13日の金曜日 2009

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★★★
製作:2009年 米国 上映時間:95分 監督:マーカス・ニスペル

 1980年に公開された初代『13日の金曜日』は、映画評論家から酷評されたにもかかわらず、一般観客には熱狂的に受け入れられ、世界的な大ヒットとなった。殺人鬼ジェイソンのホッケーマスクは、いまやホラー映画のみならず大衆文化全体に浸透した“恐怖のアイコン”として定着している。

 本作はシリーズ最終作にあたるが、初代から第4作までの要素を新たな視点で再構築したリメイク作品である。映画としての完成度は決して高くないものの、製作費1,900万ドルに対し興行収入は9,270万ドル。『フレディVSジェイソン』に次ぐシリーズ第2位の成績を残したというから驚かされる。

 行方不明の妹を探すため、クレイは惨劇の舞台となったクリスタル・レイクを訪れる。地元住民や警察の忠告を無視して探索を続けるうち、彼は知らず知らずのうちにジェイソンの縄張りへと足を踏み入れてしまう。

 その後はお約束の展開が続く。若者たちのパーティー、セックスシーン、逃げ惑う群像、そして次々とジェイソンに狩られていく犠牲者たち────。リメイクとはいえ、薄暗く観づらい映像の中で繰り返される“お馴染みパターン”には、さすがに食傷気味になってしまった。
 さらに、超人的な身体能力を持ち、先回りしたり、罠を仕掛けるほど賢いジェイソンという“新解釈”にも違和感が残る。追跡と殺戮以外に物語性がほとんどなく、シリーズを知っていることが前提で作られた印象すら受ける。

 別荘にドラ息子たちが到着したあたりから、どこかで観たような既視感がよぎり、気づけば惰性で最後まで観てしまった。ラストシーンを見て、かつてテレビ放映で鑑賞した記憶がふと蘇った。
 とはいえ、退屈せずに最後まで観られたのだから、全くの駄作というわけでもない。ホラーの定番をなぞりながらも、それなりに楽しめる一本なのかもしれない……。


評:蔵研人

 

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2026年10月10日 (土)

スピーシーズ4 新種覚醒

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★★☆
製作:2007年 米国 上映時間:99分 監督:ニック・ライオン

 本作は『スピーシーズ』シリーズの第4作にして最終作である。前3作の直接的な続編ではなく独立した物語だが、第1作のエイリアンDNA実験に触れており、世界観はゆるやかに地続きになっている。

 ミランダ・ホランダーは、博物館で働く“叔父”トム・ホランダーと暮らす、美貌の大学教授である。触れただけで本の内容を読み取るという特殊能力を持ち、幼い頃に両親を事故で失ったと信じ込まされていた。だが誕生日の夜、デートの帰りに突然意識を失い、全裸のまま野外で倒れているところを病院へ運ばれる。

 ミランダが気絶したのは、人間としての寿命が尽き、やがてエイリアンへと変貌する前兆だった。病院内で一時的に異形の姿となり、数名を殺害してしまう。トムは倒れているミランダを見つけ、人間のホルモンを注射して彼女を落ち着かせると、警察の追跡を逃れるため、同じ研究に携わっていた友人フォーブスを頼ってメキシコへ向かう。

 ここまではそこそこ面白く、物語の先に期待も抱ける。しかしメキシコ到着後、急に作品のテンションが落ちてしまう。街中で写真を見せてフォーブスを探すのは無理があるし、突如としてシスター姿の怪物が襲いかかってくる展開も唐突だ。そこからはアクション主体のB級ホラーへと転じ、筋書きの整合性よりも勢いだけが前面に出てしまう。

 あとは誰もが想像する展開を経てエンディングへ向かうのみで、得られるものは多くない。強いて言えば、主演女優の美しさと全裸が唯一の収穫だろう。それでも途中で退屈することなく最後まで観られたのだから、全くの駄作というわけでもない。期待しすぎなければ、それなりに楽しめるB級SFホラーなのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年10月 8日 (木)

消えた時間

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★★★
製作:2020年 韓国 上映時間:105分 監督:チョン・ジニョン

 都会から閑静な田舎町へ移り住んだスヒョクとイヨン夫妻。スヒョクは小学校教師として穏やかな日々を送っていたが、村人たちはよそ者に冷たく、さらにイヨンの奇妙な行動に不安を募らせていた。ある夜、彼女の“異常な状態”が村中に知れ渡り、ついには夜間だけ鉄扉の部屋に閉じ込められるという、異様な状況へと追い込まれてしまう。

 やがてその家で不審火が発生し、夫婦は焼死。村人たちの証言の曖昧さ、現場の違和感に疑念を抱いた刑事ヒョングは聞き込みを続けるが、誰も真実を語ろうとしない。そんな中、彼は無理やり強い酒を飲まされ、気がつくと“別人”になっていた。村人たちが彼を「先生」と呼ぶことから、どうやら死んだスヒョクに成り代わってしまったらしい……。

 物語は説明のないまま進み、観客は次第に“ここはパラレルワールドなのか”という疑念を抱く。しかし、そもそもヒョングがなぜ異世界に転送されたのかは語られず、終盤になっても謎は解明されない。オチも回収もなく、死んだはずの村人が鹿へと変化する場面に至っては、象徴性すら読み取れず戸惑いだけが残る。

 さらに途中から唐突にヒョングへ主役が交代するにもかかわらず、彼の背景がほとんど語られない点も惜しい。アイデア自体は悪くなく、俳優陣の演技も堅実であるだけに、脚本をもう一段練り込めば、より深みのある作品になったのではないか。非常に惜しく、残念な一作であった。


評:蔵研人

 

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2026年10月 6日 (火)

悪い夏

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:114分 監督:城定秀夫

 真面目に生きてきた気弱な公務員が、問題を抱えた女性に心を奪われ、破滅へと転がり落ちていく姿を描いたサスペンス映画である。
 市役所の生活福祉課に勤める佐々木守は、同僚の宮田有子から「先輩の高野が生活保護受給者の女性に肉体関係を強要しているらしい」と相談を受け、渋々ながら真相究明に協力することになる。

 正義感に燃える宮田とは対照的に、気弱で事なかれ主義の佐々木は、面倒くさいと感じながらも、育児放棄寸前のシングルマザー・愛美のもとを訪ねる。愛美は高野との関係を否定するが、実際には裏社会の住人・金本らとともに、ある犯罪計画に手を染めようとしていた。そんな事情を知らぬまま、佐々木は次第に愛美へ惹かれていく。

 本作には、愛美のほかにも万引きを繰り返す生活困窮者のシングルマザー・佳澄が登場し、「男に捨てられれば生きていけない」という脆さを抱えた女性たちの悲哀が描かれる。同時に、そうした状況を改善できない政治の貧困、さらには不正受給者や職権を乱用する公務員の姿も浮かび上がり、社会への皮肉が随所に滲んでいる。

 前半は社会派ドラマとしての緊張感があり見応えがあったものの、後半にかけて不自然な男女関係が続き、次第に興味が薄れてしまった。終盤のドタバタ劇に至っては、まるで喜劇のようで、落胆を覚えたのも事実である。

 しかし、佐々木を演じた北村匠海の「真面目さの奥に影を宿す」演技は見事であり、賞賛に値する。また、『宝島』でのヤクザ役に続き、本作でも一筋縄ではいかない悪役を体現した窪田正孝の役者魂にも拍手を送りたい。

 染井為人の作品は多く読んできたが、なぜか本作の原作だけは未読である。近いうちにぜひ読破したいと思っている。


評:蔵研人

 

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2026年10月 3日 (土)

スクリーム

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★★★☆
製作:1996年 米国 上映時間:111分 監督:ウェス・クレイヴン

 カリフォルニア州の田舎町ウッズボロー。恋人とホラー映画を観ようとしていた女子高生ケイシーのもとに、一本の不審な電話がかかってくる。最初はただのイタズラだと軽く受け流すが、相手は執拗に電話を繰り返し、やがて彼女を恐怖の渦へと引きずり込む。

「クイズに答えろ。間違えれば殺す」
 そう告げられ、庭の明かりをつけたケイシーの目に飛び込んできたのは、椅子に縛りつけられた恋人スティーヴの姿だった。彼は無残に殺され、続いてケイシー自身にも魔の手が迫る。

 この衝撃的な導入部は、観客の心を一気につかむだろう。次なる標的は、同じ高校に通う女子高生シドニー。彼女のもとにも不審な電話がかかり、執拗な殺人鬼との攻防が始まる。彼女が主人公であるため、命は落とさないものの、何度も襲撃される緊張感が物語を牽引していく。

 本作が予想以上の大ヒットとなった理由は、ホラー映画の蘊蓄を巧みに織り込みつつ、コメディタッチの新しいホラー表現を打ち出した点にある。だからその後、第6作まで続くシリーズへと発展したのも頷ける。
 ただし、真に恐ろしいのは冒頭のケイシーの場面で、それ以降はある種の“お約束”が続くため、ホラーが苦手な人でも比較的安心して観られるだろう。

 それにしても、なぜホラー映画では殺人鬼が人間であっても不死身に近く、男性陣は総じて頼りなく、ヒロインだけが逞しいのか。こうした構図は『エイリアン』以降、ジャンルの常道となったように思えてならない。


評:蔵研人

 

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2026年10月 1日 (木)

トッケビ 鬼と呼ばれた男

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★★★
製作:2019年 韓国 上映時間:80分 監督:パク・チャンジン

 江北のハン・ジョンピルと江南のチョ・ヒョヌ。不良社会を二分していた二人は、突如現れた<トッケビ(鬼)>の前にあっけなく敗れ去る。その正体を隠しながら平穏な高校生活を送っていたカン・インホだったが、学年の頂点を決める抗争が始まり、否応なくその渦中へと引きずり込まれていく。

 何よりもまず、いかにも痛快なアクションを予感させる惹句と派手なポスターに食指を動かされて鑑賞した一本である。しかし蓋を開けてみれば、主人公が本格的に活躍するのは冒頭と終盤のみ。それまでの展開は冗長で、物語に引き込まれるどころか、もどかしさばかりが募ってしまった。

 ようやくアクションが幕を開けるクライマックスに至っても、期待したほどの爽快感はない。動きの切れは鈍く、演出にも迫力が欠けるため、作品全体を支えてきた緊張感を解放するには至らなかった。激しい抗争を予感させながら、結局は小競り合いの域を出ない結末には肩透かしを食らった思いである。

 全体としては、B級アクション映画らしい粗さが目立つ作品だった。比較するなら、不評を買った2001年の『火山高』の方が、まだ独特の勢いと魅力を備えていたように思う。


評:蔵研人

 

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2026年9月28日 (月)

Mr.ノボカイン

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★★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:110分 監督:ダン・バーク

 生まれつき痛みを感じない──先天性無痛無汗症(CIPA)を抱えるネイサン・ケインは、銀行の副支店長として静かに働くごく平凡でおとなしい男である。そんな彼が、部下のシェリーという女性に恋をした瞬間から、人生は思わぬ方向へ転がり始める。翌日、浮き立つ気分で出勤したネイサンを待っていたのは、サンタクロース姿の強盗団による突然の襲撃だった。

 なんと支店長は金庫を開けなかったため射殺され、シェリーは人質に取られてしまう。やむなくネイサンが金庫を開けると、強盗団は金とシェリーを奪って逃走。ネイサンは彼女を救うため、半ば衝動的に追跡を開始し、ドタバタの大奮闘が幕を開ける。

 強盗団は屈強な男たち三人組で、とてもじゃないが、ひ弱なネイサンが太刀打ちできる相手ではない。だが恋に突き動かされた彼は、警察の忠告すら聞き入れず、ただひたすらシェリーを取り戻すために突き進む。そして彼の唯一の武器は、“痛みを感じない身体”だった。
 もっとも、痛みを感じないからといって骨折しないわけでも、死なないわけでもない。そんな危うさを抱えたまま、彼がどう戦うのか──そこが本作の最大の見どころとなる。

 ネイサンを演じるのは、TVドラマ『ザ・ボーイズ』でヒューイ役を務め、一躍注目を浴びたジャック・クエイド。ひ弱で誠実、どこか憎めない男を実に自然に演じている。しかも彼の両親がデニス・クエイドとメグ・ライアンという事実には、思わず驚かされる。

 作品はアクションコメディーでありながら、確かなラブコメの温度も宿している。110分があっという間に過ぎ去る、ジェットコースターのような娯楽作であった。


評:蔵研人

 

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2026年9月27日 (日)

木挽町のあだ討ち

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★★★★☆
著者:永井紗耶子

 第169回直木賞と第36回山本周五郎賞を同時受賞した話題作である。父を殺めた下男を見事に討ち果たした若侍の物語だが、これは単なるあだ討ち譚にとどまらない。筋立ての妙もさることながら、何より物語の運び方と構成の巧みさに心を奪われる。

 あだ討ちを成し遂げるのは、元服前の美少年・伊納菊之助。しかし本作の狂言回しを務めるのは、彼の縁者である加瀬総一郎である。舞台は江戸の芝居小屋・森田座。実質的な主役は、むしろ森田座に身を置く五名の人物たちと言ってもよいだろう。

 物語は第一幕から終幕まで六つのパートに分かれ、それぞれが重要人物の語りによって紡がれていく。

 第一幕「芝居茶屋の場」:吉原育ちで、森田座の木戸芸者となった一八の語り
 第二幕「稽古場の場」:かつて武士であったが失望し、森田座の殺陣師となった与三郎の語り
 第三幕「衣装部屋の場」:芳町上がりで、森田座の女形兼衣装管理を担うほたるの語り
 第四幕「長屋の場」:無口な木彫り職人で、小道具を手掛ける久蔵とその妻の語り
 第五幕「枡席の場」:旗本家の次男坊ながら武士を捨て、森田座で筋書きを創る金治の語り
 終 幕「国元屋敷の場」:あだ討ちを果たし、元服した伊納菊之助自身の語り

 それぞれの語りには、菊之助の人柄やあだ討ちの真相だけでなく、語り手たちが森田座に身を寄せるまでの苦難や生い立ちが織り込まれており、物語に豊かな陰影を与えている。

 本作は時代劇の装いをまといながら、ミステリーを縦糸に、人情を横糸に、そして歌舞伎の世界を絵柄として織り上げた物語である。直木賞受賞も納得の完成度と言えるだろう。

 映画化されたらさぞ面白いだろうと思っていたところ、なんと2026年2月に、狂言回し役・加瀬総一郎を演技派の柄本佑が演じる映画が公開されて好評のようだ。映像での再現もぜひ確かめたいが、すでにラストの謎解きを知ってしまっていることだけが、少しばかり惜しまれる。

評:蔵研人

 

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2026年9月26日 (土)

Mr. ノーバディ 2

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★★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:90分 監督:ティモ・ジャヤント

 ボサッとした小柄な中年男────しかしその正体は、かつて名を馳せた過激な殺し屋だった。そんなギャップを武器にしたアクションコメディーの続編が、本作『Mr. ノーバディ 2』である。
 殺しの腕は超一流ながら、どこか抜けた行動が災いし、借金に追われ休日すら満足に取れないハッチ・マンセルは、家族との絆を取り戻すべく久々の旅行へと出かける。だが旅先でのささいな失態が、巨大犯罪組織への“宣戦布告”と受け取られてしまい、事態はやがて戦争めいた大騒動へと発展していく。

 そもそもの発端は、ハッチが「休暇なので放っておいてほしい」と送ったメッセージに過ぎない。だが彼は余計な一言や行動を重ねてしまい、敵の怒りは雪だるま式に膨れ上がる。この“おバカさ”と“殺し屋としての圧倒的な強さ”の落差こそが作品の肝であり、観客は呆れつつも笑い、そして爽快なアクションに身を委ねることになるだろう。
 さらに、ハッチだけでなく、息子や義弟、老いた父親、そして美しい妻までもが実は喧嘩に強いという設定が、物語に愉快な厚みを与えている。

 キャスト陣も実に懐かしい顔ぶれだ。老父役には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のクリストファー・ロイド、妻役には『グラディエーター』のコニー・ニールセン、そして巨悪組織の女帝レンディーナを演じるのは、『氷の微笑』のシャロン・ストーン。往年のスターたちが揃い踏みする姿は、映画ファンにとって嬉しい驚きである。

 なお前作『Mr. ノーバディ』は2021年公開だが、同名のフランス映画『ミスター・ノーバディ』も存在する。ただしそちらは“不死”をテーマにした2011年製作のSF作品であり、内容はまったく異なるので混同には注意したい。


評:蔵研人

 

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2026年9月23日 (水)

力道山物語 怒涛の男

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★★★
製作:1955年 日本 上映時間:84分 監督:森永健次郎

 圧倒的な喧嘩の強さで知られた少年時代から大相撲を経て、ついにはプロレス界の世界チャンピオン、ルー・テーズに挑むまで────力道山の半生を描いた伝記映画である。
 十両昇進後は、力道山本人が自らを演じているが、素人とは思えないほど自然な演技で、画面に不思議な説得力を与えている。物語の中心はやはり大相撲時代で、終盤では親方との衝突から髷を切り、相撲界を去る姿が描かれる。辛い新弟子時代を耐え抜いた彼が、こうして土俵を離れるに至る過程は、どこか哀感を帯びている。

 本作は冒頭で「ここに出てくる人物は事実のままでなく、多くの点で映画的につくられた」と明記される。現代であれば「これはフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません」とエンドロールに表示される類の断り書きだろう。もちろん力道山の出世物語を描く以上、完全なフィクションではないが、前置きの通り脚色が随所に見られる。

 たとえば、力道山が所属していたのは二所ノ関部屋であり、映画に登場する大村部屋ではない。また後援者も実際には新田建設社長・新田新作であるが、映画では隅田新作と名を変えている。
 この程度の改変は映画では珍しくないが、問題は力道山の人物像があまりにも品行方正に描かれ、美談で塗り固められている点である。実際には、彼は朝鮮半島に生まれ、朝鮮相撲の選手として育った経歴を持つ。そうした複雑な背景が薄められ、英雄譚として整えられているあたりに、まさに“映画的につくられた伝記”の性格が色濃く表れている。


評:蔵研人
 

 

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2026年9月21日 (月)

お遊さま

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★★★☆
製作:1951年 日本 上映時間:95分 監督:溝口健二

 日本映画史において“三大巨匠”の一角を占める溝口健二が、国際的評価を確立する以前に手がけた一作である。監督自身のフィルモグラフィの中では、やや影の薄い作品といえるかもしれない。
 原作は谷崎潤一郎の名篇「芦刈」。脚本は「お艶殺し」「春怨」などで知られる依田義賢。主演に田中絹代と堀雄二、脇を乙羽信子、柳永二郎、進藤英太郎らが固める、当時としては堅実な布陣である。

 田中絹代演じるお遊さまは、小曽部家から金満家・粥川家へ嫁いだものの、間もなく夫と死別する。だが一人息子の養育を条件に、嫁ぎ先に留まり、贅沢と遊芸に身を委ねることを許された特異な境遇の女性である。
 ある日、妹のお静が芹橋慎之助と見合いをすることになり、お遊さまは付き添いとして同行する。ところが慎之助は、お静ではなく、ひと目でお遊さまに心を奪われてしまう。

 導入部の見合い場面では、慎之助が遠くから一行を見つめるショットが印象的だ。スクリーン上でも、お静の姿はお遊さまや侍女の陰に隠れてほとんど見えない。この構図は慎之助の視線をなぞるだけでなく、彼の胸中に芽生えた熱情をも巧みに映し出している。こうした細部への目配りこそ、溝口健二が“名匠”と呼ばれるゆえんだろう。

 もっとも、原作に忠実であるがゆえに、奇妙な三角関係の成り立ちや物語の結末は、現代の観客にはやや理解しにくい部分もある。また、作品自体が古いため、音声や映像に多少の乱れが見られたのは惜しまれる点であった。

 それにしても、お静を演じた乙羽信子の清純な美しさには驚愕した。ましてこの頃に、誰があの新藤兼人監督の『鬼婆』で裸になって強烈な演技を見せる本格女優になると予想できたであろうか。


評:蔵研人 

 

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2026年9月19日 (土)

宝島

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:191分 監督:大友啓史

 原作は第160回直木賞を受賞した真藤順丈の同名小説。メガホンを取ったのは『るろうに剣心』『3月のライオン』の大友啓史。主なキャストは、妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太で、それぞれが渾身の演技を見せている。

 舞台は1952年、米軍統治下の沖縄。当時、米軍基地を襲撃して物資を奪い、困窮する住民に分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれる若者たちが存在した。本作は、その戦果アギヤーの中で「大きな戦果」を夢見るグスク、ヤマコ、レイ、そしてリーダー格のオンという四人を中心に描かれる。
 しかし、ある夜の襲撃で“予定外の戦果”を手にしたオンは、突然姿を消してしまう。残された三人は、消えたオンの影を追いながらそれぞれの人生を歩む。グスクは刑事に、ヤマコは教師に、レイはヤクザに────三者三様の道が、沖縄の戦後史とともに静かに分岐していく。

 3時間11分という大長編でありながら、壮大なスケール、美麗な映像、効果的な音楽、そして確かな時代考証が揃い、完成度は日本アカデミー最優秀作品賞に届いてもおかしくない水準だ。ただ、史上最高の興行収入を記録した『国宝』と製作時期が重なったことは、本作にとって不運だったと言わざるを得ない。

 欲を言えば、四人の若者を主軸に据えた物語である以上、群像劇としての脚本をもう一段練り上げ、観客をより強く引き込む構成にして欲しかった。余りにも大作を意識しすぎたのか、物語は重く沈み込み、カタルシスに乏しい。鑑賞の後半は、どこか義務感に背中を押されていたような気がする。
 むしろ本作の題材は、ドラマではなくドキュメンタリーとして描いたほうが、より深い真実味を帯びたのではないか────そんな思いが残った。


評:蔵研人

 

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2026年9月16日 (水)

メモリー 記憶の追体験

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★★
製作:2019年 ボリビア、コロンビア 上映時間:86分 監督:セルジオ・ヴァルガス・パス
 
 ボリビア製の映画を観るのは、おそらくこれが初めてだ。
 タイムスリップと記憶再生という好みのテーマだったので、世評が芳しくないことは承知のうえで鑑賞した。しかし正直に言えば、物語の面白さも、作品が何を語ろうとしているのかも掴みきれなかった。

 舞台は近未来。ある企業が、独自のテクノロジーによって利用者の記憶を呼び起こし、特定の過去の瞬間を鮮明に再現するサービスを提供している。最愛の夫を亡くした老女は、その寂しさを埋めるようにこのサービスに没頭し、美しい記憶の世界に浸り続けていた。
 彼女は会社の資金を私的に使い込み、娘の制止を振り切って過去の世界に逃避し続ける。しかしある日、システムエラーが発生し、彼女の大切な記憶がすべて失われてしまう。

 そこへ突然、メモリー社の技術者が現れる。彼は母親を安楽死させたことへの後悔から、過去へ戻るための独自のタイムトラベル理論に取り憑かれていた。
 彼の主張によれば、記憶の活性化は特殊なエネルギーを生み出し、それがタイムスリップを可能にするという。そのエネルギーとは、老女が放つ“過去への強烈な憧れ”であり、記憶だけが過去へ飛んでしまったのだという。

 しかしその“過去”は実際にはパラレルワールドであり、現実の延長線上には存在しない────。物語はそのような方向へ進んでいくのだが、設定は中途半端で、作品が本当に描きたかった核心は最後まで見えてこなかった。
 結果として、テーマの魅力に対して作品の完成度が追いつかず、消化不良のまま終わってしまった印象が強い。


評:蔵研人 

 

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2026年9月13日 (日)

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

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★★★☆
製作:2021年 ドイツ 上映時間:107分 監督:マリア・シュラーダー

 ベルリンの博物館で楔形文字の研究に没頭する女性学者アルマは、研究資金を得るため、ある企業が極秘に進める実験に参加することになる。その内容は、ドイツ人女性の膨大な恋愛データと、アルマ自身の性格・欲求をもとに最適化された高性能AIロボットと、三週間の共同生活を送るというものだった。

 ロボットの名は「トム」。端正な容姿に穏やかな物腰、豊富な知識と洗練された恋愛スキルを備え、まさに“理想のパートナー”として設計されている。
 最初、アルマは彼の過剰な親切や完璧さに不気味さすら覚え、過去の経験から人間関係にも慎重になっていた。しかし、トムは辛抱強く彼女に寄り添い、傷ついた心を少しずつ解きほぐしていく。やがてアルマは、人工物であるはずの彼の中に、奇妙な“人間性”の気配を感じ始める。

 本作のテーマ自体は珍しいものではないが、女性が人間、男性がロボットという性別の反転構造が興味深い。これは女性監督であるシュラーダーの視点が色濃く反映されているのだろう。

 アルマを演じたマレン・エッゲルトは、中盤まではロボットを嘲笑するような不愛想で刺々しい中年女性を演じているが、物語が進むにつれ、表情が柔らぎ、終盤には可憐さすら漂わせる。演技の変化だけで人物像がここまで魅力的に変わるのかと感心させられた。
 また、トム役のダン・スティーブンスも秀逸で、人間らしさと非人間性の境界を絶妙に揺らしながら、微妙な感情の揺れを丁寧に表現している。

 人間性の深部に触れようとする誠実な作品であり、静かな余韻を残す佳作である。ただ、ラストがややあっさりと終わってしまう印象があり、もう一歩踏み込んだ情感の高まりを期待していた身としては、少し物足りなさも残った。しかし、その控えめな結末こそが、ドイツ映画らしい“節度”なのかもしれない……。


評:蔵研人

 

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2026年9月 8日 (火)

港のひかり

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:118分 監督:藤井道人

 舞台は北陸の小さな港町。堅気となった元ヤクザの三浦は、慣れない漁師仕事に身を沈めながら、静かに暮らしていた。そんなある日、白い杖を頼りに歩く少年・幸太と出会う。やがて二人のあいだには、年齢を超えた不思議な友情が芽生えていく。

 幸太は、ヤクザ絡みの交通事故で両親を失い、引き取られた叔母とその恋人からも虐待を受けていた。孤独を抱えた少年に、かつての自分を重ねた三浦は、彼の視力回復手術のために、ヤクザの麻薬取引現場から金を奪うという危険な賭けに出る。そして幸太の手術を見届けたのち、自ら警察へと出頭する。

 奪われた金の持ち主は、三浦の元弟分・石崎が率いる組である。彼らが黙っているはずもなく、物語は静かに緊張を孕んでいく。そして12年後、刑期を終えた三浦が出所すると、皮肉にも成長した幸太は刑事となっていた。

 一昔前なら、任侠に熱い三浦の役は高倉健が演じていたかもしれない。しかし本作では、舘ひろしが渋みと陰影を湛えた演技で存在感を放っている。また笹野高史、ピエール瀧、宇崎竜童、市村正親、椎名桔平といったベテラン勢が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。

 ただ、物語の骨格はあまりにベタで、終盤のクライマックスで幸太が単身乗り込む展開には、ご都合主義の匂いが拭えない。また、三浦が自己犠牲を払ってまで幸太に尽くすようになる心情の掘り下げも十分とは言い難い。ここを丁寧に描き直せば、物語はより深い感動へと到達できたはずで、その点が何より惜しまれる。
 

評:蔵研人

 

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2026年9月 5日 (土)

二十歳に還りたい。

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:119分 監督:赤羽博

 タイトルを見たとき、私はてっきりタイムトラベルものだと思い込んでいた。確かに老人が二十歳の青年へと若返るのだが、過去へ戻るのではなく、同時代の“別人”の身体に心だけが宿るという設定である。そして原作が幸福の科学グループ・大川隆法総裁だと知り、宗教映画なのだと悟ったものの、意外にも宗教色は控えめであった。

 寺沢一徳は、裸一貫から大企業を築き上げ、「経営の神様」と称えられた人物だ。しかし引退後は、高齢者施設で淡々と孤独な日々を送っている。そんな一徳の唯一の慰めは、施設を訪れる学生ボランティア・山根明香とのささやかな交流だった。

 夕陽の丘を散歩しながら、一徳は初めて自らの過去を語る。社会的成功とは裏腹に、家族には恵まれなかった人生だったと……。明香はその告白に胸を痛め、沈む夕陽に向かって、神に彼の願いをひとつだけ叶えてほしいと祈る。一徳もまた、彼女が抱える失恋の痛みを感じ取っていた。
 できることなら、彼女のためにも、もう一度二十歳に還りたい────。そう願った瞬間、彼は見知らぬ大学の校庭で、若き青年として目を覚ます。

 青年はサッカー部員で、明香はそのマネージャーという設定。さらに彼女は有名劇団長の娘であり、その縁から青年は一流俳優へと駆け上がっていく。
 しかし「三十歳になるまで結婚してはならない」という神のお告げの意味が曖昧で、物語の核心に関わるはずの部分が十分に掘り下げられていない。またあと少しで三十歳になるときに、なぜ「誕生日まで待ってほしい」と言えなかったのか────。その一点がどうしても引っかかり、物語に深く没入できなかったのが実に残念である。

 出演者の多くは無名に近いが、津賀山正種と上杉祥三というベテラン二人の演技だけは圧倒的な存在感を放っていた。もし彼らがいなければ、作品は一気にB級の色合いへ傾いていたかもしれない。
 全体としては、宗教映画という先入観を裏切る穏やかな人間ドラマであり、設定の粗さを許容できるかどうかで評価が分かれる作品だろう。


評:蔵研人

 

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2026年9月 3日 (木)

スピーシーズ 種の起源

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★★★☆
製作:1995年 米国 上映時間:108分 監督:ロジャー・ドナルドソン

 30年ぶりに観返したのだが、ストーリーは驚くほど綺麗に記憶から抜け落ちていた。もっとも、改めて見直してみると、この時代の作品としてはVFXの完成度はかなり高く、映像にも思ったほど古臭さは感じない。

 タイトルの “Species” は「種」あるいは「生物種」を意味する。本作に登場するシルは、遥かな宇宙から送信されてきた未知のDNA配列と人類のDNAを融合させて誕生した生命体である。人類の科学が、理解の及ばぬ異質な知性へ不用意に手を伸ばした結果、生まれてしまった存在だ。

 シルを演じたのは、当時スーパーモデルとして人気絶頂だったナターシャ・ヘンストリッジ。本作は、彼女の妖艶な魅力を全面に押し出したことでも話題となり、その美貌に惹かれて劇場へ足を運んだ観客も少なくなかったという。なるほど、彼女の肢体には人間離れした美しさがあり、「映画史上もっとも美しいエイリアン」と称されたのも頷ける。彼女はこの作品を機に女優へ転身し、その後も映画やドラマで活躍することになる。

 急速な成長を遂げたシルは研究施設を脱走し、成熟すると本能のままに子孫を残そうと男たちを誘惑し始める。彼女を追うために招集されたのが、抹殺任務のプロであるプレストン、霊的感応能力を持つダン、分子生物学者ローラ、異文化行動学者アーデンらによる特別チームである。

 序盤は、シルという存在の不気味さと官能性が入り混じり、得体の知れない恐怖がじわじわと広がっていく。その空気感には確かに引き込まれるものがあった。しかし物語が進むにつれ、展開は次第に単調さを帯びていく。同じような追跡劇が繰り返され、チームの面々も、超感覚的にシルの存在を察知するダンを除けば、能力を十分に活かし切れているとは言い難い。

 さらに、物語のスケール自体は本来もっと大きくなり得たはずなのに、行動の中心がほぼこの少人数チームに限定されるため、世界規模の危機というより、どこか閉じたB級SFの趣に収束してしまう。その点は少々惜しまれる。

 また、シルの最終形態デザインを『エイリアン』で知られるH・R・ギーガーが担当しているのだが、その禍々しい造形は完成度こそ高いものの、本作がそれまで築いてきた「妖しい美しさ」とはやや異質にも感じられた。結果として、終盤は『エイリアン』的イメージへ引き寄せられすぎた印象が残る。

 とはいえ、美と恐怖、エロティシズムとSFホラーを真正面から融合させようとした90年代ならではの勢いは、いま観てもなかなか魅力的である。ナターシャ・ヘンストリッジという存在そのものが、この映画最大の特殊効果だったのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年9月 1日 (火)

月夜の傘

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★★★★
製作:1955年 日本 上映時間:128分 監督:久松静児

 どこかで聞いた覚えのある題名だと思っていたが、丘の上の家から小田急線が走るのを見下ろすあの風景……よくよく調べてみれば、やはり記憶の底に沈んでいた映画だった。

 子供の頃、僕は小田急線の梅ヶ丘に住んでいた。近所では時折映画のロケが行われ、ある日、駅裏の根津山(現・羽根木公園)で大掛かりな撮影が始まった。小高い丘一帯に野外セットの家々が建ち並び、まるで別世界のようだった。その作品こそ本作『月夜の傘』だったのである。
 後日、家族揃って下北沢のグリーン座(二番館)へ観に行った記憶はあるが、内容はさすがに七十年も昔のことで、ほとんど覚えていない。ただ、スクリーンの向こうをガタゴトと走り抜ける小田急線の姿だけは、今も胸の奥に懐かしく灯っている。ただ駅はセットで、梅ヶ丘駅そのものではなかったのが少し残念だが、それもまた映画の魔法だろう。

 物語の中心となるのは、井戸端会議に集う四人の主婦たち。田中絹代、轟夕起子、新珠三千代、坪内美詠子と、今では懐かしい名が並ぶ。さらに宇野重吉、三島雅夫、伊藤雄之助、飯田蝶子といった芸達者が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。
 監督の久松静児は、森繁久彌や伴淳三郎、フランキー堺が主演した 駅前シリーズ で知られるが、女性映画の秀作も多く、戦後日本の家庭劇・人情劇を数多く手がけた。小津安二郎ほど形式化された美学ではないものの、庶民の暮らしを温かく見つめる視線には通じるものがある。

 本作に描かれる主婦たちは、洋裁で生計を立てる戦争未亡人を除けば皆専業主婦であり、子供は二、三人。戦後日本の典型的な家族像がそのまま息づいている。ただし、戦前のように父親の威光が絶対ではなくなり、子供たちにもプライバシーの感覚が芽生え、論理的な説明を求める新しい気風が漂い始めている。
 
 大きな事件は起こらず、悪人も登場しない。平和でのんびりした日常が淡々と綴られるだけのように見える。だが、飯田蝶子演じる住み込みの婆やが、東山千栄子の孤独な老女に寄せる静かな同情には、作品の奥底に潜むもう一つのテーマが感じられる。
 そして、宇野重吉の頑固な夫にそっと寄り添う田中絹代の妻……あのラストシーンの柔らかな余韻は、久松監督の力量を物語っている。
 二時間を超える長編ながら、退屈することなく、しみじみと心に染み入る作品だった。原作が『二十四の瞳』の壺井栄であると知り、深く納得してしまった。

評:蔵研人

 

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2026年8月29日 (土)

私タイムトラベル出来るんです! 

タイムトラベル

★★★
製作:2024年 日本 上映時間:約120分 監督:渡邊 豊

 本作は、前半が1話5分・全12話のTVドラマ形式、後半が『私タイムトラベル出来るんです! THE MOVIE』として劇場公開されたという、少々変則的な構成を持つインディーズ作品である。もっとも、近年ではアニメ作品などでもテレビシリーズと劇場版を連動させる手法は珍しくない。とはいえ本作の場合、前半が「次回へ続く」という以上に、物語の輪郭すら掴みきれないまま突然終わってしまうため、かなり戸惑わされた。

 さらに難解なのは、そのストーリー展開である。後半を観てもなお理解が追いつかず、結局もう一度見直すことになった。そしてようやく、次のような物語だったのではないかと整理できたのである。

 2053年1月。タイムマシンを開発した韮品博士は、何者かに追われ別荘へ逃げ込む。博士は助手の葱沢茉莉奈をタイムマシンで未来へ逃がすものの、自身は追手に殺害されてしまう。

 翌2054年。その別荘は売家となっており、女子大生・磯野桜子が不動産屋に案内されてやって来る。事故物件だと告げられながらも契約した桜子は、和室の床下からタイムマシンと反物質、さらに起動マニュアルを発見する。
 2036年へ跳ぶつもりで起動したはずが、初期設定のまま2024年へ飛ばされてしまう桜子。そこで偶然、若き日の韮品博士と遭遇する。しかし反物質とマニュアルを所持したまま、不審者として別荘を追い出されてしまうのだった。

 ここから物語は急速に視界を曇らせ始める。桜子が博士の名を口にしたことで、「なぜ彼女は博士を知っているのか」という疑問が生まれるのだ。後になって考えれば、物理学専攻の学生として著名な博士を知っていたのかもしれない。しかし、その説明がこの時点では示されないため、私は序盤に登場した葱沢茉莉奈と混同してしまった。結果として、以降の展開は霧の中を手探りで進むような感覚だった。

 別荘を追い出された桜子は、2024年の街を彷徨ううちに転倒し、頭を打って気を失う。彼女を助けたのは、まだ結婚前の若き日の父と母だった。当然ながら、二人は未来から来た娘の存在など知るはずもない。
 意識を取り戻した桜子は、急いで別荘へ戻り、韮品博士に未来から来たことを告げる。そして証拠としてマニュアルを見せようとするが、それが見当たらない。気絶していた間に失くしたのかもしれない────そう考え二人は、再び街へ探しに出る。

 映画版はさらに大胆に時空を飛躍する。2023年では学園の新理事長として葱沢茉莉奈が現れ、2037年では桜子の両親が研究中の“電話型タイムマシン”によって別次元へ跳ばされる。そして2054年では、かつて学園教師だった女性が総理大臣となって演説しているではないか。
 そこでは、死んだはずの桜子の父が生きており、逆に母は亡くなっていた。しかも父は、その女性総理と再婚している。ようやく理解しかけた物語だが、再び大きく姿を変える。そして、そこへまた葱沢茉莉奈が現れるのだから、観ているこちらの思考も時空の渦へ引きずり込まれていく。

 二度観てもなお腑に落ちない部分が残るのは、設定の多さに対して伏線や説明が圧倒的に不足しているからだろう。しかし不思議なことに、再鑑賞によって評価は少し上がった。混乱しながらも、「もう一度確かめたい」と思わせる力が、この作品には確かに存在している。

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」
 おそらく、この言葉こそが本作の核なのだろう。粗削りで、整理不足で、ときに観客を置き去りにしながらも、“想像すること”への情熱だけは、最後まで失われていなかった。


評:蔵研人

 

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2026年8月27日 (木)

アナザー・タイム

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★★★☆
製作:2018年 米国 上映時間:89分 監督:トーマス・ヘネシー

 有能なアカウントマネジャーであるエリックは、高給取りでありながらも現実主義者で、狭い部屋に暮らし、当然マイカーも一台。将来に備えて着実に貯蓄を続けている。加えてイケメンとくれば女性に困るはずもないのだが、彼自身が心を動かされる出会いには恵まれてこなかった。

 そんな彼が、ある仕事でチームを組んだジュリアに“運命”を感じ、抑えきれない恋心を告白する。しかし彼女にはすでに婚約者がいた。「もっと早く知り合っていれば」と彼女は言うのだが、その言葉はエリックの胸に深く刺さる。

 意気消沈した彼は、宇宙科学の番組で“タイムトラベルは理論上可能だ”と語るゴイヤー博士のビデオを目にし、もしジュリアが婚約者と出会う前に自分と出会っていたら────そんな思いに取り憑かれていく。行方不明となっている博士を探すため、エリックは博士の故郷アリゾナへ向かう。

 こうして彼は5年前へのタイムトラベルを試みるのだが、その準備に費やされる時間が実に長い。過去へ跳んでからラストまではわずか15分ほどしか残されておらず、本作は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような冒険譚ではない。

 しかし、タイムトラベルの理論づけは意外なほどしっかりしている。過去といっても“同じ世界の過去”に戻るのではなく、タイトルの「アナザー」が示す通り、分岐したパラレルワールドの過去であり、元の世界には戻れない────その感覚が丁寧に描かれており、私はそこに好感を覚えた。

 終盤があっけないためかネットでは不評も多いが、私は途中で“そうなるのではないか”という予感のようなものが芽生え、むしろ静かな納得を得た。人生は一度きり。悔いのない生き方を選ぶべきだという、控えめながらも確かなメッセージが、そっと胸に残る作品だった。


評:蔵研人

 

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2026年8月25日 (火)

57秒 復讐のタイムループ

57

★★★
製作:2023年 米国 上映時間:99分 監督:ラスティ・カンデッフ

 タイトルの通り、本作には「ボタンを押した瞬間から57秒だけ過去へ戻れる」という、なんとも都合のよい指輪が登場する。
 57秒という中途半端な短さに、「そんな時間で何ができるのか」と首をかしげたくなる。だが、暴漢に襲われる直前や事故の瞬間に使えば、生死を分ける一手にもなり得るではないか。

 恋に落ちた相手の好みを探るため、会話を何度もやり直すこともできるだろうし、結果が即座に出るルーレットのような賭博なら、短時間で大金を得ることすら夢ではない。
 これらは劇中でも実証済みだが、では他にどんな使い道があるのだろう。
 巻き戻せるのは、たった57秒。出来事の原因が1分以上以前にあるなら、その本質を変えることは難しい。しかし偶発的な事故や失敗であれば、その57秒の猶予だけで未来を丸ごと塗り替えることができる。

 たとえば交通違反で止められたとき。
 万引きや痴漢の冤罪を疑われた瞬間。
 テスト中、カンニングが見つかった場面。
 麻雀で不用意に振り込んでしまったとき。
 あるいは、王手の連続で詰め切れなかった将棋の終盤。

 そんなとき、ボタンひとつでやり直せるのだから、納得いくまで何度でも挑めばいい……などと考えてしまう自分が、少し情けない。思いつく使い道が、ろくでもないことばかりというのも実に悲しいね。トホホホホ。

 タイムループ作品としての着想は興味深く、57秒という制約も絶妙である。ただ、その面白い設定に対して、物語そのものはやや掘り下げ不足に感じられた。
 また出演者では、モーガン・フリーマンの存在感が際立っていた一方、それ以外のキャラクターには強い魅力を見出しにくい。アイデアは光っているのに、ドラマとしての奥行きがもう一歩届かなかった————そんな惜しさの残る一本であった。


評:蔵研人

 

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2026年8月21日 (金)

ミッション:インポッシブル デッドレコニング

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★★★☆
製作:2023年 米国 上映時間:164分 監督:クリストファー・マッカリー

 高い岩山の断崖絶壁から、岩肌すれすれをかすめるようにバイクごと宙へ飛び出し、パラシュートで降下する。そのまま超高速で疾走する列車へと舞い戻り、窓を突き破って車内へ飛び込む。さらに、お決まりとも言える列車の屋根での死闘を経て、爆破された鉄橋から次々と転落してゆく車両の中を、宙吊りになりながら隣の車両へ渡ってゆく────。

 終盤およそ三十分にわたって展開される怒涛のアクションシーン。その圧倒的な迫力を前にすると、「この映画は、この場面のために存在している」と言い切っても、決して大げさではない。観客を息つく暇もなく追い立てる、シリーズ屈指の見せ場である。

 物語の軸となるのは、「二つの鍵」を巡る争奪戦と、その鍵が導く“目的”の正体を探ることである。やがて、それが人類すら支配し得る超高性能AIの制御に関わるものであることが示唆される。しかし、CIAのエージェント、謎めいた男ガブリエル、武器商人たちの思惑が複雑に交錯し、誰が真の敵なのか容易には見えてこない。とりわけ本シリーズを初めて観る観客にとっては、その人物関係や背景はやや把握しづらいかもしれない。

 さらに本作は、シリーズ初の二部作として構想されている。そのため物語は壮大なスケールを帯びる一方、アクションの過剰なまでの派手さによって、ドラマの輪郭がやや霞んでしまった印象も残る。だが、それもまた現代の大作映画が向かう、“映画”と“アトラクション”の境界が曖昧になってゆく時代の流れなのだろう。


評:蔵研人

 

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2026年8月19日 (水)

タイムシフト

たいむしふと

★★
製作:2020年 米国 上映時間:85分 監督:ジェイコブ・バーンズ

 B級作品であり、初めから評価が低いことは承知していた。もちろんその理由は、この作品が私の大好きなタイムトラベルものであるからだ。
 古びた納屋の奥には、ドラム缶を寄せ集めて作られた“タイムマシン”のような装置が鎮座している。最初の実験台は猫、次に亡くなった発明者の娘がその装置に身を委ねる。過去へと跳ぶと、そこには常に過去の自分が存在しており、強烈な痛みとともに体調が徐々に崩れていく。

 登場人物としては、父親、隣人、酒場の男、マッチングアプリの相手、会社の上司、図書館職員などが時折姿を見せる。しかし一部を除き、彼らは物語にほとんど関与せず、何のために登場しているのか判然としない。結局のところ、作品には明確な主張も物語の推進力もなく、ただ「タイムシフトすると身体に異変が起こる」という現象だけが繰り返されるにすぎなかった。


評:蔵研人

 

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2026年8月17日 (月)

豊臣秀長 ——ある補佐役の生涯——

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著者:堺屋太一

 面白い、実に面白い一冊である。これまで十分に光が当てられてこなかった豊臣秀長という人物像が、堺屋太一の独自の視点によって立体的に浮かび上がる。本書は、秀吉の実弟・小一郎秀長の生涯を描いた歴史小説であるが、単なる史実の追認ではなく、現代の政治経済との比較を織り交ぜながら叙述されている点にこそ、堺屋作品ならではの価値がある。

 派手好みで外交手腕に長けた秀吉とは対照的に、秀長は地味で堅実、そして生涯「補佐役」に徹した人物であった。彼自身の功績を伝える記録が乏しいのも、あくまで兄を支える立場をわきまえ、黒子として振る舞ったゆえである。
 執筆当時、資料の少なさに悩んだ堺屋は、秀長ゆかりの地の郷土史家や史誌投稿者ら百余名に手紙を送り、最終的に大学研究員、高校教師、市史担当者など七名から意見を得たという。その丹念な取材姿勢が、作品の厚みを支えているのだろう。

 一般に組織の「ナンバー2」といえば、副社長や専務など、次期トップ候補か、トップになり損ねた同僚、あるいは参謀役を指す。しかし秀長の場合は、そうした権力欲とは無縁で、ただ秀吉の補佐役としての「分」を守り続けた。
 戦場では交渉役や殿(しんがり)、囮といった誰もが嫌がる役目を淡々とこなし、組織運営では秀吉の手が届かぬ仲裁や雑務を引き受けた。優秀な部下に恵まれなかった秀吉が天下取りへと駆け上がれたのは、実弟・秀長の存在があったからこそだと、改めて思わされる。さらに言えば、享年五十二の人生があと十年延びていれば、豊臣家が家康に滅ぼされることもなかったかもしれない。

 2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』では、秀吉よりも秀長を主役として描いている。お市の描き方など脚色は多いものの、物語の大筋や秀長の行動については、1985年刊行の本書と驚くほど近い。公式には原作とされていないものの、相当程度参考にしたのではないかと感じられた。

評:蔵研人

 

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2026年8月16日 (日)

動物界

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★★★☆
製作:2024年 フランス 上映時間:128分 監督:トマ・カイエ

 狼へと変貌する“狼男”の物語は古今東西くり返し映画化されてきた。しかし本作『動物界』では、人間は特定の獣に限らず、鳥や昆虫など多様な生き物へと変異してゆく。しかもその変化は突発的ではなく、静かに、しかし確実に肉体を侵食し、一度“新生物”となれば二度と人間には戻れない。

 そうした意味で、本作は従来の変身譚とは一線を画している。単なる異形の恐怖ではなく、変貌してゆく少年の揺れる心を真正面から描き出している点が、何より印象深い。

 舞台は近未来。原因不明の突然変異によって、人間の身体が徐々に動物化してゆく奇病が世界中に蔓延していた。変異した者たちの中には凶暴性を帯びる者もおり、彼ら“新生物”は強制的に隔離施設へと収容されている。そしてフランソワの妻ラナもまた、そのひとりだった。

 ある日、“新生物”を移送する車両が事故を起こし、彼らは森へと逃亡する。行方不明となったラナを捜すため、フランソワは16歳の息子エミールとともに奔走する。だがその最中、今度はエミール自身の身体にも異変が現れ始めるのだった。

 エミールを演じた ポール・キルシェ は実に素晴らしい。動物化という異様な設定を借りながら、思春期特有の孤独や不安、そして自己の輪郭が崩れてゆく恐怖を繊細に演じ切っている。また父フランソワを演じた ロマン・デュリス も秀逸だ。単に口うるさく頑固な父親ではなく、不器用ながらも妻と息子を深く愛する男として存在しており、終盤のある決断の場面には胸を強く締めつけられた。

 本作が問いかけているのは、人間と異なる存在は果たして排除されるべきなのか、それとも共存への道はあり得るのか、という問題だろう。そして同時に、変わりゆく家族を、それでもなお愛し続けられるのかという普遍的なテーマでもある。

 異形の幻想と家族のドラマ、さらには社会的寓話をここまで自然に融合させたSF映画は稀有だ。静かな森の気配のなかで、人間という存在そのものが揺らいでゆく────その独創的な切り口には、ただ感嘆するほかない。


評:蔵研人

 

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2026年8月13日 (木)

28年後...

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★★★☆

製作:2025年 英国 上映時間:115分 監督:ダニー・ボイル

『28日後…』『28週後…』に続く最新作であり、監督は第一作を手がけたダニー・ボイルが再び戻ってきた。もっとも、続編とはいえ三部作の間に登場人物の直接的な継承はなく、ただ“感染によって英国、ひいては世界が崩壊していく”という大きな流れだけが静かに連なっている。

“28”という数字に深い意味があるわけではない。ただ、30日では整いすぎてしまうところを、28日という微妙なズレが不気味さと現実味を帯びさせ、結果として語感の良さもシリーズのブランド化に寄与しているのだろう。

 本作は、英国本土が壊滅した後、生き延びた英国民が近隣の小島で細々と暮らしている場面から幕を開ける。ある日、ジェイミーは12歳の息子スパイクを連れ、本土へ渡る。それは大人になるための通過儀礼であった。
 スパイクは“スローロー”と呼ばれる鈍重な感染者を弓で仕留めるが、凶暴な“アルファ”が姿を現し、二人は追い詰められる。死に物狂いで海を渡り、なんとか島へと帰還するのだった。

 その後、南西の地に“狂気に囚われた医師”が住むという噂を耳にしたスパイクは、母アイラの病を癒せるのはその医師かもしれないと信じ、危険な旅へと踏み出す。

 ここまでは、息を呑む緊迫感と、荒廃した本土の壮大な風景が相まって、見どころに満ちた作品であった。しかし医師が登場するあたりから、物語はホラーというより宗教的な色彩を帯び始める。“頭蓋骨の巨大な塔”といった神秘的なイメージが凍りつくように立ち現れ、このまま進めば崇高な寓話へと昇華したかもしれない。だが、突如として“仮面ライダー”的とも言える唐突な展開で幕を閉じ、続編を匂わせる終わり方を迎える。

 監督は一体何を語ろうとしたのか。物語の粗さや納得しがたい展開が多く、意図を掴むには続編を待つほかないのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年8月11日 (火)

28週後...

28

★★★☆
製作:2008年 英国 上映時間:104分 監督:ファン・カルロス・フレスナディージョ

 本作は、2002年のサバイバルスリラー『28日後…』の続編である。
 新種ウイルス〈RAGE(レイジ)〉の蔓延によって壊滅したロンドン。発生から28週が経ち、ようやく街の再建が始まろうとしていた頃、スペイン旅行で難を逃れた姉弟タミーとアンディが帰国し、軍の管理下に置かれた保護区域で父ドンと再会する。

 母の死を知らされた二人は、遺品を取りに行くため保護区域を抜け出し自宅へ向かうが、そこで待っていたのは“死んだはずの”母アリスだった。救出されたアリスは検査の結果、感染しても発症しないキャリアであることが判明する。しかし、ウイルスを保持していることに変わりはなく、面会に訪れたドンが感染したことで、沈静化していたロンドンは再び恐怖の渦へと飲み込まれていく。

 前作同様、感染者たちの動きは凄まじく速い。ゆっくり歩くゾンビ像に慣れた観客にとって、その異様な俊敏さは受け入れがたいものがある。「彼らはゾンビではなく感染者だ」と説明されても、病人があれほど活発に動き回る姿にはどうしても違和感が残る。逃走シーンの疾走ぶりは、まるで『ミッション:インポッシブル』の“トム走り”を彷彿とさせ、ホラーというよりアクション映画へと変貌してしまった印象すらある。

 せっかく再建の兆しを見せていたロンドンが再び崩壊したのは、二人の子どもが規則を破り、軽率な行動を取ったことが原因である。そして皮肉なことに、生き残るのはその二人だけだという結末が待っている。残念だが観終えた後には、どうにも割り切れない不快感が残る作品であった。

評:蔵研人

 

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2026年8月 9日 (日)

アナザー・ワールド 異次元の怪物

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★★☆
製作:2020年 ロシア 上映時間:96分 監督:スビヤトスラフ・ポドガイエフスキー

 生まれたばかりの赤ん坊ヴァーリヤの世話のため、アレクセイ一家はタチアナというどこか不穏な気配を漂わせるベビーシッターを雇う。だが、いつしか彼女とヴァーリヤは忽然と姿を消してしまう。息子イゴールは両親に必死に訴えるものの、なぜか彼らの記憶からはヴァーリヤの存在そのものが抜け落ちていた。

 やむなくイゴールは友人たちとともに、深い森へと分け入り、妹の行方を追う。やがて森の奥で見つけた古びた家────そこは、異次元へと通じる入口だった。ヴァーリヤはきっとその向こうに連れ去られたに違いない。そう確信した彼らは、未知の世界へと足を踏み入れるのだが……。

 序盤は謎めいた導入が興味を引き、物語への期待を抱かせる。しかし、現れる怪物たちには恐怖の実感が乏しく、なぜ赤ん坊がその世界へ連れ去られたのかという根本的な動機も明確には語られない。あるいはこれは、亡き母を忘れられないイゴールの内面が生み出した心象風景なのかもしれないが、その解釈も十分に掘り下げられているとは言い難い。

 登場人物は限られ、舞台も同じ場所を巡るばかりで、物語は奥行きを欠いたまま進んでいく。結果として、全体に重みや余韻が乏しく、どこか満たされない感覚が残る。ロシア映画にしばしば見られる幻想性と寓意性の片鱗は感じられるものの、本作においてはそれが十分に結実しているとは言い難く、あと一歩の深みが欲しいところであった。


評:蔵研人

 

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2026年8月 7日 (金)

ワーキングマン

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★★★☆
製作:2026年 米国 上映時間:116分 監督:デビッド・エアー

 元特殊部隊員のレヴォン・ケイド(ジェイソン・ステイサム)は、危険と隣り合わせの世界から身を引き、建築現場の監督として静かな日々を送っていた。だがある日、恩人でもある上司の娘ジェニーが忽然と姿を消す。彼女はロシア系の巨大な人身売買組織に拉致されていたのだ。
 レヴォンは封印していた特殊部隊時代の技を解き放ち、建設現場で使い慣れた工具から軍用火器までを手に、たったひとりで犯罪組織へと立ち向かっていく。

 物語は、ステイサム作品ではおなじみの“孤高の男の逆襲劇”であり、前年に製作された『ビーキーパー』と職業設定こそ異なるものの、基本的な構図はほとんど同じだ。それもそのはず、両作とも監督はデビッド・エアーである。
 ただ本作では、主人公が敵を一切ためらわずに殺害し、人質を盾にされても一瞬の隙を逃さず射撃で仕留めるなど、まるで殺人マシンのようなアクションが続く。その徹底ぶりが、観客に妙な安心感とカタルシスをもたらしてくれるのだ。

 それにしても、60歳を目前にしながら、米国人としては小柄な体格にもかかわらず、不死身のタフガイを演じ続けるジェイソン・ステイサムには頭が下がる。彼の魅力は筋肉よりも、あの鋭い“強面”に宿るのだろう。そう考えると、半世紀前に同じく強面で観客を魅了したチャールズ・ブロンソンと、どこか通じるものがあるように思えてならない。


評:蔵研人

 

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2026年8月 5日 (水)

2300年から来た男

2300

★★
製作:2022年 米国 上映時間:117分 監督:リシェラー・アラディン

 本作でメガホンを取ったリシェラー・アラディンは、これが唯一の監督作品であるという。経歴の詳細は不明だが、その仕上がりを見る限り、経験の乏しさを疑われても致し方ない出来と言わざるを得ない。

 物語は、2300年からある使命を帯びて2023年へとやって来た男アシュトンを中心に展開する。彼はネット上で「謎の預言者」として活動を始め、近未来に起こる出来事を次々と的中させていく。その結果、人々の関心を集め、やがてマスコミも巻き込んで騒動は広がっていく。

 導入部の流れ自体は決して悪くない。むしろ、発想としては興味をそそられるものがある。しかし、その後の警察の対応や物語の展開はどこか噛み合わず、観る者を作品世界へと引き込む力に欠けている。

 また、本作は低予算SFの典型とも言える作りで、未来の描写はほとんど省略され、会話によって説明が補われるばかりだ。その結果、肝心の「未来で何が起きたのか」「なぜ過去に来たのか」「どうすれば世界を救えるのか」といった核心が曖昧なまま残され、物語は終始輪郭を結ばない。

 脚本の奥行きは浅く、視覚的な見どころにも乏しい中で、約2時間という上映時間はかなり長く感じられる。興味深い設定を持ちながら、それを十分に活かしきれなかった点が惜しまれる一本である。

評:蔵研人

 

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