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2006年4月 1日 (土)

理由

 さすが直木賞受賞作である。宮部流の情報収集力は、いつもながらと感心するが、本作品はそれに加えて複雑な人間関係を見事に収束している。それはいくつかの河の流れが、次々と本流に引き込まれ、ついには大海の渦潮に吸い込まれるが如くであった。
 ストーリーは、「高級マンション家族全員殺戮事件」の犯人らしき人物が発見されるところから始まる。そして殺害された人々や、犯人及びその周辺の人々の家族関係を克明に描いてゆく。

理由 Book 理由

著者:宮部 みゆき
販売元:新潮社
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 また文体のほうも、事件の全貌を知っている記者が、事件の細部にわたってまとめたレポートを、再度一つ一つ丁寧に検証してゆく・・・というようなスタイルをとっている。従って、ところどころで、インタビュー形式の会話が織り込まれるというような、新趣向に最初は多少戸惑ったが、慣れるとなかなか面白い手法だと思った。
 さてここまでの紹介文を読めば、誰でもこの作品が社会派ミステリー小説であることは、すぐに察視がつくだろう。ただし「犯人探し」や、「犯行の動機」については、途中でほぼ見当がつくので、ラストでの種明かしには、さほど驚かない人が多いかもしれない。
 ところがこの作品は単なるミステリーではなく、マンション殺人事件を源流として、そこに関わるいろいろな家族の心情を描き、「家族とは一体何だろう」という命題について、強烈なメッセージを送っているのである。
 また家族の中でも、殊に「親子」の関係について深くメスを入れている。親がいるから自分もいるのだが、私も青春時代に「生まれたくて、生まれた訳ではない、何故生んだんだ!」などと馬鹿なことを言って母を悲しませたことがあった。
 小さなときは父母の存在が全てであるが、ある程度一人立ち出来るようになると、口うるさい親が段々疎ましくなってくるのは、世の習いなのだろうか。だからと言って一人で暮らすのは、淋しいし不経済である。ましてや最近の子供達は、一人一部屋を与えられ、TVやケータイなどの小道具も所持し、ある程度の自由を既に手に入れてしまっている。
 また親のほうの立場からしても、自分自身の自由だけのために、家族を捨てて家を出るわけにはゆかない。それは会社を捨て、社会から非難され、友人や財産も捨てることになるからである。
 従ってこの物語に登場する数人については、かなり追い詰められた事情があったことになる。その中には、生まれながらに不幸な運命を背負った者もいるが、ちょっとした考え違いから、いきなり不幸のどん底に突き落とされた者もいる。
 そう言う意味では、今日迄は幸せな私や貴方も、何かの拍子に明日から急に不幸に襲われるかもしれないということなのだ。なにが怖いかといえば、それが一番恐ろしいことなのである
 細かいところまで良く調べあげ、人間の持つドロドロとした部分を巧みに描いた素晴しい作品なのだが、一つだけ納得出来ない部分があった。それはこの小説の中核ともいえる『マンションからの墜落死』の原因である。ボロアパートならともかく、セキュリティーの整った高級マンションで、そんな簡単な力でべランダから振り落とされるものなのだろうか・・・ということである。
 最後に、間違いではないのだが、この小説を展開させるための要となった『短期賃貸借制度』が近年廃止されたので、その経緯などを簡単に書いておく。

 民法改正のきっかけは、この小説同様『短期賃貸借制度』を悪用して、競売による売却を妨害するケースが頻繁に続き、入札参加者が激減したためである。
 法の施行日は、平成16年4月1日であり、この改正により、「抵当権が登記された後に賃借契約が結ばれた場合」は、その賃借の期間に関わらず、賃借人は買受人が所有権を取得した時点より、無条件で6ヶ月以内に明け渡しをしなければならないことになった。

  更に宅建業者は、この内容について重要事項説明書の中で、必ず説明しなければならなくなったのである。

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コメント

宅建主任者試験は落ちました。
法律と照らし合わせると、なかなか奥が深いものですね~

投稿: kossy | 2006年4月 1日 (土) 22時08分

kossyさんコメントありがとうございます。kossyさんは、不動産関係で働いているのでしょうか?この小説は判りやすい法律本のようでもありましたが、法改正となり、その部分は役に立たなくなりましたね。

投稿: ケント | 2006年4月 1日 (土) 22時33分

こんにちは(^^)

宮部作品が好きでこの本もよみました!
人物を書くのが上手いと思いましたね。
特に家族の描写がリアル。

印象深い作品でした。

投稿: ユキノ | 2006年4月 9日 (日) 00時11分

ユキノさん、コメントありがとう。
家族描写は良かったですね。先日DVD化された映画(大林監督)を観たのですが、いまいちでした。この作品は映画では、時間不足で、その意図を充分表現出来ませんでした。
連続TVドラマ向きだと思いました。

投稿: ケント | 2006年4月 9日 (日) 10時49分

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