ビーキーパー

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★★★☆
製作:2025年 米国・英国 上映時間:105分 監督:デビッド・エアー

 タイトルの「ビーキーパー」とは養蜂家を意味し、ジェイソン・ステイサム演じる主人公アダム・クレイの異名でもある。かつて彼は、世界最強と謳われる秘密組織「ビーキーパー」に所属していたが、今は米国の片田舎で静かに養蜂を営み、世間から身を隠すように暮らしている。

 そんなある日、彼の恩人である善良な老婦人がフィッシング詐欺に遭い、全財産を奪われた末に絶望して自ら命を絶ってしまう。深い怒りに駆られたクレイは、たった一人で詐欺組織への復讐に乗り出すのだが──その背後に潜む黒幕は、想像をはるかに超える大物であった。

 FBI、CIA、傭兵部隊、暗殺者……。押し寄せる強敵たちにほとんど丸腰で立ち向かい、なお悠然と引き上げていくクレイの姿は、まさに現代のスーパーマンそのものだ。現実では到底あり得ないはずなのに、ジェイソン・ステイサムが演じると、なぜか妙に納得してしまうから不思議である。
 とにかく胸のつかえがすっと下りる、痛快無比の一本であった。

評:蔵研人

 

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2026年4月19日 (日)

海神

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著者:染井為人

 東日本大震災で甚大な被害を受けた天ノ島に、NPO法人代表の遠田政吉が姿を現す。彼は当初こそ島の救世主のように振る舞うが、実際には災害を食い物にし、復興支援金を横領するなど、弱者につけ込む卑劣な人物であった。
 島民たちもはじめは彼を崇めていたものの、あまりに派手な金の使い方に疑念を抱き始める。ただ、東京から長期休学してボランティアに来ている女子大生・姫乃だけは、終始遠田を信じ、尊敬し続けていた。

 染井為人の小説は、いつも冒頭から読者を強く引き込む力がある。しかし本作は震災という重い現実を背景にしているためか、ドキュメンタリーのような質感が漂い、さらに時系列が頻繁に入れ替わる構成が読みにくさを生んでいた。そのうえ、登場人物の誰にも共感しづらく、物語に没入するのが難しかったのも否めない。

 極悪非道な遠田はもちろんだが、ヒロインである姫乃にも終始苛立ちが募った。現代の若者は、一度誰かを信じると、まるで神を崇めるかのように“推し”の感情に支配されてしまうことがあるのかもしれない。
 後半になって多くの人が遠田を批判しても、姫乃が耳を貸さなかったのは、遠田への心酔だけでなく、「信じ続けた自分」を否定することへの恐れもあったのだろう。

 そして結局、彼女は遠田に裏切られ、尊厳を踏みにじられ、命まで危険にさらされることになる。身から出た錆と言ってしまうにはあまりに酷だが、他者の意見を受け入れず、一方的な感情だけで人を判断する姿勢には、どうしても賛同しがたいものがある。二年間の休学とボランティアの末、彼女はいったい何を得たのだろうか。
 もちろん得難い経験もあっただろう。しかし、周囲にかけた迷惑や失ったものの大きさを思うと、複雑な思いが残る。いずれにせよ、これもまた染井作品らしさなのかもしれないが、読後にどこか苦い余韻が残る作品であったことも否めない。


評:蔵研人

 

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2026年4月17日 (金)

ラブ・アンド・タイムトラベル

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★★★☆
製作:2016年 ニュージーランド 上映時間:92分 監督:ヘイデン・J・ウェアル

 珍しいニュージーランド製の映画である。タイトルに掲げられた「タイムトラベル」という言葉に惹かれ、軽い気持ちで鑑賞したのだが、いわゆるタイムマシンが登場するわけでも、時空を自在に行き来する描写があるわけでもない。そのため、観賞中はその意味が掴めず、どこか腑に落ちない感覚が続いた。

 しかし物語の後半になって、主人公自身が五日前の自分に向けてメッセージを残していたことが明かされる。その瞬間、これまで曖昧だった出来事の輪郭が静かに結び直されていく。

 本作の核心は、文字通りの「時間移動」ではなく、時間を隔てた因果の連なりにあるのだろう。「タイムトラベル」という言葉は、その構造を象徴するメタファーに過ぎず、物語の中心に据えられているのは、恋愛と人間関係の微妙な揺らぎである。

 中盤までは明確な方向性が見えないまま物語が進むが、その間にも、ニュージーランドの美しい風景には何度も心を奪われる。また、淡々としていながら突如として激しさを見せる主人公の振る舞いも印象的で、気づけば終盤へと導かれていた。

 一般的な評価は決して高くないようだが、静かに観る者の内側へ入り込んでくる、不思議な魅力を備えた作品である。派手さはないが、ふとした拍子に思い出される——そんな「掘り出し物」と呼ぶにふさわしい一本かもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年4月15日 (水)

モスラ3 キングギドラ来襲

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★★★☆
製作:1998年 日本 上映時間:99分 監督:米田興弘

 モスラ映画の嚆矢は1961年にまで遡る。
 東宝が『ゴジラ』『ラドン』に続く新たな怪獣スターとして満を持して世に送り出した本作は、構想三年、製作費二億円、撮影日数200日という、当時としては破格のスケールを誇る特撮大作であった。
 その後もモスラは数々の作品に登場し、先の二怪獣と並んで「東宝三大怪獣」と称される存在となる。従来の怪獣映画に比して、より濃厚なファンタジー性を帯びている点が、この怪獣の大きな特徴である。

 本作『モスラ3 キングギドラ来襲』は、平成ゴジラシリーズ(1984年〜1995年)の終幕から、ミレニアムシリーズ(1999年〜2004年)開始までの空白期間に製作された、いわば“つなぎ”の怪獣シリーズであり、同時に「平成モスラシリーズ」の最終章でもある。

 最大の見どころは、数々の変身を重ねてきたモスラが、宿敵キングギドラを打ち倒すため白亜紀にタイムスリップし、究極の戦闘形態〈鎧モスラ〉へと姿を変え、最後の戦いに挑む場面だろう。
 本来であれば全く歯が立たない相手に対し、モスラは自らの弱点である身体の柔軟さを克服すべく、全身を金属のような外骨格で覆う。〈鎧モスラ〉は、キングギドラの強力な引力光線すら弾き返すほどの強度を備え、翼の前縁は鋭利な刃と化し、あらゆる物質を切断・破壊する“翼カッター”として機能する。

 本作には自衛隊や防衛組織は一切登場しない。描かれるのは、ただ空中で激突するモスラとキングギドラ、その二者の戦いのみである。ゴジラ映画に見られるようなプロレス的な肉弾戦もなく、純然たる空中戦に特化した構成だ。
 そんな中、プロレスラーの大仁田厚が主人公の少年の父親役で出演しているのは、どこか微笑ましくも可笑しい。いまだかつてないほど大勢の子役エキストラが登場する点も含め、本作はよくできた「お子様ランチ」のような一作だと言えるだろう。


評:蔵研人

 

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2026年4月13日 (月)

ザ・ボーイズ

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★★★★
2019年 米国ドラマ

 2019年に配信が始まったアメリカのドラマ『ザ・ボーイズ』は、一話およそ一時間の物語が長大なシリーズとして展開されるSF作品である。アメリカン・コミックを原作とするスーパーヒーローものではあるが、その内容は単なる社会風刺にとどまらない。暴力描写に加え、過激なエロティシズムやグロテスクな表現も多く、明らかに成人向けの作風であるため、子供に見せる作品ではないだろう。

 登場するヒーローたちは、いずれも既存のヒーロー像を思わせる存在である。スーパーマンを想起させるホームランダー、ワンダーウーマンに似たクイーン・メイヴ、アクアマン風のディープ、フラッシュを思わせるAトレイン、そして透明人間のトランスルーセントなど、どこか本家を戯画化したようなヒーローが次々と現れる。

 とりわけホームランダーは、スーパーマンに匹敵する最強のヒーローとして描かれている。しかしその人格はあまりにも自己中心的で、暴力的であり、精神的にも歪んだ人物である。長年スーパーマンに親しんできた者としては、このキャラクターに対して強い反発を覚えずにはいられない。なぜこれほど露骨にスーパーマン像を逆転させた存在が許されているのかと、不思議に思うほどである。

 とはいえ、この逆説的なヒーロー像こそが作品の魅力であり、結局のところ私は長いシリーズを最後まで観続けてしまった。もし現実世界にスーパーヒーローが存在するとすれば、理想的な正義の象徴であるばかりではなく、権力や欲望に翻弄される存在にもなるのかもしれない。そう考えると、この作品の皮肉は決して空想だけでは済まない。しかし一方で、ヒーローという夢を壊されたような寂しさもまた否定できない。

 この物語では、堕落したヒーローたちに立ち向かう、超能力を持たない数人の集団が「ザ・ボーイズ」と呼ばれている。彼らのリーダーであるブッチャーは、元イギリス軍特殊部隊員であり、かつてCIAの工作員でもあった人物である。しかし彼もまた、ホームランダーと同様に自己中心的で暴力的な側面を持つ人物として描かれている点が、作品の皮肉である。

 個人的にはホームランダーも好きになれないが、それ以上にブッチャーのほうが嫌悪感を抱かせる人物に見えた。ホームランダーは極端なマザコンでありながら家庭に憧れ、世論の評価を気にするという奇妙な一面を持つ。機嫌さえ取っていれば、ある程度は危険を回避できそうにも思える。一方ブッチャーは笑顔を見せることもほとんどなく、家庭にも子供にも関心を示さず、狂気じみた復讐心を周囲に撒き散らす人物だからである。

 ところがシーズン4あたりになると、この印象は逆転する。ホームランダーはついに人間を露骨に見下し、レーザー光線で平然と殺戮を行うようになる。一方で、死期を悟ったブッチャーのほうが次第に人間的な優しさを見せるようになるのだ。こうして両者の立場は、まるで攻守が入れ替わったかのように変化する。

 やがて私は、ホームランダーが画面に現れるだけで不快感を覚えるようになってしまった。もしかすると、この人物像には、現代政治のポピュリズム的なリーダー像が誇張されて投影されているのかもしれない。
 そう考えると、このドラマの風刺は、単なるヒーロー物語のパロディを超え、現代社会そのものを映し出しているようにも思えるのである。もしかすると、トランプ大統領的な振る舞いを誇張したのがホームランダーなのかもしれない……。


評:蔵研人

 

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2026年4月11日 (土)

信仰

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著者:村田沙耶香

 本書は、タイトル作『信仰』を中心に十一編を収めた短編集である。ただし、『信仰』のみが約五十頁を費やして丁寧に物語を紡いでいるのに対し、他の十編は一編十頁前後の、いわばショートショート的な趣を持つ。私はもともと短編小説を好まないため、『信仰』以外を数編読んだところで、本書を閉じてしまった。

 表題作『信仰』は、コストパフォーマンスを過剰に重視するあまり、カフェのコーヒーにはじまり、ディズニーランドの土産物、エステやネイル、ブランド品に至るまで、「原価に比して高すぎる」と批判し続ける女性を主人公とした物語である。

 当然のように、彼女は友人から「他人の夢や幻想を壊さないで」と反論される。そこで主人公は、自らの性格を改めようと決意し、知人が主宰する奇妙なセラピーに参加する。無駄遣いだと理解しながらも、あえて十万円を支払うという選択は、彼女なりの“信仰”への第一歩なのかもしれない……。

 村田沙耶香は今年四十六歳になるが、その文章から立ち上がる感触は、どこか二十代前半のような瑞々しさを帯びている。小説家としてのデビュー作は、2003年の『授乳』で、第46回群像新人文学賞優秀作に選ばれた。その後、2016年に『コンビニ人間』で第155回芥川賞を受賞している。

 私が彼女の作品に初めて触れたのも『コンビニ人間』であり、その後『消滅世界』、そして本作を読んだ。村田沙耶香の小説には、どこか「異常」「不思議」「荒唐無稽」「非現実」「非常識」「奇妙」といった臭気がまとわりついている。しかし不思議なことに、読み進めるうち、いつのまにかその世界に強く引き込まれてしまう。なぜ彼女の物語は、これほどまでに読者の感覚を揺さぶるのだろうか。

評:蔵研人

 

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2026年4月 9日 (木)

ゴジラ FINAL WARS

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★★★

製作:2004年 日本 上映時間:125分 監督:北村龍平

 ゴジラ映画の始まりは、1954年製作の『ゴジラ』である。すでに伝説と化した初代ゴジラだが、実は私が生まれて初めて観た映画でもあった。幼稚園児の頃、祖母に連れられて、当時まだ明大前駅前にあった「正栄館」で観たのだが、その衝撃はあまりに強烈で、七十年以上経った今でも、映像のほとんどが脳裏の底にこびりついている。

 幼児だったこともあるが、それ以上に、それまで触れたことのない“高度な特撮”に翻弄されたのだろう。祖母から「中に人間が入っている」と聞かされたときも、私は何十人もの大人が肩車をして怪獣の中に入っているのだと本気で信じていた。
 モノクロ映像が生む荒隠しの効果や、恐怖を煽る陰影も見事で、前半はゴジラ登場までの不穏な空気づくりに徹し、全身が姿を現すのは後半に入ってからという構成も巧みだった。さらに、当時問題となっていた米露の水爆実験への批判的メッセージが込められていた点も、単なる怪獣映画とは一線を画していた。

 初代の大ヒットを受け、ゴジラ映画はシリーズ化され、2026年1月1日現在で30作が公開されている。アニメ版やハリウッド版を含めれば、実に38作に及ぶ。

 ただし、初代を除けば、第29作『シン・ゴジラ』が登場するまで、長らく“ゲスト怪獣との対決”がシリーズの中心であった。そして、その怪獣対決路線の総決算が、本作・第28作『ゴジラ FINAL WARS』である。
 上映時間は2時間を超え、登場怪獣もミニラ、モスラ成虫、アンギラス、ラドン、マンダ、エビラ、カマキラス、クモンガ、ヘドラ、ガイガン、キングシーサー、ジラ、モンスターX(のちのカイザーギドラ)と、まさに総進撃の大盤振る舞いだ。

 しかし、ミニラやマンダ、エビラ、カマキラス、クモンガ、ヘドラ、ガイガン、キングシーサーといった、かつて子ども向けシリーズで登場した怪獣たちは、大人の鑑賞にはやや耐えがたい造形のままである点が惜しい。また、宇宙人や地球防衛軍、特殊部隊M機関の描写もスケールが小さく、『仮面ライダー』の一編を観ているような印象すら受けた。
 この作品が“ゴジラシリーズ最終作”を名乗った時期の作品であることを思えば、もう少し大人の目にも耐えうる重厚さが欲しかった。


評:蔵研人

 

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2026年4月 6日 (月)

星から来たあなた

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★★★☆
2022年 日本版ドラマ

『私の夫と結婚して』と同じく、韓国ドラマを原作としたリメイク作品である。韓国では最高視聴率33.2%を記録し、アジア全域で大ヒットしたことから、日本版のみならずフィリピン版、タイ版と各国で映像化が進んだ。

 物語は、400年前に地球へ降り立った宇宙人・東山満と、気まぐれで自信家のトップ女優・笹原椿との恋を描くSFラブストーリーである。ハレー彗星の接近により、満が地球を去らねばならない日が迫る中、二人の関係がどのような結末を迎えるのかが大きな見どころとなる。さらに、秘密を握ってしまった椿に、悪人・宇和島雅哉の魔手がたびたび迫るのだが、彼を追い詰め逮捕できるのかというサスペンス要素も物語に緊張感を添えている。

 そして何より印象的なのは、東山満が見せる卓越した知識と超能力の数々だ。とりわけ“時間を止める”という大胆な設定は、日本のラブストーリードラマではなかなか生まれにくい発想であり、荒唐無稽でありながらも不思議と物語に馴染んでいる。この能力がなければ成立しない物語構造こそ、韓国ドラマならではの力強さと言えるのかもしれない。

 ただし、東山満を演じた福士蒼汰の存在感は評価できるものの、笹原椿役の山本美月の演技は“わがまま”の一点に偏り、単調さが目立ったのは残念であった。また、満が江戸時代に出会った女性に似ているという理由だけで椿に命を懸ける展開には説得力が乏しく、感情移入の妨げとなった。
 韓国版を未視聴のため断定的な批判は避けたいが、ラブストーリーの核である“心が動く瞬間”に触れられず、涙を誘われることがなかったのは惜しい。

 日本版は全10話で完結しているが、原作である韓国版は全21話とスケールが大きく、キャストの演技も高く評価されているという。機会があれば、ぜひ本家の韓国版にも触れてみたいと思う。

評:蔵研人

 

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2026年4月 3日 (金)

仕掛人・藤枝梅安2

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:119分 監督:河毛俊作

 池波正太郎の代表作にして、これまで幾度となく映像化されてきた時代小説「仕掛人・藤枝梅安」シリーズ。本作は、池波正太郎生誕100年を記念して製作された映画二部作の後編であり、前作に続き豊川悦司が藤枝梅安を演じている。

 梅安と相棒・彦次郎が旅路の途中で目にしたのは、かつて彦次郎の妻子を死に追いやった、決して許すことのできぬ仇の姿であった。しかし、その男は当人ではなく、瓜二つの双子の兄であることが判明する。一方、真の仇である剣の達人・井坂惣市は、取り締まりの緩い京の町で悪行の限りを尽くしていた。
 弟の所業に耐えかねた兄の依頼を受け、梅安は井坂の暗殺を引き受けることになる。だが同時に、梅安自身もまた、亡き妻の仇と信じる井上半十郎に執拗に狙われていた。

 筋立ては一見複雑に見えるものの整理されており、観る者は早い段階で物語の流れに引き込まれる。しかし、展開に深みや意外性は乏しく、残念ながら大傑作と呼ぶには一歩及ばない。それでも、極めて美麗な映像と大規模なセットによって、本格時代劇ならではの重厚な世界観は存分に味わえる。

 藤枝梅安を演じた豊川悦司の渋みある演技には一定の説得力があるものの、その長身ゆえ、江戸の闇を生きる仕掛人としてはやや異物感を覚える。そこを補っているのが、彦次郎役の片岡愛之助であり、歌舞伎で鍛えられた時代劇慣れした所作と存在感が、作品全体を安定させている。

 ただし、針を操る梅安と吹矢を使う彦次郎の戦いは、いずれも一瞬で勝負が決する性質のものであるため、剣戟を中心とした殺陣とは本質的に噛み合わない。その結果、見せ場となるはずの立ち回りが短く終わってしまう点は、やはり物足りなさを残す。美と様式に徹した本作だからこそ、なおさらその余韻が惜しまれるのである。


評:蔵研人

 

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2026年4月 1日 (水)

バイオハザード:デスアイランド

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:89分 監督:羽住英一郎

 ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の実写シリーズとは異なる系譜に属する本作は、カプコンのサバイバルホラーゲーム「バイオハザード」を原作とした長編CG映画である。

 アメリカ大統領直属の組織「DSO」に所属するエージェント、レオンは、機密情報を握るアントニオ・テイラーを拉致した武装集団の車両を追跡していた。しかし、謎めいた女の介入によって妨害され、テイラーを取り逃してしまう。一方その頃、対バイオテロ部隊「BSAA」のクリスとジル、そしてアドバイザーとして同行する大学教授レベッカは、サンフランシスコを中心に発生したゾンビ事件の調査に当たっていた。

 クリスの妹クレアが所属するNGO団体「テラセイブ」の調査により、感染者たちがいずれも、かつて刑務所として使われていたアルカトラズ島を訪れていたことが判明する。クリスたちは真相を探るべくフェリーで島へ向かうが、そこはゾンビと怪物が蠢く、危険に満ちた孤島であった。

 実写シリーズはいくつか観てきたものの、CG作品は今回が初めてであり、その映像のあまりの高精細さに思わず息を呑んだ。しかし、慣れてくるにつれ、映画というよりはゲームの世界を操作しているような感覚が芽生えてしまう。
 アクションシーンは実写では到底不可能なほど豪快で、映像表現の自由度を存分に活かしているものの、どこか心に深く響く感動には結びつかなかった。これもまた、CG映画が抱える宿命の一端なのかもしれない。


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2026年3月30日 (月)

AVN エイリアンVSニンジャ

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★★☆
製作:2011年 日本 上映時間:80分 監督:千葉誠治

 まあ、この程度だろうとは思っていた。とはいえ、あまりにも挑発的なタイトルに惹かれ、結果として80分という時間を無駄遣いしてしまった感は否めない。

 物語は「天正伊賀の乱」の最中、宇宙から飛来した未確認飛行物体が伊賀の里に不時着するところから始まる。耶麻汰、陣内、寝隅の三人の忍者と一人の女忍者が、謎の物体から現れた鋭い牙と爪を持つ異形の存在——エイリアンと死闘を繰り広げるという、まさにタイトル通りの時代劇アクションである。

 エイリアンと称されてはいるものの、その実態は涎を垂らし、人間に寄生するという設定を除けば、どう見てもプレデターの亜流にしか見えない奇妙な生物だ。上半身の造形は、ぎりぎり目をつぶれなくもない。しかし下半身に至っては、羞恥心を刺激するほど露骨な着ぐるみ感が漂い、人間が中に入っていることを隠そうともしない。

 さらに物語が進むにつれ、エイリアンとのチャンバラ、果てはプロレスまがいの取っ組み合いまで展開され、悪ノリは次第に歯止めを失っていく。

 とはいえ、アクションのテンポ自体は悪くなく、全体には一定のスピード感がある。また色っぽくて可愛い女忍者の存在が視覚的な潤いとして機能しているのも事実だ。すべてを真面目に受け取ろうとせず、最初から割り切って鑑賞するのであれば、案外それなりに楽しめる作品なのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年3月27日 (金)

エイリアン:ロムルス

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★★★
製作:2024年 米国 上映時間:119分 監督:フェデ・アルバレス

 長らく心待ちにしていたエイリアンシリーズの最新作であったにもかかわらず、うっかり劇場公開を見逃してしまった。その後、近隣のレンタルビデオ店が相次いで閉店し、鑑賞の機会を失ったまま時が過ぎていった。そんな折、たまたま加入したアマゾンプライムで本作が無料配信されているのを見つけ、思わず小躍りしながら再生ボタンを押したのである。

 エイリアンシリーズとしては、リドリー・スコットが監督した『エイリアン コヴェナント』以来、実に6年ぶりの新作。また、20世紀フォックスがディズニーに買収されてから初めてのエイリアン映画でもある。さらに「これまでのシリーズの要素がすべて詰まっている」と謳われ、過去作への敬意と愛情が込められた作品だという触れ込みだった。
 時系列としては第四作の続編ではなく、1979年の初作『エイリアン』の“その後”を舞台に、若者たちが再びエイリアンの恐怖に巻き込まれる、いわば番外編的な位置づけといえるだろう。

 ただ、物語の中心となる宇宙空間を漂う廃船の存在意義が、鑑賞中はどうにも掴めず、物語に深く入り込めなかった。後になって調べてみると、その船こそがタイトルにもある“ロムルス号”であり、初作のラストでリプリーが宇宙へ放り出したエイリアンを回収した船だったという。そうした背景を知っていれば、また違った見え方があったのかもしれない。

 舞台の大半は薄暗い宇宙船内部で、エイリアンの姿もはっきりとは映らない。人間ドラマの描写はほとんどなく、ただ逃げ惑うばかりで、アクションとしてもホラーとしても中途半端な印象が残った。期待が大きすぎたのかもしれないが、シリーズの中では『エイリアン3』に次いで物足りない作品だった。

評:蔵研人

 

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2026年3月25日 (水)

私の夫と結婚して

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★★★★☆
2024年 韓国ドラマ & 2025年 日本ドラマ

 原作は韓国のネット小説で、2024年に韓国でドラマ化され大ヒットを記録した。本作はその日本版リメイクであり、舞台や俳優、脚本は日本向けに刷新されているが、制作には韓国のスタジオドラゴンが関わっている。
 
 末期がんで入院しているヒロインが、力を振り絞って久し振りに自宅に帰ると、親友と夫の不倫現場を目撃してしまう。挙句に夫の暴行によって命を落とすのだが、その瞬間に10年前にタイムリープし生き返ることになる。そしてここから、彼女を裏切った親友と夫への復讐劇が始まるのである——。

 同じ物語を語っているはずなのに、韓国版と日本版の『私の夫と結婚して』は、まるで異なる季節の空気をまとっている。ひとつは真夏の陽炎のように激しく、もうひとつは冬の朝の静けさをたたえている。同じ原作を抱きながら、二つの国はそれぞれの呼吸で物語を紡ぎ直し、まったく異なる表情を生み出した。

 韓国版のヒロイン、カン・ジウォンを演じるパク・ミニョンは、美貌と強度を兼ね備えた存在感で、裏切りの痛みを真正面から引き受ける。変身後の彼女は怒りも悲しみもためらわず解き放ち、その直線的な感情表現が物語を一気に加速させる。
 また悪役たちは鮮烈で、感情も過剰なほどに露わだ。さらに復讐は痛快で、人物たちの輪郭は真昼の太陽の下の影のようにくっきりと浮かび上がる。韓国ドラマ特有の濃度が、この物語を激情の詩へと押し上げている。

 一方、日本版でヒロイン神戸美紗を演じる小芝風花は、感情を外へ噴き出さない。怒りは胸の奥で静かに形を変え、悲しみは言葉にならないまま沈殿する。復讐は叫びではなく、淡々と積み重ねられる行為であり、ヒロインの歩みは夜明け前の薄明の中を進むようだ。足音は静かだが、その沈黙がかえって深い余韻を残す。日本版は、まるで感情の「余白」を描く作品のようだ。

 そしてラストの描き方も対照的だ。韓国版は二人の結婚後の幸福をこれでもかと丁寧に描き、人生の再生を強く印象づける。一方、日本版はプロポーズの瞬間で幕を閉じ、恋愛ドラマの王道とも言える余韻を選んだ。

 韓国版は火花散る激情の詩、日本版は心の底に沈む静かな詩。同じ旋律を持ちながら、前者は力強く響き、後者は細く長く震える。物語とは、語られる国の空気を吸い込み、そのリズムで脈打ち始めるものなのだと、改めて実感させられた。
 どちらも一気に観ることを避けられない秀作であり、気づけば睡眠時間が削られてしまうだろう。いずれにせよ、二つのドラマの優劣は単なる好みの問題にすぎない。


評:蔵研人

 

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2026年3月23日 (月)

カラオケ行こ!

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★★★★

製作:2024年 日本 上映時間:107分 監督:山下敦弘

 合唱コンクールの強豪校として知られる森丘中学校。その合唱部部長・岡聡実は、ある雨の日、ヤクザの成田狂児から突然カラオケに誘われる。狂児は、組長主催のカラオケ大会で最下位の罰ゲームを避けるため、聡実に歌の指導を懇願するのだった。気乗りしないままレッスンを始めた聡実だが、次第に二人の間には奇妙で温かな友情が芽生えていく。

 この奇抜な組み合わせを描いた物語の原作は、和山やまによるマンガであり、2025年10月時点でシリーズ累計160万部を突破しているという。

 原作未読のまま鑑賞したが、まず心を掴んだのは成田狂児を演じる綾野剛の独特の存在感だ。そして、オーディションで選ばれた新星・齋藤潤が演じる岡聡実の清々しさが加わり、二人の質感が混ざり合うことで、不思議な調和を帯びた世界観が立ち上がっていた。

 当初は、カラオケが上達していく成長物語なのだろうと軽く考えていた。しかし、変声期と思春期の揺らぎに戸惑う少年と、過去に囚われたヤクザの若頭補佐という組み合わせは、予想をはるかに超えて斬新で、物語に深い陰影を落としている。

 正直に言えば、中盤までは大きな盛り上がりがあるわけではない。だが、終盤に向かうにつれ、物語は静かに心の奥へと染み込んでくる。そしてクライマックス——聡実が初めて歌う鎮魂の「紅」。

 声変わりで思うように声が出ない中、ただ想いだけを燃やして歌い上げる姿は、まさに魂の叫びだった。気づけば私の頬も涙で濡れていた。本作は、この一曲のために存在していると言っても大げさではない。そしてその直後に訪れる、粋などんでん返しが、さらに涙のおかわりを誘うのだ。

評:蔵研人

 

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2026年3月19日 (木)

「時間」はなぜ存在するのか

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★★★☆
著者:吉田伸夫

 著者は東京大学理学部を卒業し、同大学院博士課程を修了した理学博士である。専門は素粒子論だが、科学哲学や科学史など、学問の境界を越えて幅広い研究を続けている。

 本書は、そもそも時間とは何なのか、私たちが“時間の流れ”を感じるのはなぜなのかといった根源的な疑問に、できる限り平易な言葉で迫ろうとする一冊である。もっとも、学者としての習性ゆえか、ところどころ難解な概念や理論も顔を出す。しかし、『時をかける少女』や『火の鳥 未来編』、『インターステラー』、『スタートレック』といった小説・マンガ・映画の例を巧みに織り交ぜて説明してくれるため、読者が藪の中に置き去りにされることはない。

 さらに著者は、生命の歴史に刻まれた時間、そして宇宙の始まりから終焉に至る壮大な時間のスケールにまで視野を広げ、時間という概念の多層的な姿を描き出す。

 いずれにしても素人の私には、本書を解説したり評価する能力は存在しないので、その目録だけを次に記しておきたい。

はじめに 何もない場所に時間は流れる?

第1章 時間はどこにあるのか
1.硬直したニュートンの時間
2.時間の伸び縮みが重力を生む
3.アインシュタインの時空

第2章 「流れる時間」という錯覚の起源
1.始まりの謎
2.ビッグバンは爆発ではない
3.宇宙は壊れていく

第3章 循環する時間、分岐する時間
1.循環する時間
2.未来はどこまで定まっている?
3.分岐する時間

第4章 いきものの時間、人間の時間
1.物質世界も進化する
2.生命誌から見た時間
3.人間にとって時間とは

第5章 時間の終わり
1.壊れていく宇宙の末路
2.人間と時間

以上である

評:蔵研人

 

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2026年3月16日 (月)

今日から俺は!! (劇場版)

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★★★☆
製作:2020年 日本 上映時間:114分 監督:福田雄一
 
 最初は『東京卍リベンジャーズ』のパロディかと思ったが、調べてみれば本作の原作マンガのほうがはるかに早く連載されていた。そう考えると、あの『ビー・バップ・ハイスクール』の焼き直しであり、その系譜を踏まえたパロディ的な風味をまとった作品と言ったほうがしっくりくるのではないだろうか。

 そして原作マンガの後に、テレビドラマ化、そして実写映画化という“王道ルート”をたどり、キャストもほぼ同じ顔ぶれで固められている。

 本作は徹底してコミカルな作りで、主人公・三橋貴志は喧嘩無敗の強さを誇り、運動神経も抜群。瞬発力に優れたイケメンでありながら、逃げ足の速さと勝つためには手段を選ばない狡猾さも併せ持つ。ばかばかしいほどに誇張された人物像だが、その“ばかばかしさ”こそが作品の魅力であり、笑いを保証してくれる。

 それにしても、学園暴力映画というジャンルは、どうしてこうも最後にグループ同士の殴り合いで幕を閉じるのだろう。お約束とはいえ、その様式美に思わず苦笑せずにはいられない。

評:蔵研人

 

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2026年3月14日 (土)

野球少女

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★★★☆

製作:2021年 韓国 上映時間:105分 監督:チェ・ユンテ

 プロ野球選手を夢見る一人の女子高校生。その孤独な闘いを描いたスポーツ根性ドラマである。

 現実の韓国プロ野球界には、いまだ女性選手は存在していない。しかし一方で、女性を明確に排除する規約もまた存在しない。制度上、理論的には女性がプロ野球選手になる可能性は残されている。とはいえ、男性でさえ突破が困難な狭き門である。体力差や生理的条件といった数多のハンディキャップを考えれば、理論と現実の間には深い溝が横たわっているのが実情だろう。

 もっとも、韓国国内では野球協会などが女子選手の育成や競技参加を促進するための協力体制構築に乗り出している、という動きも聞こえてくる。本作は、そうした社会的な胎動に呼応するかのように生み出された作品なのかもしれない。

 主人公チュ・スインは、最速134キロの速球と鋭い変化球を武器に、高校卒業後のプロ入りを固く信じている。しかし現実は冷酷だ。女性であるという理由だけで、彼女はプロテストを受ける機会すら与えられない。家族や学校からも夢を諦めるよう忠告され、それでも彼女は耳を貸さず、黙々と努力を積み重ねていく——。

 タイトルから連想したのは、男子に混じって高校野球で無双する天才少女の痛快な活躍譚だった。だが実際には、試合の場面は驚くほど少ない。描かれるのは、女性であるがゆえに夢への道を閉ざされる少女の苦悩、その重く長い時間である。したがって、爽快なスポーツアクションを期待して臨むべき作品ではない。

 本作はむしろ、スポーツを通して社会の構造的な壁を照らし出す社会派ドラマとして受け止めるのがふさわしい。その視点で鑑賞するならば、静かながらも確かな余韻を残す一作であろう。

評:蔵研人

 

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2026年3月12日 (木)

東京リベンジャーズ2血のハロウィン編

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:運命 90分 決戦 96分 監督:英勉

 和久井健の人気コミック『東京リベンジャーズ』を北村匠海主演で実写映画化し、大ヒットを記録したのはいまだ記憶に新しい。その続編を望む声に応える形で、本作『血のハロウィン編』は第二部として製作され、『運命』『決戦』の二編構成で公開された。

 第一作鑑賞時には原作未読だったため気づかなかったのだが、原作やアニメに触れた後で本作を観返すと、マイキーやドラケンをはじめとする主要人物たちの再現度の高さに驚かされる。単なるメーキャップの力だけではなく、原作の空気を体現できる俳優を丹念に選び抜いた結果なのだろう。

 物語は、救えたはずの橘日向が、凶悪化した東京卍會によって再びタケミチの目前で命を落とすという、あまりにも残酷な運命から幕を開ける。さらに今回は、東京卍會創設メンバーであるマイキー、ドラケン、場地、三ツ谷、パーちん、一虎の六人のうち、場地と一虎が組織を離脱し、敵対勢力・芭流覇羅(バルハラ)へ身を投じるに至る経緯が中心に描かれていく。

 かつて固い絆で結ばれていた仲間たちが刃を向け合う————東京卍會崩壊へとつながる決戦の火蓋が、ついに切られるのだ。タケミチはそれぞれの想いの重さを受け止めながら、最悪の未来を回避し、ヒナタと仲間たちの運命を変えるべく戦いに身を投じていく。

 本作が前後編に分けて公開された理由について、制作側は「一本に収めるには物語の分量があまりにも膨大だった」と説明している。確かに原作の密度を考えれば理解できる判断ではあるが、近年では三時間前後の大作も珍しくない。導入部、エンドロール、回想シーンなどの重複部分を整理すれば、一本の作品としてまとめることも不可能ではなかったはずだ。

 ただ実際、前後編合計の興行収入は42億円を超えており、仮に一本にまとめていた場合、この数字に届いたかどうかは疑わしい。そう考えると、二部作とした判断には、物語上の必然だけでなく、興行的な戦略も大きく影響していたと見るのが現実的だろう。

 とはいえ、全31巻・全278話に及ぶ原作を、映画という限られた枠で完結させることは容易ではない。本作もまた、物語の最終章には到達していない。続編への期待は高まるばかりだが、現時点では正式な製作発表はない。ただし、興行成績やキャストのスケジュール次第では、その可能性が断たれたわけではないだろう。

 もっとも、物語の中心が高校生時代である以上、時間の経過とともにキャストの年齢との乖離が避けられなくなる。その意味でも、このシリーズが次の一手を打つ猶予は、決して長くはないのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年3月10日 (火)

ジョン・ウィック:コンセクエンス

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★★★☆
製作:2023年 米国 上映時間:169分 監督:チャド・スタエルスキ

 本作は、ジョン・ウィック・シリーズ第四作目にあたる。大通りであろうとダンスホールであろうと、衆人環視の只中で銃撃戦が繰り広げられ、これほどの大騒動が起きても警察は一切姿を見せない。相変わらず、現実感を完全に置き去りにした、あきれ果てるほどの殺戮アクション映画である。あまりにも荒唐無稽な世界観ゆえか、日本では熱狂的な支持を得るには至っていない印象もあるが、アメリカでは高い人気を誇っているという。
 それにしても、撮影当時すでに60歳を目前にしていたキアヌ・リーブスが、満身創痍の体でこの役を演じ切っていることには、素直に敬意を抱かざるを得ない。

 本作はシリーズ最長となる169分の長尺であるが、ドニー・イェン演じる座頭市を思わせる盲目の刺客ケイン、真田広之扮する旧友コウジ、さらには犬を連れた賞金稼ぎなど、登場人物は実に多彩だ。舞台もニューヨーク、大阪、ベルリン、パリへと目まぐるしく移動し、それぞれの都市で大規模なアクションが展開される。そのスケール感は、まさに圧倒的と言ってよい。

 大阪では、西洋的なガンアクションと東洋の殺陣を融合させた、独創的な戦闘シーンが披露される。ベルリンでは、クラブに鳴り響く重低音のビートと銃声が奇妙に同期し、明滅する照明の中で死闘が続く。そしてパリの凱旋門周辺では、車を使った混沌とした戦闘シーンが強烈な印象を残す。
 いずれにせよ、派手な車同士の衝突や、長い階段を延々と転げ落ちる場面など、スタントマンたちの命がけの仕事ぶりには、ただただ頭が下がる思いである。

 本作がこれまでのシリーズと異なるのは、単に上映時間が長いという点だけではない。大阪という舞台の選択、そして真田広之とドニー・イェンという東洋を代表する二人のアクション俳優が準主役として物語を牽引している点において、ジョン・ウィックの世界は新たな次元へと踏み出したと言える。
 また両者が持つ身体表現の説得力と存在感が、シリーズにこれまでになかった深みと国際性をもたらしていることは、疑いようのない事実だろう。


評:蔵研人

 

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2026年3月 8日 (日)

落日 TVドラマ

Tv

★★★☆

『落日』は、湊かなえ原作、2023年にWOWOWで放送された全四話構成のミステリードラマである。

 新進気鋭の女性映画監督・長谷部香(北川景子)は、新人脚本家の甲斐真尋(吉岡里帆)に、15年前に起きた「笹塚町一家殺害事件」を題材にした映画脚本の執筆を依頼する。事件は、引きこもりの青年・立石力輝斗(竹内涼真)が妹を刺殺し、放火によって両親も死に至らしめたという凄惨なもので、しかもそれは真尋の故郷で起きた事件だった。

 すでに死刑判決が確定しているこの事件を、なぜ香は今になって映画にしようとするのか。なぜ彼女は、力輝斗が検察に対して「嘘の供述」をしたと断じるのか。そして、もしそれが真実だとすれば、彼はなぜ嘘をついてまで死刑を受け入れたのだろうか。物語は、こうした疑問を次々に投げかけながら進んでいく。

 謎に満ちた構成自体は非常に魅力的である一方、登場人物たちがあまりにも密接に関わり合っている点には、違和感を覚えずにはいられなかった。詳細を述べればネタバレになるため控えるが、偶然や因縁が過剰に重なり合い、どこか作為的に感じられる部分があるのは否めない。

 演技面では評価が分かれる。北川景子は、まるで感情を抜き取られた抜け殻のような佇まいで終始抑制的な演技を見せるが、その選択が必ずしも成功しているとは思えなかった。一方、竹内涼真の沈んだ演技は役柄とよく噛み合っており、自然な説得力を感じさせた。吉岡里帆と黒木瞳は安定した存在感を放ち、妹役を演じた久保史緒里の不快感すら覚える悪役ぶりは、むしろ称賛に値する。

 全四話の中では、導入として強い引力を持つ第一話と、感情の余韻を残す第四話がとりわけ印象的だった。その反面、中盤にはやや停滞感があり、物語を引き延ばしている印象も残る。構成上、全三話に凝縮したほうが、より緊密で完成度の高い作品になったのではないか、という思いも拭えない。


評:蔵研人

 

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2026年3月 5日 (木)

サブスタンス

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★★★☆
製作:2024年 米国 上映時間:142分 監督:コラリー・ファルジャ

 タイトルの『サブスタンス』とは「本質」や「中身」を意味する言葉であり、本作では主人公エリザベスの価値観の核心を端的に表している。

 かつて一世を風靡したスター、エリザベスは50歳の誕生日を迎えたその日に、長年レギュラー出演してきたエアロビクス番組を、年齢を理由に突然降板させられる。現実を受け止めきれず錯乱状態に陥った彼女は、自分の巨大な看板が撤去される光景に気を取られ、交通事故を起こしてしまう。

 幸いにも怪我は軽傷で済んだが、意気消沈するエリザベスに、病院の看護師が密かに「サブスタンス」と呼ばれる違法薬品の存在を示すUSBメモリを手渡す。それを再生すると、若さと美しさを取り戻せるという魅惑的な映像が流れ出すのだった——。

 その後の展開は、ある意味で想像通りである。若く完璧な肉体を持つ分身が、まるでクローンのようにエリザベスの背中を割って這い出してくる。強烈な嫌悪感を伴う場面だが、これはまだ序章にすぎない。

 本体と分身が共存するためには、一週間ごとに肉体を交換しなければならず、さらに老化を防ぐため、本体の脊椎から抽出した安定液を定期的に注射する必要があった。最初はそのルールを忠実に守っていた分身だが、成功と多忙の中で、次第に約束を逸脱していく。ここから物語は一気に加速し、本作の真価が露わになる。

 前半はSFの装いをまとっていた物語は、やがてホラーへ、さらに容赦のないスプラッターへと変貌していく。

 主人公エリザベスを演じるのはデミ・ムーア。長らく第一線から距離を置いていた彼女が、この役で圧倒的な存在感を示し、各国の映画賞で再評価を受けたことは、本作のストーリーと不思議な共鳴を見せている。

 本作は決して単なるホラー映画ではないし、若さへの執着を描いた個人の悲劇にとどまるものでもない。むしろそれは、ルッキズム(容姿至上主義)に深く侵食された社会構造が生み出した、痛ましい「自己分裂の寓話」と言うべきだろう。

 高い評価と話題性を考えれば、さらに高得点を与えたくもなる。しかし、ラストに提示された過剰なスプラッター表現は、私に強烈な眩暈をもたらした。
 その生理的な拒否反応こそが本作の狙いなのかもしれない。しかしそれでもなお、私には直視できなかったため、今回はあえて減点せざるを得なかった。


評:蔵研人

 

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2026年3月 3日 (火)

奥様は、取り扱い注意 劇場版

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★★★
製作:2021年 日本 上映時間:119分 監督:佐藤東弥

 元特殊工作員と公安エリートの夫婦を描いた人気TVドラマの劇場版である。過去に連続ドラマとして放送され、本作はその正統な続編にあたる。主演の伊佐山夫婦役はドラマ版と同じく、綾瀬はるかと西島秀俊が務めている。もっとも、TVドラマを未見の私にとっては、背景説明が十分とは言えず、理解しづらい部分がいくつか残った。

 物語は、弾丸が側頭部をかすめたことにより記憶を失った元特殊工作員の専業主婦・伊佐山菜美と、彼女を守りながらも実は現役の公安警察官として監視する夫・勇輝の関係を軸に展開する。シリアスな設定でありながら、夫婦の日常にはどこかコミカルな空気が漂い、アクションとユーモアが同居した娯楽作品に仕上がっている。

 それにしても、2005年公開のハリウッド映画『Mr. & Mrs. Smith』を思い起こさせる部分が少なからずあるのは否めない。また、タイトルも往年のTVドラマ『奥さまは魔女』を連想させ、どこか既視感を覚えてしまう。

 主演の綾瀬はるかは、今年40歳を迎えたとは思えないほど若々しく、可憐で、抜群のスタイルを誇る。さらに、ボクシング、空手、総合格闘技といったアクションを見事にこなし、その身体表現には目を見張るものがある。和製アンジェリーナ・ジョリーと評しても、決して言い過ぎではないだろう。

 ただし、TVドラマを観ていない者としては、なぜ菜美が公安から執拗に監視され、さらには命を狙われるほどの存在なのか、その理由が十分に理解できなかった。また、日本の公安組織が私的な判断で人を殺害できるはずもなく、その点において物語の現実味はほぼ皆無と言わざるを得ない。

 もっとも、終盤に用意された奇跡的な展開には前振りもあり、映画的な「ご愛嬌」として受け止めることはできる。また続編を予感させるラストの締めくくりも、どこかハリウッド映画を思わせる洒落た後味を残していた。
 
評:蔵研人

 

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2026年3月 1日 (日)

二人の銀座

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★★★★
製作:1967年 日本 上映時間:79分 監督:鍛冶昇

 山内賢と和泉雅子のデュエットで大ヒットした同名楽曲『二人の銀座』を映画化した作品である。なぜか映像はカラーではなくモノクロだが、その選択がかえって時代の空気を封じ込め、ノスタルジーを増幅させているように感じられた。

 和泉雅子演じるマコは、電話ボックスで姉・玲子のかつての恋人、戸田が作曲した楽譜を落としてしまう。それを拾ったのが、東南大学で仲間たちとバンドを組んでいる健一(山内賢)だった。
 健一はその曲を、あたかも自分のオリジナルであるかのように装い、ジャズ喫茶で演奏する。その曲こそが『二人の銀座』である。演奏は観客の熱狂的な拍手に包まれ、やがてレコード化の話まで持ち上がる。しかし健一は、盗作という後ろめたさから逃れることができず、ひとり苦悩を深めていく。

 とにかく、若き日の和泉雅子が驚くほど愛らしい。整った顔立ちだけでなく、声の響きやふとした仕草、そのすべてが眩しいほどの輝きを放っている。また、ブルー・コメッツやヴィレッジ・シンガーズといった、懐かしいグループサウンズの楽曲が随所に流れるのも、この作品の大きな魅力だ。

 本作は単なる歌謡映画にとどまらず、人生のほろ苦さと青春の瑞々しさとがほどよく溶け合った、誠実な作品に仕上がっている。
 さらにラストで健一とマコが『二人の銀座』を歌う場面では、スクリーンの中の若者たちと自分自身の青春とが静かに重なり合い、気づけば涙が止めどなく頬を伝っていた。


評:蔵研人

 

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2026年2月26日 (木)

美しい十代

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★★★☆
製作:1964年 日本 上映時間:79分 監督:吉村廉

 本作は、1960年代に隆盛を誇った歌謡映画の一本である。カラオケで「美しい十代」を歌うと、決まってこの映画の場面が歌詞とともに映し出される。箱根への社員バス旅行で三田明が歌う姿、土手で三田明、浜田光夫、西尾三枝子の三人が声を揃える場面――それらは楽曲と切り離せない記憶として、今も残っている。

 身寄りのない少女ミカ(西尾三枝子)は、スリと誤解したチンピラの純(浜田光夫)と、同じマーケットで働きながら夜間高校に通う宏(三田明)の、二人の青年に想いを寄せられる。だが、両親を持たないという同じ境遇を背負う純に、彼女の心は次第に引き寄せられていく。ところが純は、兄貴分に欺かれ、抗争相手の殺しを引き受けることになり、自ら刑務所へ入る道を選んでしまう。

 青春アイドル映画でありながら、描かれるのはタイトルとはかけ離れたヤクザの世界である。しかし、その重苦しさは浜田光夫の屈託のない笑顔によって、不思議と和らげられている。
 また『明日は咲こう花咲こう』でもそうだったように、三田明演じる青年は、貧しさの中にあってもどこか貴公子の気配を漂わせ、女性には縁がなくとも、常に前を向き、笑顔を失わない存在として描かれていた。

 また、本作では清純派の象徴とも言える西尾三枝子だが、半年後に公開された吉行淳之介原作『砂の上の植物群』での大胆な役柄を思えば、その振幅の大きさに当時の観客が驚いたのも無理はない。

 ビルの谷間にまだバラックが並んでいた頃の東京。その風景は、懐かしさとともに、若者たちの夢や希望をそっと肯定してくれる空気をまとっている。そういう意味では、この映画は確かに「美しい十代」を映し出しているのだろう。
 それに比べ、物質的には豊かになったはずの現代に生きる若者たちが、明るく美しい未来を思い描きにくくなっているとすれば――それは、少しばかり寂しいことである。

評:蔵研人

 

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2026年2月23日 (月)

『進撃の巨人』TVアニメ版を観終えて

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 諫山創による漫画『進撃の巨人』は、2009年から2021年まで約12年間にわたり『別冊少年マガジン』で連載され、世界累計発行部数1億4,000万部を超える一大作品となった。その影響力は日本国内に留まらず、アニメ化を通じて世界規模の現象へと拡張していった。

 私は原作漫画を未読のまま、TVアニメ全94話を視聴した。物語はあまりにも長大で、連日画面に向き合う生活を続けるうち、気づけば精神的にも肉体的にもかなり疲弊していた。それでも視聴をやめられなかったのは、本作が単なる娯楽の枠を超え、観る者に思考を強いる力を持っていたからだろう。

 第59話において、パラディ島を脅かしてきた巨人たちは一掃され、束の間の平和が訪れる。この時、私は物語が一つの終着点に達したのだと早合点した。しかし実際には、そこからこそが『進撃の巨人』の核心を描く「本当の始まり」だった。

 舞台はマーレへと移り、それまで一貫して被害者として描かれてきたエルディア人は、加害者の立場に置かれる。そして主人公エレン・イェーガーは、いつの間にか「守る者」から「壊す者」へと変貌していく。この急激な価値観の転倒に戸惑い、60話以降で視聴を断念した人が少なくなかったという話も、今となっては理解できる。

 正直に言えば、私自身も何度となく視聴をやめようとした。あまりにも多くの死が描かれ、正義の名の下に振るわれる暴力が執拗に反復される。その現実性は、フィクションであるがゆえに薄まるどころか、かえって生々しい不快感を伴って迫ってきた。しかし、未だ明かされていない巨人の謎を前に、物語を放棄する決断もできず、惰性と好奇心の間で揺れ動きながら視聴し続けることになった。

 また九つの巨人の継承者が容易には死なない点や、過去を何度も振り返る回想構成には苛立ちを覚えたのも事実である。ただ、こうした手法は『鬼滅の刃』など近年の作品にも見られる傾向であり、現代の大衆向け物語が選択している一つの様式なのだろう。

 それでも最終話まで辿り着いた今、本作が投げかけた問いは確かに心の奥に残った。「自由とは何か」「戦争はなぜ終わらないのか」「人間はどこまで残酷になれるのか」。分かりやすく読み解けば、“巨人”とは核兵器の恐怖の象徴であり、壁の向こう側を知りたいと願う衝動は、人間の際限ない欲望を表しているとも解釈できる。

 敵を憎むことは容易い。しかし、敵の背景を理解することは驚くほど難しい。立場が変われば正義は容易に反転し、昨日の英雄は今日の悪となる。その現実を、『進撃の巨人』は一切の逃げ道を与えず突きつけてくる。

 相互理解こそが争いを回避する第一歩であることは、誰もが知っている。だが現実には、人間は恐怖と欲望に翻弄され、短絡的な選択を繰り返してしまう存在なのだろう。そもそも巨人が存在せず、壁の外に過剰な関心を抱かなければ、この長期にわたる惨劇は起こらなかったはずだ。

 だからこそ本作は、真の平和や安らぎを求めるならば、「ありふれた小さな幸せ」を大切にするしかないのだと、静かに語りかけているように思える。

 『進撃の巨人』は、決して観る者を安易に楽しませる作品ではない。疲労や不快感を伴いながら、それでも思索を手放すことを許さない、重く、厄介で、しかし忘れがたい作品であった。

 なお、劇場版の実写映画については、TVアニメとは切り離して評価すべきだろう。94話に及ぶ物語を一本の映画に収めることが不可能である以上、省略や改変は避けられない。10年前の邦画特撮として見れば、映像面には相応の努力が感じられ、過度な酷評は必ずしも公平とは言えないだろう。

評:蔵研人

 

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2026年2月21日 (土)

キャプテン・ノバ

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★★★
製作:2021年 オランダ 上映時間:85分 監督:モーリス・トルーボルス

 オランダ製のSF映画を観るのは、これが初めてだった。

 物語の舞台は2050年。
 急速な地球温暖化によって地表は荒廃し、大気は汚染され、人類は滅亡の瀬戸際に立たされている。このままでは地球そのものが崩壊し、生物はすべて死に絶えてしまうだろう。その未来を回避する唯一の手段は、タイムマシンによって過去へ遡り、温暖化を引き起こした原因を阻止することだった——。

 設定自体は、SF映画として決して目新しいものではない。だが、シャトル型タイムマシンを宇宙空間へ打ち上げ、ワームホールに突入することで時間を遡行するという理屈には、一定の説得力がある。また、25年前に到着した瞬間、主人公が肉体的に25歳若返るという描写も、SF的な論理としては納得できる範囲だ。

 しかし、製作費の制約は否応なく画面に現れる。簡素な造形のシャトルを見るにつけ、これでワームホールを通過できるのだろうか、と冷静に考えてしまう。また、世界の命運を握る存在が二人の子供であるという設定も、やや予定調和的で、子供向け作品の枠を出ない印象は否めない。

 それでも本作は、「地球の自然破壊が温暖化を招き、人類の未来を閉ざす」という厳しい現実を、次の世代に伝える映画としての役割を確かに果たしている。また領土や資源を巡る戦争もまた同根の問題であり、人間が目先の利益に囚われ続ける限り、真の平和が訪れることはないだろう。

 本作は、その不都合な真実を、静かに、しかし確かな声で語りかけてくる。

評:蔵研人

 

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2026年2月19日 (木)

アンキャニー 不気味の谷

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★★★☆
製作:2019年 米国 上映時間:85分 監督:マシュー・ルートワイラー

 “アンキャニー(uncanny)”とは、「不気味な」「奇怪な」「得体の知れない」といった意味を持つ言葉である。本作は精巧なアンドロイドを扱ったSF作品ではあるが、同時に濃厚なホラー的要素を孕んでいる。その理由について語ることはできない。なぜなら、それこそが本作の核心にほかならないからだ。

 科学誌の女性記者ジョイ・アンドリュースは、天才的ロボティクス研究者デヴィッド・クレッセンの研究施設に一週間滞在し、独占取材を行うことになる。
 そこでは、世界初の“完璧な人工知能”を搭載した人型AI〈アダム〉が、デヴィッドとチェスを指し、研究開発の助手として日常的に働いていた。ジョイは、彼らの静かな日々を観察する立場に身を置く。

 やがてジョイとデヴィッドの距離は縮まり、二人の間に親密な感情が芽生え始める。その変化に呼応するかのように、アダムは嫉妬や独占欲とも取れる感情を示し、次第に挙動を不安定にしていく。

 ここまでであれば、決して珍しい物語ではない。しかし、その先が恐ろしい。そう思った瞬間、観る者はラストの鮮やかなどんでん返しに、思わず息を呑むことになる。

 舞台は閉ざされた研究所内のみ、登場人物もわずか三、四人という超低予算のB級映画である。それにもかかわらず、俳優たちの確かな演技力と緊密な会話、そして観る者の想像力を巧みに刺激する演出によって、最後の一瞬まで張り詰めた緊張感が途切れることはない。その手腕は、ただただ見事というほかない。


評:蔵研人

 

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2026年2月16日 (月)

明日は咲こう花咲こう

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★★★☆
製作:1965年 日本 上映時間:89分 監督:江崎実生

 吉永小百合と、当時“歌謡界のプリンス”と呼ばれた三田明が共演したヒューマンドラマである。60歳以下の人にとっては、もしかすると歯牙にもかけない歌謡映画かもしれない。
 だがこの作品は、当時高校生だった僕が、初めて彼女と観た映画だった。それゆえアマゾンプライムビデオで偶然見つけたとき、胸の奥から思わず懐かしさが込みあげてしまったのである。

 週刊誌記者の恋人をもつ小日山ひろ子(吉永小百合)は、情熱に突き動かされ、彼の反対を押し切って僻地の姫虎村へ保健婦として赴任する。しかしそこは、彼女の想像をはるかに超える貧困と無知が蔓延する土地で、彼女が懸命に働けば働くほど、村の空気は彼女を嘲笑うかのように冷ややかであった。

 共演の三田明は、当時まだ俳優としては十分ではなかったためか、本作でも“歌手・三田明”として後半に少し顔を出す程度だ。しかしその若々しく清々しい笑顔には、誰もが自然と好感を抱いてしまうに違いない。

 高校時代に観たとはいえ、記憶に残っていたのは吉永小百合の保健婦姿と、三田明とともに歌った『明日は咲こう花咲こう』くらいだった。だから今回は、せめてそのさわりと主題歌だけ観て終えるつもりだったのだが……。
 ところが気づけば、懐かしい俳優たちの姿や、当時は気づかなかった心に沁みる物語の運びに惹かれ、結局は最後まで観てしまった。思えば、この作品は僕にとって、青春の一頁をそっと閉じ込めた、かけがえのない一本だったのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年2月12日 (木)

碁盤斬り

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★★★☆
製作:2024年 日本 上映時間:129分 監督:白石和彌

 冤罪によって妻を失い、故郷である彦根藩を追われた柳田格之進は、娘とともに江戸の貧しい長屋で慎ましく暮らしている。頼まれれば篆刻を彫り、娘の内職と合わせてどうにか日々を繋いでいるのだった。
 また格之進は囲碁の達人でもあり、その腕前ゆえに知り合った碁敵・萬屋源兵衛とも親しく交流していた。貧しくはあるものの、ささやかな安寧の続く生活————そこまでは、確かに穏やかな日々であった。

 しかしある日、国元から届いた報せが格之進の運命を揺さぶる。冤罪が晴れ、藩に戻るよう命じられたのだ。本来ならば喜ぶべき知らせであるはずが、妻の死因が明らかになり、真犯人である柴田兵庫が逐電したと知った瞬間、格之進の内には抑えがたい怒りが燃え上がる。
 追い打ちをかけるように、萬屋源兵衛邸で50両が紛失し、またも濡れ衣を着せられてしまう。絶望の果てに、彼はついに切腹を決意することとなる。

 本作はとにかく囲碁対局の場面が多い。しかしその描写は決して付け焼き刃ではなく、日本棋院の棋士による指導のもと作られた棋譜を用いるなど、確かなこだわりが感じられる。囲碁を知っていればより深く味わえるが、知らずとも物語に支障はないので心配はいらない。

 一方で、主人公が武士としての意地を通すがゆえに、賭け碁でわざと負けて虎の子の一両を失ったり、愛娘が吉原に身を売ろうとしても制止しない姿には、正直なところ感情移入しづらい面もある。

 それでも、愚直で不器用な男・柳田格之進を淡々と、しかし深く演じ切った草彅剛の存在感、清原果耶の清楚なたたずまい、國村隼や市村正親ら名優たちの重厚な演技、そして丹念に描かれた囲碁対局の風景からは、知的でどこか新しい風を感じさせる時代劇の趣が立ちのぼっていた。

 さて、「碁盤斬り」とは一体何を意味するのか————ここでは明かさない。ぜひ本作を鑑賞し、その目で確かめてほしい。


評:蔵研人

 

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2026年2月10日 (火)

THE BATMAN ザ・バットマン

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★★★☆
製作:2022年 米国 上映時間:176分 監督:マット・リーブス

 本作は『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』に代表されるDCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)版バットマンとは一切関係がなく、完全に独立した世界観で描かれた単独作品である。

 物語の背景は、ブルース・ウェインがバットマンとして活動を始めて2年目という、まだ未成熟な時期に置かれている。ここに描かれるゴッサム・シティは、過去シリーズの中でも屈指の陰鬱さを湛え、犯罪は蔓延し、政治も警察も富裕層も腐敗に侵されている。そんな街でバットマンの前に立ちはだかるのは、狂気に満ちた謎解きの名手・リドラーだ。

 本作の特徴は、ブルースとウェイン家の過去に潜む罪と秘密、そして街全体を覆う闇の濃度にある。それゆえバットマン自身も暗い影を背負い、画面は終始、薄闇が支配している。

 また、本作にはどこか2019年の『ジョーカー』を想起させる雰囲気が漂うが、あの作品の鬼気迫る心理描写には達していない。ただし、従来作品と大きく異なるのは、バットマンがまだ社会に十分に認知されておらず、警察に逮捕されかけたり、「コスプレ野郎」と揶揄されたりするような、現実的視点を取り入れている点であり、そこに監督の良識が感じられる。

 一方で、画面の暗さゆえに観辛い場面が多いことや、約3時間という長尺のわりに、編集によるものと思われる辻褄の甘さも散見され、没入しきれなかったのは非常に残念で惜しい。

 とはいえ、バットマンを演じたロバート・パティンソンは見事に身体を創り上げ、陰影をまとった新たなダークナイト像を体現していた。そして、キャットウーマン役のゾーイ・クラビッツの俊敏さと存在感もまた強烈で、次回作でも彼女が再びバットマンと肩を並べてくれることを願いたくなる。

評:蔵研人

 

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