時の家

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著者:鳥山まこと

 第174回(令和七年下半期)芥川賞は、鳥山まこと氏『時の家』と畠山丑雄氏『叫び』の二作同時受賞となった。さっそく文芸春秋三月特別号を手に入れ、まずは『時の家』から読み始めた。

 もともと芥川賞そのものに強い関心があるわけではない。ただ、私は「時間」を扱った作品に目がないため、タイトルの“時”に惹かれて本作を読み始めたのである。しかし期待に反し、本作は時間テーマとはほぼ無縁だった。ここでいう“時”とは、取り壊しを目前にした古い家に染みついた、歴代の住人たちの「思い」の堆積を指している。

 部屋の構造、汚れ、傷跡から住人の感情を丹念に掬い上げる筆致は、建築士としての著者の経験があってこそ可能になったものだろう。その繊細な感性、巧みな言語操作、そしてこれまで誰も書かなかった視点の発掘は、確かに脱帽に値する。

 しかし、選考委員の数名も指摘していたように、前半──いや終盤近くまで続く読みにくさには、正直辟易した。何度も本を閉じようと思ったが、評価の高い選者の意見を信じ、なんとか最後まで読み通した。

 会話がほとんどない点はまだ許容できるとしても、登場人物に個性が乏しく、藪・圭・脩・緑といった一文字名ばかりで、名前としての識別性も弱い。そこまではまだ目をつぶれる。だが、比喩や言葉遊びに耽溺しすぎており、また細部の描写に執着するあまり、作品全体の輪郭が霞んでしまっている。たとえば次の一節である。

────圭さんの口から出てゆく言葉たちはいつもその深いところに溜まったものたちを上滑りする。上層にある部分だけが出ては入ってまた出て頻繁に入れ替わりし、下層の部分はいつまでも動かずに止まったまま、大事なことほど底に溜まって冷え切って、凝固し言葉になって出てゆかない。────(文芸春秋三月特別号より引用)

 ここまで執拗に比喩を重ねる必然性が本当にあるのだろうか。また全体を通して、段落も異様に長く、読者への配慮が欠けている。さらにストーリー性も心理描写も希薄で、まるで取扱説明書を延々と読まされているような感覚に陥る。終盤になってようやく小説らしい息遣いが現れるものの、そこに至るまでの道のりがあまりにも長すぎたのではないだろうか。


評:蔵研人

 

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2026年7月14日 (火)

ジュラシック・ワールド 復活の大地

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★★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:134分 監督:ギャレス・エドワーズ

 本作は、1993年にスティーブン・スピルバーグが生み出した『ジュラシック・パーク』から数えて、ついにシリーズ通算7作目となる。舞台は前作『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』から5年後となる。またスカーレット・ヨハンソンら新たなキャストを迎え、物語は“新章”へと舵を切った印象を受ける。

 恐竜たちの迫力は相変わらず健在で、とりわけ水中を逃げ惑う主人公たちを、T・レックスが影のように追いすがるシーンは、本作随一の緊張感を放っている。巨大な顎が水面を割る瞬間の恐怖は、シリーズの醍醐味そのものだ。しかし終盤に登場する新種の巨大生物は、恐竜というより映画『エイリアン4』に登場したクリーチャーを思わせ、やや世界観から浮いてしまった印象も否めない。

 長寿シリーズゆえのマンネリ感は多少あるものの、物語そのものは誰もが楽しめる“ハッピーエンド型の娯楽大作”へと回帰したように思える。過度にシリアスに傾かず、観客を安心して楽しませる方向へ舵を切った点は、むしろ好ましい変化と言えるかもしれない。
 また、幼い少女が子どもの恐竜を餌付けし、密かに持ち帰ってしまうエピソードは、単なる可愛らしい挿話にとどまらず、次回作への伏線として機能しているように感じられる。人間と恐竜の“共存”というテーマが、今後どのように展開されるのか、期待を抱かせる仕掛けだ。

 総じて本作は、シリーズの伝統を守りつつ、新たな方向性を模索する過渡期の作品と言える。恐竜映画としての迫力は十分に保ちつつ、物語の広がりを予感させる余韻を残している点が印象的であった。

 

評:蔵研人

 

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2026年7月12日 (日)

50分間の恋人

50

★★★★
2026年製作の日本のTVドラマ

 ゲーム制作会社「ダブルスターズ」に勤務するキャラクターデザイナー・辛島菜帆を演じるのは、瞳の印象的な松本穂香。一方、ライバル会社「パイレーツ」に所属する天才ゲームクリエイター“マーヴェリック”こと甘海晴流を演じるのは、男性アイドルグループHey! Say! JUMPのメンバーである伊野尾慧である。

 物語は、敵対する会社に勤める二人の恋を描くラブコメディーだ。もっとも、当初の二人は、互いがライバル会社に所属していることを知らない。だが背景には、ダブルスターズの女性社長とパイレーツの社長が元夫婦であるという因縁が横たわっている。夫の浮気をきっかけに離婚した過去があり、女性社長はいまなお強い憎しみを抱いている。そのため「パイレーツの社員と交際した者は解雇する」と公言して憚らない。

 二人の出会いもまた、いかにもラブコメらしい偶然から始まる。ある日、公園で菜帆は無愛想な晴流と衝突し、彼の着ていたヴィンテージの服をコーヒーで汚してしまう。弁償する余裕のない菜帆に対し、晴流は「30回の手作り弁当で相殺にしよう」と提案する。こうして昼休みの50分間だけを共に過ごす、不思議な関係が生まれたのである。

 日々、弁当を囲むうちに、二人の心は次第に近づいていく。しかしその時点では、互いの勤務先も職務内容も知らないままだ。やがて同僚との遭遇や、パイレーツへの就職を志望する菜帆の弟の存在などがきっかけとなり、ついに真実を知ることになる。

 筋立て自体は王道のラブコメディである。だが、松本穂香の生き生きとした魅力が作品全体を柔らかく照らし、物語に瑞々しさを与えている。本評の執筆時点では、まだ放送中であり結末は明らかではないが、日曜夜10時15分の放送を心待ちにする時間さえ、この作品の余韻の一部となっている。


評:蔵研人

 

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2026年7月10日 (金)

ファーストキス 1ST KISS

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:124分 監督:塚原あゆ子

 あれほど深く愛し合って結婚したはずなのに、いつの間にか長い倦怠期に沈み込んでしまった夫婦。結婚15年目を迎えた二人は、ついに「離婚」を決意する。ところが離婚届を提出するその日に、夫・駈が見ず知らずの子どもを救おうとホームから飛び降り、命を落としてしまう。

 悲嘆の中、妻のカンナは首都高のトンネルを走行中に、駈と出会う直前────15年前へとタイムスリップしてしまう。若き日の駈と再会した彼女は、忘れかけていた想いが胸に甦り、やはり自分は駈を愛していたのだと気付く。そして、15年後に訪れるあの悲劇から彼を救うことを心に誓う……。

 タイムトラベルもので「好きな人を救うため、何度もタイムループを繰り返す」という設定自体は決して新しいものではない。だが本作は、その装置を用いながら、「夫婦とは何か、愛は時間に耐えうるのか」という問いを静かに投げかける、『大人のためのラブストーリー』なのである。とりわけ子どものいない熟年夫婦にとっては、胸に迫るものがあるだろう。

 また、ヒロイン・硯カンナを演じた松たか子の成熟した演技には、今回も深く唸らされた。49歳を迎えた彼女が20代の姿を演じてもほとんど違和感がなく、その自然な若々しさには驚かされるばかりだ。こうした表現力も含め、彼女が第49回日本アカデミー賞優秀主演女優賞に輝いたのは当然のことだと感じた。


評:蔵研人

 

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2026年7月 8日 (水)

寄生体XXX

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★★★
製作:2020年 カナダ 上映時間:84分 監督:ジャスティン・マコーネル

『寄生体X』というフランス映画が存在するが、本作はそれとは全くの別物である。もともとは『スキンウォーカー』というタイトルで公開された作品らしいが、DVD化に際してこのいささか陳腐な題名へと変更されたようだ。
 さらに「宇宙で最も凶悪」という大仰なサブタイトルや、背中から不気味な触手を伸ばした裸の金髪女性のポスターも、実際の内容とはかなりかけ離れている。そうした宣伝文句から想像される刺激的な怪奇映画を期待すると、肩透かしを食らうかもしれない。

 物語を一言で要約するならば、「老若男女を問わず、人から人へと身体と記憶を奪い取りながら渡り歩く謎の生命体」の話である。だが、奪い取った肉体には“賞味期限”があり、時間の経過とともに皮膚は腐敗し始める。そのため、生命体は生き延びるために常に新しい宿主を求め続けなければならない。

 全体としては、いかにもB級SF映画らしい粗削りな作りで、展開には首をかしげたくなる場面も少なくない。それでも物語の発想自体はなかなか興味深く、寄生する側とされる側の境界が曖昧になっていく過程には、どこか不気味な魅力が漂う。

 とりわけ終盤に至って提示される結末は、単なる怪奇譚として片づけるには少しばかり含みがあり、観る者に「人間とは何か」「記憶と身体のどちらが自己を形作るのか」といった問いをそっと投げかけてくる。荒削りながらも最後まで退屈することなく観ることができた点を考えれば、B級映画としては十分に健闘している一本と言えるだろう。

評:蔵研人

 

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2026年7月 5日 (日)

東京少女

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★★★★
製作:2008年 日本 上映時間:98分 監督:小中和哉

 てっきり本作の原作は漫画や小説かと思いきや、正確には林誠人の脚本をもとにした 映画オリジナル作品であった。混同しやすいのは、林誠人と笹原ひとみの共著によるノベライズが映画より若干先に出版されている点である。その後、シリーズとしてテレビドラマ化もされているが、現時点で公式の漫画やアニメ化は確認されていない。

 物語は、地震の折にうっかり階段から落としてしまった携帯電話が、ワームホールを経て100年前の世界へとタイムスリップするところから始まる。落としたのはSF作家を夢見る女子高生・未歩(夏帆)、そして明治時代で携帯を手にしたのは、夏目漱石の門人で小説家を志す青年・時次郎だった。
 常識からすれば通じるはずのない電波が、月の出ている時間だけ時を越えて通じるという奇蹟。その不可思議な交流のなかで、二人は徐々に親しくなり、やがて月の出の下で会話することが習慣となる。さらに昼間に日比谷の松本楼でカレーライスのデートを重ね、銀座の老舗で100年先に届く買い物をするなど、物語は独特の幻想感に包まれる。

『オーロラの彼方へ』や『リメンバー・ミー』のように「時を超える電波」を扱った作品は珍しくない。しかし、本作が放つ魅力は、時間を越えた同時デートや未来への贈り物、そして夏目漱石という実在人物の絡め方にある。
 また老舗の老女が登場するわずか数分のシーンで、自然に心の扉が開き、涙が溢れて止まらなかった。ほんの数分のシーンであったが、私にとっては本作最大の見どころだったのかもしれない。このシーンの具体的な説明は省きたいが、ぜひ自分の目で確かめてもらいたいものである。


評:蔵研人

 

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2026年7月 3日 (金)

正欲

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:134分 監督:岸善幸

 原作は、第34回柴田錬三郎賞を受賞した朝井リョウの同名ベストセラー小説である。

 本作は厳密な意味での群像劇ではないが、「普通」という社会の基準から外れた欲望や孤独を抱えた人々を、三つの物語を通して描き出している。水に性的快感を見出すという特殊な嗜好を持つ男女、登校拒否となりYouTubeの世界へ逃避する小学生とその家族、そして男性恐怖症の女子学生と孤独な大学生───それぞれが、社会の中で言葉にしにくい「生きづらさ」を抱えながら生きている。

 中でも印象的なのは、新垣結衣と磯村勇斗が演じるパートである。物語の中心ともいえる位置を占め、静かな緊張感を漂わせながら進んでいく。ただし、「水フェチ」という性的嗜好については、観客として十分に理解し得たとは言い難い。なぜそれが欲望として芽生え、どのように快楽と結びつくのか───その心理的背景がもう一歩踏み込んで描かれていれば、物語の説得力はさらに増したのではないだろうか。

 一方、稲垣吾郎が演じる検事は、作中ではむしろ常識的な人物として配置されている。しかし、周囲の人物がいずれもどこか社会の枠組みから逸脱しているためか、彼の「普通さ」自体がかえって奇妙に映る。ここには、作品全体を貫く「普通とは何か」という問いが、さりげなく潜んでいるように思われる。

 それにしても、これほど陰影の深い眼差しを湛えた新垣結衣を見るのは初めてかもしれない。これまでの柔らかな“ガッキー”のイメージとは対照的な役柄だが、年齢を重ねた彼女の演技には確かな厚みが感じられた。

 扱われているテーマは重く、現代社会の価値観に鋭く切り込む問題作である。しかし、映画という限られた時間の中で三つの物語を並行させたためか、それぞれのエピソードが十分に深まりきらないまま終わってしまった印象も否めない。興味深い素材を多く含みながらも、どこか消化不良の感触を残す点は惜しまれる。

 とはいえ、原作小説は未読である。いずれ作品の源流にあたる小説をじっくり読み、この物語が提示しようとした「正欲」の意味を改めて考えてみたいと思う。


評:蔵研人 

 

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2026年6月30日 (火)

八犬伝

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★★★☆
製作:2024年 日本 上映時間:149分 監督:曽利文彦

 役所広司が滝沢馬琴、内野聖陽が葛飾北斎を演じる“実話パート”と、『里見八犬伝』の八剣士たちが戦いを繰り広げる“虚構パート”を巧みに交錯させながら物語は進んでゆく。

 通常、この種の作品では冒頭と終盤のみが実話パートという構成が多いが、本作はあえて両者を頻繁に往復させるという新たな試みに挑んでいる。その意欲は大いに評価したいものの、結果として双方がやや中途半端に感じられ、どちらかに焦点を絞ったほうが物語としての密度が増したのではないかと思われる。
 また、実話パートに役所広司、内野聖陽、磯村勇斗、寺島しのぶ、黒木華といった実力派が集中したことも、全体のバランスを崩す一因となったのかもしれない。

 とはいえ、息を呑むほどの映像美や、役所広司と内野聖陽による渋味のきいた掛け合いには確かな魅力があり、新たな趣向による『里見八犬伝』として一見の価値は十分にある。
 なお、第48回日本アカデミー賞では、内野聖陽が最優秀助演男優賞、土屋太鳳が最優秀助演女優賞、板垣李光人が新人俳優賞にそれぞれノミネートされている。

評:蔵研人

 

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2026年6月28日 (日)

あなたが誰かを殺した

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★★★☆
著者:東野圭吾
 
 閑静な別荘地で起きたセレブ殺人事件を、名探偵・加賀恭一郎が解き明かす本作は、「加賀恭一郎シリーズ」第12作にあたる。
 毎年別荘で開かれる「バーベキュー大会」に集うのは、会計士の栗原家、医者の櫻木家、未亡人の山之内家、そして会社経営者の高塚家の四家であり、参加人数はその家族や使用人たち15名である。そして当日に、この中の5名が何者かに命を奪われる。

 本作は犯人探しを軸としたミステリーであるが、犯人は桧川大志という男で、自首同然に逮捕される。桧川は「死刑になりたい」という願望と、「自分を蔑ろにした家族への復讐」を動機として主張する。しかし、事件にはなお多くの不可解な点が残されていた。

なぜ桧川は、遠く離れた別荘地を犯行現場に選んだのか
なぜ栗原夫妻が車庫にいることを察知できたのか
なぜ桧川は、高塚桂子が屋内で一人きりであることを知っていたのか
逮捕されるつもりでありながら、一部の防犯カメラを無効化した理由は何か
高塚桂子殺害や的場雅也刺傷に使ったナイフは、どこへ消えたのか

 これらの謎を解明するため、生き残った家族たちは検証会を開き、これに偶然休暇中の加賀恭一郎も参加することになる。加賀は巧みな議論と精緻な推理を重ね、やがて事件の背後に潜む共犯者の存在を明らかにしてゆく。

 舞台や登場人物が特定され「犯人探し」を議論中心で進む構造は、通常ならかなり退屈に陥りかねない。しかし、ベテラン作家・東野圭吾の手腕により、読者はラストまで緊張感を保ちながらページをめくることができた。また口絵に描かれた別荘周辺の地図も、複雑な人間関係や犯行現場の把握に大いに役立つ。

 ただ、タイトル『あなたが誰かを殺した』だけは、物語の内容とやや距離があるように感じられ、この点には違和感が残った。

評:蔵研人

 

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2026年6月26日 (金)

ゴジラxコング 新たなる帝国

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★★★☆
製作:2024年 米国 上映時間:115分 監督:アダム・ウィンガード

 2021年の『ゴジラxコング』に続く本作では、宿命のライバルである二大怪獣が手を結び、邪悪な怪獣たちに立ち向かう。とはいえ物語の中心に据えられているのはほぼコングで、ゴジラは序盤と終盤に姿を見せるのみである。そのため舞台もコングの故郷である地下空洞が主となり、画面はまるであの『アバター』を思わせる鮮烈なCG世界に満たされている。

 建造物のない空間で繰り広げられる巨大猿たちの戦いは、怪獣映画というより『猿の惑星』の一場面のようでもある。やはり「大きさ」とは比較対象があってこそ実感できるものだと、あらためて思い知らされる。

 コングは地下空洞で新たな土地を発見し、ついに同族と再会する。しかしそこではスカーキングが無数の同族を奴隷のように支配しており、古代怪獣シーモとともにコングを圧倒する。敗走したコングは、地表侵略を企む敵を阻むため、ゴジラに助力を求める。最大級の原子力エネルギーを蓄えたゴジラと、人間の手で強化されたコング。二体は冷酷なスカーキング、そしてすべてを凍てつかせるシーモと激闘を繰り広げる。

 相変わらず圧巻の迫力と精緻なCGには舌を巻くが、ゴジラの小さめの顔や人間に近い上半身の造形、さらには走り方の“人間臭さ”にはやや違和感を覚える。さらにゴジラが繰り出すプロレス技「ブレーンバスター」には、笑いを通り越して思わず眉をひそめてしまった。そのうえ、手足が大きく翅の細いモスラの造形にも、どこか腑に落ちないところがある。

────もっとも、細部にこだわらず、子どもたちとともにアクションの奔流に身を委ねるのであれば、満点をつけてもよい娯楽作と言えるだろう。


評:蔵研人

 

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2026年6月23日 (火)

アイ・スピット・オン・ユア・グレイヴ2

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★★★
製作:2014年 米国 上映時間:106分 監督:スティーヴン・R・モンロー

 ニューヨークでモデルを目指すケイティは、無料撮影の広告を見つけ、ポートフォリオ用の写真撮影に臨む。順調に進んでいたかに見えた撮影は、カメラマンからヌードを要求された瞬間、不穏な色を帯びる。違和感を覚えた彼女はそれを拒み、逃げるように帰宅する。

 だが翌晩、施錠を怠ったわずかな隙を突かれ、昨日のカメラマンの一人が部屋に侵入。彼女は暴行を受け、騒ぎを聞きつけて駆けつけた隣人も、ナイフで滅多刺しにされ命を落とす。事態の深刻さに動揺した犯人は仲間を呼び寄せるが、現れたのは撮影に関わっていた男たちだった。三人は兄弟であり、冷静に現場を処理したのち、彼女を薬で眠らせて連れ去る。

 目を覚ましたとき、ケイティは見知らぬ地下室に鎖で繋がれていた。やがて隙を見て脱出に成功するものの、そこはブルガリア。言葉も通じず、助けを求めても届かない。
 ようやく救いの手かと思われた警官にも裏切られ、再び絶望の淵へと引き戻される。そこから続く暴力の連鎖は凄惨を極め、正視するのも辛いほどであった。私は思わず早送りしてしまったほどだ。登場人物の誰一人として信じられず、観る者までも疑心暗鬼に陥らせる展開である。

 こうして怒りと嫌悪が極限まで蓄積された末、終盤になってようやく壮絶な復讐劇が幕を開ける。本来であれば溜飲の下がるはずの場面である。しかし私の胸に去来したのは爽快感ではなく、むしろ深い虚しさだった。
 暴力は暴力をもってしか清算できないのか────そんな問いだけが、重く残る。年齢のせいか、それとも感性の変化ゆえか、もはやこの種の映画を純粋なエンターテインメントとして受け止められなくなっている自分に気づかされる。

 それでも、主演女優の体当たりの演技には目を見張るものがある。愛らしい容貌を持ちながら、全裸を晒し全身を傷と泥にまみれさせ、極限状況を生き抜く姿を演じ切った。その覚悟と表現力は、この過酷な物語に確かなリアリティを与えていた。


評:蔵研人

 

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2026年6月21日 (日)

Ms.パニッシャー

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★★
製作:2019年 米国 上映時間:70分 監督:サム・ファーマー

“最強熟女の血が燃えたぎる鮮血のバイオレンス・アクション!”強奪者から愛する娘と大切な家を守る為、女は最強のパニッシャーとなる!

────そんな刺激的な宣伝文句に惹かれて本作を手に取ったのだが、実際には、気が強く頑固なおばちゃんがショットガン片手に若者三人と対峙するだけの、こぢんまりとした物語であった。舞台は彼女の家の周辺に限られ、登場人物も十名ほど。ストーリー性も薄く、典型的な低予算アクションの趣が強い。

 主人公マーシャは、小さな田舎町で独り暮らしをする元女性警官。夫に先立たれ、娘とも別々に暮らしている。ある日、彼女の家を強引に奪おうとする三人の若者が現れ、刃物で脅しながら翌夜までに家を売れと迫る。
 助けを求めて地元の保安官補に相談するも、若者たちと通じているのか取り合ってもらえない。誰にも頼れないと悟ったマーシャは、愛する家を守るため、自ら立ち向かう決意を固める。

 その夜、若者たちが家に侵入し、偶然訪ねてきた娘を人質に取ってしまう。しかし、かつて修羅場をくぐり抜けてきたマーシャは、簡単には屈しない。娘と家を守るため、静かな田舎の夜に小さな戦いが始まる。

 だが本作には、物語を支えるべき“真面目さ”がどこか欠けている。元女性警官という設定も、家を奪おうとする若者たちの動機も、深く掘り下げられることなく表層を滑っていく。
 そのため登場人物たちの行動は、物語の必然ではなく、ただ脚本の都合に押し出されているように見えてしまう。せっかくの緊迫した状況も、薄く引き延ばされた会話と単調な展開の中で力を失い、物語としての重みを感じる前に終幕を迎えてしまった。

 ポスターからは、もっと大人数を相手にした派手なアクションを期待していたのだが、実際の戦闘シーンは会話が多く、テンポが悪いため緊張感が削がれてしまう。通常なら10分ほどで収まる場面を、何度も引き延ばして一本の作品に仕立てたような印象が拭えない。爽快感を求めて観たはずが、むしろじわじわと苛立ちが募り、観終えた後にはわずかな後味の悪さが残ってしまったのが悔しい。

評:蔵研人

 

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2026年6月18日 (木)

ウルフマン

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★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:103分 監督:リー・ワネル

 ウルフマンを直訳すれば「狼男」である。吸血鬼と並び、古典怪物の双璧として幾度も映画化されてきた存在だ。1941年の『狼男』がその源流とされるが、本作はそのリブートを名乗りながら、満月の魔性も、銀の弾丸という神話の残響も捨て去っている。ここで描かれるのは、変身ではなく“感染”であり、狂犬病のように一度罹れば戻れないという、あまりに俗世的で乾いた設定だ。

 確かに現代的な再解釈としては理解できる。しかし、その結果生まれたのは、狼男の神秘を剥ぎ取り、ゾンビ映画と見分けがつかない凡庸なモンスターパニックである。観客が期待する「狼男」という神話的存在は影も形もなく、ただの“異物”がそこに置かれているだけだ。

 さらに致命的なのは、終盤まで画面が薄闇に沈み、何が起きているのか判然としないことだ。狼男はほとんど姿を見せず、正体が露わになってからも、田舎の一軒家の周囲で追いかけっこに終始するだけ。また登場人物の心理は掘り下げられず、物語の奥行きも生まれない。恐怖ではなく、ただの“空虚”が漂うばかりである。

 思えば、2010年にベニチオ・デル・トロとアンソニー・ホプキンスが主演した『ウルフマン』は、古典への敬意と現代性の融合が見事だった。それと比べれば、本作はなぜ今この時代に創られたのか、その存在理由すら見いだせない。日本で劇場公開されなかったという事実も、むしろ当然の帰結のように思えてくる。

 
評:蔵研人

 

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2026年6月16日 (火)

ザ・ミスト

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★★★☆
製作:2017年 フランス 上映時間:89分 監督:ダニエル・ロビィ

 本作は、あのスティーヴン・キング原作の『ミスト』とは無関係である。これはまったく別物の、フランス製のSF風味を帯びた社会風刺ドラマだ。

 自己免疫疾患を抱える娘サラの治療法を探し続けるマチューは、定職に就けず、なぜか妻アナと娘が暮らすパリのアパートの向かいに一人で住んでいる。彼は折に触れて娘の様子を見に訪れるのだ。
 12歳になるサラは、生まれてから一度も外に出たことがなく、病のためカプセルの中で育てられている。アナは在宅で教師の仕事をしながら、閉ざされた空間で暮らす娘を献身的に看病している。

 そんなある日、街を揺るがす大地震が起こり、パリ中が濃い霧に包まれてしまう。この霧は有毒で、人々は次々と倒れていく。マチューとアナは、とりあえずサラのカプセルだけは安全だと判断し、最上階に住む老夫婦の部屋へ避難する。

 しかし霧はいっこうに晴れず、街は急速に死の静寂へと沈んでいく。このままではサラのカプセルも危険だと考えた二人は、救助隊から受け取った酸素マスクを頼りに、サラを外へ連れ出すための特別スーツを探しに街に出る。だが途中で凶暴な犬に襲われ、酸素マスクを壊されてしまう。

 霧はいつ晴れるのか。この霧の正体とは何なのか。酸素マスクなしでスーツを持ち帰ることはできるのか。サラや老夫婦は救われるのか。さまざまな疑念と不安が胸をよぎる。ネット上の評価は芳しくなかったが、実際にはなかなか興味深い作品ではないか────。

 ただ、街に死体を含めほとんど人影がないこと、そしてなぜあの犬が生き延びたのか、……といった細かいことが気になってしまう。また、物語の多くが解明されないまま、ラストのどんでん返しで唐突に幕を閉じる点も賛否を分けるだろう。
 SFなのか、家族ドラマなのか、サバイバルものなのかと考えたが、むしろこれは皮肉を込めた社会風刺劇として観るべき作品なのかもしれない。

 

評:蔵研人

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2026年6月14日 (日)

DEAD OR ZOMBIE ゾンビが発生しようとも、ボクたちは自己評価を変えない

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★★★☆

製作:2022年 日本 上映時間:42分 監督:佐藤智也

 ゾンビが蔓延した世界で、ゾンビ化した家族と共に暮らす引きこもりの女子高生を描いた、静謐(せいひつ)なヒューマンドラマである。短編かつ低予算のB級映画でありながら、「ゾンビになっても家族の絆は失われない」という奇妙に温かい視点が、作品全体に淡い光を灯している。外見はホラーの皮をまといながらも、その内側には少女の心の葛藤と、かすかに残る家族への愛情が脈打っている。

 舞台となるのは、感染拡大を防ぐために外界から切り離された地方都市。女子高生・早希は、ゾンビとなった家族を見捨てることができず、ひとり隔離区域に残って暮らしている。
 かつて不登校で、家族との関係もぎこちなかった彼女にとって、この異常な日常は、むしろ“初めて家族と向き合う時間”として訪れたのかもしれない。
 人影の消えた町を満たす静けさは、まるで早朝の冷たい空気をそのまま閉じ込めたようで、画面に漂う寂寥感は、早希の孤独と奇妙に呼応している。

 低予算ながら、ゾンビの特殊メイクには確かな迫力が宿る。それもそのはず、日本の特殊メイク界を牽引してきた江川悦子が手がけているのだ。
 本作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020でグランプリを受賞した日中韓合作映画『湖底の空』の佐藤智也監督が、同映画祭からの支援金を受けて制作したものである。
 わずか42分の物語でありながら、そこには“終末”と“家族”という相反する気配が静かに同居し、観る者に奇妙な余韻を残す作品であった。 

評:蔵研人

 

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2026年6月12日 (金)

殺人の追憶

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★★★★
製作:2004年 韓国 上映時間:130分 監督:ポン・ジュノ

 2019年、『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画史を塗り替え、アジア映画として初めてアカデミー賞作品賞に輝いたとき、世界はようやくポン・ジュノという作家の真価に気づいた。しかし、その才能の源流はすでに本作『殺人の追憶』において、濃密な霧のように立ちのぼっていたのである。

 ポン・ジュノの映画には、しばしば“雨”が物語の奥底を流れる暗い血流のように存在する。『ほえる犬は噛まない』の冒頭を濡らす雨、『グエムル』で死と共に訪れる雨、『母なる証明』で母の絶望を包み込む豪雨、そして『パラサイト』で半地下を呑み込む濁流。
 本作でもまた、雨は静かに、しかし確実に死を呼び寄せる。雨脚が強まるたび、観客は不吉な気配に身を固くするほかない。

 本作は、1980年代の韓国農村で実際に起きた「華城連続殺人事件」を題材にしている。大鐘賞では監督賞・作品賞を受賞し、東京国際映画祭でもアジア映画賞に輝いた。
 若い女性を次々と襲う犯人を追い詰めようと、土着の刑事たちは粗暴な捜査に突き進む。そこへソウルから派遣された刑事が加わり、論理と冷静さを武器に事件へと切り込む。

 だが本作が描くのは単なる犯人探しではない。異なる捜査観を持つ彼らが、事件の闇に触れるたびに揺らぎ、崩れ、そして人間としての弱さを露わにしていく、その過程そのものが物語の核となっている。

 土着刑事たちの拷問まがいの取り調べや証拠捏造、さらには占いに頼る捜査は、現代の目から見れば滑稽であり、同時に恐ろしくもある。しかし、時代と土地が生み出した“常識”とは、往々にしてこうした歪みを孕むものなのだろう。
 そして終盤、冷静さを保っていたソウルの刑事までもが、感情の奔流に呑まれ暴力へと手を伸ばす瞬間、観客は悟る。彼もまた、制度の外側に立つただの人間であり、闇に触れれば誰しもが揺らぐ存在なのだと。

 農村の田園風景は、息を呑むほどに美しい。だがその美しさの中で発見されるのは、無残な姿となった女性たちの遺体である。光と影が反転するようなこの映像の対比に、ポン・ジュノは何を託したのだろう。美しさの裏側に潜む暴力、あるいは人間の心に巣食う闇への静かな問いかけなのか。

 前半は誤認逮捕の連続で、捜査は泥濘のように進まず、観る者の苛立ちも募る。しかし後半、土着刑事とソウル刑事がようやく歩調を合わせ始める頃、犯人像はかすかな輪郭を帯び、希望の光が遠くに揺らめく。だが────ラストはどこか満たされない。
 それは事件の“現実”がもたらす空白なのか。それとも監督が観客に、消えない余韻と問いを抱えたまま劇場を後にしてほしかったからなのだろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年6月10日 (水)

あの頃、君を追いかけた

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★★★
製作:2018年 日本 上映時間:114分 監督:長谷川康夫

 家庭では全裸で過ごす主人公とその父、そして下ネタが飛び交うおバカな展開────どこか韓国ドラマ的な過剰さを感じたが、調べてみれば台湾で大ヒットした同名映画の日本版リメイクであった。

 物語は、ある美しい女性の結婚式に招かれた高校時代の仲良し6人組が、青春の日々を回想するという構成だ。その中心となるのは、水島浩介(山田裕貴)をはじめとする5人の男子たち。彼らは皆、結婚式の主役である早瀬真愛に恋心を抱いていたが、結局のところ全員が振られた“敗者”でもあった。

 医者の娘で、世間知らずの純真さと美貌、そして聡明さを併せ持つ早瀬真愛を演じたのは、小顔の美少女・齋藤飛鳥。一方で、私の好みは彼女の親友役を演じた松本穂香のほうだ。大きな瞳が印象的で、明るい雰囲気を纏う彼女だが、本作では浩介の幼馴染というだけで、物語の中心からはやや外れてしまっていたのが残念である。

 結局のところ、本作は台湾の人気作家ギデンズ・コーの自伝的作品を下敷きにしているだけで、特別な社会性や深い感動を求めるべき映画ではない。誰の胸にもひとつはある、甘酸っぱくも不器用な青春の記憶を、淡々と描いた作品と言えるだろう。
 ただし、山田裕貴の“生尻”を拝みたい方には、強くお勧めしておく(笑)

評:蔵研人

 

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2026年6月 7日 (日)

予兆 散歩する侵略者 (ドラマ)

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★★★
製作:2017年 日本 上映時間:1シーズン5話 監督:黒沢清

 ドラマが始まって早々、職場の同僚が「自宅に幽霊が出る」と騒ぎ出す。そのため、てっきり本作はホラー作品なのだろうと思い込んでしまった。しかしその幽霊の正体は、実は幽霊ではない。
「家族」という概念を宇宙人に奪われた結果、父親の存在を認識できなくなり、幽霊だと誤解していたのだった。

 その宇宙人は、ヒロイン・悦子(夏帆)の夫・辰雄(染谷将太)が勤務する病院の外科医として潜り込んでいる存在である。辰雄は彼らの行動を補佐する“ガイド”の役割を強いられ、逆らおうとすると腕に激しい痛みが走るため、抵抗することができない。
 宇宙人たちの目的は地球侵略であり、人類の大半は排除される運命にある。ただし、特殊な能力を持つ悦子だけは「サンプル」として生かされることになっていた。

 つまり本作は、ホラーの皮を被ったサスペンス風味のSFドラマである。だが正直に言えば、その内容はあまりにも低予算で、設定の描写もどこか幼稚に感じられた。それでも気がつけば、私は全5話を一気に観終えているではないか。
 結局、不満を抱きながらも視聴をやめられなかったという事実が、この作品の持つ奇妙な吸引力を物語っているのかもしれない。

 本作は映画『散歩する侵略者』のスピンオフ作品であり、「概念を奪う侵略者」という設定を、映画本編とは異なる夫婦の視点から描いている。
 また日常が静かに、しかし確実に侵食されていく様子は、不穏でじわじわと迫るサスペンスとして描かれている。さらに、この全5話のドラマを再編集した劇場版まで存在するのだから、作品の構造は実にややこしい。

 理解しづらく、決して親切とは言えない。それでもなお記憶に残るのは、黒沢清らしい「説明されない不安」が、画面の隅々にまで染み込んでいるからだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 5日 (金)

きょうの日はさようなら

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★★★☆
著者:一穂ミチ

 森山良子の『今日の日はさようなら』をもじったタイトルがまず目を引く。どんな物語なのかと文庫本を手に取ると、ブックカバーには昔ながらのセーラー服におさげ髪の女子高生が、駅のプラットホームに佇む姿が描かれていた。裏表紙には、次のような紹介文が記されている。

 2025年7月。高校生の明日子と双子の弟・日々人は、いとこがいること、そしてその彼女と一緒に暮らすことを父から唐突に知らされる。
 ただでさえ退屈な夏休みに、面倒ごとが増えるとあって二人はうんざりだ。いとこの存在に期待も興味もない。退屈な日常はそのまま続くかに思われた。
 けれど、彼女——今日子は、長い眠りから目覚めたばかりの“30年前の女子高生”だった……。

 1995年の夏、今日子の家族は火災で全員亡くなり、彼女だけが瀕死の状態で救い出された。その後、治療を受けたのちコールドスリープによる人口冬眠に入り、30年間“眠り姫”として時を止めていたという。外見は女子高生のままだが、実年齢は50歳近い"おばさん"なのである。
 それでも今日子は、入院中に現代の文化や生活背景を学んだこともあり、明日子や日々人と自然に接することができる。

 今日子にとって、目覚めた現代社会は『浦島太郎』やロバート・A・ハインラインの『夏への扉』の未来世界そのものだ。ただし違うのは、まだ30年後の世界であり、高校時代に付き合っていた恋人が今も生きているという点である。彼はすでに“おじさん”になっているが、どうしても逢いたい——そんな思いが、今日子の胸に静かに芽生え始める。

 父親と明日子・日々人の三人で暮らす門司家は、どこか家族関係がぎくしゃくしていた。そこに現れた今日子は、いとこでありながら、どこか“母親のような存在”でもあったのかもしれない。

 ポケベル、ソックタッチ、スーパーファミコン——懐かしい記憶の断片が物語に散りばめられ、軽やかでほんわかとした空気の中に、ふと切なさが漂う。

「きょうの日はさようなら」。そして、その先に続くのは「また逢う日まで」なのだろう。

評:蔵研人

 

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2026年6月 3日 (水)

もうすぐ死にます

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★★★★
2023年 韓国ドラマ

 大学を卒業してから七年間、正規の職を得られずアルバイト生活を続けていたチェ・イジェは、ようやく巨大企業テガングループの最終面接に辿り着く。だがその道中で交通事故を目撃し、動揺を引きずったまま面接に臨んでしまい、不採用という結果に終わる。追い打ちをかけるように、恋人ジスが男と逢っているところを目撃し、投資詐欺で貯金も失い、家賃すら払えず住まいを追われることに────。降りしきる雨の中、絶望に沈んだ彼は衝動的にビルの屋上から身を投げてしまう。

 しかし、彼を迎えたのは“怪しい女の姿をした〈死〉”だった。死を「道具のように扱った」と怒る〈死〉は、イジェに十二回の転生という罰を科す。転生先は、テガングループ御曹司の次男、いじめられっ子の高校生、刑務所の囚人、ヤクザ、殺人狂、刑事、さらには赤ん坊に至るまで実に多彩であり、そして最後の転生は、なんと……。

 それぞれの人生が独立した物語としても面白く、やがて一本の線で結ばれていく構成の妙には舌を巻く。アクション、恋愛、ホラー、社会風刺、涙を誘うドラマと、あらゆるジャンルを巧みに織り込んだ作品で、視聴者を飽きさせない。

 現代の韓国では、大学を卒業しても大企業への就職は容易ではなく、若年層の自殺率が異常に高いと指摘されている。本作は、そんな社会の歪みや閉塞感に対する静かな警鐘として生まれたのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年6月 1日 (月)

The Tick /ティック 〜運命のスーパーヒーロー〜

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★★★☆
2017年製作の米国TVドラマ

 あまりにも暴力的かつエログロテスクな描写で話題をさらった『ザ・ボーイズ』の後味を和らげるべく、私はこのコミカルタッチのスーパーヒーロー・ドラマを手に取った。

 主人公は、青虫のような外見をした謎多きヒーロー、ティックと、ヘタレで神経質な青年アーサー。でこぼこコンビの掛け合いが物語を軽やかに牽引していく。

 1話約25分。シーズン1が12話、シーズン2が10話という構成は、長大化しがちな米国ドラマの中では実に手頃で、物語を追いやすい。シーズン1では、アーサーの父を死に追いやった宿敵テラーの再登場を軸に物語が展開する。
 続くシーズン2では、ロブスター女キュールズとその子供たちをめぐる騒動が描かれるが、物語は大きな余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 ティックとは何者なのか。スーパーマンもどきのヒーロー、スーペリアンのうつ病は癒えるのか。裏切り者ミス・リントの行く末は……。数々の謎と伏線は解かれぬまま宙吊りにされてしまった。

 本来はシーズン3へと続く構想があったものの、視聴率の低迷により打ち切りとなったという。米国ドラマ界では珍しい話ではないとはいえ、物語がようやく広がりを見せ始めた矢先の終幕は、やはり惜しまれてならない。

 荒唐無稽でありながらどこか人間臭い。過度な暴力や皮肉に頼らず、ユーモアと温かみでヒーロー像を描こうとした本作は、未完であるがゆえに、なおさら静かな余韻を残している。 

評:蔵研人

 

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2026年5月30日 (土)

0.5の男

05

★★★★
2023年製作 日本のTVドラマ

 引きこもり生活を続ける雅治は、気づけば40歳。そんな折、両親と妹家族との同居が始まってしまう。これを二世帯ではなく「二・五世帯」と呼ぶのは、独身の雅治が“0.5”として扱われるからだ。彼の居場所は玄関脇の小さな部屋と決まり、そこでゲームに没頭する日々が続く。

 当初は妹家族との接触すら避けていた雅治だが、保育園に通う甥に懐かれるうち、少しずつ心の扉が開いていく。

 引きこもりに限らず、結婚しない(できない)若者が増える現代において、このテーマは決して他人事ではない。さらに妹夫婦の娘は思春期の中学生で、転校を機に不登校に陥ってしまう。現代家族が抱える複雑な悩みが、物語に自然に織り込まれている点も見逃せない。

 雅治が引きこもるきっかけは、会社で受けた上司のパワハラだった。素直で優しい性格が裏目に出てしまったのだろう。しかしその優しさこそが、子どもたちに好かれ、保育士にも好感を持たれる理由でもある。そして甥と担当保育士とのやり取りは、作品にほのぼのとした温度を添えている。

 主役の雅治を演じた松田龍平は、まさに適役と言うほかない。セリフは少ないものの、伏し目がちな視線や、わずかに丸めた背中で心情を語る演技は見事だった。
 母親役の風吹ジュンは、かつての日本の母親像を思わせる包容力を漂わせ、思わず胸が熱くなる。木場勝己演じる父親も、当初はランニングと囲碁だけの自己中心的な頑固親父に見えたが、物語が進むにつれ、深い思いやりを秘めた人物として立ち上がってくる。さらに子役たちの自然な演技にも、いつもながら感心させられた。

 本作は、個人主義が進む現代社会において、家族という最小単位のつながりを優しく、丁寧に描き出している。だからこそ、人と人との関わりの大切さが静かに胸に残る。ただ、時間配分の都合か、終盤で一気に物語が収束し、やや駆け足でハッピーエンドに落ち着いてしまった点だけが惜しまれる。

評:蔵研人

 

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2026年5月28日 (木)

私は整形美人

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★★★☆
2025年製作の日本のTVドラマ

 原作は2016年にLINE WEBTOONで公開されたネットマンガで、2018年には韓国で『私のIDはカンナム美人』としてドラマ化された。本作はその日本版リメイクである。

 幼い頃から容姿を理由にいじめを受け続けてきた片桐美玲は、大学入学を機に整形手術を受け、美しい顔へと生まれ変わる。入学前オリエンテーションでは、同級生たちから容姿を褒められ、男子からも好意を寄せられる。戸惑いながらも心の奥では高揚を抑えきれない美玲。
 しかしその喜びが冷めやらぬうちに、彼女の整形を知る唯一の存在────醜い容姿を持つ父親が現れ、秘密はあっけなく露見してしまう。さらに追い打ちをかけるように、整形前の美玲を知る中学時代の同級生・坂口慧が、同じ大学に入学していた。

 整形によって外見は変わったものの、中学時代の激しいいじめの記憶は深く刻まれ、美玲は自信を持てず、肝心な場面でいつも逃げ出してしまう。それでも本来の彼女は、優しく明るく、純真な心を持つ少女だ。
 その内面を見抜き、好意を寄せるのは、慧と先輩の向井優、そして女子ではダブりの紗季と天真爛漫なみどり。一方、美人だが我儘で二重人格的な榎本穂波が、物語の悪役として二人の関係に執拗に割り込んでくる。

 物語の中心は、美玲と慧の恋の行方である。だが、美玲は「イケメンすぎる慧が自分を好きになるはずがない」と思い込み、穂波は「美玲のものは全て奪ってやる」と執念深く横やりを入れてくる。こうして二人は幾度もすれ違いを繰り返すことになるのだ。

 韓国版は未視聴だが、そちらではいじめ描写がかなり強烈で、外見至上主義への問題提起を含む社会派ドラマだという。一方、日本版は「自分を好きになるまでの青春ラブストーリー」として描かれている。韓国の整形文化を思えば、その違いにも納得がいく。機会があれば韓国版もぜひ観てみたい。

 このような清純な恋愛ドラマを観るのは久しぶりだったが、物語は奇をてらわず、王道の流れを丁寧になぞっている。それでもラストシーンは洒落ているし、キャスト陣は皆はまり役で魅力的だ。主役の二人はもちろん、登場シーンは多くないものの、慧の母親を演じた田中美里の静かに輝く美しさには思わず見入ってしまった。

評:蔵研人

 

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2026年5月26日 (火)

us アス

Us

★★★☆

製作:2019年 米国 上映時間:116分 監督:ジョーダン・ピール

 ある避暑地での出来事である。黒人の一家が夏休みを過ごすため別荘を訪れたところ、自分たちと瓜二つの謎の存在に襲われる。彼らは赤い衣服をまとい、手には大きなハサミを握っていた。

 着想そのものは新鮮で、独自の世界観が立ち上がっている。しかし、恐怖そのものは意外と強くは感じられなかった。相手の顔がすぐに判別でき、人間側もそれなりに反撃できるためだろう。
 加えて、夫の情けなさが目立ち、最終的に最も頼りになるのが母親という構図は、近年の米国ホラーの定番になりつつあるようだ。さらに、薄暗くて視認しづらい画面づくりもまたホラーの常套手段なのだろうが、「暗くしなくても怖さは創れるはずだ」と言いたくなる。

 物語の細部における裏付けはやや希薄で、心理的な深掘りや派手なアクションも控えめである。では何が面白いのかと問われると、即答は難しい。惹かれたのは、得体の知れない四人の影が並び立つ、あのシルエットの不気味さまでだった。

 それでも、赤い服の彼らは何者なのか、どこから現れ、何を目的としているのか──その問いだけが観る者を引っ張っていく。結局、その手がかりはオープニングの“ウサギ部屋”に潜んでいた。
 そして、ラストのどんでん返しは確かに背筋を冷やす。結局のところ、この映画の肝はその二点に尽きるのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年5月24日 (日)

スリザー

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★★★
製作:2006年 米国 上映時間:96分 監督:ジェームズ・ガン

 “スリザー(slither)”とは、湿った闇の底を這いずるように進む動作を指す。その語感は、本作に登場する茶褐色のナメクジ状クリーチャーの気味悪さを、すでに一語で言い当てている。
 『エイリアン』のチェストバスターを思わせる形状だが、ここではそれが孤独な一匹ではなく、無数の群れとなって押し寄せる。蠢く影が地を覆い尽くすさまは、まるで悪夢が現実へ侵食してくる瞬間を目撃しているかのようだ。

 この異形の生命体は宇宙の彼方から落下し、『寄生獣』のように人間の脳へと潜り込み、やがて醜悪な巨躯へと変貌する。その過程は、ドロドロ、ブクブク、ゲロゲロ、グチャグチャと、擬音語すら追いつかないほどの腐臭を帯びた変容劇である。
 エイリアンほどの不死性は持たないものの、圧倒的な数と、ただ存在するだけで人の本能を逆撫でする“生理的な嫌悪”が、観客の心をじわじわと侵食していく。変身前の姿はゾンビと大差なく、既視感の中に漂う不潔さが、なおさら不快感を増幅させる。

 B級グロ映画としての枠組みは確かに備えているが、その趣味の悪さは一線を越えている。物語の薄さはこの種の作品では織り込み済みとしても、クリーチャーの造形が不気味さと不潔さだけに依存し、しかもどこか古びた印象を拭えない点は惜しい。
 もしそこに一滴でも独自の美意識や造形的な詩情が注がれていたなら、この“気持ち悪さ”は単なる嫌悪を超え、異様な魅力へと昇華したかもしれない……。


評:蔵研人

 

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2026年5月22日 (金)

プラットフォーム

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★★★
製作:2021年 スペイン 上映時間:94分 監督:ガルダー・ガステル=ウルティア

 舞台は、およそ三百階層にも及ぶ「垂直自主管理センター(通称 VSC)」と呼ばれる刑務所施設の内部のみで完結する。会話のある登場人物も十名に満たず、閉ざされた空間で物語が進行する点は、どこかスリラー映画『キューブ』を思わせる。

 本作の特徴は、各部屋の中央にぽっかりと開いた四角い穴である。そこを上下する台座には豪華な料理が所狭しと並べられ、囚人たちは台座が止まるわずかな時間にむさぼるように食事を奪い合う。
 残された食べ物は下層へと運ばれていくが、階層が下がるほど残飯は減り、最下層に至っては何ひとつ残らない。結果として、下層の囚人は生き延びるために同房者を殺し、その肉を口にせざるを得ないという、凄惨な展開が待ち受けている。

 上層ほど豊かで、下層ほど飢えるという構造から、本作がヒエラルキー社会への批判や、理想主義への皮肉を意図していることは推測できる。しかし、あまりにも多くの謎が放置され、ドラマ性も希薄なため、次第に緊張感が薄れてしまう。観客に残された期待は「謎の解明」だけだったが、その答えも提示されないまま物語は幕を閉じる。

 着想そのものは魅力的であるにもかかわらず、核心が明かされないことで作品の力が削がれてしまった印象だ。さらに、終始不潔さを強調する映像表現が続くため、観客を置き去りにするような不快感も残る。残念かつ惜しい作品と言えるだろう。

評:蔵研人

 

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2026年5月21日 (木)

つくみの記憶

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著者:白石一文

 三十一歳になった松谷遼平は、会社の懇親会でアルバイトの隠善つくみと、はじめてまともに言葉を交わす。すると彼は、説明のつかない奇妙な感覚にとらわれる。少年時代、生死の境をさまよった体験をもつ遼平。その記憶と、目の前にいるつくみの存在とが、どこかで密やかに結びついているように感じられるのである。

 やがてある晩、遼平は自宅でつくみと関係を持ち、その最中に恋人・友莉と鉢合わせしてしまう。この出来事をきっかけに友莉は姿を消し、彼女をめぐって不穏な噂が流れ始める。

 物語前半は、つくみの強引とも映る行動と、遼平の優柔不断さ、そして結果として裏切られる形となった友莉の苦悩が描かれる。とりわけ友莉の立場に思いを寄せると、彼女の人生が思わぬかたちで揺さぶられていく展開には、やりきれなさを覚えずにはいられない。後に彼女は再び歩み出すが、その再生の描写にはやや性急な印象も残り、十分に感情が熟す前に結論へと導かれたようにも感じられた。

 さらに後半では、物語は思いがけず幻想的な色彩を帯び、寓話的とも言える展開へと踏み込んでいく。その飛躍は大胆であり、作者らしい挑戦とも受け取れるが、現実の重みを背負ってきた前半との接続には、やや断絶を覚える読者もいるだろう。結末もまた明確な答えを示すことなく、妙な余韻を残したまま幕を閉じてしまう。

 私は白石一文の作品を愛読してきた一人である。だからこそ、本作には強い期待を抱いていた。その期待ゆえにか、読後にはどこか食い足りない感覚が残った。決して凡作ではない。しかし、作品が内包していたはずの深みや必然性が、最後の一歩で輪郭を結びきらなかったように思われてならない。熱心な読者であるからこそ感じた、ほろ苦い物足りなさであろうか……。


評:蔵研人

 

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2026年5月19日 (火)

ジェノサイド004

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★★★☆
製作:2020年 オーストラリア 上映時間:131分 監督:マーク・トイア

 軍需企業で研究開発を担当するヤンツ、クローガー、アンの三人は、上司フォスターの命令で東南アジアへ派遣される。任務は軍事用AIロボットの実地テストのはずだった……。だが現地に到着すると、ボラーという胡散臭い男が待ち構えており、今回の仕事がCIA絡みの危険な案件であることが明らかになる。もはや引き返すことは許されない。

 やがて、ジャングル上空から四体のロボットがパラシュートで投下され、近隣の村に潜む麻薬密売組織を殲滅せよという命令が下される。しかしその頃、運悪くボランティアの若い医師たちがジャングルで迷い、村へ向かっていた。

 着地したロボットたちは起動し、麻薬組織を攻撃し始めるが、作戦の秘密を守るため、女子供や医師たちまでも無差別に殺戮し始める。

 ジャングルの映像は美しく、ロボットの造形も意外に洗練されている。B級作品だろうとタカを括っていたものの、思いのほか楽しめたのは嬉しい誤算だった。ただし、子どもが撃たれたり、解剖されたりする場面は胸が締めつけられるほど辛い。

 タイトルの「004」は、投下された四体のロボットを指すのだろうと思っていた。しかし物語が進むにつれ、そのうちの四号機が着陸時の衝撃でモジュールが外れ、遠隔操作不能となり、自我に目覚めていく。そして終盤でなんと「命とは何か」を語り始める展開を思えば、004とはこの四号機そのものを象徴しているのかもしれない。

 物語の大半は、ジャングルの中でロボットに追い回される緊迫したシーンが続き、まるで『ターミネーター』のような恐怖を味わう。しかし、エンドロール直前に挿入される一瞬のカットこそ、実はこの映画で最も背筋が冷たくなる場面なのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年5月16日 (土)

ロボコップ リメイク版

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★★★★
製作:2014年 米国 上映時間:121分 監督:ジョゼ・パジーリャ

 ロボコップといえば、1987年に大ヒットを記録し、第3作まで制作された伝説的SFアクション映画である。本作はその続編ではなく、むしろ第一作のリメイクと捉えたほうが分かりやすいだろう。

 優秀な警官が瀕死の重傷を負い、身体はほとんど原形をとどめないほど破壊される。辛うじて残った頭部だけを生かし、全身を機械で補ったサイボーグとして再生させる。
 この展開は、1963年から『週刊少年マガジン』に連載された平井和正・桑田次郎によるSF漫画『8マン』を想起させる。もはや“影響を受けた”というより、構造的にはほぼ踏襲していると言ってよい。

 本作はその流れを受け継ぎつつ、基本的な構成はオリジナルをなぞっている。しかし、時代の推移と特撮技術の飛躍的進歩により、ロボコップの造形やアクションのスピード感は大きく進化した。
 オリジナル版が『ターミネーター』的な無骨な機械感を漂わせていたのに対し、リメイク版はどこか『アイアンマン』を思わせる洗練されたデザインで、科学的な裏付けを感じさせる設定が随所に見られる。

 一部のオリジナルファンからは不評の声もあるようだが、私が両作を並行して鑑賞した限りでは、リメイク版が大きく劣るとは思えなかった。
 ただし、妻子と会えないというオリジナル版の設定のほうが物語としての必然性を感じられたこと、そして“なぜ今あらためてロボコップなのか”という問いに明確な答えが見えなかったことは否めない。

評:蔵研人

 

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2026年5月14日 (木)

盲剣楼

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★★★☆
製作:2022年 中国 上映時間:77分 監督:ヤン・ビンジア

 オープニングでは、盲目の剣客が賭場のイカサマを見破った帰り道、逆恨みしたならず者たちに襲われる。まるで『座頭市』の一場面を思わせ、「これは模倣作か」と身構えたのだが、物語が進むにつれ、次第にその印象から離れていくのが分かり、ひとまず納得した。

 結婚式当日、新郎と実兄を殺され、自身も辱められた花嫁。彼女は役所に訴えるが、加害者が権力者であるため、役人は腰を引き、挙げ句の果てには被害者である花嫁を逮捕してしまう。そんな無法ぶりに堪忍袋の緒が切れた懸賞金稼ぎが正義の鉄拳を振るう──実に分かりやすい中国製時代活劇である。

 この賞金稼ぎは、剣術のみならず棒術・拳法・関節技にも通じ、一人で百人を超える敵を容易になぎ倒す超人的存在だ。単純明快で爽快なのだが、いくつか腑に落ちない点もある。

 まず、自分の恋人を危険にさらしてまで、なぜ見知らぬ花嫁のために命を懸けるのか。正義のためと言うが、それならなぜこれまで黙していたのか。また、その恋人も強者でともに戦うのかと思いきや、なにもしないうちに、あっさり捕まってしまう。彼女の存在意義が物語上どこにあるのか、どうにも理解しがたい。

 とはいえ、製作者としては「細かいことはさておき、圧倒的なアクションを楽しんでほしい」と言いたいのだろう。まあそれを望む観客にとっては、間違いなく拍手喝采の作品である。上映時間が短いのも、その割り切りゆえかもしれない。
 ただ、映画とは本来それだけではないのではないか──そんな思いが、観終わった後に静かに残ってしまった……。

評:蔵研人

 

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