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2006年2月の記事

2006年2月28日 (火)

遥かな町へ   谷口ジロー

 48歳の会社員中原博史は、京都出張が終わって、真直ぐに東京の自宅に帰るつもりだった。ところが無意識のうちに、フラフラと故郷・倉吉へ向かう特急列車に乗ってしまう。そして変わり果てた倉吉の街中を、トボトボと歩いているうちに、いつの間にか亡き母の菩提寺へ来てしまうのだ。そして亡母の墓前で、昔のことをあれこれと考えていた。彼の父は彼が中学生のときに、母と自分と妹の三人を残して、突然謎の失踪をしてしまったのだ。その後二人の子供と体の弱い祖母を抱えて、母は一人で夢中になって働き、子供達が独立するのを待っていたかのように、過労のため若くして亡くなってしまったのである。
409183712309_1    母の墓前で昔のことを思い出しながら、うとうとして気がつくと、博史は心と記憶は48歳のまま、14歳の中学生に変身していたのだ。信じられないことだが、町に戻るといつの間にやら、そこは懐かしい34年前の故郷の風景に戻っていて、無くなってしまったはずの実家も復活しているではないか。もちろん家には父も母も祖母も妹もいた。
 つまり34年前の自分の体の中に、48歳の自分の心が、タイムスリップしてしまったのである。
 この手の展開はケン・グリムウッドの『リプレイ』と全く同じ手法である。ただ『リプレイ』の場合は、未来の記憶を利用して博打や株で大儲けし、美女を思いのままにしたり、という派手な展開であった。そしてある年齢に達すると、再び青年時代に逆戻りを何度も何度も繰り返すのだ。
 本作『遥かな町へ』は小説ではなくマンガであるが、『リプレイ』のような派手な展開や繰り返しはなく、じっくりと、ほのぼのとしたノスタルジーを喚起させてくれる大人向けの作品なのである。中学生に戻った博史は、実務で鍛えた英語力と落ち着いた雰囲気で、高嶺の花だった同級生の長瀬智子に好意を持たれて、彼女とつき合い始めるようになる。
 そして優しく美しい母、働きもので誠実な父、明かるくオテンバな妺、父母の巡り合いを知っている祖母達との、懐かしい生活が続くのだった。そんな楽しい中学時代を過ごしていくうちに、いよいよ父が失踪した日が近づいてくる。
 人は皆、もう一度人生をやり直せたらと、考えたことが必ずあるに違いない。でもそれは現在の記憶を持ち続けると言う事が条件だろう。そうでなければ、結局は同じ事を繰り返すだけで、全く意味がないからだ。
 しかし赤ん坊のときから、以前の記憶を持ち続けていたら、きっと化物扱いされるだろうし、自由にならない身体にイライラしてしまうに違いない。だからこの手の話では、青年時代あたりに戻るのであろう。
 もし自分も同じように、現在の記憶を持ったまま過去に戻るとしたら、どうしようか・・・だがそれは無しにしたい!。古い懐かしい思い出は、美しく改竄されたまま、そっと心の中にしまって置きたいし、再びふり出しに戻って生きてゆくことが、とても面倒な年令になってしまったのである。

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2006年2月26日 (日)

チャーリーとチョコレート工場

★★★

 またまたティム・バートンとジョニーデップのゴールデンコンビが放つファンタジー映画です。全世界で販売されている有名なチョコレートに挿入された、たった5枚のゴールデンカード。このカードを引き当てた子供と、その付き添いの10人が、世界一のチョコレート工場を見学出来ることになるのでした。

チャーリーとチョコレート工場 特別版 DVD チャーリーとチョコレート工場 特別版

販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2006/02/03
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 この幸運な5人の子供達は、貧しいけれど心優しいチャーリー少年を除くと、我がままだったり、バカだったり、意地が悪かったりと、ろくでもない子供達ばかりなのです。僕にはこの5人が、5枚のゴールデンカードを引き当てるまでの展開が、一番面白かったですね。
 いざチョコレート工場に入ると、そこはまるでディズニーランドの世界で、いきなりお子様ランチとなってしまい、楽しい世界ではあるものの、大人にはただ時間潰しのシーンばかりで退屈このうえありません。ただ時々ジョニーデップが、少年時代を回想するシーンだけは良かったと思います。そしてラストシーンで、ジョニーデップが父親と再会するシーンは泣けました。
 チャーリー役の子役がとても良い子だったし、祖父役の人もなかなか味のある人柄だったと思います。何故か皆さんの評価が異常なくらい高いので、ちょっと言い難いのですが、しかし映画の完成度としては、まだまだ『シザーハンズ』には、遠く及びませんでしたね。それからあの縦横自由に動くエレベーターなんですが、不思議なことに20年前から僕の観る夢の中に10回以上登場しているのですよ・・・・

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2006年2月25日 (土)

PROMISE プロミス 

★★★

 中国映画だが、主演の4人は日本、中国、韓国からそれぞれ出演し、日本からは真田広之が大将軍光明役で熱演していた。エンディングクレジットにおいても、彼がトップだったし、役柄もだいぶ気を遣ってもらった感があった。
Scan10024  内容は伝説を基にしたような、ラブファンタジーという趣であった。HEROやラバーズ、グリーン・ディスティニーと共通する部分もあるが、どちらかというとそれぞれを繋ぎ合わせたような気がしないでもない。相変わらず美しい風景や衣装には目を奪われたが、アクションではHEROに劣り、ストーリー展開ではグリーン・デストニーに劣っていたのではないか。
 またラストにとんでもない奇跡が起こるのではないかと期待していたが、それも裏切られてしまった。タイトルの『PROMISE』とは、「何でも手に入れられる代わりに、真の愛を得られない」という、少女時代に神と交した約束のことなのだが、どうもその約束の重さや、拘束力、苦悩などが余り描かれていなかった気がする。
 だからこの作品では、一体何を言いたかったのかが伝わってこないし、驚きもなければ感動もなかった。題材としては決して悪くないのだが、シナリオと演出のミスかもしれない。ただ我らの真田広之が、アクションも中国語も見事にこなし、かなり熱演していたことは十分評価してあげたい。また雪国とは何なのか?そして忍者のような黒衣の刺客が何故か気になって仕方がなかった。
 
 

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2006年2月23日 (木)

魂萌え

 どうにも変なタイ卜ルだが、世間知らずの専業主婦敏子が、早過ぎた夫の死を乗り越えて、一人でたくましく生きてゆこうと決意する迄を描いている。と言えば、この妙なタイトルの意味が、なにげに理解出来るだろう。

魂萌え ! Book 魂萌え !

著者:桐野 夏生
販売元:毎日新聞社
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 この小説の登場人物は、主人公の長男夫婦と長女夫婦、高校時代からの3人の友人達、そして亡夫の愛人と蕎麦打ち仲間達と、まるでホームドラマそのものだ。そしてストーリー展開も、日常的でたわいのないお話ばかりに終始するのである。唯一カプセルホテルでの、『風呂婆さん』との出会いシーンだけが、桐野風味を感じさせてくれたぐらいだ。ほんとに桐野夏生さんが書いたのかと、疑りたくなってしまう内容なので、トリッキーな話を期待すると裏切られるだろう。。。
 だからといって断じてつまらない小説ではない。それに専業主婦の中年女性達の中には、自分にも身に覚えがある人が多いはずだから、かなり共感を得られるはずである。
 ただ男の立場から見ると、この主人公の煮えきらないグズグズした対応と、世間知らずでバカのつくお人好し加減には、かなりイライラさせられ腹が立ってくるのだ。実際に中年の専業主婦って、皆こんなにも頼りないものなのだろうか・・・。きっと旦那が元気なときは、とくに困ったこともなく、平々凡々と過ごしているうちに、子育てと家族の食事の支度以外は何も出来ない女になってしまうのかな。だから『オレオレ詐欺』や『蒲団セールス』などの餌食になってしまうのだ。
 今の若い女性には少ないと思うが、いわゆる戦前派でそこそこ裕福な人々は、男も女もこういうつぶしの利かない、お人好しが多いのだろうか・・・と言ってみたものの、自分も傍から見れば五十歩百歩なのかもしれないな・・・。ははは。
 かなり厚い本なので、通勤時には荷物になって肩が痛くなってしまった。この話は、特に大きな盛り上がりもなく、主人公が一人で強く生きてゆくことに目覚めたところで終わってしまうため、読了後の充実感も薄く、何となく中途半端な気分のままである。このあと続編を書いて、連続TVドラマに仕立てれば、かなりヒットするのではないだろうか。
 ただこのような小説は、僕のようなおじさんではなく、同じ悩みを持つ、同年代の専業主婦が読むべき本なのだろうな。

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2006年2月21日 (火)

あんこう鍋の宿

 だいぶ前から一度『あんこう鍋』を食べてみたかった。神田須田町にある、あんこう専門店『いせ源』でもよかったのだが、最近グルメ嗜好の若者達が押し寄せるので、いつも行列だという。それでは落ち着かないので、あんこう漁の本場である北茨城へ行ったほうが、ゆっくり出来るし魚の鮮度も良いだろうと考えていた。

P2180061  そうこうしているうちに、TVの旅行番組で梅宮辰夫夫妻がナビゲーターとなって、北茨城の磯原にある『山海館』という旅館を紹介しているのを観てしまった。冬場にこの宿に宿泊すると、必ず『あんこう鍋』が食べられるという。そしてこの旅館は、海に突き出した小さな半島のような土地に建てられているため、まるで海の中に佇んでいるようで幻想的だし、当然露天風呂からの眺望も抜群である。中年のカップルが『お忍び』で訪れるには、もってこいの場所だと思った。
 それでこの旅館を常にマークしていたのだが、あんこう鍋を食べるには真冬に訪れなくてはならない。でも雪が降ったら車をどうしようか・・・などと悩んでいるうち、にTV放映からあっという間に約2年経ってしまった。
 ところで雪のことを考えていたら、一生冬の旅行が出来ない。それで今回マイカーはやめて、久し振りに電車の旅を選択することにしたのである。なんといっても、いつもマイカーの旅行ばかりで、新幹線以外の列車の旅というのは、実に約30年振りなのだった。

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 上野から常磐特急スーパー日立で約2時間、高萩という駅で降車して各駅停車に乗り継ぎ、2つ目の磯原駅で降りる。もっと小さなショボイ駅を想像していたが、以外に大きく綺麗なので驚いてしまった。海側の西口に続く階段を降りると、山海館のハッピを着た番当さんらしき人が迎えに来ているではないか。辺りを観察する猶予もなく、いそいそとマイクロバスに乗り、今夜の宿泊先である山海館へ向かったのだが・・。駅を出るとすぐ右手に大平洋が見え、わずか5分程度で、今夜の宿『山海館』に到着してしまった。
 山海館の建物はパンフレット同様、まるで海の中に建っているようである。ロビーに入ってまず驚いたのは、ソファーが一切ないことだ。天丼もギザギザな形で、ガラ~ンとしてだだっ広いスペースが、もったいない。そこはまるで美術館のエントランスのような佇まいで、しかもお香を焚いている。また正面は全面ガラス張りで、岩礁の向こうには、まるでパノラマのように太平洋が延々と続いているではないか。
P2170012_3     普通の宿なら、ここで茶菓子が出て、とりあえずの一服があるのだが、ここでは間髪を入れず、部屋に直行という仕組みになっているようだ。
 部屋に入ってまたびっくり。部屋の正面もロビー同様、全面ガラス張りで大平洋を一人占めするような感じがする。また15畳 の部屋は、壁と天丼を靑緑色に統一し、まるで船室を思わせるようなデザインである。しかも床の間もべランダもなく、押し入れさえない。クローゼットや貴重品金庫は、洗面所の横にあった。和洋折衷というか、どちらかというと洋に近いかもしれない。

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 風呂は男女別に内湯と露天があるのだが、湯舟は思ったより狭くて、5人位入ればぎゅうぎゅう詰めとなるだろう。源泉は16・5度で、加水加温の循環だという。ただ露天からの眺めは抜群に素晴しい!。まるで露天と目の前に広がる太平洋が、繋がっているのかと錯覚してしまうほど雄大な景色であった。そこにはカモメ達が悠々と飛んでいるし、正面の岩に波がぶつかって白い波しぶきをあげる。まるで東映のオープニング映像を観ているようである。そして湯で火照った体に潮風がぶつかって、それが湯冷ましとなり実に気持ちが良い。
 女風呂は両面が簾で目隠しして囲ってあるようだが、男風呂の横は何もないため浜や道路、人家から丸見えである。男だからどうでも良い・・・という訳ではない。やはり落ち着かないし、第一風情がないではないか。風呂の横には広い庭があるのだから、せめて目隠しに木を植えるくらいの配慮が欲しかった。

P2170016_1  さていよいよお目当ての夕食の時間である。僕は部屋食というものが余り好きではない。調理場から運ぶまでに鮮度が落ちるし、部屋の中に食べ物の臭いが充満するからである。それに食事処なら、食事から帰ってくれば蒲団も敷き終わっている。ところがこの宿には、大広間はあっても個室の食事処がない。従って団体以外は、全室部屋食だそうだ。
 仲居さんが食事を運んできた。ここの仲居さんは教育が行き届いているのか、皆さんとても言葉遣いが丁寧で感じが良かった。やはりサービス業は、こうでなくてはね・・・。
P2170017_1  さてさて肝心のお料理だが、前菜に『鮟鱇の共酢和え・チーズ生ハム巻き・白身魚の昆布〆・食前酒』と並び、先付けは『胡桃豆腐 』が出される。そのあとに、『鮟鱇唐揚げ、アンキモと地魚の盛り合わせ、日立牛ロース陶板焼き、旬の白身魚のみぞれ煮』と続いてくる。
 そして待ってました!とばかりに、メインの『鮟鱇鍋に一口うどん添え』がどど~んと続き、おじやとデザートで締めくくる訳である。もうここまでくるとお腹が一杯になり、腹ブタになってしまう。それでもったいないが、おじやは半分残してしまった。それにしても鮟鱇の身は、シコシコしていて臭みもなく、とても美味であった。西のふぐ、東のあんこうとはよく言ったものである。

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 さてさてこんな献立で、美食三昧の食事は終わってしまったが、もう一つ最後のお楽しみが待っているのだった。それはあの前面ガラス張りのロビーから、太平洋の彼方より浮かんでくる朝日を拝むことである。

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 翌朝6時頃起きて、いそいそとロビーに向かった。まだ海は薄暗い・・・・ところが10分程経過すると、水平線がぼんやりと薄ら明るくなってくるではないか。そして小さな漁船群が、続々と集まってくる。やがて水平線はオレンジ色に染まり、真っ赤な火の玉が少しずつ顔を出し始めるのだ。そして海はだんだん明るくなり、沖のほうから押し寄せる波の中心が、キラキラと黄金色に輝いてくる。そこに漁船の黒いシルエットが重なって、まるで幻想的な芸術写真を観ているようだった。僕はこの光景に茫然としながらも、夢中で何度も何度もシャッターを切り続けた。

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  そのあと暫くして朝風呂に入ったが、露天風呂の前にはまださっきの漁船群が屯して、目の前を行ったり来たりしている。一体何をしているのか少し気になったので、あとで宿の人に聞いてみたら「白魚の底引網漁」をしているとのことであった。この漁は、宿を出発するお昼近くまで続いていた。

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 それから宿を出て、近くにある『野口雨情の生家』に立寄ってみた。野口雨情は楠木正成の子孫で、大正から昭和にかけての童謡作詞家として有名である。手がけた童謡は数限りなくあるが、誰もが知っている有名な作品としては、『雨ふりお月さん』『七つの子』『赤い靴』『シャボン玉』『青い目の人形』などがある。生家には現在お孫さんが住んでいるとのことだが、いくつかの展示物があり、維持費用として100円でパンフを購入すれば中で説明を聞くことが出来る。屋敷の中で流れる童謡を聴いていると、一瞬幼年時代にタイムスリップしてしまったような気がしてしまった。
 今回は電車での旅だったので、余りあちこちの観光名所などに立寄ることが出来なかった。しかし宿でゆったりと寛げたし、車窓から見る田舎の風景に、久しぶりに心が洗われた気分を味わうことが出来て、大変良い思い出になったはずである。

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2006年2月19日 (日)

異人たちとの夏

本と映画のランデヴー第3弾は山田太一の小説から始まりました。

 かなり昔出版された山田太一の小説で、確か映画も上映されていたはずである。なにしろ出だしから最後迄ずーと面白いし、文庫本で220頁の薄い本なので、あっという間に読み終わってしまった。
Scan10023  内容は荒唐無稽でちょっと変わった作品だが、SFやホラーというジャンルではなく、純文学でもない。そこには山田太一ワールドが広がっていた、というより言いようがない。登場人物は死んだはずの父母と、恋人、友人、別れた妻と圧倒的に少ないのに、なんとなく賑々しい感じがするのも不思議だ。
 それは自分よりずっと若い父母と、浅草の街の取り合せが、実にしっくりとしていて、陽だまりのようなノスタルジーを肌に感じたからであろう。
 この若い父母は主人公が小さい頃に、交通事故で亡くなったはずなので、結局は幽霊ということになるのだが、どちらかというと主人公が異世界へ迷い込んだと言っても良いかもしれない。
 私も父が亡くなった年令を一回り以上超えてしまったし、母の年令を超えるのももうあと僅かである。それで他人ごととは思えず、まるでこの小説の中で、自分自身も亡父母に巡り会ったのかと錯覚し涙涙の嵐なのだ。
 それにしても昔の人はしっかりものだったなぁ。30才を過ぎれば皆一人前の大人だったし、うだうだ言わずによく働いていたと思う。だから父親は頼りがいがあったし、反面怖い存在でもあった。一方母親は優しく、自分の事よりいつも夫や子供のために生きていたものだ。
 この作品に登場する亡父母に、自分の亡父母の影が重なり、私の心も父母が生きていた時代に跳んでしまった。こうなったら、もう涙が流れ出して止まらないのだ。ただ同時進行する、胸に火傷の跡がある女との恋は、せつなくもの悲しい。そしてラストには、用意周到なドンデン返しが待ちかまえているのである。
 この手のお話を理解するには、少なくとも40年位の人生経験を積んでいないと辛いかもしれないが、きっと若い人達にも何かを感じるところがあることだろう。

さて次は映画のほうです  ★★★

 山田太一の小説を読んでから、この作品が映画化されていることを知った。監督はファンタジー作品の大御所である大林宣彦監督で、主演は風間杜夫、恋人役に名取裕子、父親役は片岡鶴太郎、そして母親役に秋吉久美子と、ハマリ役揃いである。これではこの映画を観ない訳にはゆかない。ただこの映画が上映されたのが、1988年と古過ぎるため、レンタルビデオ店で探し出すのが一苦労だった。

異人たちとの夏 DVD 異人たちとの夏

販売元:松竹
発売日:2005/12/03
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 映画の良いところは、昔ながらの浅草の街並や寄席の雰囲気を、ほのぼのとした映像で表現出来たことだろう。母役秋吉久美子のアッパッパーやシュミーズ姿には、古きよき時代の懐かしさを感じて泣けてしまった。また自分より若いが頼りになる父役を、片岡鶴太郎がこの人しかいないという程見事に演じている。
 この映画は原作に忠実で、ほぼ原作通りの展開なのだが、二つの大きな問題点があった。
 ひとつは皆さんが指摘している通り、名取裕子と別れるシーンだ。あれは酷すぎる!せっかくすき焼き屋で流した熱い涙が、一辺に乾いてしまったではないか。そしてその時点で、B級ホラー映画に転落してしまったようだ。一体大林監督は何を考えていたのかと、首を傾けざるを得ない。
 もう一つの問題点は、主人公が離婚して一人息子ともしっくりせず、狭いマンションで1人寂しく暮らしていた・・・というバックボーンをじっくり描いていないことである。この重要な事実を省略してしまったことは、致命的なミスである。つまり主人公のこうした心理的な疲労感がなければ、異人たちを呼び起こすこともなかったからに他ならない。

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2006年2月14日 (火)

蒲生邸事件

 やっとこの分厚い本を読み終わった。頁数は425頁だが、小さい字で2段に組んでいるので、実質は約800頁近くあるのではないか。
 ストーリーのほうは、予備校受験中の主人公孝史が、ひょんなことから昭和11年にタイムスリップしてしまい、そこで二・二六事件と絡んだ、蒲生邸で起きた『ある事件』に巻き込まれる・・・という流れである。

蒲生邸事件 Book 蒲生邸事件

著者:宮部 みゆき
販売元:毎日新聞社
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 あとがきで著者も述懐しているが、二・二六事件については、深く掘り下げて研究しているわけではないし、それ自体をテーマにしている訳でもない。あくまでも、運命の4日間の中で『蒲生邸に起きたある事件』と、『蒲生邸に住む人々の奇妙なお話』がメインテーマであり、二・二六事件はその伏線に過ぎないのだ。
 またタイトルから想像すると、『クラシカルミステリー』の趣が漂ってくるのだが、この小説が日本SF大賞を受賞していることからも、タイムスリップに照準を合わせていることがわかる。 ただ本格的時間テーマSFとするならば、その理論構成やストーリー展開にもう一工夫して欲しかった。
 例えば主人公が現代に帰る場合に、昭和11年と同時間が経過しているというのも説得力がない。これでは1年単位のタイムスリップしか出来ないことになるが、そのことの説明が全くなかったと思う。
 また個人レべルの小さな過去は変えられるが、歴史の大きな流れは変えられない、とする理論にはそれなりに納得するが、それでも過去を変えた場合は、パラレルワールドの存在を無視することは出来ないはずだ。しかしこの小説ではパラレルワールドについては、一切触れていない。それならば、いっそ小さなことであっても過去の事象は、一切変えられない・・・ということにしてしまったほうが、正解だったのではないだろうか。
 宮部さんの作品には、ミステリーやらSFやら社会派推理やらの多重ジャンルものが多いので、今回もたまたまSF大賞を受賞ものの、やはりジャンルの定まらない作品だったのかもしれない。また読者がタイムスリップ理論にうるさくこだわる人でなければ、どうでも良いことだし、そもそも過去へのタイムスリップ自体が、あり得ない事象なのだからむきになるな、と反論されればそれまでである。
 SF的にはつっこみ処が多いものの、全搬的には良く出来た小説だと思う。前半の約1/3は、淡々とした展開に少々退屈だったが、孝史が『美少女ふきの末来を救う』ことを決意するあたりから、俄然心のエンジンが全開となってしまった。
 ラスト近く、過去と現代が繋がる部分の描写で、広瀬正の『マイナスゼロ』や、米国映画の『ある日どこかで』を思い浮べる人がいたら、かなりのSF通であろう。
 とにかく宮部さんの粘り強い情報収集力には、いつもパワーを感じるし、情報とストーリーとの巧みな融合センスには、いつも驚き感心してしまうのだ。

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天使がいた三十日

 大きな字で、行間も広くページ数も少ないので、小一時間もあれば読み終わってしまうだろう。読み易いので、マンガ感覚で早読みしたい人や、読書が苦手な人にはお勧めしたい。

天使がいた三十日 Book 天使がいた三十日

著者:新堂 冬樹
販売元:講談社
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 最愛の妻を亡くした作曲家が、突然の妻の死によって、生きる希望と活力を失い、作曲の仕事を捨てて、運送屋やラーメン屋を転々とする。
そしてクリスマスイヴの寒空の下で、『凍え死』しそうになるのだが、マリーという雌犬によって助けられる。それが彼とマリーの共同生活の始まりだった。
 マリーに死んだ妻が乗り移ったのか、彼が無意識にマリーに妻の面影を被せてしまったのか、マリーはまるで亡くなった妻のような行動をする。ここで動物のけなげさと、亡妻の限りない愛が重って、一気に涙腺が緩んでしまうのだ。事実私も、電車の中にも拘わらず、涙と鼻水に咳まで絡んで、身体の中までがグシャグシャになってしまったのだから。
 この小説は登場人物も少ないし、物語の展開も単純だ。そのうえバックボーンに重いテーマもないし、十分な情報収集もしていない。まるで長い長い詩のようなメルへン小説である。そのせいか、なんとなく女子校の文芸部員が書いているような感じがしてならなかった。
 素人にでも書けそうな小説だが、泣かせるツボだけは押えていたと思う。判り易いので、TVドラマにしたらヒットするかもしれない。

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2006年2月11日 (土)

ミュンへン

★★★★

 ミュンへンオリンピックで実際に起こった、パレスチナゲリラによる『イスラエル選手団襲撃事件』を題材とした重い作品である。監督はご存知S・スピルバーグであるが、彼はジョーズやE・T、未知との遭遇、宇宙戦争、ジュラシックパークなどのエンターティンメント作品で有名である。ところが、反面『シンドラーのリスト』や『プライべート・ライアン』などの重厚な作品も手がけているのだ。なんと懐の広い監督なのかと、つくづく感心してしまうが、もしかすると日本が誇る黒澤明監督と同じような道を選んでいるのかもしれない。
Photo_15  タイトルの『ミュンへン』から想像すると、オリンピック宿舎でのテロ事件を、詳しく描いたドキュメンタリーなのかと想像してしまうが、実はそれは単なる「きっかけ」に過ぎなかった。その事件後の「ユダヤ人達の報復」が、中心的テーマとなっているのである。
 そしてイスラエルの機密情報機関である「モサト」が、その報復を企てたという、もの凄い設定なのである。しかもそれが真実であると言う。まさに戦争である。
 しかし良くこのような赤裸々な映画が、公開されたものだと、改めてアメリカという国の大きさを感じざるを得なかった。事実この映画はパレスチナからも、イスラエル側からも非難を受けているという。まさに命を張ってこの映画を製作した、スピルバーグ監督の勇気には敬意を表したい。そして3時間近い大長編にも拘わらず、全く退屈することなく、あっという間に終らせるカ量にも唸ってしまった。
 ただ日本人には、なかなかこの作品の意図するところは見えてこないだろう。それはアラブでの宗教感やユダヤ人の根底に渦巻く『愛国心』というか、『背負ってきた歴史の重さ』を理解することが出来ないからかもしれない。正直に言うと、私もその1人だからだ。従ってこの作品から感動を生むこともなかった。そこが『シンドラーのリスト』や『プライべート・ライアン』とは異なるところであろう。

 たとえ国家が支援し、保証したとしても、また壮大なる愛国心や宗教心を持ってしても、『人が人を殺戮すること』を、正義と主張することは出来ないだろう。自分が自分の家族を大切に思うと同時に、殺害された者の家族も大切なのではないのだろうか・・・・
 
 

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2006年2月 7日 (火)

海猫

『映画と本のランデヴー』第二弾は『海猫』です。先に観たのが映画だったので、映画のほうからレビューを書きました。

 原作は読んでいませんが、広告のコピーが『あの衝撃作失楽園から7年、気鋭・森田芳光監督が挑む新しい<禁断の愛>を描いたラブストーリー』とあり、その下に主演の伊東美咲が、雪の中を子供の手を引いて、もの悲しい顔つきで佇んでいる写真に魅せられてこの映画を観る羽目になりました。

海猫 DVD 海猫

販売元:東映
発売日:2005/05/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 伊東美咲の演技についての酷評が多いので驚きましたが、寡黙ではっきりしない性格の役柄なのかと考えていましたので、僕は余り気になりませんでした。
 それよりも失楽園につられたせいか、もっと大胆な性描写を期待していたのですが、ヌードも全くなしでちょっと消化不良でした。
 それでも、もう少し心理描写を上手く描ければ納得したのですが、それもなく、またいろんなシーンでの必然性のなさにも、ちょっと失望しました。それで『海猫』というタイトルの意とするものが、見えてきませんでした。
 原作を読んでいないので、余り分析できませんが、それ以前に、この映画は完全に脚本作りの失敗でしょうね。
 ただラストシーンだけは、『あと味の良い涙』が自然に流れてくる展開で、とても感動的でした。まるでこのラストシーンのために作られたような映画のような気がしました。

『海猫』 谷村志穗

 上下2巻の大作でしたが、あっという間に読破してしまいました。去年上映された映画では、薫という1人の女性と、夫とその弟との三角関係だけを描いていましたが、原作では薫を巡る7人の女性達の生きざまを、それぞれの視点で見事に描いていました。

海猫〈上〉 Book 海猫〈上〉

著者:谷村 志穂
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 弱い女は強くなれるが、強い女はなかなか本当に強くなれない。むしろ強くみえる女こそ、常に淋しさと悲しさに迫われ、必死になって防戦している孤独な兵士のような気がしました。
 結局、人は皆自分の生きている証が欲しいのです。それはきっと、たった1人でもいいから、自分を必要としている人を見つけることから始まるのでしょう。
 小説を読んで、映画が不評だった原因が判りました。映画は不倫部分だけにテーマを絞ってしまい、小説の根源的な視点と異なってしまったからだと思います。
 薫を核として、その娘の美輝と美哉、実母のタミ、弟の妻幸子、夫の不倫相手の啓子、義母のみさ子の7人の女性達、そして彼女達をとりまく男性全員も、『生きる証』を探していたと思います。
 登場人物が豊富なうえ、心理描写も巧みで、時代考証や地域の研究なども丁寧に行っているので、読了後には非常に爽やかな感動が残りました。とても良い小説だと思います。

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2006年2月 5日 (日)

鉄人28号

★★★

 この映画は、昭和30年代に横山光輝が、雑誌『少年』に連載したマンガを原作としている。この『少年』には、手塚治虫の『鉄腕アトム』や関谷ひさしの『ストップにいちゃん』そして白土三平の『サスケ』などの人気マンガが、ズラ~と同時期に連載されていた。
鉄人28号 3  当時マンガ雑誌は、現在のような週刊形式ではなく、付録つきの月刊誌だった。小学校でマンガ好きの男の子が集まると、『今日は何の日?』『少年の発売日!』と、まるで合い言葉のように囁き合い、月1回の発売日を心持ちにしていたものだ。
 その中でも鉄人28号は、どちらかと言えば、実現しそうなロボットマンガとして、当時子供達のロマンと冒険心を刺激して、断トツの人気を誇っていたと記憶している。さらに当時連続TVドラマとして、実写版の鉄人28号も放送され、子供心に湧々しながらTVにかじりついたものだ。
 ところがこれがわずか13回放映されただけで、あっという間に終了してしまった。実写版の鉄人は、ドラム缶を継ぎ足したような、子供の目にも耐えられない程のひどい形で、大きさも2m程度だったと思う。余りにもちゃちいので、両親にバカにされながら観るのも辛かった覚えがある。
 その後TVアニメとして復活し、こちらは大反響を呼び、100話近く続いた。グリコの提供で、あの主題歌「ビルの街にガオーッ」の歌詞の最後に、「ビュ~ンと飛んでく鉄人!28号!」とあるが、そのあとに「グリコ・グリコ・グーリーコ!」とオマケのようにちゃっかり商品名が挿入されていたのが思い出される。

鉄人28号 デラックス版 DVD 鉄人28号 デラックス版

販売元:ジェネオン エンタテインメント
発売日:2005/11/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 さて昔話に夢中になり過ぎてしまったが、そういった少年時代の思い入れが目覚めたのか、今回の実写映画は製作途中から、ず~と期待し続けていたのである。だから映画館で必ず観ようと心に決めていたのだが、余程人気がなかったのか、あっという間に上映終了となってしまった。ネットの評価も最悪だったし、興行成績も散々で、その後DVDの発売もなかなかされない・・・というイライラの続く中で、やっとレンタル屋にDVDが並んだ。ところが今度はいつまで経っても、レンタル中が続き、更にイライラが納まらない。映画館には誰も行かなかったのに、何故もこうレンタルでは人気沸騰なのだ!・・・そして今日やっと旧作扱いになった本作をレンタルすることが出来たのである。
 ネットでは、あの『デビルマン』以下とも酷評されていたので、かなり腹をくくって鑑賞したわけだが、それほど酷いものでもなかった。少くとも、ブラックオックスが大暴れしているシーンなどは、なかなか迫力があったと思う。
 多分この映画が酷評された原因は、観客の年代を絞り切れなかったことにある。もしお子様ランチなら、半世紀前の鉄人を使うことはなかっただろう。いくらでももっとカッコ良く、子供の知っているロボットキャラがあるからだ。鉄人をひっぱり出したということは、少くとも50代のおじさん達を、ターゲットにしなくてはならないだろう。ところがこの世代のおじさん達は、一番映画に縁のない世代なのである。従って鉄人を選択したこと自体が、初めから興行的には失敗だったことになる。
 また大人をターゲットにした場合は、特撮はさておいても、ストーリー展開にもう少し常識的な流れが必要であろう。まずあれだけの騒ぎに、自衛隊が出動しないのはなぜか?ブラックオックスを操縦する犯人のへリが、どうしてすぐ見つからないのか?正太郎をせめて高校生程度にできないのか?などなど数え上げたらきりがない。またたとえ子供向けの作品でも、ハリウッドでは、いやと言うほど大金をかけて、少しでも真実味を出そうとしているではないか。とにかく観客を舐めてはいけない。今の観客は、皆目が肥えているのである。従って、そのことを理解しない人には、映画を作る資格がないことになる。
 それでも僕のようなおじさんにとっては、出来・不出来は別として『貴重な映画』だった。そしてエンディング・クレジットで、TVアニメの鉄人の雄姿と、例の「ビュ~ンと飛んでく鉄人!28号!」の懐かしい主題歌に、少年時代の自分が重なり、思わず涙涙涙涙である。従って評点も多少甘くなってしまったかもしれない。あと3~4年先には、団塊の世代が定年となり、映画を観るおじさんが増えるだろう。そこで提案!その頃を見計らって、もっと大人の鑑賞に耐え得る『鉄人28号』をもう一度製作して欲しい。

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2006年2月 4日 (土)

博士の愛した数式

★★★★

 自動車事故で記憶が80分しか残らない数学博士と、若く美しい家政婦と、その息子ルートの温かい友情を描いた心温まるお話です。
 まずこの映画の展開方法が、なかなかユニークである。たどたどしいけれど、そこはかとなく郷愁を感じさせるナレーションの吉岡秀隆。彼が演ずる高校の数学教師ルートは、新入生達を相手に自己紹介をしながら、寺尾聡扮する博士との出会いを語ってゆく。
Scan10014  ここまでならよくある思い出話パターンなのだが、この作品では博士の思い出話の中で数式が出ると、今度は現在の吉岡が、教室の生徒達にその数式を説明するシーン戻るという繰り返しパターンで進んでゆくのだ。
 階乗とか、虚数、素数、友愛数、完全数などを黒板と図を使って判り易く楽しく解説してくれるので、観客も知らず知らずに数式を学ばされてしまう。まさにこれは、『数式プレゼンテーション』である。
 この作品は『雨あがり』や『阿弥陀堂だより』の小泉堯史監督のメガホンであるが、清々しくゆったり流れる小川のような感触はいつも通りである。そして相変わらず『寺尾聡ほのぼの劇場』といった作り方だ。
 出演者は余り多くはないが、誰もがピッタリのハマリ役で、それぞれが味のある演技をこなしていた。ことに家政婦役の深津絵里は、快活で真直くで清潔でとてもいい感じだし、寺尾聡の相手役としては、まさにドンピシャなキャスティングだと思う。家政婦とかルートの母としては若過ぎるイメージもあるが、もし彼女が色っぽい中年女性だったら、このような清々しい映画にはならなかっただろう。それから出番は少なかったものの、博士の義姉を演じた浅丘ルリ子の存在は無視出来ない。もし彼女の存在がなかったら、この映画は『サビ抜きの寿司」のようで、ただ単調に終わってしまったからである。
 また少年時代のルートを演じた子役がとても可愛かったし、『北の国から』を観た人なら、この子役がジュンそっくりなのには思わず微笑んでしまうだろう。ストレスの多い毎日で、久しぶりに人の温かさを感じる癒し系の映画でした。

(画像は映画館のパンフより)

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