港のひかり

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:118分 監督:藤井道人

 舞台は北陸の小さな港町。堅気となった元ヤクザの三浦は、慣れない漁師仕事に身を沈めながら、静かに暮らしていた。そんなある日、白い杖を頼りに歩く少年・幸太と出会う。やがて二人のあいだには、年齢を超えた不思議な友情が芽生えていく。

 幸太は、ヤクザ絡みの交通事故で両親を失い、引き取られた叔母とその恋人からも虐待を受けていた。孤独を抱えた少年に、かつての自分を重ねた三浦は、彼の視力回復手術のために、ヤクザの麻薬取引現場から金を奪うという危険な賭けに出る。そして幸太の手術を見届けたのち、自ら警察へと出頭する。

 奪われた金の持ち主は、三浦の元弟分・石崎が率いる組である。彼らが黙っているはずもなく、物語は静かに緊張を孕んでいく。そして12年後、刑期を終えた三浦が出所すると、皮肉にも成長した幸太は刑事となっていた。

 一昔前なら、任侠に熱い三浦の役は高倉健が演じていたかもしれない。しかし本作では、舘ひろしが渋みと陰影を湛えた演技で存在感を放っている。また笹野高史、ピエール瀧、宇崎竜童、市村正親、椎名桔平といったベテラン勢が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。

 ただ、物語の骨格はあまりにベタで、終盤のクライマックスで幸太が単身乗り込む展開には、ご都合主義の匂いが拭えない。また、三浦が自己犠牲を払ってまで幸太に尽くすようになる心情の掘り下げも十分とは言い難い。ここを丁寧に描き直せば、物語はより深い感動へと到達できたはずで、その点が何より惜しまれる。
 

評:蔵研人

 

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2026年9月 5日 (土)

二十歳に還りたい。

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:119分 監督:赤羽博

 タイトルを見たとき、私はてっきりタイムトラベルものだと思い込んでいた。確かに老人が二十歳の青年へと若返るのだが、過去へ戻るのではなく、同時代の“別人”の身体に心だけが宿るという設定である。そして原作が幸福の科学グループ・大川隆法総裁だと知り、宗教映画なのだと悟ったものの、意外にも宗教色は控えめであった。

 寺沢一徳は、裸一貫から大企業を築き上げ、「経営の神様」と称えられた人物だ。しかし引退後は、高齢者施設で淡々と孤独な日々を送っている。そんな一徳の唯一の慰めは、施設を訪れる学生ボランティア・山根明香とのささやかな交流だった。

 夕陽の丘を散歩しながら、一徳は初めて自らの過去を語る。社会的成功とは裏腹に、家族には恵まれなかった人生だったと……。明香はその告白に胸を痛め、沈む夕陽に向かって、神に彼の願いをひとつだけ叶えてほしいと祈る。一徳もまた、彼女が抱える失恋の痛みを感じ取っていた。
 できることなら、彼女のためにも、もう一度二十歳に還りたい────。そう願った瞬間、彼は見知らぬ大学の校庭で、若き青年として目を覚ます。

 青年はサッカー部員で、明香はそのマネージャーという設定。さらに彼女は有名劇団長の娘であり、その縁から青年は一流俳優へと駆け上がっていく。
 しかし「三十歳になるまで結婚してはならない」という神のお告げの意味が曖昧で、物語の核心に関わるはずの部分が十分に掘り下げられていない。またあと少しで三十歳になるときに、なぜ「誕生日まで待ってほしい」と言えなかったのか────。その一点がどうしても引っかかり、物語に深く没入できなかったのが実に残念である。

 出演者の多くは無名に近いが、津賀山正種と上杉祥三というベテラン二人の演技だけは圧倒的な存在感を放っていた。もし彼らがいなければ、作品は一気にB級の色合いへ傾いていたかもしれない。
 全体としては、宗教映画という先入観を裏切る穏やかな人間ドラマであり、設定の粗さを許容できるかどうかで評価が分かれる作品だろう。


評:蔵研人

 

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2026年9月 3日 (木)

スピーシーズ 種の起源

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★★★☆
製作:1995年 米国 上映時間:108分 監督:ロジャー・ドナルドソン

 30年ぶりに観返したのだが、ストーリーは驚くほど綺麗に記憶から抜け落ちていた。もっとも、改めて見直してみると、この時代の作品としてはVFXの完成度はかなり高く、映像にも思ったほど古臭さは感じない。

 タイトルの “Species” は「種」あるいは「生物種」を意味する。本作に登場するシルは、遥かな宇宙から送信されてきた未知のDNA配列と人類のDNAを融合させて誕生した生命体である。人類の科学が、理解の及ばぬ異質な知性へ不用意に手を伸ばした結果、生まれてしまった存在だ。

 シルを演じたのは、当時スーパーモデルとして人気絶頂だったナターシャ・ヘンストリッジ。本作は、彼女の妖艶な魅力を全面に押し出したことでも話題となり、その美貌に惹かれて劇場へ足を運んだ観客も少なくなかったという。なるほど、彼女の肢体には人間離れした美しさがあり、「映画史上もっとも美しいエイリアン」と称されたのも頷ける。彼女はこの作品を機に女優へ転身し、その後も映画やドラマで活躍することになる。

 急速な成長を遂げたシルは研究施設を脱走し、成熟すると本能のままに子孫を残そうと男たちを誘惑し始める。彼女を追うために招集されたのが、抹殺任務のプロであるプレストン、霊的感応能力を持つダン、分子生物学者ローラ、異文化行動学者アーデンらによる特別チームである。

 序盤は、シルという存在の不気味さと官能性が入り混じり、得体の知れない恐怖がじわじわと広がっていく。その空気感には確かに引き込まれるものがあった。しかし物語が進むにつれ、展開は次第に単調さを帯びていく。同じような追跡劇が繰り返され、チームの面々も、超感覚的にシルの存在を察知するダンを除けば、能力を十分に活かし切れているとは言い難い。

 さらに、物語のスケール自体は本来もっと大きくなり得たはずなのに、行動の中心がほぼこの少人数チームに限定されるため、世界規模の危機というより、どこか閉じたB級SFの趣に収束してしまう。その点は少々惜しまれる。

 また、シルの最終形態デザインを『エイリアン』で知られるH・R・ギーガーが担当しているのだが、その禍々しい造形は完成度こそ高いものの、本作がそれまで築いてきた「妖しい美しさ」とはやや異質にも感じられた。結果として、終盤は『エイリアン』的イメージへ引き寄せられすぎた印象が残る。

 とはいえ、美と恐怖、エロティシズムとSFホラーを真正面から融合させようとした90年代ならではの勢いは、いま観てもなかなか魅力的である。ナターシャ・ヘンストリッジという存在そのものが、この映画最大の特殊効果だったのかもしれない。


評:蔵研人

 

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2026年9月 1日 (火)

月夜の傘

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★★★★
製作:1955年 日本 上映時間:128分 監督:久松静児

 どこかで聞いた覚えのある題名だと思っていたが、丘の上の家から小田急線が走るのを見下ろすあの風景……よくよく調べてみれば、やはり記憶の底に沈んでいた映画だった。

 子供の頃、僕は小田急線の梅ヶ丘に住んでいた。近所では時折映画のロケが行われ、ある日、駅裏の根津山(現・羽根木公園)で大掛かりな撮影が始まった。小高い丘一帯に野外セットの家々が建ち並び、まるで別世界のようだった。その作品こそ本作『月夜の傘』だったのである。
 後日、家族揃って下北沢のグリーン座(二番館)へ観に行った記憶はあるが、内容はさすがに七十年も昔のことで、ほとんど覚えていない。ただ、スクリーンの向こうをガタゴトと走り抜ける小田急線の姿だけは、今も胸の奥に懐かしく灯っている。ただ駅はセットで、梅ヶ丘駅そのものではなかったのが少し残念だが、それもまた映画の魔法だろう。

 物語の中心となるのは、井戸端会議に集う四人の主婦たち。田中絹代、轟夕起子、新珠三千代、坪内美詠子と、今では懐かしい名が並ぶ。さらに宇野重吉、三島雅夫、伊藤雄之助、飯田蝶子といった芸達者が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。
 監督の久松静児は、森繁久彌や伴淳三郎、フランキー堺が主演した 駅前シリーズ で知られるが、女性映画の秀作も多く、戦後日本の家庭劇・人情劇を数多く手がけた。小津安二郎ほど形式化された美学ではないものの、庶民の暮らしを温かく見つめる視線には通じるものがある。

 本作に描かれる主婦たちは、洋裁で生計を立てる戦争未亡人を除けば皆専業主婦であり、子供は二、三人。戦後日本の典型的な家族像がそのまま息づいている。ただし、戦前のように父親の威光が絶対ではなくなり、子供たちにもプライバシーの感覚が芽生え、論理的な説明を求める新しい気風が漂い始めている。
 
 大きな事件は起こらず、悪人も登場しない。平和でのんびりした日常が淡々と綴られるだけのように見える。だが、飯田蝶子演じる住み込みの婆やが、東山千栄子の孤独な老女に寄せる静かな同情には、作品の奥底に潜むもう一つのテーマが感じられる。
 そして、宇野重吉の頑固な夫にそっと寄り添う田中絹代の妻……あのラストシーンの柔らかな余韻は、久松監督の力量を物語っている。
 二時間を超える長編ながら、退屈することなく、しみじみと心に染み入る作品だった。原作が『二十四の瞳』の壺井栄であると知り、深く納得してしまった。

評:蔵研人

 

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2026年8月29日 (土)

私タイムトラベル出来るんです! 

タイムトラベル

★★★
製作:2024年 日本 上映時間:約120分 監督:渡邊 豊

 本作は、前半が1話5分・全12話のTVドラマ形式、後半が『私タイムトラベル出来るんです! THE MOVIE』として劇場公開されたという、少々変則的な構成を持つインディーズ作品である。もっとも、近年ではアニメ作品などでもテレビシリーズと劇場版を連動させる手法は珍しくない。とはいえ本作の場合、前半が「次回へ続く」という以上に、物語の輪郭すら掴みきれないまま突然終わってしまうため、かなり戸惑わされた。

 さらに難解なのは、そのストーリー展開である。後半を観てもなお理解が追いつかず、結局もう一度見直すことになった。そしてようやく、次のような物語だったのではないかと整理できたのである。

 2053年1月。タイムマシンを開発した韮品博士は、何者かに追われ別荘へ逃げ込む。博士は助手の葱沢茉莉奈をタイムマシンで未来へ逃がすものの、自身は追手に殺害されてしまう。

 翌2054年。その別荘は売家となっており、女子大生・磯野桜子が不動産屋に案内されてやって来る。事故物件だと告げられながらも契約した桜子は、和室の床下からタイムマシンと反物質、さらに起動マニュアルを発見する。
 2036年へ跳ぶつもりで起動したはずが、初期設定のまま2024年へ飛ばされてしまう桜子。そこで偶然、若き日の韮品博士と遭遇する。しかし反物質とマニュアルを所持したまま、不審者として別荘を追い出されてしまうのだった。

 ここから物語は急速に視界を曇らせ始める。桜子が博士の名を口にしたことで、「なぜ彼女は博士を知っているのか」という疑問が生まれるのだ。後になって考えれば、物理学専攻の学生として著名な博士を知っていたのかもしれない。しかし、その説明がこの時点では示されないため、私は序盤に登場した葱沢茉莉奈と混同してしまった。結果として、以降の展開は霧の中を手探りで進むような感覚だった。

 別荘を追い出された桜子は、2024年の街を彷徨ううちに転倒し、頭を打って気を失う。彼女を助けたのは、まだ結婚前の若き日の父と母だった。当然ながら、二人は未来から来た娘の存在など知るはずもない。
 意識を取り戻した桜子は、急いで別荘へ戻り、韮品博士に未来から来たことを告げる。そして証拠としてマニュアルを見せようとするが、それが見当たらない。気絶していた間に失くしたのかもしれない────そう考え二人は、再び街へ探しに出る。

 映画版はさらに大胆に時空を飛躍する。2023年では学園の新理事長として葱沢茉莉奈が現れ、2037年では桜子の両親が研究中の“電話型タイムマシン”によって別次元へ跳ばされる。そして2054年では、かつて学園教師だった女性が総理大臣となって演説しているではないか。
 そこでは、死んだはずの桜子の父が生きており、逆に母は亡くなっていた。しかも父は、その女性総理と再婚している。ようやく理解しかけた物語だが、再び大きく姿を変える。そして、そこへまた葱沢茉莉奈が現れるのだから、観ているこちらの思考も時空の渦へ引きずり込まれていく。

 二度観てもなお腑に落ちない部分が残るのは、設定の多さに対して伏線や説明が圧倒的に不足しているからだろう。しかし不思議なことに、再鑑賞によって評価は少し上がった。混乱しながらも、「もう一度確かめたい」と思わせる力が、この作品には確かに存在している。

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」
 おそらく、この言葉こそが本作の核なのだろう。粗削りで、整理不足で、ときに観客を置き去りにしながらも、“想像すること”への情熱だけは、最後まで失われていなかった。


評:蔵研人

 

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2026年8月27日 (木)

アナザー・タイム

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★★★☆
製作:2018年 米国 上映時間:89分 監督:トーマス・ヘネシー

 有能なアカウントマネジャーであるエリックは、高給取りでありながらも現実主義者で、狭い部屋に暮らし、当然マイカーも一台。将来に備えて着実に貯蓄を続けている。加えてイケメンとくれば女性に困るはずもないのだが、彼自身が心を動かされる出会いには恵まれてこなかった。

 そんな彼が、ある仕事でチームを組んだジュリアに“運命”を感じ、抑えきれない恋心を告白する。しかし彼女にはすでに婚約者がいた。「もっと早く知り合っていれば」と彼女は言うのだが、その言葉はエリックの胸に深く刺さる。

 意気消沈した彼は、宇宙科学の番組で“タイムトラベルは理論上可能だ”と語るゴイヤー博士のビデオを目にし、もしジュリアが婚約者と出会う前に自分と出会っていたら────そんな思いに取り憑かれていく。行方不明となっている博士を探すため、エリックは博士の故郷アリゾナへ向かう。

 こうして彼は5年前へのタイムトラベルを試みるのだが、その準備に費やされる時間が実に長い。過去へ跳んでからラストまではわずか15分ほどしか残されておらず、本作は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような冒険譚ではない。

 しかし、タイムトラベルの理論づけは意外なほどしっかりしている。過去といっても“同じ世界の過去”に戻るのではなく、タイトルの「アナザー」が示す通り、分岐したパラレルワールドの過去であり、元の世界には戻れない────その感覚が丁寧に描かれており、私はそこに好感を覚えた。

 終盤があっけないためかネットでは不評も多いが、私は途中で“そうなるのではないか”という予感のようなものが芽生え、むしろ静かな納得を得た。人生は一度きり。悔いのない生き方を選ぶべきだという、控えめながらも確かなメッセージが、そっと胸に残る作品だった。


評:蔵研人

 

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2026年8月25日 (火)

57秒 復讐のタイムループ

57

★★★
製作:2023年 米国 上映時間:99分 監督:ラスティ・カンデッフ

 タイトルの通り、本作には「ボタンを押した瞬間から57秒だけ過去へ戻れる」という、なんとも都合のよい指輪が登場する。
 57秒という中途半端な短さに、「そんな時間で何ができるのか」と首をかしげたくなる。だが、暴漢に襲われる直前や事故の瞬間に使えば、生死を分ける一手にもなり得るではないか。

 恋に落ちた相手の好みを探るため、会話を何度もやり直すこともできるだろうし、結果が即座に出るルーレットのような賭博なら、短時間で大金を得ることすら夢ではない。
 これらは劇中でも実証済みだが、では他にどんな使い道があるのだろう。
 巻き戻せるのは、たった57秒。出来事の原因が1分以上以前にあるなら、その本質を変えることは難しい。しかし偶発的な事故や失敗であれば、その57秒の猶予だけで未来を丸ごと塗り替えることができる。

 たとえば交通違反で止められたとき。
 万引きや痴漢の冤罪を疑われた瞬間。
 テスト中、カンニングが見つかった場面。
 麻雀で不用意に振り込んでしまったとき。
 あるいは、王手の連続で詰め切れなかった将棋の終盤。

 そんなとき、ボタンひとつでやり直せるのだから、納得いくまで何度でも挑めばいい……などと考えてしまう自分が、少し情けない。思いつく使い道が、ろくでもないことばかりというのも実に悲しいね。トホホホホ。

 タイムループ作品としての着想は興味深く、57秒という制約も絶妙である。ただ、その面白い設定に対して、物語そのものはやや掘り下げ不足に感じられた。
 また出演者では、モーガン・フリーマンの存在感が際立っていた一方、それ以外のキャラクターには強い魅力を見出しにくい。アイデアは光っているのに、ドラマとしての奥行きがもう一歩届かなかった————そんな惜しさの残る一本であった。


評:蔵研人

 

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2026年8月21日 (金)

ミッション:インポッシブル デッドレコニング

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★★★☆
製作:2023年 米国 上映時間:164分 監督:クリストファー・マッカリー

 高い岩山の断崖絶壁から、岩肌すれすれをかすめるようにバイクごと宙へ飛び出し、パラシュートで降下する。そのまま超高速で疾走する列車へと舞い戻り、窓を突き破って車内へ飛び込む。さらに、お決まりとも言える列車の屋根での死闘を経て、爆破された鉄橋から次々と転落してゆく車両の中を、宙吊りになりながら隣の車両へ渡ってゆく────。

 終盤およそ三十分にわたって展開される怒涛のアクションシーン。その圧倒的な迫力を前にすると、「この映画は、この場面のために存在している」と言い切っても、決して大げさではない。観客を息つく暇もなく追い立てる、シリーズ屈指の見せ場である。

 物語の軸となるのは、「二つの鍵」を巡る争奪戦と、その鍵が導く“目的”の正体を探ることである。やがて、それが人類すら支配し得る超高性能AIの制御に関わるものであることが示唆される。しかし、CIAのエージェント、謎めいた男ガブリエル、武器商人たちの思惑が複雑に交錯し、誰が真の敵なのか容易には見えてこない。とりわけ本シリーズを初めて観る観客にとっては、その人物関係や背景はやや把握しづらいかもしれない。

 さらに本作は、シリーズ初の二部作として構想されている。そのため物語は壮大なスケールを帯びる一方、アクションの過剰なまでの派手さによって、ドラマの輪郭がやや霞んでしまった印象も残る。だが、それもまた現代の大作映画が向かう、“映画”と“アトラクション”の境界が曖昧になってゆく時代の流れなのだろう。


評:蔵研人

 

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2026年8月19日 (水)

タイムシフト

たいむしふと

★★
製作:2020年 米国 上映時間:85分 監督:ジェイコブ・バーンズ

 B級作品であり、初めから評価が低いことは承知していた。もちろんその理由は、この作品が私の大好きなタイムトラベルものであるからだ。
 古びた納屋の奥には、ドラム缶を寄せ集めて作られた“タイムマシン”のような装置が鎮座している。最初の実験台は猫、次に亡くなった発明者の娘がその装置に身を委ねる。過去へと跳ぶと、そこには常に過去の自分が存在しており、強烈な痛みとともに体調が徐々に崩れていく。

 登場人物としては、父親、隣人、酒場の男、マッチングアプリの相手、会社の上司、図書館職員などが時折姿を見せる。しかし一部を除き、彼らは物語にほとんど関与せず、何のために登場しているのか判然としない。結局のところ、作品には明確な主張も物語の推進力もなく、ただ「タイムシフトすると身体に異変が起こる」という現象だけが繰り返されるにすぎなかった。


評:蔵研人

 

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2026年8月17日 (月)

豊臣秀長 ——ある補佐役の生涯——

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著者:堺屋太一

 面白い、実に面白い一冊である。これまで十分に光が当てられてこなかった豊臣秀長という人物像が、堺屋太一の独自の視点によって立体的に浮かび上がる。本書は、秀吉の実弟・小一郎秀長の生涯を描いた歴史小説であるが、単なる史実の追認ではなく、現代の政治経済との比較を織り交ぜながら叙述されている点にこそ、堺屋作品ならではの価値がある。

 派手好みで外交手腕に長けた秀吉とは対照的に、秀長は地味で堅実、そして生涯「補佐役」に徹した人物であった。彼自身の功績を伝える記録が乏しいのも、あくまで兄を支える立場をわきまえ、黒子として振る舞ったゆえである。
 執筆当時、資料の少なさに悩んだ堺屋は、秀長ゆかりの地の郷土史家や史誌投稿者ら百余名に手紙を送り、最終的に大学研究員、高校教師、市史担当者など七名から意見を得たという。その丹念な取材姿勢が、作品の厚みを支えているのだろう。

 一般に組織の「ナンバー2」といえば、副社長や専務など、次期トップ候補か、トップになり損ねた同僚、あるいは参謀役を指す。しかし秀長の場合は、そうした権力欲とは無縁で、ただ秀吉の補佐役としての「分」を守り続けた。
 戦場では交渉役や殿(しんがり)、囮といった誰もが嫌がる役目を淡々とこなし、組織運営では秀吉の手が届かぬ仲裁や雑務を引き受けた。優秀な部下に恵まれなかった秀吉が天下取りへと駆け上がれたのは、実弟・秀長の存在があったからこそだと、改めて思わされる。さらに言えば、享年五十二の人生があと十年延びていれば、豊臣家が家康に滅ぼされることもなかったかもしれない。

 2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』では、秀吉よりも秀長を主役として描いている。お市の描き方など脚色は多いものの、物語の大筋や秀長の行動については、1985年刊行の本書と驚くほど近い。公式には原作とされていないものの、相当程度参考にしたのではないかと感じられた。

評:蔵研人

 

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2026年8月16日 (日)

動物界

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★★★☆
製作:2024年 フランス 上映時間:128分 監督:トマ・カイエ

 狼へと変貌する“狼男”の物語は古今東西くり返し映画化されてきた。しかし本作『動物界』では、人間は特定の獣に限らず、鳥や昆虫など多様な生き物へと変異してゆく。しかもその変化は突発的ではなく、静かに、しかし確実に肉体を侵食し、一度“新生物”となれば二度と人間には戻れない。

 そうした意味で、本作は従来の変身譚とは一線を画している。単なる異形の恐怖ではなく、変貌してゆく少年の揺れる心を真正面から描き出している点が、何より印象深い。

 舞台は近未来。原因不明の突然変異によって、人間の身体が徐々に動物化してゆく奇病が世界中に蔓延していた。変異した者たちの中には凶暴性を帯びる者もおり、彼ら“新生物”は強制的に隔離施設へと収容されている。そしてフランソワの妻ラナもまた、そのひとりだった。

 ある日、“新生物”を移送する車両が事故を起こし、彼らは森へと逃亡する。行方不明となったラナを捜すため、フランソワは16歳の息子エミールとともに奔走する。だがその最中、今度はエミール自身の身体にも異変が現れ始めるのだった。

 エミールを演じた ポール・キルシェ は実に素晴らしい。動物化という異様な設定を借りながら、思春期特有の孤独や不安、そして自己の輪郭が崩れてゆく恐怖を繊細に演じ切っている。また父フランソワを演じた ロマン・デュリス も秀逸だ。単に口うるさく頑固な父親ではなく、不器用ながらも妻と息子を深く愛する男として存在しており、終盤のある決断の場面には胸を強く締めつけられた。

 本作が問いかけているのは、人間と異なる存在は果たして排除されるべきなのか、それとも共存への道はあり得るのか、という問題だろう。そして同時に、変わりゆく家族を、それでもなお愛し続けられるのかという普遍的なテーマでもある。

 異形の幻想と家族のドラマ、さらには社会的寓話をここまで自然に融合させたSF映画は稀有だ。静かな森の気配のなかで、人間という存在そのものが揺らいでゆく────その独創的な切り口には、ただ感嘆するほかない。


評:蔵研人

 

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2026年8月13日 (木)

28年後...

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★★★☆

製作:2025年 英国 上映時間:115分 監督:ダニー・ボイル

『28日後…』『28週後…』に続く最新作であり、監督は第一作を手がけたダニー・ボイルが再び戻ってきた。もっとも、続編とはいえ三部作の間に登場人物の直接的な継承はなく、ただ“感染によって英国、ひいては世界が崩壊していく”という大きな流れだけが静かに連なっている。

“28”という数字に深い意味があるわけではない。ただ、30日では整いすぎてしまうところを、28日という微妙なズレが不気味さと現実味を帯びさせ、結果として語感の良さもシリーズのブランド化に寄与しているのだろう。

 本作は、英国本土が壊滅した後、生き延びた英国民が近隣の小島で細々と暮らしている場面から幕を開ける。ある日、ジェイミーは12歳の息子スパイクを連れ、本土へ渡る。それは大人になるための通過儀礼であった。
 スパイクは“スローロー”と呼ばれる鈍重な感染者を弓で仕留めるが、凶暴な“アルファ”が姿を現し、二人は追い詰められる。死に物狂いで海を渡り、なんとか島へと帰還するのだった。

 その後、南西の地に“狂気に囚われた医師”が住むという噂を耳にしたスパイクは、母アイラの病を癒せるのはその医師かもしれないと信じ、危険な旅へと踏み出す。

 ここまでは、息を呑む緊迫感と、荒廃した本土の壮大な風景が相まって、見どころに満ちた作品であった。しかし医師が登場するあたりから、物語はホラーというより宗教的な色彩を帯び始める。“頭蓋骨の巨大な塔”といった神秘的なイメージが凍りつくように立ち現れ、このまま進めば崇高な寓話へと昇華したかもしれない。だが、突如として“仮面ライダー”的とも言える唐突な展開で幕を閉じ、続編を匂わせる終わり方を迎える。

 監督は一体何を語ろうとしたのか。物語の粗さや納得しがたい展開が多く、意図を掴むには続編を待つほかないのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年8月11日 (火)

28週後...

28

★★★☆
製作:2008年 英国 上映時間:104分 監督:ファン・カルロス・フレスナディージョ

 本作は、2002年のサバイバルスリラー『28日後…』の続編である。
 新種ウイルス〈RAGE(レイジ)〉の蔓延によって壊滅したロンドン。発生から28週が経ち、ようやく街の再建が始まろうとしていた頃、スペイン旅行で難を逃れた姉弟タミーとアンディが帰国し、軍の管理下に置かれた保護区域で父ドンと再会する。

 母の死を知らされた二人は、遺品を取りに行くため保護区域を抜け出し自宅へ向かうが、そこで待っていたのは“死んだはずの”母アリスだった。救出されたアリスは検査の結果、感染しても発症しないキャリアであることが判明する。しかし、ウイルスを保持していることに変わりはなく、面会に訪れたドンが感染したことで、沈静化していたロンドンは再び恐怖の渦へと飲み込まれていく。

 前作同様、感染者たちの動きは凄まじく速い。ゆっくり歩くゾンビ像に慣れた観客にとって、その異様な俊敏さは受け入れがたいものがある。「彼らはゾンビではなく感染者だ」と説明されても、病人があれほど活発に動き回る姿にはどうしても違和感が残る。逃走シーンの疾走ぶりは、まるで『ミッション:インポッシブル』の“トム走り”を彷彿とさせ、ホラーというよりアクション映画へと変貌してしまった印象すらある。

 せっかく再建の兆しを見せていたロンドンが再び崩壊したのは、二人の子どもが規則を破り、軽率な行動を取ったことが原因である。そして皮肉なことに、生き残るのはその二人だけだという結末が待っている。残念だが観終えた後には、どうにも割り切れない不快感が残る作品であった。

評:蔵研人

 

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2026年8月 9日 (日)

アナザー・ワールド 異次元の怪物

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★★☆
製作:2020年 ロシア 上映時間:96分 監督:スビヤトスラフ・ポドガイエフスキー

 生まれたばかりの赤ん坊ヴァーリヤの世話のため、アレクセイ一家はタチアナというどこか不穏な気配を漂わせるベビーシッターを雇う。だが、いつしか彼女とヴァーリヤは忽然と姿を消してしまう。息子イゴールは両親に必死に訴えるものの、なぜか彼らの記憶からはヴァーリヤの存在そのものが抜け落ちていた。

 やむなくイゴールは友人たちとともに、深い森へと分け入り、妹の行方を追う。やがて森の奥で見つけた古びた家────そこは、異次元へと通じる入口だった。ヴァーリヤはきっとその向こうに連れ去られたに違いない。そう確信した彼らは、未知の世界へと足を踏み入れるのだが……。

 序盤は謎めいた導入が興味を引き、物語への期待を抱かせる。しかし、現れる怪物たちには恐怖の実感が乏しく、なぜ赤ん坊がその世界へ連れ去られたのかという根本的な動機も明確には語られない。あるいはこれは、亡き母を忘れられないイゴールの内面が生み出した心象風景なのかもしれないが、その解釈も十分に掘り下げられているとは言い難い。

 登場人物は限られ、舞台も同じ場所を巡るばかりで、物語は奥行きを欠いたまま進んでいく。結果として、全体に重みや余韻が乏しく、どこか満たされない感覚が残る。ロシア映画にしばしば見られる幻想性と寓意性の片鱗は感じられるものの、本作においてはそれが十分に結実しているとは言い難く、あと一歩の深みが欲しいところであった。


評:蔵研人

 

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2026年8月 7日 (金)

ワーキングマン

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★★★☆
製作:2026年 米国 上映時間:116分 監督:デビッド・エアー

 元特殊部隊員のレヴォン・ケイド(ジェイソン・ステイサム)は、危険と隣り合わせの世界から身を引き、建築現場の監督として静かな日々を送っていた。だがある日、恩人でもある上司の娘ジェニーが忽然と姿を消す。彼女はロシア系の巨大な人身売買組織に拉致されていたのだ。
 レヴォンは封印していた特殊部隊時代の技を解き放ち、建設現場で使い慣れた工具から軍用火器までを手に、たったひとりで犯罪組織へと立ち向かっていく。

 物語は、ステイサム作品ではおなじみの“孤高の男の逆襲劇”であり、前年に製作された『ビーキーパー』と職業設定こそ異なるものの、基本的な構図はほとんど同じだ。それもそのはず、両作とも監督はデビッド・エアーである。
 ただ本作では、主人公が敵を一切ためらわずに殺害し、人質を盾にされても一瞬の隙を逃さず射撃で仕留めるなど、まるで殺人マシンのようなアクションが続く。その徹底ぶりが、観客に妙な安心感とカタルシスをもたらしてくれるのだ。

 それにしても、60歳を目前にしながら、米国人としては小柄な体格にもかかわらず、不死身のタフガイを演じ続けるジェイソン・ステイサムには頭が下がる。彼の魅力は筋肉よりも、あの鋭い“強面”に宿るのだろう。そう考えると、半世紀前に同じく強面で観客を魅了したチャールズ・ブロンソンと、どこか通じるものがあるように思えてならない。


評:蔵研人

 

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2026年8月 5日 (水)

2300年から来た男

2300

★★
製作:2022年 米国 上映時間:117分 監督:リシェラー・アラディン

 本作でメガホンを取ったリシェラー・アラディンは、これが唯一の監督作品であるという。経歴の詳細は不明だが、その仕上がりを見る限り、経験の乏しさを疑われても致し方ない出来と言わざるを得ない。

 物語は、2300年からある使命を帯びて2023年へとやって来た男アシュトンを中心に展開する。彼はネット上で「謎の預言者」として活動を始め、近未来に起こる出来事を次々と的中させていく。その結果、人々の関心を集め、やがてマスコミも巻き込んで騒動は広がっていく。

 導入部の流れ自体は決して悪くない。むしろ、発想としては興味をそそられるものがある。しかし、その後の警察の対応や物語の展開はどこか噛み合わず、観る者を作品世界へと引き込む力に欠けている。

 また、本作は低予算SFの典型とも言える作りで、未来の描写はほとんど省略され、会話によって説明が補われるばかりだ。その結果、肝心の「未来で何が起きたのか」「なぜ過去に来たのか」「どうすれば世界を救えるのか」といった核心が曖昧なまま残され、物語は終始輪郭を結ばない。

 脚本の奥行きは浅く、視覚的な見どころにも乏しい中で、約2時間という上映時間はかなり長く感じられる。興味深い設定を持ちながら、それを十分に活かしきれなかった点が惜しまれる一本である。

評:蔵研人

 

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2026年8月 2日 (日)

ザ・レイク

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★★☆
製作:1960年 タイ・豪州 上映時間:104分 監督:リー・トーンカム

 珍しいタイ産の怪獣映画である。湖畔に放置されていた巨大な卵を拾い帰る少女。しかし姉に諭され、元の場所へ戻しに行くことになる。やがて少女の帰りが遅いことを案じた姉と兄が湖へ向かうと、その静寂を切り裂くように怪獣が姿を現し、彼らに襲いかかる。

 序盤は、不穏な気配をじわじわと滲ませる演出が印象的である。半魚人とエイリアンを掛け合わせたかのような怪獣の造形も一定の完成度を備えており、物語の行方に期待を抱かせる導入であった。

 しかし中盤以降、その緊張は不意に弛緩してしまう。怪獣も人々もどこか緩慢な動きを見せ、あたかもスローモーションの映像を眺めているかのようで、切迫した恐怖が伝わってこない。さらに終盤では仏教的な説話が唐突に前面へ現れ、物語は統一感を欠いたまま散漫に終息へと向かう。

 怪獣と特定の人間の心がリンクする意味、怪獣出現の理由、少女が助かった経緯、そしてあの巨大な卵の行方などなど、提示された数々の謎は、ついに十分な解答を与えられることなく宙に浮いたままである。そのため、作品全体にどこか釈然としない後味が残る。

 本作は果たして、純然たるモンスターパニックとして構想されたのか、それとも宗教的寓意を帯びた物語を志向していたのか。その輪郭は最後まで明確にはならず、むしろ両者の狭間で揺れ動いた痕跡こそが、本作の最も印象的な特徴と言えるのかもしれない。

評:蔵研人

 

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2026年7月31日 (金)

ヒックとドラゴン

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★★★★
製作:2025年 米国 上映時間:125分 監督:ディーン・デュボア

  本作は、ドリームワークス・アニメーションによる名作『ヒックとドラゴン』を実写化したものであり、登場人物や背景、物語の骨格に至るまで、原作の魅力を丁寧に映像へと移し替えている点が印象的である。とりわけドラゴンの瞳の愛らしさは観る者の心を和ませ、さらにヒックを演じる少年の柔和で端正な佇まいが、作品全体に温かな余韻をもたらしている。

 島を取り巻く緑豊かな風景は、最新の映像技術によって緻密に描き出されており、その幻想的な美しさは、いつしか観客を物語の深みへと誘い込む。現実と虚構の境界が穏やかに溶け合うその感覚は、本作ならではの魅力といえるだろう。

 総じて本作は、近年のファミリー向けアドベンチャー映画の中でもひときわ完成度の高い一本であり、新たな金字塔となる可能性を秘めている。世代を問わず、家族そろって劇場で味わうにふさわしい作品である。

評:蔵研人

 

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2026年7月29日 (水)

グラディエーター

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★★★★
製作:2000年 米国 上映時間:155分 監督:リドリー・スコット

 さすがリドリー・スコット監督、久し振りにとんでもない迫力映像と、胸を打たれるスペクタクル作品に出会った。それもまだCG技術が完璧でなかった2000年に製作されているのだから驚きだ。

 特筆すべきは、その映像の迫力である。古代コロッセオの全景や観客席の拡張、猛獣が襲いかかる場面などにはデジタル合成やCGが用いられているものの、本作の核はあくまで実写にある。重厚なセット、ロケーション撮影、エキストラやスタントの積み重ねが生む現実感は、公開から長い年月を経た今なお色褪せることがない。むしろ、その物質的な重量感こそが、現代の映像作品には稀有な説得力を与えていると言えるだろう。

 主人公マキシマスを演じたラッセル・クロウもまた見事である。決して誇張された体躯に頼ることなく、内に秘めた激情と哀切を滲ませる演技によって、将軍としての威厳と一人の人間としての苦悩を体現した。その存在感は揺るぎなく、彼以外の配役は想像し難い。

 近年、このような大規模な歴史スペクタクル、とりわけヨーロッパ的時代劇が減少していることは、いささか寂しい限りである。本作は、ベン・ハーや十戒、スパルタカスなどと並び、ハリウッド史における歴史大作の系譜に連なる一作として記憶されるべき完成度を備えている。事実、第73回アカデミー賞において作品賞を受賞したことも、その価値を裏付けていると言えよう。

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2026年7月27日 (月)

リザード

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★★★
製作:2022年 タイ 上映時間:149分 監督:チャリット・クリリードモンコ

 タイトルそのままの巨大なトカゲが出現する、いわゆるB級パニック映画である。舞台は土埃の舞う乾燥地帯。怪獣はその地下に潜み、まるでモグラのように地中を自在に走り回り、不意に地表へと現れて人々に襲いかかる。

 本作中でも冗談めかして触れられているが、地中から獲物を狙うという発想は、アメリカ映画『トレマーズ』の影響を思わせる。またこの怪獣は、『大怪獣バラン』さながらに空中を滑空する能力まで備えており、厄介さに拍車をかけている。ただ、その愛嬌のある目つきは怪獣らしい威圧感にやや欠け、造形としてはどこか不均衡な印象も否めない。

 物語は、乾燥地帯で水脈を発見した者に賞金が与えられるという噂を聞きつけ、多くの賞金稼ぎが集まるところから始まる。しかし彼らは次々と怪獣の餌食となっていく────という、いかにも怪獣映画の王道を踏襲した展開である。可もなく不可もない筋立てではあるが、149分という上映時間はいささか冗長に感じられる。

 決して退屈な作品ではない。しかし、普段あまり触れる機会のないタイ映画であるためか、俳優の佇まいやユーモアの質に微妙なズレを覚え、物語世界に深く没入するには至らなかったのが惜しまれる。それでもなお、怪獣の造形が一定の水準に達している点は、本作のささやかながら確かな魅力と言えるだろう。

評:蔵研人

 

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2026年7月24日 (金)

一秒先の彼

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★★★☆
製作:2023年 日本 上映時間:119分 監督:山下敦弘

 台湾映画『一秒先の彼女』を日本の風土に移し替えたリメイク作品である。物語の大きな流れはオリジナルを踏襲しているが、主人公が女性から男性へと置き換えられたことで、作品の温度感や視点が微妙に変化している点が興味深い。

 イケメン郵便局員のハジメは、第一印象こそ良いものの、何事も人より“ワンテンポ早い”性質のため、恋愛が長続きしない。そんな彼が、路上ミュージシャンの桜子の透明な歌声に心を奪われ、花火大会でのデートを約束する。しかし、バスに乗っていたはずのハジメは、気がつくと自宅で目覚めており、花火大会はすでに終わっている。彼の一日は、まるで誰かに切り取られたかのように忽然と消えていた。

 やがてハジメは、この“消えた一日”の謎を、郵便局に毎日のように現れる「ワンテンポ遅い」女性・レイカが握っていることに気づく。二人の“時間のズレ”が、物語の中心に静かに据えられていく。

 見どころの一つは、時間が静止した世界を描くシーンである。だが注意深く観察すると、近くの人物の衣服は風に揺れ、身体もわずかに動いているのに対し、遠景の人々は写真のように完全に静止している。この差異は、近景では俳優が静止を演じ、遠景では静止画を合成しているためだろう。もちろん、こうした技術的な粗さは物語の本質を損なうものではないが、時間停止という幻想的な瞬間にわずかな現実の綻びが覗く点は、観客によって好みが分かれるかもしれない。

 リメイクゆえに結末の驚きが薄れてしまうのは避けがたいが、その代わりに本作は、男女を入れ替えたことで生まれる新たな情緒を獲得している。岡田将生の繊細な佇まいと、清原果耶の静かな強さを湛えた演技は、作品全体に柔らかな光を与え、二人の“時間の距離”が縮まっていく過程に自然な説得力をもたらしている。

 オリジナルの鮮烈な仕掛けを知っている観客にとっては驚きが弱まる一方で、日本版は人物の心の揺らぎや孤独の質感を丁寧に描き出し、別種の余韻を残す作品へと仕上がっている。男女を入れ替えた判断は、単なる設定変更ではなく、物語の感触そのものを刷新する効果をもたらしたと言えるだろう。

評:蔵研人

 

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2026年7月22日 (水)

リバース 過去の代償

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★★★
製作:2021年 英国 上映時間:96分 監督:ジム・イーヴス

 家族を顧みず、酒に溺れ、職場の同僚との不倫関係に溺れていたアーリン。そんなある夜の飲酒運転が悲劇を呼び、同乗していた一人息子を失い、仕事も家庭も失うことになる。絶望の淵で、彼女の前に一人の男が現れ、「不可能を可能に」と書かれたチラシを手渡す。最初は無視するアーリンだったが、精神に異常をきたす日々の中で、チラシに記された『エンデバー・インスティテュート社』を訪れる決心をする。

 そこは、過去をやり直すことができるという不思議な施設だった。無理やり薬を飲まされ、目を覚ますと、数日前に戻っており、死んだはずの息子が目の前にいた。今度こそ、酒も浮気もやめ、誠実に生きようと決意するアーリン。しかし、過去の記憶が交錯するたびに異常な行動に走り、何度過去をやり直しても事態はうまく収まらない。

 観客として、これは単なるタイムループ映画なのだろうか、あるいはアーリン自身に何か秘密があるのか────脳内に埋め込まれたチップが暴走するサイボーグの可能性さえ、頭をよぎる。しかし、確たる答えには至らない。ストーリーはやや粗削りでありながら、結末への期待は募るばかりだった。
 ところが、いつの間にか物語は予想外で余り期待しないエンディングへと突入し、いくつもの謎を残したまま幕を閉じてしまう。とても後味が悪いし、消化不良で残酷な結末にも共感できなかった。


評:蔵研人

 

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2026年7月20日 (月)

プリティ・リーサル

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★★★☆
製作:2026年 米国 上映時間:88分 監督:ビッキー・ジューソン

 5人の若きバレリーナたちは、バレエ・ガラ公演に出演するため、飛行機でハンガリーへと向かう。空港からは老朽化したバスに揺られ、薄闇の森を抜けて会場へ向かうはずだったが、車は人気のない林道で息絶えてしまう。行き場を失った彼女たちは、やむなくデボラ・カシマーが営む古びた不気味なホテルへと足を踏み入れることになる。

 このデボラこそ、かつて名声をほしいままにした伝説的バレリーナであった。しかし怪我によって舞台を去り、今は森の奥でひっそりと暮らしている。だが、そのホテルはすでに地元マフィアの巣窟と化しており、些細な行き違いから付き添いの教師が殺害されてしまう。事件を隠すため、5人の少女たちは地下室へと監禁されるのだった。
 このあたりの展開には、現実味よりも“寓話的な不穏さ”が漂い、物語がゆっくりと非日常へ沈んでいく。

 やがて、いずれ自分たちも殺されると悟った彼女たちは、ついに反撃を決意する。これまで反目し合っていた少女たちは、互いの弱さを補い合いながら、ダンサーとして鍛え上げた身体能力を“武器”へと変えていく。鋭いフットワーク、しなやかな柔軟性、そしてカッターナイフを仕込んだトゥシューズまでもが、彼女たちの戦いを支える凶器となる。
 純白のチュチュは裂け、血に染まり、舞台衣装は戦闘装束へと変貌する。その姿は、無垢が剥がれ落ち、少女たちが戦士へと変わる儀式のようでもある。この奇抜な発想こそ本作の核であり、ポスターにも象徴的に刻まれている。

 ジャンルとしてはアクション・スリラーに分類されるが、現実離れした展開の連続は、むしろブラック・コメディとして受け取ったほうがしっくりくる。5人の少女たちの奮闘は確かに見どころだが、物語の重心をわずかに傾けてしまうほどの存在感を放つのが、デボラを演じるユマ・サーマンである。
 彼女が画面に立つだけで、物語の空気が一段階、濃く沈む。その圧倒的な“重み”が、作品全体を支配しているのは否めない。

評:蔵研人

 

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2026年7月18日 (土)

MERCY マーシー AI裁判

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★★★☆
製作:2026年 米国 上映時間:100分 監督:ティムール・ベクマンベトフ

 近未来、ついにAIによる厳格な裁判制度が導入され、AI裁判長が統括する「マーシー裁判所」が設立された。
 ある日、警官レイヴンが目を覚ますと、妻殺しの容疑でその裁判所に拘束されていた。彼は無実を訴えるものの、アルコール依存の影響か、事件直前の記憶は断片的で曖昧である。

 無実を証明するためには、AIが支配する世界中のデータベースから証拠を収集し、AI裁判官が算出する「有罪率」を規定値以下まで引き下げなければならない。制限時間は90分。それまでに無実を立証できなければ、即座に処刑が執行される。

 この制度はきわめて苛烈であるが、同時に超合理的でもある。時間や施設、人的労力を最小限に抑えつつ裁きを下せるため、犯罪率の低下や国家予算の削減にも寄与しているという。しかし、AIの判断は本当に絶対無謬なのだろうか────。そうした疑念を胸に抱きながら、本作を興味深く鑑賞した。

 AIと被告との対話、さらにはデータベース情報の即時的な映像化といった新感覚の演出は魅力的であり、物語の推進力となっている。しかしながら、裁判の全過程をAIと被告の二者のみで進行させる構成には、やや没入しきれないものがあった。
 むしろこれは裁判というより、被告自身による自己推理の様相を呈している。警官であるレイヴンだからこそ成立し得たが、一般人に同様の推理力を求めるのは酷であり、不公平さは否めない。少なくとも被告人にAI弁護士の補助が与えられていれば、より説得力が増したのではないだろうか。

 また、クライマックスにおけるトラック暴走の演出は過剰に感じられ、緊張感よりも違和感が先立った。一方で、その後の結末はあまりに簡潔に収束し、やや物足りなさを残す。全体として、物語にもう一層の厚みが加わっていれば、より優れた作品となり得ただけに、惜しさの残る一作であった。

評:蔵研人

 

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2026年7月15日 (水)

時の家

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著者:鳥山まこと

 第174回(令和七年下半期)芥川賞は、鳥山まこと氏『時の家』と畠山丑雄氏『叫び』の二作同時受賞となった。さっそく文芸春秋三月特別号を手に入れ、まずは『時の家』から読み始めた。

 もともと芥川賞そのものに強い関心があるわけではない。ただ、私は「時間」を扱った作品に目がないため、タイトルの“時”に惹かれて本作を読み始めたのである。しかし期待に反し、本作は時間テーマとはほぼ無縁だった。ここでいう“時”とは、取り壊しを目前にした古い家に染みついた、歴代の住人たちの「思い」の堆積を指している。

 部屋の構造、汚れ、傷跡から住人の感情を丹念に掬い上げる筆致は、建築士としての著者の経験があってこそ可能になったものだろう。その繊細な感性、巧みな言語操作、そしてこれまで誰も書かなかった視点の発掘は、確かに脱帽に値する。

 しかし、選考委員の数名も指摘していたように、前半──いや終盤近くまで続く読みにくさには、正直辟易した。何度も本を閉じようと思ったが、評価の高い選者の意見を信じ、なんとか最後まで読み通した。

 会話がほとんどない点はまだ許容できるとしても、登場人物に個性が乏しく、藪・圭・脩・緑といった一文字名ばかりで、名前としての識別性も弱い。そこまではまだ目をつぶれる。だが、比喩や言葉遊びに耽溺しすぎており、また細部の描写に執着するあまり、作品全体の輪郭が霞んでしまっている。たとえば次の一節である。

────圭さんの口から出てゆく言葉たちはいつもその深いところに溜まったものたちを上滑りする。上層にある部分だけが出ては入ってまた出て頻繁に入れ替わりし、下層の部分はいつまでも動かずに止まったまま、大事なことほど底に溜まって冷え切って、凝固し言葉になって出てゆかない。────(文芸春秋三月特別号より引用)

 ここまで執拗に比喩を重ねる必然性が本当にあるのだろうか。また全体を通して、段落も異様に長く、読者への配慮が欠けている。さらにストーリー性も心理描写も希薄で、まるで取扱説明書を延々と読まされているような感覚に陥る。終盤になってようやく小説らしい息遣いが現れるものの、そこに至るまでの道のりがあまりにも長すぎたのではないだろうか。


評:蔵研人

 

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2026年7月14日 (火)

ジュラシック・ワールド 復活の大地

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★★★☆
製作:2025年 米国 上映時間:134分 監督:ギャレス・エドワーズ

 本作は、1993年にスティーブン・スピルバーグが生み出した『ジュラシック・パーク』から数えて、ついにシリーズ通算7作目となる。舞台は前作『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』から5年後となる。またスカーレット・ヨハンソンら新たなキャストを迎え、物語は“新章”へと舵を切った印象を受ける。

 恐竜たちの迫力は相変わらず健在で、とりわけ水中を逃げ惑う主人公たちを、T・レックスが影のように追いすがるシーンは、本作随一の緊張感を放っている。巨大な顎が水面を割る瞬間の恐怖は、シリーズの醍醐味そのものだ。しかし終盤に登場する新種の巨大生物は、恐竜というより映画『エイリアン4』に登場したクリーチャーを思わせ、やや世界観から浮いてしまった印象も否めない。

 長寿シリーズゆえのマンネリ感は多少あるものの、物語そのものは誰もが楽しめる“ハッピーエンド型の娯楽大作”へと回帰したように思える。過度にシリアスに傾かず、観客を安心して楽しませる方向へ舵を切った点は、むしろ好ましい変化と言えるかもしれない。
 また、幼い少女が子どもの恐竜を餌付けし、密かに持ち帰ってしまうエピソードは、単なる可愛らしい挿話にとどまらず、次回作への伏線として機能しているように感じられる。人間と恐竜の“共存”というテーマが、今後どのように展開されるのか、期待を抱かせる仕掛けだ。

 総じて本作は、シリーズの伝統を守りつつ、新たな方向性を模索する過渡期の作品と言える。恐竜映画としての迫力は十分に保ちつつ、物語の広がりを予感させる余韻を残している点が印象的であった。

 

評:蔵研人

 

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2026年7月12日 (日)

50分間の恋人

50

★★★★
2026年製作の日本のTVドラマ

 ゲーム制作会社「ダブルスターズ」に勤務するキャラクターデザイナー・辛島菜帆を演じるのは、瞳の印象的な松本穂香。一方、ライバル会社「パイレーツ」に所属する天才ゲームクリエイター“マーヴェリック”こと甘海晴流を演じるのは、男性アイドルグループHey! Say! JUMPのメンバーである伊野尾慧である。

 物語は、敵対する会社に勤める二人の恋を描くラブコメディーだ。もっとも、当初の二人は、互いがライバル会社に所属していることを知らない。だが背景には、ダブルスターズの女性社長とパイレーツの社長が元夫婦であるという因縁が横たわっている。夫の浮気をきっかけに離婚した過去があり、女性社長はいまなお強い憎しみを抱いている。そのため「パイレーツの社員と交際した者は解雇する」と公言して憚らない。

 二人の出会いもまた、いかにもラブコメらしい偶然から始まる。ある日、公園で菜帆は無愛想な晴流と衝突し、彼の着ていたヴィンテージの服をコーヒーで汚してしまう。弁償する余裕のない菜帆に対し、晴流は「30回の手作り弁当で相殺にしよう」と提案する。こうして昼休みの50分間だけを共に過ごす、不思議な関係が生まれたのである。

 日々、弁当を囲むうちに、二人の心は次第に近づいていく。しかしその時点では、互いの勤務先も職務内容も知らないままだ。やがて同僚との遭遇や、パイレーツへの就職を志望する菜帆の弟の存在などがきっかけとなり、ついに真実を知ることになる。

 筋立て自体は王道のラブコメディである。だが、松本穂香の生き生きとした魅力が作品全体を柔らかく照らし、物語に瑞々しさを与えている。本評の執筆時点では、まだ放送中であり結末は明らかではないが、日曜夜10時15分の放送を心待ちにする時間さえ、この作品の余韻の一部となっている。


評:蔵研人

 

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2026年7月10日 (金)

ファーストキス 1ST KISS

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★★★☆
製作:2025年 日本 上映時間:124分 監督:塚原あゆ子

 あれほど深く愛し合って結婚したはずなのに、いつの間にか長い倦怠期に沈み込んでしまった夫婦。結婚15年目を迎えた二人は、ついに「離婚」を決意する。ところが離婚届を提出するその日に、夫・駈が見ず知らずの子どもを救おうとホームから飛び降り、命を落としてしまう。

 悲嘆の中、妻のカンナは首都高のトンネルを走行中に、駈と出会う直前────15年前へとタイムスリップしてしまう。若き日の駈と再会した彼女は、忘れかけていた想いが胸に甦り、やはり自分は駈を愛していたのだと気付く。そして、15年後に訪れるあの悲劇から彼を救うことを心に誓う……。

 タイムトラベルもので「好きな人を救うため、何度もタイムループを繰り返す」という設定自体は決して新しいものではない。だが本作は、その装置を用いながら、「夫婦とは何か、愛は時間に耐えうるのか」という問いを静かに投げかける、『大人のためのラブストーリー』なのである。とりわけ子どものいない熟年夫婦にとっては、胸に迫るものがあるだろう。

 また、ヒロイン・硯カンナを演じた松たか子の成熟した演技には、今回も深く唸らされた。49歳を迎えた彼女が20代の姿を演じてもほとんど違和感がなく、その自然な若々しさには驚かされるばかりだ。こうした表現力も含め、彼女が第49回日本アカデミー賞優秀主演女優賞に輝いたのは当然のことだと感じた。


評:蔵研人

 

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2026年7月 8日 (水)

寄生体XXX

Xxx 

★★★
製作:2020年 カナダ 上映時間:84分 監督:ジャスティン・マコーネル

『寄生体X』というフランス映画が存在するが、本作はそれとは全くの別物である。もともとは『スキンウォーカー』というタイトルで公開された作品らしいが、DVD化に際してこのいささか陳腐な題名へと変更されたようだ。
 さらに「宇宙で最も凶悪」という大仰なサブタイトルや、背中から不気味な触手を伸ばした裸の金髪女性のポスターも、実際の内容とはかなりかけ離れている。そうした宣伝文句から想像される刺激的な怪奇映画を期待すると、肩透かしを食らうかもしれない。

 物語を一言で要約するならば、「老若男女を問わず、人から人へと身体と記憶を奪い取りながら渡り歩く謎の生命体」の話である。だが、奪い取った肉体には“賞味期限”があり、時間の経過とともに皮膚は腐敗し始める。そのため、生命体は生き延びるために常に新しい宿主を求め続けなければならない。

 全体としては、いかにもB級SF映画らしい粗削りな作りで、展開には首をかしげたくなる場面も少なくない。それでも物語の発想自体はなかなか興味深く、寄生する側とされる側の境界が曖昧になっていく過程には、どこか不気味な魅力が漂う。

 とりわけ終盤に至って提示される結末は、単なる怪奇譚として片づけるには少しばかり含みがあり、観る者に「人間とは何か」「記憶と身体のどちらが自己を形作るのか」といった問いをそっと投げかけてくる。荒削りながらも最後まで退屈することなく観ることができた点を考えれば、B級映画としては十分に健闘している一本と言えるだろう。

評:蔵研人

 

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2026年7月 5日 (日)

東京少女

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★★★★
製作:2008年 日本 上映時間:98分 監督:小中和哉

 てっきり本作の原作は漫画や小説かと思いきや、正確には林誠人の脚本をもとにした 映画オリジナル作品であった。混同しやすいのは、林誠人と笹原ひとみの共著によるノベライズが映画より若干先に出版されている点である。その後、シリーズとしてテレビドラマ化もされているが、現時点で公式の漫画やアニメ化は確認されていない。

 物語は、地震の折にうっかり階段から落としてしまった携帯電話が、ワームホールを経て100年前の世界へとタイムスリップするところから始まる。落としたのはSF作家を夢見る女子高生・未歩(夏帆)、そして明治時代で携帯を手にしたのは、夏目漱石の門人で小説家を志す青年・時次郎だった。
 常識からすれば通じるはずのない電波が、月の出ている時間だけ時を越えて通じるという奇蹟。その不可思議な交流のなかで、二人は徐々に親しくなり、やがて月の出の下で会話することが習慣となる。さらに昼間に日比谷の松本楼でカレーライスのデートを重ね、銀座の老舗で100年先に届く買い物をするなど、物語は独特の幻想感に包まれる。

『オーロラの彼方へ』や『リメンバー・ミー』のように「時を超える電波」を扱った作品は珍しくない。しかし、本作が放つ魅力は、時間を越えた同時デートや未来への贈り物、そして夏目漱石という実在人物の絡め方にある。
 また老舗の老女が登場するわずか数分のシーンで、自然に心の扉が開き、涙が溢れて止まらなかった。ほんの数分のシーンであったが、私にとっては本作最大の見どころだったのかもしれない。このシーンの具体的な説明は省きたいが、ぜひ自分の目で確かめてもらいたいものである。


評:蔵研人

 

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