理由
さすが直木賞受賞作である。宮部流の情報収集力は、いつもながらと感心するが、本作品はそれに加えて複雑な人間関係を見事に収束している。それはいくつかの河の流れが、次々と本流に引き込まれ、ついには大海の渦潮に吸い込まれるが如くであった。
ストーリーは、「高級マンション家族全員殺戮事件」の犯人らしき人物が発見されるところから始まる。そして殺害された人々や、犯人及びその周辺の人々の家族関係を克明に描いてゆく。
また文体のほうも、事件の全貌を知っている記者が、事件の細部にわたってまとめたレポートを、再度一つ一つ丁寧に検証してゆく・・・というようなスタイルをとっている。従って、ところどころで、インタビュー形式の会話が織り込まれるというような、新趣向に最初は多少戸惑ったが、慣れるとなかなか面白い手法だと思った。
さてここまでの紹介文を読めば、誰でもこの作品が社会派ミステリー小説であることは、すぐに察視がつくだろう。ただし「犯人探し」や、「犯行の動機」については、途中でほぼ見当がつくので、ラストでの種明かしには、さほど驚かない人が多いかもしれない。
ところがこの作品は単なるミステリーではなく、マンション殺人事件を源流として、そこに関わるいろいろな家族の心情を描き、「家族とは一体何だろう」という命題について、強烈なメッセージを送っているのである。
また家族の中でも、殊に「親子」の関係について深くメスを入れている。親がいるから自分もいるのだが、私も青春時代に「生まれたくて、生まれた訳ではない、何故生んだんだ!」などと馬鹿なことを言って母を悲しませたことがあった。
小さなときは父母の存在が全てであるが、ある程度一人立ち出来るようになると、口うるさい親が段々疎ましくなってくるのは、世の習いなのだろうか。だからと言って一人で暮らすのは、淋しいし不経済である。ましてや最近の子供達は、一人一部屋を与えられ、TVやケータイなどの小道具も所持し、ある程度の自由を既に手に入れてしまっている。
また親のほうの立場からしても、自分自身の自由だけのために、家族を捨てて家を出るわけにはゆかない。それは会社を捨て、社会から非難され、友人や財産も捨てることになるからである。
従ってこの物語に登場する数人については、かなり追い詰められた事情があったことになる。その中には、生まれながらに不幸な運命を背負った者もいるが、ちょっとした考え違いから、いきなり不幸のどん底に突き落とされた者もいる。
そう言う意味では、今日迄は幸せな私や貴方も、何かの拍子に明日から急に不幸に襲われるかもしれないということなのだ。なにが怖いかといえば、それが一番恐ろしいことなのである。
細かいところまで良く調べあげ、人間の持つドロドロとした部分を巧みに描いた素晴しい作品なのだが、一つだけ納得出来ない部分があった。それはこの小説の中核ともいえる『マンションからの墜落死』の原因である。ボロアパートならともかく、セキュリティーの整った高級マンションで、そんな簡単な力でべランダから振り落とされるものなのだろうか・・・ということである。
最後に、間違いではないのだが、この小説を展開させるための要となった『短期賃貸借制度』が近年廃止されたので、その経緯などを簡単に書いておく。
民法改正のきっかけは、この小説同様『短期賃貸借制度』を悪用して、競売による売却を妨害するケースが頻繁に続き、入札参加者が激減したためである。
法の施行日は、平成16年4月1日であり、この改正により、「抵当権が登記された後に賃借契約が結ばれた場合」は、その賃借の期間に関わらず、賃借人は買受人が所有権を取得した時点より、無条件で6ヶ月以内に明け渡しをしなければならないことになった。
更に宅建業者は、この内容について重要事項説明書の中で、必ず説明しなければならなくなったのである。
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「役者は要らぬ、人間が欲しいのだ」という大林監督のこだわりに集まった107人のノーメイクの役者たち。途中までは名前がわかる役者を数えていたが、混乱しそうになったのでやめた。 [続きを読む]
受信: 2006年4月 1日 (土) 22時06分
» 『理由』 宮部みゆき [仙丈亭日乘]
理由朝日新聞社このアイテムの詳細を見る
著者名 :宮部みゆき 発行年(西暦) :2004
出版社 :朝日文庫 値段 :800-1000円
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この『理由』は、1年以上前から、書店で見掛けて氣にはなつてゐた作品。
しかし、何故か、手を出さうと云ふ氣になれなかつた。
特にこれといつた理由はないのだが・... [続きを読む]
受信: 2006年4月 1日 (土) 22時58分
» 理由 06年13本目 [猫姫じゃ]
理由
大林監督の、実験的映画。宮部みゆきの原作を、忠実に映画化したらしい。
よかった。じっくり見ないと、ついていけなかったケド、かなり良かったです。
1つの殺人事件に関わる、犯人始め、大勢の人たちの心理ドラマ。サスペンスっていうのかなぁ? ちょっと違うわ....... [続きを読む]
受信: 2006年4月 1日 (土) 23時17分
» 『理由』 [観・読・聴・験 備忘録]
宮部みゆき『理由』(朝日新聞社)、読了。
一気に読み上げました。
次が知りたくなって堪らなくなる作品です。
事件に関係する人物の背景について誰もが手抜きなく描かれており、
話 [続きを読む]
受信: 2006年4月 2日 (日) 03時06分
» 宮部みゆき『理由』 ★★★☆ [book diary]
理由
宮部 みゆき
京極夏彦『どすこい(仮)』だけのためにこれを読んだ私って一体……。面白かったですけど。相当前に友達に借りたものの、分厚さに圧倒されて(そこまでじゃないんだが、冒頭だけではそそられなくてねえ)放置してました。ごめん。2章くらいになったら面白くなってきて、毎朝の読書タイムはこれだった。流石、宮部みゆき。本作で直木賞取っただけある。この調子で色々読んでいけるといい。
これはどこかの記者? が荒川の高層マンションで起きた「一家四人殺し」について、インタビューや調査をし、一冊... [続きを読む]
受信: 2006年4月 2日 (日) 22時17分
» 宮部みゆき原作:映画「理由」 [てんぱっていきまっしょい。]
え〜、こんばんは{/kame/} でございます。
先程、「他のお客様の為に」で書いたのですが
映画「理由」を見てまいりました。
ナント申しましょうか、
珍しい相撲の決まり手を見た
というイメージでございます。
宮部みゆき原作映画は、
「クロスファイア」「模倣犯」そしてこの「理由」
の3本を見たことになりますですね。
映画としては、これが一番いい出来だと
思われますね。
淡々と、人物を重ねてリアリティ�... [続きを読む]
受信: 2006年4月 3日 (月) 19時23分
» 理由 (宮部みゆき) [読んだモノの感想をぶっきらぼうに語るBlog]
取材記録の形式で殺人事件の真相が浮き彫りにされます。社会派ミステリーです。
この作家は、社会派小説の人物造形において、事件に関連するほぼすべての登場人物たちの社会的背景(生育歴、家庭環境、交友関係、社会環境・・・)を徹底的に詳述しないと満足できないようです。しかも、ただ丹念に掘り下げるだけでなく、複数の視点(たとえば被害者の立場と加害者の立場)から描き分けています。そうすることで、犯罪を生み出した社会的背景の実相を浮き彫りにしていきます。
登場人物の社会的背景の描写は相当なボリュームでストー... [続きを読む]
受信: 2006年4月 4日 (火) 06時15分
» 不動産の税金って面倒くさい... [不動産取得税 情報サイト]
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受信: 2006年4月 6日 (木) 18時11分
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製作国 日本
上映時間 160分
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原作 宮部みゆき
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理由監督:大林宣彦出演:村田雄浩,寺島咲,岸部一徳,大和田伸也Story宮部みゆきの直木賞受賞作品を巨匠・大林宜彦が映像化したサスペンス。荒川区にそびえ立つ超高層マンションで起こった4人の男女の惨殺事件の謎を解き明かしていく。岸...... [続きを読む]
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受信: 2006年8月26日 (土) 07時23分
コメント
ユキノさん、コメントありがとう。
家族描写は良かったですね。先日DVD化された映画(大林監督)を観たのですが、いまいちでした。この作品は映画では、時間不足で、その意図を充分表現出来ませんでした。
連続TVドラマ向きだと思いました。
投稿: ケント | 2006年4月 9日 (日) 10時49分
こんにちは(^^)
宮部作品が好きでこの本もよみました!
人物を書くのが上手いと思いましたね。
特に家族の描写がリアル。
印象深い作品でした。
投稿: ユキノ | 2006年4月 9日 (日) 00時11分
kossyさんコメントありがとうございます。kossyさんは、不動産関係で働いているのでしょうか?この小説は判りやすい法律本のようでもありましたが、法改正となり、その部分は役に立たなくなりましたね。
投稿: ケント | 2006年4月 1日 (土) 22時33分
宅建主任者試験は落ちました。
法律と照らし合わせると、なかなか奥が深いものですね~
投稿: kossy | 2006年4月 1日 (土) 22時08分