何の目的で来たのかも良く判らず、ただ狼のような怪物に追われるばかりなのだ。
 そしてTVゲームのRPGよろしく、守護者、治癒者、記号論者、職人などが登場するのだが、余りにもストレート過ぎて捻りがない。
 一体どんな観客を想定したのだろうか、と首を傾げたくなる。ファンタジー、スリラー、ミステリーと、どのジャンルにおいても中途半端なのである。もしかすると、お子様向けの寝物語なのかもしれないね。

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2006年10月 8日 (日)

鬼虫

 背景は平安時代、舞台は全員が半裸またはスッポンポンで暮す鬼島と呼ばれる小さな島。このマンガは、その鬼島で暮す人々と島に漂流した“都の女マナメ“とのいさかいを描いている。
 女達の裸が、この時代の日本人とは全くかけ離れ、肉感たっぷりのアマゾネスばかりなのである。とてもエロっぽくとゾクゾクするが、同時になにか違和感を感じるのだ。

鬼虫 5 (5) Book 鬼虫 5 (5)

著者:柏木 ハルコ
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ストーリーのほうは単調で、都の女に死んだ姉の姿を重ね合わせるアマゾネスのトラゴ。そして彼女は村長の意見に逆らって、マナメを頑固にかばい続ける。だがマナメは、そのトラゴの好意をアダで返し始めるのだ。それでもトラゴは懲りずにマナメに奉仕してしまう・・・。
 いくら姉に似ているからと言って、仲間を裏切り命がけで彼女をかばうトラゴに、イライラが募ってくるのだ。
 またマナメのしたたかさ執念深さに、現代の都会人の姿がオーバーラップするはずである。
 結局これだけのテーマで、かつ舞台も狭い鬼島の中だけなのだが、不思議と飽きることがないのだ。たぶんイライラを早く解消させたいという願望だけで、全5巻をズルズルと読んでしまったのであろう。

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2006年10月 7日 (土)

もしも昨日が選べたら

★★★★

 『クリック』という原題もつまらないが、この邦題もちょいと誤解を招き易いタイトルだ。つまり何度も昨日をやり直す『ターン』あるいは、『恋はデジャヴ』のようなストーリー展開なのかと勘違いしてしまうからだ。

Moshi  この映画の流れは、仕事と家庭サービスの板挟みになったアダム・サンドラーが、ひょんなことから『人生万能リモコン』を手に入れ、人生を操るつもりが、実は操られてしまうという仕組みなのだ。
 この『人生万能リモコン』は、リモコンを向けた先が、TVであろうがガレージであろうが、はたまた動物でも人間でも何に対しても効力を発揮するのである。
 例えば、犬の声がうるさければ、リモコンを犬に向けて、"消音ボタン″を押せば犬の泣き声が聞こえなくなる。また面倒な事態が生じたら、"早送りボタン"を押せば、猛スピードで面倒な事態がスッ跳んで行くのだ。
 さらにはリモコンを自分に向けて"巻戻しボタン"を押せば、過去に戻る事も出来る。まるでドラエモンの“ポケットタイムマシン”である。
 ただし未来には行けるものの、過去に戻るほうは、過去の映像を観ることしか出来ない。だからタイトルのように、昨日を選ぶ事は出来ないし、やり直しも利かないのだ。
 これがこの映画の最大のポイントになるのだから、冒頭で邦題のつけ方がおかしいと言ったのである。
 まぁ・・だからといって、この映画がつまらないわけではない。どちらかと言えば、かなり面白い映画だし、リモコンのアイデアも見事である。
 また前半はコメディで、中盤のリモコンを使いまくる派手なシーンは、ジムキャリーの『マスク』を髣髴させられるだろう。そして後半はややシリアスタッチに変って、かなり泣かされる事になる。涙あり笑いあり、多彩な音楽にアクションとスピード感も満点と、まさにエンターティンメントの王道のような映画なのだ。
 そしてエンディングクレジットを観ながら、誰しもが主人公の人生を、自分の人生に重ね合わせ、しみじみとした気分になることだろうね。
 難を言えば、余りにも大味でご都合主義のアメリカンタッチである事と、家族全員が皆良い人ばかりなのが鼻につくかもしれない。

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2006年10月 1日 (日)

イルマーレ (米国版)

★★★☆

 この映画は、2000年製作の韓国オリジナル版を米国でリメイクしたものである。『イルマーレ』とは、イタリア語で”海”のことらしい。だからオリジナルでは、あの家は海辺に建っていた。
 ところが米国版では、湖畔の家に変わっていたのである。従って『イル・マーレ』は邦題で、原題は『The Lake House』となっていたのである。

Scan10137  テーマは“2年の時空を超えた文通恋愛“ということで一致しているが、バックボーンの設定には、かなり変更が加えられていた。
 まず主役の二人だが、米国版はご存知『スピード』コンビの、キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックであるが、オリジナルはイ・ジョンジェとチョン・ジヒョンという一回り以上若いコンビでなのである。
 ここでは若い二人が演じるオリジナルに、軍盃をあげたい。やはり“時空を超えた文通“などというは、当然純情な若者同士のほうが似合うからだ。
 それでもあえてキアヌとサンドラを起用したのは、リメイクという名に対するヒガミだろうか。それで『スピード』以来の大物俳優コンビが、客寄せパンダに指名されたのかもしれない。
 それから家の前に建つ時空を超えるポストだが、オリジナルではロマンチックなデザインでやや大きめのポストだったのに、米国版は何の変哲もない古ぼけた小さなポストなのだ。このポストこそ、この作品の本当の主役なのであるから、もう少し夢のあるデザインに出来なかったのだろうか。こんなところに、この監督のデリカシーのなさが顔を出してしまうのだ。
 あと家のデザインもオリジナルのほうが良かった気がするが、これは好みの問題かもしれないし、オリジナルの家は少しキンキラキンかもしれない。
 米国版がオリジナルに劣るようなことばかり書いてしまったが、やはり街の風景や音楽、そして全搬的な映像の美しさは、米国版のほうが断然素敵である。そして大人の味がする。だからデートで観るなら米国版のほうが、絶対に盛り上がるだろうな・・・。

 恋する二人はポストでは繋がっているものの、文通が始まった時、キアヌが2004年、サンドラが2006年に住んでいるのだ。そしてスクリーンは2004年と2006年を行ったり来たりする。だからこの物語の流れを多少理解していないと、何が何やら判らなくなるかもしれないね。
 またオリジナルとの比較になってしまうが、オリジナルは2年の時空のズレによる悲恋を描き、全搬的に切なくリリ力ルロマンスの香りがする。そして二人はなかなか巡り逢いの扉を開くことが出来ない。
 一方の米国版は、あっさりと巡り逢ってしまい、彼女の居場所まで判ってしまうのだから、なぜすぐにアタックしなかったのかの疑問が残る。そして時空の違いに苦悩することも少なく、簡単に結ばれてしまったような気がするんだね。これは国民性の違いだと思うが、同じアジア民族としては韓国の感性のほうに同調してしまうのだ。

 あと二人とも恋人らしき異性がいるのだが、どういう関係なのだろうか。また彼等の存在そのものに何か意味があったのだろうか。
 最後にタイムトラべルものに必ずつきまとう”タイムパラドックス”について・・・。ラストのドンデン返しには、エンドレスのグルグル回わりのタイムパラドックスが生じているが、難しく考えずにパラレルワールドの世界なのだと片付けてしまおう。
 但しオリジナルのほうは、パラレルワールドではなく、“リプレイ”なのだろうね。

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