殺人の追憶

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★★★★
製作:2004年 韓国 上映時間:130分 監督:ポン・ジュノ

 2019年、『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画史を塗り替え、アジア映画として初めてアカデミー賞作品賞に輝いたとき、世界はようやくポン・ジュノという作家の真価に気づいた。しかし、その才能の源流はすでに本作『殺人の追憶』において、濃密な霧のように立ちのぼっていたのである。

 ポン・ジュノの映画には、しばしば“雨”が物語の奥底を流れる暗い血流のように存在する。『ほえる犬は噛まない』の冒頭を濡らす雨、『グエムル』で死と共に訪れる雨、『母なる証明』で母の絶望を包み込む豪雨、そして『パラサイト』で半地下を呑み込む濁流。
 本作でもまた、雨は静かに、しかし確実に死を呼び寄せる。雨脚が強まるたび、観客は不吉な気配に身を固くするほかない。

 本作は、1980年代の韓国農村で実際に起きた「華城連続殺人事件」を題材にしている。大鐘賞では監督賞・作品賞を受賞し、東京国際映画祭でもアジア映画賞に輝いた。
 若い女性を次々と襲う犯人を追い詰めようと、土着の刑事たちは粗暴な捜査に突き進む。そこへソウルから派遣された刑事が加わり、論理と冷静さを武器に事件へと切り込む。

 だが本作が描くのは単なる犯人探しではない。異なる捜査観を持つ彼らが、事件の闇に触れるたびに揺らぎ、崩れ、そして人間としての弱さを露わにしていく、その過程そのものが物語の核となっている。

 土着刑事たちの拷問まがいの取り調べや証拠捏造、さらには占いに頼る捜査は、現代の目から見れば滑稽であり、同時に恐ろしくもある。しかし、時代と土地が生み出した“常識”とは、往々にしてこうした歪みを孕むものなのだろう。
 そして終盤、冷静さを保っていたソウルの刑事までもが、感情の奔流に呑まれ暴力へと手を伸ばす瞬間、観客は悟る。彼もまた、制度の外側に立つただの人間であり、闇に触れれば誰しもが揺らぐ存在なのだと。

 農村の田園風景は、息を呑むほどに美しい。だがその美しさの中で発見されるのは、無残な姿となった女性たちの遺体である。光と影が反転するようなこの映像の対比に、ポン・ジュノは何を託したのだろう。美しさの裏側に潜む暴力、あるいは人間の心に巣食う闇への静かな問いかけなのか。

 前半は誤認逮捕の連続で、捜査は泥濘のように進まず、観る者の苛立ちも募る。しかし後半、土着刑事とソウル刑事がようやく歩調を合わせ始める頃、犯人像はかすかな輪郭を帯び、希望の光が遠くに揺らめく。だが────ラストはどこか満たされない。
 それは事件の“現実”がもたらす空白なのか。それとも監督が観客に、消えない余韻と問いを抱えたまま劇場を後にしてほしかったからなのだろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年6月10日 (水)

あの頃、君を追いかけた

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★★★
製作:2018年 日本 上映時間:114分 監督:長谷川康夫

 家庭では全裸で過ごす主人公とその父、そして下ネタが飛び交うおバカな展開────どこか韓国ドラマ的な過剰さを感じたが、調べてみれば台湾で大ヒットした同名映画の日本版リメイクであった。

 物語は、ある美しい女性の結婚式に招かれた高校時代の仲良し6人組が、青春の日々を回想するという構成だ。その中心となるのは、水島浩介(山田裕貴)をはじめとする5人の男子たち。彼らは皆、結婚式の主役である早瀬真愛に恋心を抱いていたが、結局のところ全員が振られた“敗者”でもあった。

 医者の娘で、世間知らずの純真さと美貌、そして聡明さを併せ持つ早瀬真愛を演じたのは、小顔の美少女・齋藤飛鳥。一方で、私の好みは彼女の親友役を演じた松本穂香のほうだ。大きな瞳が印象的で、明るい雰囲気を纏う彼女だが、本作では浩介の幼馴染というだけで、物語の中心からはやや外れてしまっていたのが残念である。

 結局のところ、本作は台湾の人気作家ギデンズ・コーの自伝的作品を下敷きにしているだけで、特別な社会性や深い感動を求めるべき映画ではない。誰の胸にもひとつはある、甘酸っぱくも不器用な青春の記憶を、淡々と描いた作品と言えるだろう。
 ただし、山田裕貴の“生尻”を拝みたい方には、強くお勧めしておく(笑)

評:蔵研人

 

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2026年6月 7日 (日)

予兆 散歩する侵略者 (ドラマ)

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★★★
製作:2017年 日本 上映時間:1シーズン5話 監督:黒沢清

 ドラマが始まって早々、職場の同僚が「自宅に幽霊が出る」と騒ぎ出す。そのため、てっきり本作はホラー作品なのだろうと思い込んでしまった。しかしその幽霊の正体は、実は幽霊ではない。
「家族」という概念を宇宙人に奪われた結果、父親の存在を認識できなくなり、幽霊だと誤解していたのだった。

 その宇宙人は、ヒロイン・悦子(夏帆)の夫・辰雄(染谷将太)が勤務する病院の外科医として潜り込んでいる存在である。辰雄は彼らの行動を補佐する“ガイド”の役割を強いられ、逆らおうとすると腕に激しい痛みが走るため、抵抗することができない。
 宇宙人たちの目的は地球侵略であり、人類の大半は排除される運命にある。ただし、特殊な能力を持つ悦子だけは「サンプル」として生かされることになっていた。

 つまり本作は、ホラーの皮を被ったサスペンス風味のSFドラマである。だが正直に言えば、その内容はあまりにも低予算で、設定の描写もどこか幼稚に感じられた。それでも気がつけば、私は全5話を一気に観終えているではないか。
 結局、不満を抱きながらも視聴をやめられなかったという事実が、この作品の持つ奇妙な吸引力を物語っているのかもしれない。

 本作は映画『散歩する侵略者』のスピンオフ作品であり、「概念を奪う侵略者」という設定を、映画本編とは異なる夫婦の視点から描いている。
 また日常が静かに、しかし確実に侵食されていく様子は、不穏でじわじわと迫るサスペンスとして描かれている。さらに、この全5話のドラマを再編集した劇場版まで存在するのだから、作品の構造は実にややこしい。

 理解しづらく、決して親切とは言えない。それでもなお記憶に残るのは、黒沢清らしい「説明されない不安」が、画面の隅々にまで染み込んでいるからだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 5日 (金)

きょうの日はさようなら

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★★★☆
著者:一穂ミチ

 森山良子の『今日の日はさようなら』をもじったタイトルがまず目を引く。どんな物語なのかと文庫本を手に取ると、ブックカバーには昔ながらのセーラー服におさげ髪の女子高生が、駅のプラットホームに佇む姿が描かれていた。裏表紙には、次のような紹介文が記されている。

 2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、そしてその彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。
 ただでさえ退屈な夏休みに、面倒ごとが増えるとあって二人はうんざりだ。いとこの存在に期待も興味もない。退屈な日常はそのまま続くかに思われた。
 けれど、彼女——今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの“30年前の女子高生”だった……。

 1995年の夏、今日子の家族は火災で全員亡くなり、彼女だけが瀕死の状態で救い出された。その後、治療を受けたのちコールドスリープによる人口冬眠に入り、30年間“眠り姫”として時を止めていたという。外見は女子高生のままだが、実年齢は50歳近い"おばさん"なのである。
 それでも今日子は、入院中に現代の文化や生活背景を学んだこともあり、明日子や日々人と自然に接することができる。

 今日子にとって、目覚めた現代社会は『浦島太郎』やロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の未来世界そのものだ。ただし違うのは、まだ30年後の世界であり、高校時代に付き合っていた恋人が今も生きているという点である。彼はすでに“おじさん”になっているが、どうしても逢いたい——そんな思いが、今日子の胸に静かに芽生え始める。

 父親と明日子・日々人の三人で暮らす門司家は、どこか家族関係がぎくしゃくしていた。そこに現れた今日子は、いとこでありながら、どこか“母親のような存在”でもあったのかもしれない。

 ポケベル、ソックタッチ、スーパーファミコン——懐かしい記憶の断片が物語に散りばめられ、軽やかでほんわかとした空気の中に、ふと切なさが漂う。

「きょうの日はさようなら」。そして、その先に続くのは「また逢う日まで」なのだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 3日 (水)

もうすぐ死にます

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★★★★
2023年 韓国ドラマ

 大学を卒業してから七年間、正規の職を得られずアルバイト生活を続けていたチェ・イジェは、ようやく巨大企業テガングループの最終面接に辿り着く。だがその道中で交通事故を目撃し、動揺を引きずったまま面接に臨んでしまい、不採用という結果に終わる。追い打ちをかけるように、恋人ジスが男と逢っているところを目撃し、投資詐欺で貯金も失い、家賃すら払えず住まいを追われることに────。降りしきる雨の中、絶望に沈んだ彼は衝動的にビルの屋上から身を投げてしまう。

 しかし、彼を迎えたのは“怪しい女の姿をした〈死〉”だった。死を「道具のように扱った」と怒る〈死〉は、イジェに十二回の転生という罰を科す。転生先は、テガングループ御曹司の次男、いじめられっ子の高校生、刑務所の囚人、ヤクザ、殺人狂、刑事、さらには赤ん坊に至るまで実に多彩であり、そして最後の転生は、なんと……。

 それぞれの人生が独立した物語としても面白く、やがて一本の線で結ばれていく構成の妙には舌を巻く。アクション、恋愛、ホラー、社会風刺、涙を誘うドラマと、あらゆるジャンルを巧みに織り込んだ作品で、視聴者を飽きさせない。

 現代の韓国では、大学を卒業しても大企業への就職は容易ではなく、若年層の自殺率が異常に高いと指摘されている。本作は、そんな社会の歪みや閉塞感に対する静かな警鐘として生まれたのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年6月 1日 (月)

The Tick /ティック 〜運命のスーパーヒーロー〜

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★★★☆
2017年製作の米国TVドラマ

 あまりにも暴力的かつエログロテスクな描写で話題をさらった『ザ・ボーイズ』の後味を和らげるべく、私はこのコミカルタッチのスーパーヒーロー・ドラマを手に取った。

 主人公は、青虫のような外見をした謎多きヒーロー、ティックと、ヘタレで神経質な青年アーサー。でこぼこコンビの掛け合いが物語を軽やかに牽引していく。

 1話約25分。シーズン1が12話、シーズン2が10話という構成は、長大化しがちな米国ドラマの中では実に手頃で、物語を追いやすい。シーズン1では、アーサーの父を死に追いやった宿敵テラーの再登場を軸に物語が展開する。
 続くシーズン2では、ロブスター女キュールズとその子供たちをめぐる騒動が描かれるが、物語は大きな余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 ティックとは何者なのか。スーパーマンもどきのヒーロー、スーペリアンのうつ病は癒えるのか。裏切り者ミス・リントの行く末は……。数々の謎と伏線は解かれぬまま宙吊りにされてしまった。

 本来はシーズン3へと続く構想があったものの、視聴率の低迷により打ち切りとなったという。米国ドラマ界では珍しい話ではないとはいえ、物語がようやく広がりを見せ始めた矢先の終幕は、やはり惜しまれてならない。

 荒唐無稽でありながらどこか人間臭い。過度な暴力や皮肉に頼らず、ユーモアと温かみでヒーロー像を描こうとした本作は、未完であるがゆえに、なおさら静かな余韻を残している。 

評:蔵研人

 

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2026年5月30日 (土)

0.5の男

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★★★★
2023年製作 日本のTVドラマ

 引きこもり生活を続ける雅治は、気づけば40歳。そんな折、両親と妹家族との同居が始まってしまう。これを二世帯ではなく「二・五世帯」と呼ぶのは、独身の雅治が“0.5”として扱われるからだ。彼の居場所は玄関脇の小さな部屋と決まり、そこでゲームに没頭する日々が続く。

 当初は妹家族との接触すら避けていた雅治だが、保育園に通う甥に懐かれるうち、少しずつ心の扉が開いていく。

 引きこもりに限らず、結婚しない(できない)若者が増える現代において、このテーマは決して他人事ではない。さらに妹夫婦の娘は思春期の中学生で、転校を機に不登校に陥ってしまう。現代家族が抱える複雑な悩みが、物語に自然に織り込まれている点も見逃せない。

 雅治が引きこもるきっかけは、会社で受けた上司のパワハラだった。素直で優しい性格が裏目に出てしまったのだろう。しかしその優しさこそが、子どもたちに好かれ、保育士にも好感を持たれる理由でもある。そして甥と担当保育士とのやり取りは、作品にほのぼのとした温度を添えている。

 主役の雅治を演じた松田龍平は、まさに適役と言うほかない。セリフは少ないものの、伏し目がちな視線や、わずかに丸めた背中で心情を語る演技は見事だった。
 母親役の風吹ジュンは、かつての日本の母親像を思わせる包容力を漂わせ、思わず胸が熱くなる。木場勝己演じる父親も、当初はランニングと囲碁だけの自己中心的な頑固親父に見えたが、物語が進むにつれ、深い思いやりを秘めた人物として立ち上がってくる。さらに子役たちの自然な演技にも、いつもながら感心させられた。

 本作は、個人主義が進む現代社会において、家族という最小単位のつながりを優しく、丁寧に描き出している。だからこそ、人と人との関わりの大切さが静かに胸に残る。ただ、時間配分の都合か、終盤で一気に物語が収束し、やや駆け足でハッピーエンドに落ち着いてしまった点だけが惜しまれる。

評:蔵研人

 

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2026年5月28日 (木)

私は整形美人

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★★★☆
2025年製作の日本のTVドラマ

 原作は2016年にLINE WEBTOONで公開されたネットマンガで、2018年には韓国で『私のIDはカンナム美人』としてドラマ化された。本作はその日本版リメイクである。

 幼い頃から容姿を理由にいじめを受け続けてきた片桐美玲は、大学入学を機に整形手術を受け、美しい顔へと生まれ変わる。入学前オリエンテーションでは、同級生たちから容姿を褒められ、男子からも好意を寄せられる。戸惑いながらも心の奥では高揚を抑えきれない美玲。
 しかしその喜びが冷めやらぬうちに、彼女の整形を知る唯一の存在────醜い容姿を持つ父親が現れ、秘密はあっけなく露見してしまう。さらに追い打ちをかけるように、整形前の美玲を知る中学時代の同級生・坂口慧が、同じ大学に入学していた。

 整形によって外見は変わったものの、中学時代の激しいいじめの記憶は深く刻まれ、美玲は自信を持てず、肝心な場面でいつも逃げ出してしまう。それでも本来の彼女は、優しく明るく、純真な心を持つ少女だ。
 その内面を見抜き、好意を寄せるのは、慧と先輩の向井優、そして女子ではダブりの紗季と天真爛漫なみどり。一方、美人だが我儘で二重人格的な榎本穂波が、物語の悪役として二人の関係に執拗に割り込んでくる。

 物語の中心は、美玲と慧の恋の行方である。だが、美玲は「イケメンすぎる慧が自分を好きになるはずがない」と思い込み、穂波は「美玲のものは全て奪ってやる」と執念深く横やりを入れてくる。こうして二人は幾度もすれ違いを繰り返すことになるのだ。

 韓国版は未視聴だが、そちらではいじめ描写がかなり強烈で、外見至上主義への問題提起を含む社会派ドラマだという。一方、日本版は「自分を好きになるまでの青春ラブストーリー」として描かれている。韓国の整形文化を思えば、その違いにも納得がいく。機会があれば韓国版もぜひ観てみたい。

 このような清純な恋愛ドラマを観るのは久しぶりだったが、物語は奇をてらわず、王道の流れを丁寧になぞっている。それでもラストシーンは洒落ているし、キャスト陣は皆はまり役で魅力的だ。主役の二人はもちろん、登場シーンは多くないものの、慧の母親を演じた田中美里の静かに輝く美しさには思わず見入ってしまった。

評:蔵研人

 

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2026年5月26日 (火)

us アス

Us

★★★☆

製作:2019年 米国 上映時間:116分 監督:ジョーダン・ピール

 ある避暑地での出来事である。黒人の一家が夏休みを過ごすため別荘を訪れたところ、自分たちと瓜二つの謎の存在に襲われる。彼らは赤い衣服をまとい、手には大きなハサミを握っていた。

 着想そのものは新鮮で、独自の世界観が立ち上がっている。しかし、恐怖そのものは意外と強くは感じられなかった。相手の顔がすぐに判別でき、人間側もそれなりに反撃できるためだろう。
 加えて、夫の情けなさが目立ち、最終的に最も頼りになるのが母親という構図は、近年の米国ホラーの定番になりつつあるようだ。さらに、薄暗くて視認しづらい画面づくりもまたホラーの常套手段なのだろうが、「暗くしなくても怖さは創れるはずだ」と言いたくなる。

 物語の細部における裏付けはやや希薄で、心理的な深掘りや派手なアクションも控えめである。では何が面白いのかと問われると、即答は難しい。惹かれたのは、得体の知れない四人の影が並び立つ、あのシルエットの不気味さまでだった。

 それでも、赤い服の彼らは何者なのか、どこから現れ、何を目的としているのか──その問いだけが観る者を引っ張っていく。結局、その手がかりはオープニングの“ウサギ部屋”に潜んでいた。
 そして、ラストのどんでん返しは確かに背筋を冷やす。結局のところ、この映画の肝はその二点に尽きるのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年5月24日 (日)

スリザー

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★★★
製作:2006年 米国 上映時間:96分 監督:ジェームズ・ガン

 “スリザー(slither)”とは、湿った闇の底を這いずるように進む動作を指す。その語感は、本作に登場する茶褐色のナメクジ状クリーチャーの気味悪さを、すでに一語で言い当てている。
 『エイリアン』のチェストバスターを思わせる形状だが、ここではそれが孤独な一匹ではなく、無数の群れとなって押し寄せる。蠢く影が地を覆い尽くすさまは、まるで悪夢が現実へ侵食してくる瞬間を目撃しているかのようだ。

 この異形の生命体は宇宙の彼方から落下し、『寄生獣』のように人間の脳へと潜り込み、やがて醜悪な巨躯へと変貌する。その過程は、ドロドロ、ブクブク、ゲロゲロ、グチャグチャと、擬音語すら追いつかないほどの腐臭を帯びた変容劇である。
 エイリアンほどの不死性は持たないものの、圧倒的な数と、ただ存在するだけで人の本能を逆撫でする“生理的な嫌悪”が、観客の心をじわじわと侵食していく。変身前の姿はゾンビと大差なく、既視感の中に漂う不潔さが、なおさら不快感を増幅させる。

 B級グロ映画としての枠組みは確かに備えているが、その趣味の悪さは一線を越えている。物語の薄さはこの種の作品では織り込み済みとしても、クリーチャーの造形が不気味さと不潔さだけに依存し、しかもどこか古びた印象を拭えない点は惜しい。
 もしそこに一滴でも独自の美意識や造形的な詩情が注がれていたなら、この“気持ち悪さ”は単なる嫌悪を超え、異様な魅力へと昇華したかもしれない……。


評:蔵研人

 

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2026年5月22日 (金)

プラットフォーム

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★★★
製作:2021年 スペイン 上映時間:94分 監督:ガルダー・ガステル=ウルティア

 舞台は、およそ三百階層にも及ぶ「垂直自主管理センター(通称 VSC)」と呼ばれる刑務所施設の内部のみで完結する。会話のある登場人物も十名に満たず、閉ざされた空間で物語が進行する点は、どこかスリラー映画『キューブ』を思わせる。

 本作の特徴は、各部屋の中央にぽっかりと開いた四角い穴である。そこを上下する台座には豪華な料理が所狭しと並べられ、囚人たちは台座が止まるわずかな時間にむさぼるように食事を奪い合う。
 残された食べ物は下層へと運ばれていくが、階層が下がるほど残飯は減り、最下層に至っては何ひとつ残らない。結果として、下層の囚人は生き延びるために同房者を殺し、その肉を口にせざるを得ないという、凄惨な展開が待ち受けている。

 上層ほど豊かで、下層ほど飢えるという構造から、本作がヒエラルキー社会への批判や、理想主義への皮肉を意図していることは推測できる。しかし、あまりにも多くの謎が放置され、ドラマ性も希薄なため、次第に緊張感が薄れてしまう。観客に残された期待は「謎の解明」だけだったが、その答えも提示されないまま物語は幕を閉じる。

 着想そのものは魅力的であるにもかかわらず、核心が明かされないことで作品の力が削がれてしまった印象だ。さらに、終始不潔さを強調する映像表現が続くため、観客を置き去りにするような不快感も残る。残念かつ惜しい作品と言えるだろう。

評:蔵研人

 

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2026年5月21日 (木)

つくみの記憶

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著者:白石一文

 三十一歳になった松谷遼平は、会社の懇親会でアルバイトの隠善つくみと、はじめてまともに言葉を交わす。すると彼は、説明のつかない奇妙な感覚にとらわれる。少年時代、生死の境をさまよった体験をもつ遼平。その記憶と、目の前にいるつくみの存在とが、どこかで密やかに結びついているように感じられるのである。

 やがてある晩、遼平は自宅でつくみと関係を持ち、その最中に恋人・友莉と鉢合わせしてしまう。この出来事をきっかけに友莉は姿を消し、彼女をめぐって不穏な噂が流れ始める。

 物語前半は、つくみの強引とも映る行動と、遼平の優柔不断さ、そして結果として裏切られる形となった友莉の苦悩が描かれる。とりわけ友莉の立場に思いを寄せると、彼女の人生が思わぬかたちで揺さぶられていく展開には、やりきれなさを覚えずにはいられない。後に彼女は再び歩み出すが、その再生の描写にはやや性急な印象も残り、十分に感情が熟す前に結論へと導かれたようにも感じられた。

 さらに後半では、物語は思いがけず幻想的な色彩を帯び、寓話的とも言える展開へと踏み込んでいく。その飛躍は大胆であり、作者らしい挑戦とも受け取れるが、現実の重みを背負ってきた前半との接続には、やや断絶を覚える読者もいるだろう。結末もまた明確な答えを示すことなく、妙な余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 私は白石一文の作品を愛読してきた一人である。だからこそ、本作には強い期待を抱いていた。その期待ゆえにか、読後にはどこか食い足りない感覚が残った。決して凡作ではない。しかし、作品が内包していたはずの深みや必然性が、最後の一歩で輪郭を結びきらなかったように思われてならない。熱心な読者であるからこそ感じた、ほろ苦い物足りなさであろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年5月19日 (火)

ジェノサイド004

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★★★☆
製作:2020年 オーストラリア 上映時間:131分 監督:マーク・トイア

 軍需企業で研究開発を担当するヤンツ、クローガー、アンの三人は、上司フォスターの命令で東南アジアへ派遣される。任務は軍事用AIロボットの実地テストのはずだった……。だが現地に到着すると、ボラーという胡散臭い男が待ち構えており、今回の仕事がCIA絡みの危険な案件であることが明らかになる。もはや引き返すことは許されない。

 やがて、ジャングル上空から四体のロボットがパラシュートで投下され、近隣の村に潜む麻薬密売組織を殲滅せよという命令が下される。しかしその頃、運悪くボランティアの若い医師たちがジャングルで迷い、村へ向かっていた。

 着地したロボットたちは起動し、麻薬組織を攻撃し始めるが、作戦の秘密を守るため、女子供や医師たちまでも無差別に殺戮し始める。

 ジャングルの映像は美しく、ロボットの造形も意外に洗練されている。B級作品だろうとタカを括っていたものの、思いのほか楽しめたのは嬉しい誤算だった。ただし、子どもが撃たれたり、解剖されたりする場面は胸が締めつけられるほど辛い。

 タイトルの「004」は、投下された四体のロボットを指すのだろうと思っていた。しかし物語が進むにつれ、そのうちの四号機が着陸時の衝撃でモジュールが外れ、遠隔操作不能となり、自我に目覚めていく。そして終盤でなんと「命とは何か」を語り始める展開を思えば、004とはこの四号機そのものを象徴しているのかもしれない。

 物語の大半は、ジャングルの中でロボットに追い回される緊迫したシーンが続き、まるで『ターミネーター』のような恐怖を味わう。しかし、エンドロール直前に挿入される一瞬のカットこそ、実はこの映画で最も背筋が冷たくなる場面なのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年5月16日 (土)

ロボコップ リメイク版

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★★★★
製作:2014年 米国 上映時間:121分 監督:ジョゼ・パジーリャ

 ロボコップといえば、1987年に大ヒットを記録し、第3作まで制作された伝説的SFアクション映画である。本作はその続編ではなく、むしろ第一作のリメイクと捉えたほうが分かりやすいだろう。

 優秀な警官が瀕死の重傷を負い、身体はほとんど原形をとどめないほど破壊される。辛うじて残った頭部だけを生かし、全身を機械で補ったサイボーグとして再生させる。
 この展開は、1963年から『週刊少年マガジン』に連載された平井和正・桑田次郎によるSF漫画『8マン』を想起させる。もはや“影響を受けた”というより、構造的にはほぼ踏襲していると言ってよい。

 本作はその流れを受け継ぎつつ、基本的な構成はオリジナルをなぞっている。しかし、時代の推移と特撮技術の飛躍的進歩により、ロボコップの造形やアクションのスピード感は大きく進化した。
 オリジナル版が『ターミネーター』的な無骨な機械感を漂わせていたのに対し、リメイク版はどこか『アイアンマン』を思わせる洗練されたデザインで、科学的な裏付けを感じさせる設定が随所に見られる。

 一部のオリジナルファンからは不評の声もあるようだが、私が両作を並行して鑑賞した限りでは、リメイク版が大きく劣るとは思えなかった。
 ただし、妻子と会えないというオリジナル版の設定のほうが物語としての必然性を感じられたこと、そして“なぜ今あらためてロボコップなのか”という問いに明確な答えが見えなかったことは否めない。

評:蔵研人

 

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2026年5月14日 (木)

盲剣楼

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★★★☆
製作:2022年 中国 上映時間:77分 監督:ヤン・ビンジア

 オープニングでは、盲目の剣客が賭場のイカサマを見破った帰り道、逆恨みしたならず者たちに襲われる。まるで『座頭市』の一場面を思わせ、「これは模倣作か」と身構えたのだが、物語が進むにつれ、次第にその印象から離れていくのが分かり、ひとまず納得した。

 結婚式当日、新郎と実兄を殺され、自身も辱められた花嫁。彼女は役所に訴えるが、加害者が権力者であるため、役人は腰を引き、挙げ句の果てには被害者である花嫁を逮捕してしまう。そんな無法ぶりに堪忍袋の緒が切れた懸賞金稼ぎが正義の鉄拳を振るう──実に分かりやすい中国製時代活劇である。

 この賞金稼ぎは、剣術のみならず棒術・拳法・関節技にも通じ、一人で百人を超える敵を容易になぎ倒す超人的存在だ。単純明快で爽快なのだが、いくつか腑に落ちない点もある。

 まず、自分の恋人を危険にさらしてまで、なぜ見知らぬ花嫁のために命を懸けるのか。正義のためと言うが、それならなぜこれまで黙していたのか。また、その恋人も強者でともに戦うのかと思いきや、なにもしないうちに、あっさり捕まってしまう。彼女の存在意義が物語上どこにあるのか、どうにも理解しがたい。

 とはいえ、製作者としては「細かいことはさておき、圧倒的なアクションを楽しんでほしい」と言いたいのだろう。まあそれを望む観客にとっては、間違いなく拍手喝采の作品である。上映時間が短いのも、その割り切りゆえかもしれない。
 ただ、映画とは本来それだけではないのではないか──そんな思いが、観終わった後に静かに残ってしまった……。

評:蔵研人

 

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2026年5月12日 (火)

イノセンツ

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★★★☆
製作:2021年 ノルウェー他・北欧合作 上映時間:117分 監督:エスキル・フォクト

 超能力に目覚めた4人の子どもたちを描いた物語である。
 舞台はノルウェー郊外の住宅団地。夏休みのあいだに友だちになった四人の子どもたちは、親の目が届かない場所で、ひそかに自分たちの内に潜んでいた力に気づき始める。近所の林や遊び場でその力を試すうち、無邪気な遊びは次第に危険な領域へと踏み込んでいく。

 物語の最初の異常は、猫を団地の最上階から投げ落とし、瀕死の猫の頭を踏み潰すという、背筋の凍るような描写で幕を開ける。四人の中でもベンという少年だけが突出して暴力的で、やがて超能力を使って他者を操り、間接的に殺人へと手を染めてしまう。

 これほどの異常事態が起きているにもかかわらず、子どもたちは大人に助けを求めようとしない。信じてもらえないと感じているのか、自分たちにも責任があるとどこかで悟っているのか。その沈黙がベンの暴走を加速させてしまうのだが、同時に彼らは「自分たちで終わらせなければならない」と幼いながらも考えているように見える。

 主人公は最年少のアイダ。彼女は、自閉症をもつ姉アンナに両親の関心が向くたび、抑えきれない嫉妬を抱いていた。しかし、同じ団地に住むアジア系の少女アイシャのテレパシーによって、アンナの内に眠っていた能力は徐々に研ぎ澄まされていく。そして、暴力に溺れるベンを止められるのは、もはやアンナだけとなる。

 四人の子どもたちはそれぞれに強烈な個性を放っているが、とりわけアイダとアンナの姉妹の演技は圧巻であり、本作の魅力の大半を担っていると言っても過言ではない。
 本作はノルウェーのアカデミー賞と称されるアマンダ賞で4冠を獲得し、世界各地の映画祭でも16の賞を受賞した。観客を絶賛と衝撃の渦に巻き込んだ問題作であり、まさに“子どもたちだけが創り出す無垢な恐怖”が息づいている。


評:蔵研人

 

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2026年5月10日 (日)

遺書、公開。

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:119分 監督:英勉

 奇妙なタイトルだが、内容はまさにその言葉どおりであり、ただそれだけで十分に成り立つ作品だった。
 私立高校の新学期、2年D組の生徒24人と担任教師に、全員の“明確な順位”を記した「序列」メールが一斉に届く。誰が作成し、誰が送信したのかは不明のまま、半年が過ぎてゆく。そんなある日、誰もが羨む人気者で序列1位の女子・姫山椿が、校内で謎めいた死を遂げる。そして葬儀の後、クラス全員の机の上に、彼女からの遺書が置かれていた。

 どこかマンガ的な匂いがする──そう感じたのだが、調べてみればやはり原作は陽東太郎による漫画作品で、2017年から2022年まで『ガンガンJOKER』に連載され、全9巻が刊行されていたという。

 物語は、担任教師を含むクラス全員が、自分宛ての遺書を教室で読み上げるという異様な展開で進む。遺書が読み進められるたびに、姫山に向けられていた嫉妬や憎悪、羨望といった感情が次々と露わになっていく。 

 序列を作った者、遺書を書いた者──その正体が少しずつ明らかになっていく構成だ。舞台のほとんどが教室内で完結しており、製作費も抑えられているのだろう。クラス全員が物語の中心人物であり、誰が主役とも言い切れない群像劇としての面白さがある。

 ただ、時折挿入される“誰かが水槽を覗き込む”シーンが気になっていた。その意味がラストで明かされるのだが、むしろそここそが、この物語で最も背筋の冷える瞬間だったのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年5月 8日 (金)

DOGMAN ドッグマン

Dogman

★★★★

製作:2024年 米国 上映時間:114分 監督:リュック・ベッソン

 ある夜のこと、1台のトラックが警察に停車を命じられる。運転席には負傷した女装の男性、荷台には十数匹の犬。拘留されたその男は「ドッグマン」と呼ばれ、事情聴取に訪れた女性精神科医に、自らの半生を静かに語り始める。物語は彼の告白を辿るように、過去へと遡りながら進んでいく。

 なぜ彼が“ドッグマン”と呼ばれるのか。その答えは、救いのない少年時代に潜んでいる。父親に犬小屋に押し込められ、暴力に晒されて育った少年。
 犬たちの存在に支えられながら成長し、恋を知り、社会に馴染もうとするも、人間の裏切りによって深く傷ついていく。だからこそ彼は人間を信じられず、犬にだけ愛情と信頼を注ぐようになったのだ。

 悲壮感と狂気が漂う雰囲気は『ジョーカー』を思わせるが、あちらほど重苦しくはなく、わずかながら救いの光が差しているようにも感じられる。
 犬たちを使った盗みや殺しの場面は、タイトルを体現するアクションとして興味深いが、何より印象に残ったのは、車椅子を降りて舞台で歌うシャンソンのシーンである。さらに、エンドロールに流れる主題歌も心地よく、席を立つのが惜しくなるほどだ。

 いずれにせよ、本作はドッグマンを演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズの存在感と役者魂に尽きると言ってよい。「ニトラム」や「ゲット・アウト」など、彼の他の出演作もぜひ鑑賞してみたくなってしまった。


評:蔵研人

 

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2026年5月 6日 (水)

生成AIで世界はこう変わる

Ai

著者:今井翔太

 著者は東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻・松尾研究室に所属し、1994年生まれ。人工知能分野、とりわけ強化学習の研究に従事している研究者であり、本書の執筆者としては専門的知見を備えた適任者といえるだろう。

 本書は、「生成AIとは何か」「生成AIを動かす技術」という基礎的解説から始まり、「生成AIの導入により消える仕事・残る仕事」「生成AIが創るコンテンツの価値」「生成AIと共に歩む未来」といった社会的・経済的論点へと議論を広げていく構成となっている。生成AIをめぐる技術的背景と応用可能性を、比較的平易な言葉で整理した入門書としての性格が強い。

 もっとも、本書は2024年1月の刊行であり、昨今の技術革新速度を思えば、部分的にかなり状況が変化している可能性も否めない。また、生成AIが社会にもたらす影響は、技術論にとどまらず、歴史的・人類学的・倫理的視座をも必要とする大きなテーマである。その広大な問題系を、一人の技術研究者の視点のみで描き切ることには、一定の限界も感じられた。

 とりわけ「消える仕事・残る仕事」や「生成AIと共に歩む未来」に関する議論については、もう一段踏み込み、現実社会の具体的事例との比較や、異なる立場からの見解との対話が示されていれば、より立体的な論考となったのではないかと惜しまれる。

 生成AIという奔流の只中にあって、本書はその現在地を示す一つの標識ではある。しかし読者としては、その標識の先に広がる地平まで、もう少し遠望してみたかった──そうした思いが、読後に静かに残った。


評:蔵研人

 

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2026年5月 4日 (月)

絶叫

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★★★☆
製作:2019年 日本のドラマ全4話 監督:水田成英


 本作は、主人公と思しき女性の独白から静かに幕を開ける。
 国分寺のアパートで、一人暮らしの女性の遺体が発見される。死後およそ半年が経過し、遺体は複数の飼い猫に食われ、すでに原型をとどめていなかった。警察は当初、「よくある孤独死」として処理しようとするが、刑事・奥貫綾乃は、そこに拭いきれぬ違和感を覚え、独自に捜査を続けていく。

 同じ頃、国分寺署はNPO法人代表・神代武の殺害事件も追っていた。一見、何の関係もなさそうな二つの事件。しかし、ある接点が浮かび上がった瞬間、物語は思いもよらぬ方向へと転がり始める。

 ヒロインの鈴木陽子は、地味で貧しく、特技もなく、まともな仕事にも愛にも恵まれない女性として描かれる。だが、彼女だけが特別に不幸なのではない。この物語に登場する人物の多くが、それぞれに深い闇と傷を抱えながら生きている。そのあまりの陰鬱さに、正直なところ、何度も視聴を中断しようかと迷ったほどだ。

 それでも最後まで観ることができたのは、鈴木陽子を演じた尾野真千子の、まるで暗闇を這いずり回るかのような凄絶な演技と、不幸の最底辺から覚醒していく展開に強く引き寄せられたからである。

 本作は、社会の底辺や影の世界に追いやられた人々の、救いのない不幸と苦しみを、容赦なく突きつけてくる。観る者の心に、重く、湿った痛みを残す──そんな、悲しみに満ちたドラマであった。


評:蔵研人

 

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2026年5月 2日 (土)

ヘッド・オブ・ステイト

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★★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:116分 監督:イリヤ・ナイシュラー

 犬猿の仲にある米国大統領と英国首相が、世界を揺るがす陰謀を阻止するため、互いの確執を捨てて手を結ぶ——本作は、そんな設定を軸にしたコメディタッチのアクション映画である。

 NATOの会合に向かうため、二人が搭乗したエアーフォース・ワンが、正体不明の敵の襲撃を受けて墜落する。二人だけは、辛くも残された二つのパラシュートで脱出したものの、降り立ったのはロシア国境に近いベラルーシであった。

 その後、執拗に襲いかかる刺客たちとの戦いを通じて、二人は次第に奇妙な連帯感を育んでいく。しかし、すでに機密文書は敵の手に落ち、NATOの結束は崩壊の危機に瀕していた。果たして彼らは無事に帰還し、迫りくる瓦解を食い止めることができるのだろうか。

 物語の骨格は以上の通りで、まるで『ジョン・ウィック』シリーズを思わせるように、敵が次から次へと押し寄せる。スピード感とテンポの良さは評価できる一方、その執拗さと刺客たちの“ほとんど不死身”とも言える描写には、やや苛立ちを覚える場面もある。ただ、コメディ仕立てであるがゆえに、その過剰さもどこか許せてしまうのかもしれない。

 元アクション俳優という設定の米国大統領は、明らかにアーノルド・シュワルツェネッガーを想起させる造形であり、それが本作をより愉快に味わえるスパイスとなっていることは否めない。

評:蔵研人

 

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2026年4月29日 (水)

アキラとあきら

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★★★★
製作:2022年 日本 上映時間:128分 監督:三木孝浩

 銀行からの資金融資を断られたことが引き金となり、倒産へ追い込まれた町工場。その息子・山崎瑛(アキラ)と、大企業の御曹司である階堂彬(あきら)は、ともにトップクラスの成績でメガバンクに入行し、ライバルとしてしのぎを削っていく。

 しかし、同じ銀行員という肩書きの裏で、二人の動機は大きく異なっていた。

 山崎は、実家の町工場のように、確かな技術を持ちながらも資金に恵まれない企業を救いたいという理想を胸に銀行の門を叩いた。一方の階堂は、名家に生まれたがゆえに避けがたかった一族の醜い財産争いから距離を置くため、銀行という組織を選んだのである。

 だが、理想と信念に忠実すぎた山崎は、やがて組織の論理に弾かれ、僻地の支店へと左遷されてしまう。対照的に、階堂は順調に出世街道を歩んでいた。ところが父の死をきっかけに、彼もまた否応なく一族間の権力争いへと引き戻される。弟が父の跡を継ぎ社長に就任するも、その暴走によって、盤石に見えた大企業ですら存亡の危機に立たされることになる。

 観ているうちに、銀行の描写の生々しさに「もしかして」と思わされたが、案の定、原作は元メガバンク行員であり、『下町ロケット』で知られる池井戸潤であった。組織の論理と個人の信念がぶつかり合う構図は、本作でも健在である。

 キャストも実に的確だ。山崎瑛を演じる竹内涼真、階堂彬を演じる横浜流星は、ともに役柄と見事に重なり合い、「はまり役」という言葉がこれほどしっくりくる配役も珍しい。また奥田瑛二、江口洋介といったベテラン俳優陣が脇を固め、物語に確かな厚みを与えている点も好印象であった。

 山崎瑛のひたむきな奮闘を追っていると、どこか青春映画のような瑞々しさが漂ってくる。その一方で、本作には恋愛要素や女性キャラクターの存在感がほとんどないことに、ふと違和感を覚えもした。おそらくそれは欠落ではなく、原作者が描きたかった「メガバンクという巨大組織への理想と批評」を、極力純化させるための選択だったのだろう。


評:蔵研人

 

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2026年4月27日 (月)

バレリーナ The World of John Wick

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★★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:125分 監督:レン・ワイズマン

 本作はサブタイトルが示す通り、キアヌ・リーブス主演の大ヒットアクション「ジョン・ウィック」シリーズのスピンオフである。シリーズ第3作『ジョン・ウィック:パラベラム』と交錯しながら、女暗殺者イヴの復讐の旅路を描いてゆく。

 興味深いのは、ジョン・ウィック世界の象徴ともいえるコンチネンタルホテルや、支配人ウィンストンらおなじみのキャラクターが登場する点だ。さらにダンスホールでは、ジョン・ウィックさながらの死闘が繰り広げられ、シリーズの空気が濃密に漂う。

 そしてキアヌ演じるジョン・ウィック本人も姿を見せるが、今回は主役ではなく、掟を破り暴走するイヴを止めるために送り込まれた刺客としての登場である。果たして二人の対決がどのような結末を迎えるのかは、ぜひ劇場で確かめてほしい。

 見どころは何といっても、イヴを演じるアナ・デ・アルマスのダイナミックなアクションだ。彼女の努力は称賛に値するが、童顔で小柄な体躯ゆえに、格闘シーンにわずかな不自然さと限界が感じられたのは惜しいところであった。

 また、次から次へと途切れなく現れる敵との戦いは、ジョン・ウィックシリーズの“お約束”とはいえ、ほぼ全編アクションといってよい構成は、年齢を重ねた身にはやや体力を試されるものがありしんどかった。


評:蔵研人

 

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2026年4月25日 (土)

PARKER/パーカー

Parker

★★★☆
製作:2013年 米国 上映時間:118分 監督:テイラー・ハックフォード

 主役の強盗パーカーを演じるのは、『トランスポーター』シリーズで不動のアクション俳優としての地位を築いたジェイソン・ステイサムである。
 パーカーは犯罪者でありながら、汚れた金しか奪わない、殺すのは悪人のみ、そして仕事は完璧かつ美しく遂行するという、三つの厳格なルールを自らに課している男だ。

 ある日、パーカーは師匠ハーリーの依頼を受け、新たに集められた四人の仲間とともに強盗計画に参加する。舞台はオハイオ州の祭り。計画は成功したかに見えたが、彼は仲間の裏切りによって瀕死の重傷を負い、置き去りにされてしまう。

 ここまでくれば、物語が復讐譚へと転じることは想像に難くない。生き延びたパーカーは、やがて現地の不動産会社に勤める女性レスリーと知り合い、彼女から情報を引き出しながら敵を追い詰めていく。
 このレスリーを演じるのは、ラテン系のスター女優ジェニファー・ロペスである。ただし、パーカーにはすでに恋人が存在し、二人が情熱的な関係に発展することはない。アクション一辺倒になりがちな物語に、柔らかな彩りを添える存在として配置されたのだろう。

 渋く、知的で、そして圧倒的に強い──それがこれまでのステイサム像であった。しかし本作のパーカーに、スーパーマン的な無敵さを期待してはいけない。重傷に苦しみ、殺し屋との戦いでも死力を尽くしてようやく勝利を掴む。その姿はリアルである反面、爽快感を求める観客にはやや物足りなく映るかもしれない。

 それでもなお、本作が一定の娯楽性を備えた作品であることは確かだ。完璧ではない男の復讐劇として、最後までそれなりに楽しませてくれる一本である。


評:蔵研人

 

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2026年4月23日 (木)

ペリフェラル ~接続された未来~

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★★★☆
2022年 米国ドラマ

 原作は、ウィリアム・ギブスンによるSF小説『The Peripheral』。
 テクノロジーが社会のあり方を大きく変貌させた2028年、アパラチア山脈の麓に広がる静かな田舎町に暮らす女性フリンは、仮想現実のゲームに没頭する日々を送っていた。だがある日、彼女は何の理由も告げられぬまま、現実世界で突然刺客に狙われる。

 実は、彼女が単なるVRゲームだと思い込んでいた世界は、70年後の未来そのものだった。フリンはゲームを進める過程で、自覚のないまま重大な機密情報を脳に移植されており、それを巡って未来のリサーチ機関の命を受けた刺客たちが、現在の彼女の命を狙っていたのである。

 主人公フリンを演じるのは、子役時代に『キック・アス』で鮮烈な印象を残したクロエ・グレース・モレッツ。活発さと知性を併せ持つ本作のヒロイン像は彼女に驚くほどよく似合い、まるで彼女のために用意された役柄であるかのようだ。

 ストーリーそのものの魅力もさることながら、特筆すべきは「未来に存在するアバターを操作することで時間を越える」というタイムトラベルの発想である。従来の時間移動SFとは一線を画すこのアイデアには、思わず心を打たれた。

 シーズン1は1話約1時間、全8話という構成で、米国ドラマとしては比較的コンパクトにまとまっている。その後シーズン2の製作も発表されたが、全米脚本家組合および俳優組合のストライキの影響を理由に、Amazonスタジオは最終的に制作中止を決定した。

 難解ながらも、クロエの存在感、美麗な映像、そして数多く残された謎に強く惹かれていただけに、物語が途中で断ち切られてしまったことは痛恨の極みである。これほどの世界観を提示しながら、完結を許されなかったことに、やり場のない悔しさを覚えずにはいられない。


評:蔵研人

 

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2026年4月21日 (火)

ビーキーパー

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★★★☆
製作:2025年 米国・英国 上映時間:105分 監督:デビッド・エアー

 タイトルの「ビーキーパー」とは養蜂家を意味し、ジェイソン・ステイサム演じる主人公アダム・クレイの異名でもある。かつて彼は、世界最強と謳われる秘密組織「ビーキーパー」に所属していたが、今は米国の片田舎で静かに養蜂を営み、世間から身を隠すように暮らしている。

 そんなある日、彼の恩人である善良な老婦人がフィッシング詐欺に遭い、全財産を奪われた末に絶望して自ら命を絶ってしまう。深い怒りに駆られたクレイは、たった一人で詐欺組織への復讐に乗り出すのだが──その背後に潜む黒幕は、想像をはるかに超える大物であった。

 FBI、CIA、傭兵部隊、暗殺者……。押し寄せる強敵たちにほとんど丸腰で立ち向かい、なお悠然と引き上げていくクレイの姿は、まさに現代のスーパーマンそのものだ。現実では到底あり得ないはずなのに、ジェイソン・ステイサムが演じると、なぜか妙に納得してしまうから不思議である。
 とにかく胸のつかえがすっと下りる、痛快無比の一本であった。

評:蔵研人

 

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2026年4月19日 (日)

海神

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著者:染井為人

 東日本大震災で甚大な被害を受けた天ノ島に、NPO法人代表の遠田政吉が姿を現す。彼は当初こそ島の救世主のように振る舞うが、実際には災害を食い物にし、復興支援金を横領するなど、弱者につけ込む卑劣な人物であった。
 島民たちもはじめは彼を崇めていたものの、あまりに派手な金の使い方に疑念を抱き始める。ただ、東京から長期休学してボランティアに来ている女子大生・姫乃だけは、終始遠田を信じ、尊敬し続けていた。

 染井為人の小説は、いつも冒頭から読者を強く引き込む力がある。しかし本作は震災という重い現実を背景にしているためか、ドキュメンタリーのような質感が漂い、さらに時系列が頻繁に入れ替わる構成が読みにくさを生んでいた。そのうえ、登場人物の誰にも共感しづらく、物語に没入するのが難しかったのも否めない。

 極悪非道な遠田はもちろんだが、ヒロインである姫乃にも終始苛立ちが募った。現代の若者は、一度誰かを信じると、まるで神を崇めるかのように“推し”の感情に支配されてしまうことがあるのかもしれない。
 後半になって多くの人が遠田を批判しても、姫乃が耳を貸さなかったのは、遠田への心酔だけでなく、「信じ続けた自分」を否定することへの恐れもあったのだろう。

 そして結局、彼女は遠田に裏切られ、尊厳を踏みにじられ、命まで危険にさらされることになる。身から出た錆と言ってしまうにはあまりに酷だが、他者の意見を受け入れず、一方的な感情だけで人を判断する姿勢には、どうしても賛同しがたいものがある。二年間の休学とボランティアの末、彼女はいったい何を得たのだろうか。
 もちろん得難い経験もあっただろう。しかし、周囲にかけた迷惑や失ったものの大きさを思うと、複雑な思いが残る。いずれにせよ、これもまた染井作品らしさなのかもしれないが、読後にどこか苦い余韻が残る作品であったことも否めない。


評:蔵研人

 

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2026年4月17日 (金)

ラブ・アンド・タイムトラベル

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★★★☆
製作:2016年 ニュージーランド 上映時間:92分 監督:ヘイデン・J・ウェアル

 珍しいニュージーランド製の映画である。タイトルに掲げられた「タイムトラベル」という言葉に惹かれ、軽い気持ちで鑑賞したのだが、いわゆるタイムマシンが登場するわけでも、時空を自在に行き来する描写があるわけでもない。そのため、観賞中はその意味が掴めず、どこか腑に落ちない感覚が続いた。

 しかし物語の後半になって、主人公自身が五日前の自分に向けてメッセージを残していたことが明かされる。その瞬間、これまで曖昧だった出来事の輪郭が静かに結び直されていく。

 本作の核心は、文字通りの「時間移動」ではなく、時間を隔てた因果の連なりにあるのだろう。「タイムトラベル」という言葉は、その構造を象徴するメタファーに過ぎず、物語の中心に据えられているのは、恋愛と人間関係の微妙な揺らぎである。

 中盤までは明確な方向性が見えないまま物語が進むが、その間にも、ニュージーランドの美しい風景には何度も心を奪われる。また、淡々としていながら突如として激しさを見せる主人公の振る舞いも印象的で、気づけば終盤へと導かれていた。

 一般的な評価は決して高くないようだが、静かに観る者の内側へ入り込んでくる、不思議な魅力を備えた作品である。派手さはないが、ふとした拍子に思い出される──そんな「掘り出し物」と呼ぶにふさわしい一本かもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年4月15日 (水)

モスラ3 キングギドラ来襲

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★★★☆
製作:1998年 日本 上映時間:99分 監督:米田興弘

 モスラ映画の嚆矢は1961年にまで遡る。
 東宝が『ゴジラ』『ラドン』に続く新たな怪獣スターとして満を持して世に送り出した本作は、構想三年、製作費二億円、撮影日数200日という、当時としては破格のスケールを誇る特撮大作であった。
 その後もモスラは数々の作品に登場し、先の二怪獣と並んで「東宝三大怪獣」と称される存在となる。従来の怪獣映画に比して、より濃厚なファンタジー性を帯びている点が、この怪獣の大きな特徴である。

 本作『モスラ3 キングギドラ来襲』は、平成ゴジラシリーズ(1984年〜1995年)の終幕から、ミレニアムシリーズ(1999年〜2004年)開始までの空白期間に製作された、いわば“つなぎ”の怪獣シリーズであり、同時に「平成モスラシリーズ」の最終章でもある。

 最大の見どころは、数々の変身を重ねてきたモスラが、宿敵キングギドラを打ち倒すため白亜紀にタイムスリップし、究極の戦闘形態〈鎧モスラ〉へと姿を変え、最後の戦いに挑む場面だろう。
 本来であれば全く歯が立たない相手に対し、モスラは自らの弱点である身体の柔軟さを克服すべく、全身を金属のような外骨格で覆う。〈鎧モスラ〉は、キングギドラの強力な引力光線すら弾き返すほどの強度を備え、翼の前縁は鋭利な刃と化し、あらゆる物質を切断・破壊する“翼カッター”として機能する。

 本作には自衛隊や防衛組織は一切登場しない。描かれるのは、ただ空中で激突するモスラとキングギドラ、その二者の戦いのみである。ゴジラ映画に見られるようなプロレス的な肉弾戦もなく、純然たる空中戦に特化した構成だ。
 そんな中、プロレスラーの大仁田厚が主人公の少年の父親役で出演しているのは、どこか微笑ましくも可笑しい。いまだかつてないほど大勢の子役エキストラが登場する点も含め、本作はよくできた「お子様ランチ」のような一作だと言えるだろう。


評:蔵研人

 

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2026年4月13日 (月)

ザ・ボーイズ

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★★★★
2019年 米国ドラマ

 2019年に配信が始まったアメリカのドラマ『ザ・ボーイズ』は、一話およそ一時間の物語が長大なシリーズとして展開されるSF作品である。アメリカン・コミックを原作とするスーパーヒーローものではあるが、その内容は単なる社会風刺にとどまらない。暴力描写に加え、過激なエロティシズムやグロテスクな表現も多く、明らかに成人向けの作風であるため、子供に見せる作品ではないだろう。

 登場するヒーローたちは、いずれも既存のヒーロー像を思わせる存在である。スーパーマンを想起させるホームランダー、ワンダーウーマンに似たクイーン・メイヴ、アクアマン風のディープ、フラッシュを思わせるAトレイン、そして透明人間のトランスルーセントなど、どこか本家を戯画化したようなヒーローが次々と現れる。

 とりわけホームランダーは、スーパーマンに匹敵する最強のヒーローとして描かれている。しかしその人格はあまりにも自己中心的で、暴力的であり、精神的にも歪んだ人物である。長年スーパーマンに親しんできた者としては、このキャラクターに対して強い反発を覚えずにはいられない。なぜこれほど露骨にスーパーマン像を逆転させた存在が許されているのかと、不思議に思うほどである。

 とはいえ、この逆説的なヒーロー像こそが作品の魅力であり、結局のところ私は長いシリーズを最後まで観続けてしまった。もし現実世界にスーパーヒーローが存在するとすれば、理想的な正義の象徴であるばかりではなく、権力や欲望に翻弄される存在にもなるのかもしれない。そう考えると、この作品の皮肉は決して空想だけでは済まない。しかし一方で、ヒーローという夢を壊されたような寂しさもまた否定できない。

 この物語では、堕落したヒーローたちに立ち向かう、超能力を持たない数人の集団が「ザ・ボーイズ」と呼ばれている。彼らのリーダーであるブッチャーは、元イギリス軍特殊部隊員であり、かつてCIAの工作員でもあった人物である。しかし彼もまた、ホームランダーと同様に自己中心的で暴力的な側面を持つ人物として描かれている点が、作品の皮肉である。

 個人的にはホームランダーも好きになれないが、それ以上にブッチャーのほうが嫌悪感を抱かせる人物に見えた。ホームランダーは極端なマザコンでありながら家庭に憧れ、世論の評価を気にするという奇妙な一面を持つ。機嫌さえ取っていれば、ある程度は危険を回避できそうにも思える。一方ブッチャーは笑顔を見せることもほとんどなく、家庭にも子供にも関心を示さず、狂気じみた復讐心を周囲に撒き散らす人物だからである。

 ところがシーズン4あたりになると、この印象は逆転する。ホームランダーはついに人間を露骨に見下し、レーザー光線で平然と殺戮を行うようになる。一方で、死期を悟ったブッチャーのほうが次第に人間的な優しさを見せるようになるのだ。こうして両者の立場は、まるで攻守が入れ替わったかのように変化する。

 やがて私は、ホームランダーが画面に現れるだけで不快感を覚えるようになってしまった。もしかすると、この人物像には、現代政治のポピュリズム的なリーダー像が誇張されて投影されているのかもしれない。
 そう考えると、このドラマの風刺は、単なるヒーロー物語のパロディを超え、現代社会そのものを映し出しているようにも思えるのである。もしかすると、トランプ大統領的な振る舞いを誇張したのがホームランダーなのかもしれない……。


評:蔵研人

 

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