あんこう鍋の宿
だいぶ前から一度『あんこう鍋』を食べてみたかった。神田須田町にある、あんこう専門店『いせ源』でもよかったのだが、最近グルメ嗜好の若者達が押し寄せるので、いつも行列だという。それでは落ち着かないので、あんこう漁の本場である北茨城へ行ったほうが、ゆっくり出来るし魚の鮮度も良いだろうと考えていた。
そうこうしているうちに、TVの旅行番組で梅宮辰夫夫妻がナビゲーターとなって、北茨城の磯原にある『山海館』という旅館を紹介しているのを観てしまった。冬場にこの宿に宿泊すると、必ず『あんこう鍋』が食べられるという。そしてこの旅館は、海に突き出した小さな半島のような土地に建てられているため、まるで海の中に佇んでいるようで幻想的だし、当然露天風呂からの眺望も抜群である。中年のカップルが『お忍び』で訪れるには、もってこいの場所だと思った。
それでこの旅館を常にマークしていたのだが、あんこう鍋を食べるには真冬に訪れなくてはならない。でも雪が降ったら車をどうしようか・・・などと悩んでいるうち、にTV放映からあっという間に約2年経ってしまった。
ところで雪のことを考えていたら、一生冬の旅行が出来ない。それで今回マイカーはやめて、久し振りに電車の旅を選択することにしたのである。なんといっても、いつもマイカーの旅行ばかりで、新幹線以外の列車の旅というのは、実に約30年振りなのだった。
上野から常磐特急スーパー日立で約2時間、高萩という駅で降車して各駅停車に乗り継ぎ、2つ目の磯原駅で降りる。もっと小さなショボイ駅を想像していたが、以外に大きく綺麗なので驚いてしまった。海側の西口に続く階段を降りると、山海館のハッピを着た番当さんらしき人が迎えに来ているではないか。辺りを観察する猶予もなく、いそいそとマイクロバスに乗り、今夜の宿泊先である山海館へ向かったのだが・・。駅を出るとすぐ右手に大平洋が見え、わずか5分程度で、今夜の宿『山海館』に到着してしまった。
山海館の建物はパンフレット同様、まるで海の中に建っているようである。ロビーに入ってまず驚いたのは、ソファーが一切ないことだ。天丼もギザギザな形で、ガラ~ンとしてだだっ広いスペースが、もったいない。そこはまるで美術館のエントランスのような佇まいで、しかもお香を焚いている。また正面は全面ガラス張りで、岩礁の向こうには、まるでパノラマのように太平洋が延々と続いているではないか。 普通の宿なら、ここで茶菓子が出て、とりあえずの一服があるのだが、ここでは間髪を入れず、部屋に直行という仕組みになっているようだ。
部屋に入ってまたびっくり。部屋の正面もロビー同様、全面ガラス張りで大平洋を一人占めするような感じがする。また15畳 の部屋は、壁と天丼を靑緑色に統一し、まるで船室を思わせるようなデザインである。しかも床の間もべランダもなく、押し入れさえない。クローゼットや貴重品金庫は、洗面所の横にあった。和洋折衷というか、どちらかというと洋に近いかもしれない。
風呂は男女別に内湯と露天があるのだが、湯舟は思ったより狭くて、5人位入ればぎゅうぎゅう詰めとなるだろう。源泉は16・5度で、加水加温の循環だという。ただ露天からの眺めは抜群に素晴しい!。まるで露天と目の前に広がる太平洋が、繋がっているのかと錯覚してしまうほど雄大な景色であった。そこにはカモメ達が悠々と飛んでいるし、正面の岩に波がぶつかって白い波しぶきをあげる。まるで東映のオープニング映像を観ているようである。そして湯で火照った体に潮風がぶつかって、それが湯冷ましとなり実に気持ちが良い。
女風呂は両面が簾で目隠しして囲ってあるようだが、男風呂の横は何もないため浜や道路、人家から丸見えである。男だからどうでも良い・・・という訳ではない。やはり落ち着かないし、第一風情がないではないか。風呂の横には広い庭があるのだから、せめて目隠しに木を植えるくらいの配慮が欲しかった。
さていよいよお目当ての夕食の時間である。僕は部屋食というものが余り好きではない。調理場から運ぶまでに鮮度が落ちるし、部屋の中に食べ物の臭いが充満するからである。それに食事処なら、食事から帰ってくれば蒲団も敷き終わっている。ところがこの宿には、大広間はあっても個室の食事処がない。従って団体以外は、全室部屋食だそうだ。
仲居さんが食事を運んできた。ここの仲居さんは教育が行き届いているのか、皆さんとても言葉遣いが丁寧で感じが良かった。やはりサービス業は、こうでなくてはね・・・。 さてさて肝心のお料理だが、前菜に『鮟鱇の共酢和え・チーズ生ハム巻き・白身魚の昆布〆・食前酒』と並び、先付けは『胡桃豆腐 』が出される。そのあとに、『鮟鱇唐揚げ、アンキモと地魚の盛り合わせ、日立牛ロース陶板焼き、旬の白身魚のみぞれ煮』と続いてくる。
そして待ってました!とばかりに、メインの『鮟鱇鍋に一口うどん添え』がどど~んと続き、おじやとデザートで締めくくる訳である。もうここまでくるとお腹が一杯になり、腹ブタになってしまう。それでもったいないが、おじやは半分残してしまった。それにしても鮟鱇の身は、シコシコしていて臭みもなく、とても美味であった。西のふぐ、東のあんこうとはよく言ったものである。
さてさてこんな献立で、美食三昧の食事は終わってしまったが、もう一つ最後のお楽しみが待っているのだった。それはあの前面ガラス張りのロビーから、太平洋の彼方より浮かんでくる朝日を拝むことである。
翌朝6時頃起きて、いそいそとロビーに向かった。まだ海は薄暗い・・・・ところが10分程経過すると、水平線がぼんやりと薄ら明るくなってくるではないか。そして小さな漁船群が、続々と集まってくる。やがて水平線はオレンジ色に染まり、真っ赤な火の玉が少しずつ顔を出し始めるのだ。そして海はだんだん明るくなり、沖のほうから押し寄せる波の中心が、キラキラと黄金色に輝いてくる。そこに漁船の黒いシルエットが重なって、まるで幻想的な芸術写真を観ているようだった。僕はこの光景に茫然としながらも、夢中で何度も何度もシャッターを切り続けた。
そのあと暫くして朝風呂に入ったが、露天風呂の前にはまださっきの漁船群が屯して、目の前を行ったり来たりしている。一体何をしているのか少し気になったので、あとで宿の人に聞いてみたら「白魚の底引網漁」をしているとのことであった。この漁は、宿を出発するお昼近くまで続いていた。
それから宿を出て、近くにある『野口雨情の生家』に立寄ってみた。野口雨情は楠木正成の子孫で、大正から昭和にかけての童謡作詞家として有名である。手がけた童謡は数限りなくあるが、誰もが知っている有名な作品としては、『雨ふりお月さん』『七つの子』『赤い靴』『シャボン玉』『青い目の人形』などがある。生家には現在お孫さんが住んでいるとのことだが、いくつかの展示物があり、維持費用として100円でパンフを購入すれば中で説明を聞くことが出来る。屋敷の中で流れる童謡を聴いていると、一瞬幼年時代にタイムスリップしてしまったような気がしてしまった。
今回は電車での旅だったので、余りあちこちの観光名所などに立寄ることが出来なかった。しかし宿でゆったりと寛げたし、車窓から見る田舎の風景に、久しぶりに心が洗われた気分を味わうことが出来て、大変良い思い出になったはずである。
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コメント
asukaさん、コメントありがとう。
あなたの行ったのは、としまやかシーサイドホテルかな。たまに映画レビューも観に来てください。
投稿: ケント | 2006年3月 4日 (土) 19時59分
TBどうもありがとうございました。
あんこう鍋、いいですよねぇ。
身はもちろん、コラーゲンたっぷりのプリプリの皮といい、こってり濃厚なあんきもといい、ふぐより楽しめるんじゃないか?!と思ってしまうのは、西のふく、を食べたことがないからなのでしょうけど・・・・。
私は日帰りで行ったのですが
やっぱり目の前がすぐ海の宿で、眺めが素晴らしくって、泊れたらもっとよかったなぁ、と思いました。
でも、お風呂は、ケントさんの泊られたところの方が良さそうです。
映画も好きなので、また寄らせていただきますね。
投稿: asuka | 2006年3月 4日 (土) 18時31分
ジョージさんコメントありがとう。ちょっと寒かったけど、本物の朝日も実に良かったですよ。今後もよろしく。
投稿: ケント | 2006年3月 3日 (金) 13時19分
ケントさんトラックバックありがとうございました。
ブログ「カラメル」のジョージです。
とても写真が奇麗で、美しさが伝わってきました。
特に朝日の写真は、海の持つ生命感が感じられます。
季節ごとに、その本場の料理を頂くことの贅沢。自分へのご褒美にはもってこいですね!仕事頑張りつつ、春はどこに行きましょうか?
また、美味しい旅の話楽しみにしています。
投稿: ジョージ | 2006年3月 3日 (金) 00時06分
Issyさんコメントありがとう。どうも旅行記は、映画のようにトラバやコメントがないですね。今後もよろしく。
投稿: ケント | 2006年3月 2日 (木) 22時18分
ケントさま
「あんこう鍋」の記事に、コメントありがとうございました。『今日のたわごと』のIssyと申します。
自分が泊まった宿、食べたあんこう鍋に比べると、とてもグレードが高くて恐縮ですが、あんこう鍋はおいしいですね。僕は毎年、福島県にですが、食べに行っています。
これから、ちょくちょく拝読させていただきます。
投稿: Issy | 2006年3月 2日 (木) 15時55分